やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
職員室には応接間が用意されている。
そこは今話題の分煙がなされているスペースで職員室の一角に設置されているがそこは分煙されているというだけあってほとんど教員たちの喫煙スペースになっている。
そんな煙草臭い場所に俺はソファに座り込み、向かいに座って機嫌悪そうに足を組んでいる平塚先生が俺が提出した職場見学調査票を読み終わるのを今か今かと待っている。
……気のせいか先生の長くてきれいな髪の毛が逆立ち始めているような気が。
「比企谷。奉仕部で過ごす日々は君にとっては普段の生活と変わらないのかね」
そう言いながら先生は俺が提出した紙を机に叩き付けた。
「何かね、この職業見学調査票は! 何がyoutuberを希望するので自宅見学を希望しますだ! もっとこうなんかあるだろ! 幼稚園とか研究所とか裁判所とか!」
「この足で?」
そう言いながら動かない足を先生に見えるように両手で持ち上げる動作をすると先生はもう良いと言わんばかりに額に手を当て、大きくため息をついた。
社会に散らばっている就職口……それはすべて五体満足な奴らに与えられた選択権だ。俺の様に片足がないも同然の体である俺が選べる職業はほぼないと言っても過言ではない。
「本当に君は卑屈だな」
「嬉しいな~。褒められちったぜ。てへっ★」
「平塚スペシャル!」
「おふぅ」
先生の凸ピンが俺のお凸を刺激する。
あ、案外指の力も強いんすね。
「こ、この俺を凸ピンだけで倒すとは。中々やるな……だがこの俺は四天王最弱の男。上には上がいるぞ」
「ならばその全てを倒すのみ!」
こうやって変なノリに合わせてくれるのが先生が生徒たちから信頼されている理由なんだろうな。
「とにかく、これは書き直しだ。こんなもの提出すれば私の評価がダダ下がりだ」
先生の評価なんか知ったことか……と言いたいが流石にYoutuberは舐めすぎてるか……じゃあ、専業主夫にでも書き換えて後で再提出するか。
「私を傷つけた罰として開票作業を手伝いたまえ」
「な~ぜ~に~」
「お前はクールポコか」
やはり先生は若い……体はともかく精神年齢は。
仕方なく、それぞれの職業ごとに紙を分けていくが多いのはどこかの企業だったり鉄道会社、次に多くみられるのはスーパーだったり書店だったり。ごく少数ながら研究所や裁判所などといった偏差値高めの奴らが行くような場所も見えた。
「何でこんな面倒くさいことをするんですかね。中間テストも近いこの時期に」
「ただ漠然とこなすのを防ぐためさ。将来をキチンと見据えて試験を受ける。そうすれば自ずと自分の学力も上がるさ……まあ、中にはYoutuberなどというふざけたことを書いておきながら国際教養科の連中を差し置いて学年1位を独占している奴もいるがな」
俺がこの学校に初めてきたのは夏休みが終わった2学期からだ。本来なら留年という措置が取られるんだろうが校長に直談判し、国際教養科のテストを受けて学年1位の成績だったら単位認定すると言う事を約束したわけだが見事に俺は学年1位の成績を取った。あの時の校長の間抜け面は未だに覚えている。
「理系か文系。どちらを選ぶのかね」
「さあ? 適当に選びますよ」
恐らく雪ノ下は理系を選ぶだろう。由比ヶ浜は文系だとして……何で俺はあの2人を引き合いに出してんだ。
頭を左右に振って雑念を吹き飛ばし、開票作業に集中する。
「適当じゃ君の将来に何の役にも立たんぞ」
「将来お先真っ暗~先生のウェディングロードも真っ暗~はい、終わ」
「衝撃のぉ! ファーストブリットぉぉぉ!」
「おっふん」
先生の一段階目の凸ピンををまともに食らい、俺は背もたれにもたれ掛った。
「今のは君が悪い。よって正当な凸ピンだ」
そう言う先生の目が若干、潤っているのは言わないでおこう。俺の命のためにも。
「んじゃ、残り3日の奉仕部行ってきます」
「ん」
先生の差しのべられた手を取り、立ち上がって杖を突きながら職員室を出ると同時に俺の視界の端に見知った顔が一瞬映ったがあえて無視し、教室へと向かう。
「何で無視したし!」
「こっちに教室があるから」
「ぐっ! 何も言えない私が悔しいし。どっち道一緒に行くんだからいいじゃん!」
「仲好さげで良いな……良いな」
最後の先生の声がひどく低いものになったのは気にしないでおこう。あの人にだって言われたくないことだってあるんだよ……あるんだよ。
「あ、そうだ。ヒッキー携番教えてよ」
由比ヶ浜は携帯を取り出しながらそう言うが俺は理解できず、スペック以上のものをぶち込まれたパソコンの様に機能を停止してしまった。
……け、携番? なんなんだそれは……掲載番号? いや、違うな……落ち着くのだ、知的派ボッチである俺の知識をフル動員して考えるのだ! 携帯を取り出していると言う事は……そうかっ!
「電話番号のことかっ!」
「ヒッキー、答えだすの遅い。ていうかそれくらい知ってないと友達できないよ……あ、ごめん。そう言えばヒッキーってボッチだから友達いないんだったね」
「そんな憐れみ印の憐み眼球みたいな目をするな。俺は敢えてボッチでいるのだよ」
「何言ってるかよく分かんないけど教えてよ……そ、その部活とかの連絡とかでいるし」
「……俺、あと3日で消えるぞ」
「え!? なんで!?」
「仮部員だし」
「そんなのちゃちゃっと正式部員になっちゃいなよ!」
まるで携帯を銃を持つような持ち方でもってアンテナを俺の方に勢いよく向けてきた。
お前はどこ社製のヒーローだこら。ちなみに俺はその作品が平成1期シリーズでは好きだ。特にあの主題歌と挿入歌が良いんだよな、これがまた。
「次体育だろ。お前、こんなとこでゆっくりしてていいのか?」
「下に体操服着てるから良いし。それはそうと番号! メアド!」
「はい。体育終了時に返してくれ」
俺は由比ヶ浜にスマホを渡し、体育が行われるグラウンドへと向かった。
「それじゃ二人一組になってラリーしてくれ」
体育の時間、俺は1人ベンチに座ってボーっとクラスの連中が体育をするのを眺めていた。
片足しかない俺は必然的に体育は不可能。よって体育の単位は自動的に所得出来るように特別措置が取られ、自然と体育の時間は暇なのである。
基本的に俺は教室で1人、ボーっと音楽を聴きながら外を眺めているのだが教室にいると平塚先生が乱入してくるので今日はベンチにいるわけだ。
この体育が終わったら放課後か……あと少しで部活動もやらなくていいし、あと少しの辛抱だな。
その時、ふと俺は見知った顔を見つけた。
「……俺と同じクラスだったのか」
その子は俺に両足があったころ、唯一救う事が出来た子で初めて赤の他人に良いことをしたという自覚を持つことができるあの事件で出会った子。
…………神様。あんた、無能じゃん。
放課後、俺は奉仕部の部室で参考書を片手にシャーペンをルーズリーフに走らせていた。
雪ノ下も俺と同じようにノートにシャーペンを走らせているが俺たちの間に座っている由比ヶ浜だけはここに来てから携帯をずっと触り続けている。
何故かいる由比ヶ浜。いつの間にか部員になっていたのだ。
「…………ね、ねえゆきのん」
「何かしら、由比ヶ浜さん。端的にお願い」
「な、なんだか気合入ってるね」
「そうね。今回こそは1位を取りたいもの」
「ゆきのんよりも上がいるの!?」
「えぇ。その人はいつも満点よ。全教科ね。私のプライドが許さないの」
……ここでその1位は俺で~すなんて告白したらシャーペンが額に突き刺さる未来が簡単に予測できる。ここは何も言わず、ステルスモードに入るとしよう。
ステルスモードとはKING Of ボッチにのみ与えられるスキルであり、喋らなければ誰にも相手にされないという素晴らしいスキルなのだ。
「あ、メールだ……ぁぁ」
俺は由比ヶ浜が一瞬、嫌そうな顔、嫌そうな声の2つを顔に表したのを見逃すどころかその瞬間に彼女の方を見てしまい、不運なことに彼女と目がばっちり合ってしまった。
ボッチの特性の1つ。ため息や笑い声を後ろや隣などで聞くとチラッと見てしまう。
「な、何?」
「別に。お前がなんか嫌そうな顔したから」
「う、うん。まあね」
「ゾンビ君。裁判沙汰になった場合、ちゃんと証言してあげるわ。いつも私の体を見ていたと」
「おい、それ護るどころか地獄に突き落としちゃってるよね? 情状酌量の余地を与える気なしっすか? ていうか由比ヶ浜にメール送った相手俺じゃねえし。証拠でもあんのかよ」
「性犯罪者には去勢が一番よ。それと犯人はいつもそう言うわ。何か証拠でもあるのか……これが逆に証拠よ」
証拠能力に乏しすぎる……こいつは冤罪という言葉を知らずに育ってきたのか。
「あ~一応言っておくけどヒッキーは違うと思うな。うちのクラスのことだし」
「同じクラスなんですが」
「そう。ならないわね、疑ってごめんなさい」
認めちゃったよ! こいつ証拠能力不十分だってこと認めちゃったよ! ていうかなんで由比ヶ浜と同じクラスだったら俺が犯人じゃないっていう証拠になるんだよ……いや、まあボッチだからって言われたら反論のしようがなくなるんだけどさ。
「まあ、こういうの時々あるし気にしないことにする」
そう言い、由比ヶ浜は携帯をカバンにしまい、背もたれにもたれ掛って大きく背伸びをした。
大きく突き出た2つのものから必死に視線を逸らしながら俺はひたすら参考書の問題を見ながらシャーペンを走らせ、速攻で解いていく。
煩悩退散煩悩退散!
「やることがないのなら勉強でもしたらどうかしら。もうすぐ中間テストもあることだし」
と言ってもまだ3週間近くあるけどな。
「そ、そうなんだけどさ~……なんかいけるって感じがするんだよね」
由比ヶ浜。それはすでに絶望した奴が1周回って何故か俺、いけるんじゃね! と何故か思ってしまう絶望の赤信号だ……と言う事は言わないでおこう。あとでこいつがどうなるのかは予想できるがな。
「でもさ。ゆきのんくらい頭良かったら勉強しなくても点数取れるんじゃないの?」
「そうね。でも私は1位を目指しているの。1位を目指すには並大抵の努力じゃなし得ない事よ」
「その1位の人って誰なんだろ。国際教養科の人?」
「いいえ。知らない名前だったわ」
「どんな人だろ……やっぱりイケメンなのかな」
「イケメンの基準が分からないけれど少なくともゾンビ君よりかはそうだと思うわ」
由比ヶ浜と雪ノ下は顔が分からない学年1位の生徒の顔を予想することに花を咲かせ、会話を盛り上げていくが俺は心の中で非常にネタばらしをしたい気持ちに苛まれていた。
ばらしたい……非常にばらしたい! ばらしてこいつらの絶望しきった顔が見てみたい!
やはり俺はゲスだと改めて思った。