やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
文化祭最後の有志団体演奏のラスト演奏者は最も客を集められる可能性があるチームにすることで客を集めると同時にそのままエンディングセレモニーへとスライドするのでやや変則的なプログラムになっていると同時にこの時間帯に校舎にはあまり人がいない。
つまり最高に人を探しやすいと言う事だ。
相模が出席していることはさっき会った教師から確認はとれている。あとはいったいどこに相模が隠れ、どこで自分の傷を癒しているかだ。
だが選択肢が多すぎる……だから最強の助っ人でその選択肢を潰す
『我だ』
電話の相手は材木座。こういう状況は同類の考え、意見が非常に役に立つ。
「1つ聞きたい。お前の新作がぼろ糞に評価された時、お前ならどうする」
『か、考えたくない未来だ』
「早くしてくれ。時間がない」
『そうだな。まずは人気のないところに移動し、そこから人を見下ろせるところに行き、この愚民どもめ! 我が最終兵器を食らうがいい! という感じで我は傷を癒している』
……なんか的確過ぎて涙が出てくるぜ。
「あぁ、ありがと。愛してるぜ、材木座!」
『我もだ!』
「きめえよ!」
材木座の言っていることは適格だ。ならばその人を見下ろせるところはどこか……この学校の中では一つしかない……でも確か屋上へ繋がるドアは施錠されているから入れないって聞いたことがある。
そんなことを考えながらもとりあえず屋上へ向かうために廊下を歩いていると前から川崎が歩いてくるのが見え、あちらも俺に気づいたのか目を合わせてきた。
「あんた、なんでここいんの」
「まあ、ちょっと……なあ、川崎って屋上の行き方知ってたりするか?」
「屋上? なんでまた」
「いいから」
切羽詰っている状況での質問攻めにイラッとしてしまい、つい語気を強めて言うと川崎は驚いたのか目を見開いた。
「そんなに怒るなよ」
「あ、悪い……で、知ってるか」
「まぁ。屋上の扉、あれ施錠されてるように見えるけど鍵壊れてるから引っ張ったらすぐに鍵が外れて普通に扉が開くんだよ。結構、女子の間じゃ有名な話だけど」
「そうか……ありがと。愛してるぜ!」
材木座の時と同じノリでサムズアップしながらそう言い、自分が出せる全速力で歩いていると後ろからすさまじい絶叫が聞こえてくるがそれを無視して屋上に向かって歩いていく。
人がいない分、周りを気にすることもないので階段に引っかかって盛大にこけようが埃が付こうが気にも留めずに階段を上がっていくが屋上は物置にされているのか上に上がっていくたびに荷物は増えていき、歩けるスペースが狭まっていく。
「まぁ、狭いだけで壁代わりになるからいいんだけど。けほっ!」
置かれている荷物を壁代わりにし、ゆっくりと歩いていくとようやく荷物の壁から抜け出することができ、少し開けた踊り場に出るとその壊れているという南京錠がかかっているドアが見えた。
あれか…………前に行こうが地獄、後ろに戻ろうが地獄……さあ、かくれんぼはお終わだ。
南京錠を強く引っ張ると結構、呆気なく外れ、屋上の扉を開けるとそこに目的の人物がいた。
相模南はフェンスに寄りかかり、俺の顔を期待混じりに見るがすぐに落胆の表情へと戻る。
「悪いな。葉山じゃなくて……エンディングセレモニーが近い。早く戻ってくれ」
簡潔に用件だけを言うと相模は不満げに眉をひそめた。
「別にうちが行かなくてもいいじゃん。雑務最高責任者のあんたと副委員長がいればできるでしょ」
「地域賞と優秀賞の結果知ってんのはお前だけだ」
「そんなの……でっち上げればいいじゃない」
「その時間もないから俺がお前を呼びに来たんだよ」
「だったらこれもっていけばいいじゃん!」
相模は叫びながら俺に向かって集計結果が記されている紙を叩き付けた。
投げられた用紙を中腰になって拾い、時計を見てみると既に時間稼ぎの限界数分前。
……奉仕部に寄せられた依頼はこいつの補佐……でも、それはあくまで文化祭実行委員長としての働きを補佐しろ問う事であって、今のこいつを補佐しろという依頼ではない。
とりあえず時間もないのでこのまま行くが……一言だけ。
「相模。お前が怒るのは筋違いだろ」
「……」
「委員長としての職務を全うしていないお前が……怒る資格なんてないだろ」
「だって……みんな雪ノ下さんばかりに」
「自業自得だろ。雪ノ下に補佐を頼んだのはお前だ……もう文化祭に顔を出さないんだったらその腕章、お前が付ける必要も資格もないだろ」
そう言うと相模は目に涙を浮かべてつけていた腕章をはぎ取り、俺の足元に投げすててその場に座り込み、顔を隠して泣き始めた。
今の一言は言うならばあいつを否定したのと同じ……。
俺は投げられた腕章と集計結果が書かれている用紙を持ち、体育館へ戻ろうとした時にドアが開いて相模の取巻Sと葉山達が息を切らして屋上へと来たが何も話さず、まっすぐ体育館へと向かった。
結局、エンディングセレモニーの時間までに相模は帰ってくることなく補佐をしていた雪ノ下が代役を務め、地域賞及び優秀賞の発表と今回の文化祭の総評を行い、無事に文化祭は幕を下ろした。
すでにすし詰め状態だった体育館からは人が出ており、残っているのは実行委員と文化祭担当に当たっていた体育教師の厚木と平塚先生だけだった。
「この後に事後処理もあるけど良い文化祭だったわ。この後の打ち上げで羽目を外しすぎんように。じゃあの」
全ての片づけと先生からの総評が終わり、ゾロゾロとメンバーたちが体育館から出ていくがその中に相模の姿はなかった。
俺も体育館から出ようと後ろを振り返った時、由比ヶ浜と雪ノ下が立っていた。
「お疲れ、ヒッキー!」
「それ、俺の台詞だろ。俺は別に何もしてねえよ。ただ単に腕章と集計結果とりに行っただけだ」
「そうかしら。貴方しかできなかったことだと思うのだけれど」
「まさか。葉山も遅れて来てたから俺だけにしかできない事じゃねえよ」
事実、葉山は自分が知っている連絡網を使用して相模の目撃情報を片っ端から集め、取り巻きSと一緒に屋上へやってきた。相模を探すことなど俺以外の人間にもできることだし。
「……葉山君を卑下するつもりはないけれど……少なくとも時間通りには結果は来なかったと思うわ」
「そうか? あの葉山にお願いされて委員長になった奴が葉山に連れられて遅れてくるとは思わないけど」
「……どうして貴方はいつも否定から入るのかしら」
そう言われ、次に話そうとしたものが止まる。
「……そう言う性格なんだよ。これ、腕章」
雪ノ下に相模から返してもらった腕章を手渡し、体育館から出ようとするが雪ノ下に腕を軽くつかまれ、何かを腕に付けられた感じがし、腕を見てみるとさっき渡したはずの腕章が俺の腕に付けられている。
……なにこれ。このスペシャルな感じな腕章は何なのでしょうか……なんか腕章2つつけている人を見たらこいつ、出来る! って思うよな。
「おい、雪ノ下。これは」
「この腕章を貴方がつけていても今は誰も言わないわ」
「そうだよ。ゆきのんが風邪を引いて休んだときだっていっぱい頑張ってたって平塚先生言ってたよ、だからさ……少しは自分がしたことを自信もっていいと思うよ」
自分のしたことに自信……か……。
「……由比ヶ浜、雪ノ下」
「ん? どったの?」
「…………お、お疲れ」
そう言い、俺は頭をガシガシ掻き毟りながら出口に向かって歩きはじめると後ろから小さく笑う声が聞こえ、二人が俺の両隣にやってきた。
後ろからクスクス笑われて嫌な感じにならないのは……初めてかもな。
途中で雪ノ下と分かれ、俺と由比ヶ浜がクラスへ戻ってくると既に全員が教室に戻ってきており、興奮冷めやらない様子で喋っていた……が、俺が教室に入った瞬間に一気に静かになった。
由比ヶ浜は突然の静寂に戸惑いを隠せないまま自分の座席に戻る。
俺に向けられる冷たい視線を無視しながら椅子に座ったと同時に先生が教室に入ってきてクラスの催しについての総評が行われる。
今日は疲れているから、という言葉で締め、終わりのHRは終了した。
俺は残っている雑務最高責任者(仮)の残務処理を終わらせるために静かな場所である奉仕部へと向かって歩いていた。
明日は日曜日で休みだし、月曜日は代休だから家でやっても終わるが俺としては何もやることなく休みに突入したいので結局、学校に残ることに決めた。
ガラッといつも通りに奉仕部の扉を開けるとそこにはいつも通りに雪ノ下雪乃が座っていた。
ただいつもと違うのは机に向かって座り、1枚の用紙にペンを走らせていることくらいだ。
「ごめんなさい。貴方は眼中にないの」
「おい、なんで俺がお前を告白するために呼び出した前提なんだ」
「あら。じゃあ、何をしに来たのかしら」
「本気で小首を傾げて考えるな」
そんなやり取りを済ませ、いつもの位置の椅子に座ってカバンから書類を取り出して手を付けていく。
「打ち上げは良いのかしら」
「喧嘩売ってんのか」
そう言いながら顔を上げるとさっきまでの冗談めいた表情ではなく、本気で俺が打ち上げに行くと思っていたらしく、ハトが鉄砲豆を食らったような驚いた表情を浮かべて俺を見ていた。
……え、何この感じ……。
「今回の貴方の働きぶりを見る限り、呼ばれてもおかしくないわ」
「つってもこっちはクラスの方には全然顔出してなかったからな。いつもの様にMemories of Nobodyなんだろ」
ちなみに俺はあの映画はまあまあ好きだ。一番好きなのは地獄編なんだがどうも俺の評価とネット上での評価がシンクロしない。
「悲しい性ね……呼ばれるのすら忘れるなんて」
「ボッチなんてそんなもんだろ。俺なんか中学の卒業写真、入ってないからな」
「……それはないわね」
「ないのかよ」
つまり俺は雪ノ下以上のボッチだったってことか……雪ノ下に勝る部分を見つけたと喜んでいいのかそれ以上のボッチであることの証明に悲しんだ方がいいのか……う~ん。分からん。
そう言い、雪ノ下は再び用紙に集中する。
今まで雪ノ下とこんな会話をしたことなんてなかった……これも…………これも普通に接しているからなのか……もし、そうであるとするならば……俺は……もしかしたら雪ノ下と。
「なあ、雪ノ下。俺と」
「あり得ないわ。絶対にね」
「だぁ! まだなんも言ってねえじゃん!」
「私と貴方が友達になることは無いわ。そもそも全く逆のものなのだから」
俺と雪ノ下は似ているようで全く違う。
逆を向いているベクトルはどちらかが向きを変えない限り永遠に合わさることは無い。
そのことをよく理解しているはずなのになぜ、俺はあんなことを思ったのだろうか。
「そりゃ、そうか」
「でも」
雪ノ下は一拍置き、ふっと小さく笑みを浮かべて俺を見てくる。
「私と貴方が普通に接することはできるわ……もう、悩むことは無いと貴方が言ってくれたから」
俺と雪ノ下にある物……それは事故における被害者と加害者の感情。雪ノ下は俺に障害を与えたという加害者意識を持ち、俺は障害を与えられたという感情を持った。
複雑に絡み合ったその感情を切ることはできない。ただ絡み合ったものを解くことはできるはずだ。
「……そうだな」
俺と雪ノ下が友達になることは無い……でも、普通に接することはできる。
それを人は…………。
――――――友と呼ぶんじゃないのかね。
「やっはろ~! 文化祭お疲れ!」
「由比ヶ浜さん。静かに」
「あれ? ゆきのん何書いてるの? それよりも打ち上げ行こうよ打ち上げ!」
「進路調査票。それと打ち上げは行かないわ」
「えーいいじゃん! あたし、ゆきのんが書き終わるまで待ってるからさ!」
「……行くとは一言も言っていないのだけれど」
「あ、写真撮ろうよ!」
「忙しいやっちゃな」
そう言いながらも俺は立ち上がろうとするが由比ヶ浜に手で止められ、2人が俺を挟むようにして両脇に回ってきた。
「はい、じゃあ行くよー! はいチーズ!」
部室にシャッター音が響いた。
人生は後戻りできない……だからその時その時を楽しむ……俺は出来ているのかね。