やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
文化祭も2日目に入り、総武高を受験しようとする受験生や雰囲気にのまれてはいってきた親子、はたまたほかの学校の制服を着た奴らが大量に入ってきたことで校舎内はパンパンだ。
そんな人ばかりの中でも雪ノ下雪乃の姿を捉えることができるのは彼女の放つオーラが異質なものだからだろう。だが今回はその理由に当てはまらない。
「何やってんだお前」
「っっ。あら、サボり?」
「お前に言われたくない」
記録雑務である俺は文化祭の様子を写真に収めている。クラスの様子だったり文化祭の込み具合など。
で、体育館に近い3-Eの教室の近くを通った瞬間、見知った後姿を捉え、よく見てみると『ペットどろこ。うーニャン、うーワン』と書かれた看板の前に立っていた。
雪ノ下雪乃と関係を整理できた……かもしれないあの日以来、雪ノ下との会話の中で以前よりもチクッとするものが多くなってきた。本来の性格はこれなんだろうが……まぁ、いいや。整理できたし。
「お前、動物好きなの」
「猫が好きなの。あの肉球、あのふわふわのお腹周り、そして時折見せる笑み……至高の宝ね」
そう言われ、うちにいるカマクラを思い浮かべるが先の2つは合っているだろう……最後の一つだけは人によって見せる見せないの差があるとだけ言っておく。
マジであいつ小町には母親に甘えるようにするのに俺の腹に乗ったらバカ息子を見るような目で見てくるからな……ま、雪ノ下に対してなら甘えると思うけどな。けっ!
「入ればいいだろ」
「……そんなことできないわ」
……まあ、猫に関してあれほど熱く語るほどだからな……。
「犬がいるもの」
「いぬ嫌いかよ」
「比企谷君……写真を」
「はいはい」
教室に入り、中の様子をあらかた撮影し、外にいる雪ノ下に見せるが猫が足りないと言われ、猫多めにとるがまだ足りないと言われ、それはもう店番の奴らに止められるくらいにとってようやく満足したらしく、猫を写した写真ばかり、見て頬を少し緩ませている。
その顔にドキッとしたのは内緒だ。
「それじゃ、行きましょうか」
「どこに」
「体育館よ」
そう言われ、雪ノ下へついていき、体育館へ入ると今までにないくらいの人数が入っており、少し体育館の中は蒸し暑かった。
「何が始まるんだよ」
「そうね……演奏かしら」
雪ノ下のその言葉の直後、盛大な拍手とともに壇上にスポットライトがあてられ、そちらの方を見ると体のラインを強調するような細身のロングドレスを着た雪ノ下陽乃が檀上中央でスカートの両端を少し持ち、淑やかに一礼する。
彼女の後ろにはオーケストラと言っても差支えない集団がいる。
タクトを軽く上げ、レイピアを振るうように鋭く振りぬいた瞬間、旋律が走った。
演奏……というよりかはまるでプロのオーケストラコンサートを聴きに来ていると錯覚してしまうほどの壮大で優雅な音楽が会場に満ち、観客たちを虜にする。
雪ノ下雪乃の方をチラッと見ると彼女が雪ノ下陽乃を見る目はまさに尊敬の念が込められていた。
……何百回連続負けたとしても彼女に対する思いは変わらない……か。
「…………わ」
「あ?」
「流石だわと言ったのよ……私もああなりたいと思っていたから」
過去形であると言う事はすでに諦めたと言う事……だが彼女の顔からはそんな感じは見受けられない。
「……なる必要はないだろ。尊敬とは理解から最も遠い感情なんだから」
俺の言葉は演奏にかき消されたのか彼女から返答は帰ってこない。
……英雄になろうとした瞬間に英雄失格……この言葉を借りるのであるとすれば……尊敬した瞬間、その人には絶対に勝てないんだよ。
舞台裏で俺達記録雑務は記録媒体のメモリースティックの容量を確認し、足りないのであれば予備のメモリーと交換し、有志団体最後の演奏を取れるようにセッティングする。
有志団体最後の大トリを務めるのは葉山達だ。
「う~……緊張してきた」
三浦はもちろん葉山、大岡、大和、戸部の顔には同じように緊張の色が見え、各々の方法で緊張をほぐそうとするが一度、刻まれた緊張はなかなか消えない。
そんな中、雪ノ下雪乃は右往左往している。
「そんなに右往左往されれば気になるんだけど」
「ええ、ごめんなさい」
その声からはいつもとは違う焦りを感じた。
「何かあったのか?」
「相模さんが見当たらないのよ。エンディングセレモニーの打ち合わせをしたかったのだけれど」
「さっきから電話してるんだけど繋がらないのよ」
電話を持ち、困り顔のめぐり先輩も後ろからやってきて合流する。
「あいついないと止まるのか? 別に雪ノ下でも代役はできるだろ」
「いいえ。挨拶と総評は代役は聞くけど地域賞と優秀賞は相模さんしか結果を知らないのよ」
地域とのつながりを前面に出している総武高校の文化祭にとって参加してくれた地域の有志の方々へのお礼をその場でしないと言う事は今後の運営にも差し支える。
「放送は?」
「何回もしているわ。先生たちにも探してもらっているのだけれど」
大トリの出番はもうすぐだ。最終手段としては……。
「どうかしたか?」
俺たちのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか余裕の表情の葉山がやってきた。
「相模さんがいないのよ」
「……副委員長。プログラム変更を認めてくれるのなら10分は稼げると思うけど」
「……お願いするわ」
そう言うと葉山はメンバーに向かってそのことを言うとともに携帯を片手で操作する。
恐らく知り合い全員を登録したメーリングリストを使って全員に相模を探してもらうように頼んでいるんだろう。相変わらず交友関係が広い奴だ……あ、俺が狭すぎるのか。
「比企谷君」
「10分か……出来ればあと5分は欲しい」
「……任せて」
そう言うと雪ノ下はおもむろに携帯を取り出してどこかへと連絡をする。
相模はどこへ消えたのか……オープニングセレモニーで見せたカンペは見る、噛み噛みで何を言っているのかわからないというあの醜態を晒した以上、胸を張っているとは考えられない……といってもあいつにだって少なからず委員長としての責任はあるはずだから来ないという選択肢はないと思う。というかあのとりまきSがいる限り、あいつがぶっ潰れることは無い。
「ひゃっほ~。雪乃ちゃんから連絡くれるなんて珍しいね~」
雪ノ下が連絡をしたのは陽乃さんか……何をする気だ。
「姉さん……手伝って」
「……へぇ」
その顔に浮かべられているのは冷たい笑み……まるで失望したと言わんばかりの。
「珍しいね。私を頼ってくるなんて」
「…………今は貴方に勝つのを諦めただけよ」
その言葉を聞き、一瞬ドキッとした。
なぜなら陽乃さんがその言葉と同時に顔だけは雪ノ下に向けたまま、眼だけでこちらを睨んできたからだ。
方向的にはそう見えたが本当は睨んでいないかもしれない……。
「で、何をするのかな?」
「時間を稼ぐわ」
「ふぅ~ん。でも人数的にはどうするの?」
そう言うと雪ノ下は由比ヶ浜を呼び寄せ、彼女に見せるように由比ヶ浜を隣に立たせた。
「でも、その子を入れたとしても足りない……あ、足りるか」
陽乃さんがそう言った瞬間、壁際から盛大なため息が聞こえた。
「静ちゃん。教え子の私からのお願い……聞いて?」
「……仕方がない。ベースは私がやろう。去年やった曲ならばまだ弾ける」
「めぐり。サポートでキーボードいける?」
「はい! 任せてください!」
「由比ヶ浜さん……貴方を頼らせてもらうわ。貴方にボーカルを任せたいのだけれど」
「……その言葉待ってたよ。ゆきのん」
雪ノ下から手渡されたマイクを由比ヶ浜は笑みを浮かべながら手に取る。
「で、でもあたし歌詞とかうろ覚えだかんね!? 期待しないでね!?」
「……危なくなったら私も歌うわ……だからいつでも頼って」
「もうすぐ演奏終ります!」
葉山達の演奏が終盤に近づいていることが記録雑務から伝えられるとメンバーは舞台袖へと向かい、俺はそのメンバーとは逆の方向へと歩いていく。
「ヒッキー」
「比企谷君」
2人に呼ばれ、俺は振り返ることなく外へ繋がる扉を強く開くと外の太陽が差し込むと同時に風が吹きぬく。
スポットライトが当たる仕事はあいつら2人に任せればいい……俺はスポットライトが当たらないドロドロの部隊の上に立って面白おかしく踊ればいい。
さあ、ここからは偏屈で卑屈でボッチな俺の戦争だ。