束は深い眠りから目を醒ます。
「うーん…ここって……」
起きたばかりの為か、霞む視界。
少しだけ確認できるのはいつも寝ている自分の部屋の天井だった。
私…いつ寝たかな…。
昨日は何してたっけ。
しばらく思考を巡らせる束。
カチッ、カチッ
時計の秒針の動く音が静かに流れる。
どれくらいの時間が経っただろうか。
突然束の顔は真っ赤に染まった。
そうだよ…私…いっくんに。
怪我してるからって何言ってるの…恥ずかしいよ。
我慢しきれなくなったためか、怪我の痛みも忘れ布団に抱きつき右へ左へ悶えるように動き続ける。
「うなーーーーー」
叫んで、叫んで…
そうしていると、ふと白いTシャツが視界に入った気がした。
えっ。
正気に戻る。
あれ…何かいつも部屋に無いものがあるような。
ギギギッ
先程見ていた方向に焦りと緊張のためか機械のような動きでゆっくり、そしてぎこちなく目を向ける。
「おはよう、束さん」
「ふぁ」
横には一夏が無表情で座っていた。
束は恥ずかしさと、この奇怪な行動に対して言い訳を考える。
それでも思考は回らない。
はわわー、どうしよう。
困り果て、恥ずかしい表情も隠せない。
そんな中
「ふっ」
少し落ち着いてはいるが、我慢しきれず笑いが漏れた音がする。
「かわいいね、束さん」
一夏が言った。
そんな姿を見ながら束は呆けている。
そして
ポツッポツッ
束の目から涙が落ちる。
「あれっ」
束も自分が泣いていることが予想外だったのか涙を見て困惑する。
しかしそれも一瞬のこと。
泣いている事を意識し始めると、そこからは嗚咽と共に大泣きへと代わって行った。
「うえぇぇぇぇん」
「えっ、束さん」
表情に出ないまでも少し困り気味の一夏。
涙が止まらない。
これは、侵入者が来たとき涙とは違う。
(「かわいいね、束さん」)
あのときの一夏の言葉、そして表情を束は一生忘れない。
今までの心がこもらない声とは違う。
束のことを本当に思い、そして昔のような子供っぽい笑顔とは違えど
確かな笑みがそこにはあったのだ。
これは嬉し泣き。
そう思った束は余計に涙をしばらく止めることができなかった。
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部屋の隅では丸まった篠ノ之束というウサギがいた。
「はは…、一生の不覚だよ。この世界でNO.1の天才といわれた束さんがあんな醜態をさらしてしまうなんて…これはもうしばらくの間……」
真っ赤になったり奇怪な行動をとったり、挙句には子供のように大泣きしたり。
束は羞恥を超え一人でボソボソと話し、若干怖い状況へと陥っていた。
そんな姿を見て一夏がゆっくりと近づく。
ぽむっ
「ふぁ」
変な声声が口から漏れる。
束の頭へと手を乗せた一夏はその後、優しく撫でた。
「ふぁ、ふぁぁぁぁ」
こうして一夏のハンドテクニック?により束は落ち着きを取り戻すのであった。
「そうだ!」
撫でられたことで上機嫌となった束は打って変わって元気な声を発する。
「ちーちゃんに会いにいこうよ」
これは決して間違えた選択では無い。
ここまで自分を思っている一夏なら、もう千冬に会わせても大丈夫なはずだ。
束はそう考えていた。
しかし
「ちーちゃんって…えっと…」
考えるように腕を組む一夏。
何を考えているのか分からなかったが、次に聞いた言葉に束は固まる。
「あー、思い出した。いいんじゃない、会いに行こうか」
ふざけている訳ではない。
今まで本当に思い出せていないようだった。
その姿を見て思わず。
「あ…、まだ仕事が残ってたからやっぱりしばらくは行けないかな」
やはり会わせられない、そう思い自らの提案を否定する。
「そう、まあ別にいいけど」
そのときの言葉に熱はこもっていなかった。
昔の織斑一夏は良くも悪くも千冬が中心。
それが捨てられたことで全てを否定され、未練に近いものだけが生まれていた。
しかしそれを救ったのは篠ノ之束。
今回の件で一夏の中心は完全に変わった。
今の一夏にとっては束が全て。
織斑千冬
かつての一番
しかし
今では思い出そうとしなければ思い出せないほど
蚊帳の外の存在だった。