この日の午後にはもうひとつのコマンド部隊“バイカ65”の北上、大井、陽炎、不知火、黒潮、島風で香取と共に顔合わせをした。艦娘からの質問はかさね午前の時と同じであったが、特筆するとしたら島風がやたら早さについて質問してきた事だろうか。
その後には大和、長門と顔合わせをしたが、その時の大河内二曹の興奮ぶりはもはや常軌を逸してると言っても過言ではなかった。
主砲を撃ってくれとただをこねたが「弾がもったいない」との三佐の一言で一蹴されてしまった。
断られた二曹はもちろんかなり不満なようでぶつぶつ文句をたれていた。それを見た三佐は最後に会った時と全く変わらない様子に内心ホッとしたが同時に不安になった。ノリがガキだ。
そうこうしているうちに日が暮れた。歩哨や警戒にあたっている者達以外は夕食の時間だ。親睦を深める為に陸自、海自の隊員達と艦娘達は出来るだけ同じ時間に同じ場所で食事を摂るようにしている。
といっても隊長クラスになると煩雑な事務仕事なども沢山ある為、大河内三佐や本多海将などは殆ど執務室に籠りっきりだ。しかしこの日は珍しく大河内三佐は執務室を抜け出して食事に来ていた。
「カズ、お前そう言えば訓練はいつから始めるって言ってた?」
「ん~明後日ぐらいからかな。」
「明後日か…それはちょっと厳しいかもな。」
「何で?なんかあんの?」
「なんかあんのってお前…お前が本来ここに来るのはいつの予定だったか覚えてるか?」
「ええっと…いつだっけ?」
「…明後日だ。いいか、お前は明後日に補充と増援の隊員達と一緒に来る予定だった。だろ?」
「ああ!!…そうだっけ?」
「そうなんだよ!そういう訳で明後日は色々バタバタするだろうから訓練は、厳しいかもしれん。」
「あ~分かった。じゃあ予定を前倒しして明日から始めるか。北上!」
すると人混みの中から重雷装巡洋艦の艦娘、北上が出てきた。何故か大井も一緒だ。
「は~い、何か用?」
「きみ確かバイカ65部隊の旗艦だよな?」
「そうだけど…まさか…」
「そう、明日君のチームで訓練を始めるぞ。だから皆に1300時に工廠裏に集合するように伝えてくれ。」
「え~そんなの聞いてないよぉ。」
「今聞いたろ?1300だぞ。よろしく。」
「…何よ偉そうに。」
大井が小さな声で呟いた。
彼女はどちらかと言うと明日いきなり訓練の予定が入った事よりも、北上が体のいい雑用係のように扱われた事が気に入らないようだ。
「何か言ったか大井?」
「…いいえ、何でもありませんよ。1300時ですね?私たちが確実に伝えますから。」
4月6日 13:00
この日も相変わらず南国の太陽がムエルタ島をギラギラと照りつけていた。工廠裏に集まったのは北上、大井、陽炎、不知火、黒潮、島風の6人だ。陸自用の体操服に着替えて準備運動をした後にランニングをした。
「よぉーし、それじゃ今日は初日だから10㎞走で勘弁してやる!!」
大河内はそう言うと自らペースを取りながら、不満を漏らす艦娘達を走らせた。
「いーち!いーち!いーちに!そぉれ!!ほらお前らも言え!!いーち!いーち!いーちに!?」
「「そおれ…」」
「声が小さぁい!!そんなんじゃ深海棲艦にボコられてお仕舞いだぞ!!お前らは奴らを殺す為に来たんだろ!!はい、いーち!いーち!いーちに!?」
「「そおれ!」」
「まだ小さあい!!」
和也はなんと結局終始怒鳴り続けながら艦娘達と一緒に10㎞を走った。彼女らは10㎞分、ひたすら島をぐるぐる走り続けた為、島の殆どの者が怒鳴り散らす二曹とひいひい言いながら走り続ける艦娘達を気の毒そうに見ていた。
「よし!次は腕立て50回!はいスタート!!」
艦娘達は未だに息が切れていたが、それでも構わず矢継ぎ早に次のトレーニングを始めた。それでも何とか全員が50回こなした後に大河内はこう言った。
「胸の位置が高過ぎる!体を伸ばせ!全員もう50回!」
結局この日は腕立ては合計150回やった。その後日が暮れた後も腹筋、スクワット、インターバル走等の基礎体力訓練をひたすら繰返し、この日の訓練は終わった。
こんな調子でこれから何週間も訓練を続けるのかと思うと彼女達は若干鬱になった。
「お前ら随分ヘロヘロじゃないかぇ!!座ってお休みとはいいご身分だなぁ!!いいかお前ら。お前らは俺が憎いだろう。大いに結構!憎めば憎んだ分だけ、お前らは学ぶ!!そしてこの戦争に終止符を打つんだ!!」
「それで、訓練はどうだったんだ?」
この日も三佐が食堂に来て二曹と談義をしていた。
「う~んまだ初日だから何とも言えないけど、見込みはあると思うよ。思ったよりも基礎体力はあった。さすが帝国海軍の生まれ変わりとだけあるよ。」
「生まれ変わりと言うかそのものと言うか…。」
「とにかく俺は体力と空挺等の技能訓練、香取は砲術や座学で何とかやってみるよ。そっちは?」
「ああ、こっちも何とかコートニー中将に話をつける事が出来た。向こうさんも状況は良くはないみたいだから、援軍は送るとしたらイギリス海軍との混成部隊になるかもしれないとさ。まぁアメリカさんは大分余裕が出来てきたみたいだけどな。」
大河内三佐は来るべき大攻勢に備えて戦力を強化する必要があると本多海将に話を持ち掛けていた。現状で既にかなりカツカツの状態なのだ。
SZ海域に対する攻撃は予定では可能な限りの短時間―敵の後方の予備部隊が反撃の態勢を整えるよりも迅速に―終えなければならないが、もしそれが失敗に終わった場合深海棲艦の大艦隊と正面から対峙する事になるかもしれない。
以前ならそれでもこちらもそれなりの部隊を用意出来たが、今はそうはいかない。何故ならこの鎮守府には厄介な目の上のたんこぶ、サンタジョージア(AJ海域)があるからだ。
サンタジョージアに敵艦隊と航空基地がある現状では鎮守府周辺をがら空きにする訳にはいかない。その為には他の国の戦力をもらうしか無いのだ。
「時期は未定だが、第31任務部隊を送るとさ。」
「タスクフォースか。そりぁ頼りになるな。しかし一体誰を送ってくるんだか…」
二人がそんな談義をしていると背後からピンク色の髪を束ねた一人の艦娘が忍び寄って来た。
「ほほう、それは大スクープですねぇ。」
「…青葉、またお前か…。」
三佐は呆れるように言った。彼女のジャーナリズム魂には何度呆れた事か。かなりどうでもいい事から何処から仕入れたんだといいたい程の情報まであらゆる事をスクープしてきた。
「青葉ってあの…ソロモンの狼の?」
「わぁ青葉のあだ名を知って頂いてるとは!恐縮です!」
「カズ、あんまり構うな。こいつはこの鎮守府のパパラッチだ。」
「むぅ~そんな事言わないで下さい!大衆には知る権利があるんです!!」
うわ…ほんとにパパラッチが言いそうな事言ってるよ…。和也は若干青葉を警戒した。
青葉は不定期で鎮守府内で新聞のようなものを発行しているが、その中でも大河内三佐に関する記事は反響が大きい。彼は昔から口数が少ない(特にプライベートの話は殆どしない)為、古参の隊員でも知らない事が多いのだ。
「それで、その海外からの援軍って誰が来るんですか?」
「ノーコメントだ。」
「なあ兄貴、ちょっといいか?」
和也は浩也に耳打ちした。
「どうせいつかみんなに話す事なんだから早めに公表して心の準備をしてもらった方がいいんじゃないか?だってアメリカから来るんだろ?」
「…」
浩也はしばし考えた。というか和也がそこまで気配りが出来るようになっていた事に内心驚いていた。
「…海将と話してくる。」
翌朝、鎮守府の艦娘、自衛隊員達に号外が配られた。その内容に多くの艦娘は驚いた。援軍の中に知った名前が何人もあったからだ。
『ムエルタに助っ人参上か!?米英連合艦隊今月中にも援軍に』
『主力は空母5隻 ヨークタウン、ハーミーズ、イラストリアス他レパルスを始めとする複数の巡洋戦艦』
その頃の道場、飛龍は朝早くから弓を引いていた。しかしどうも調子は良くない。何本もの矢が的の木枠に当り、蹴った。
「矢所が乱れていますね。」
弓を倒して軽く溜め息をついていた飛龍は鳳翔が来ていた事に初めて気付いた。
「鳳翔さん…。はい、どうも今朝は矢所が安定しなくて…。」
「弓矢を射るには身体の外と中を整えるなければいけません。原因は貴女も分かっているのでは?」
「…はい。」
飛龍はややうつむいた。脳裏には“あの時”の記憶が蘇った。甲板の上一面は火の海で、黒煙の隙間からは幾筋もの血が流れている光景が脳裏によぎった。
「…ハーミーズも…ヨークタウンも私たちが沈めた人たちです。そしてヨークタウンと私は相討ちになりました。私はその事を忘れる事はできませんし、向こうも忘れる事は無いでしょう…正直、どう接すればいいのか…」
「忘れる必要は無いと思いますよ…いえ、むしろそれは忘れてはいけない事なのかも知れませんね。」
「でも、もしかしたら向こうは私の事を怨んでるかもしれないんですよ?私だってうまく話せるか分からないし…」
「過去を忘れない事と、過去に捕らわれる事は違うんじゃ無いんですか?」
「…!」
「私達は過去を背負って進まなければいけないんです。私が送り届けた復員兵の皆さんのように、辛い過去を乗り越えて進まなければいけないんです。わだかまりは、いつかは消える筈です。」
「…鳳翔さん…」
「私のアドバイスは、参考になったでしょうか?」
「はい!ありがとうございます!」
「なーんかみんな凄い騒いでんな、磯波。」
深雪は朝食をとる為に食堂に来ていたが、食堂の中はいつも以上に騒がしかった。食堂だけでなく、ここに来るまでにすれ違った艦娘達は大抵同じような事を話していた。
しかし太平洋戦争に参加する前に退場した深雪にはとってはそれほど今回の事は騒ぐような事では無かった。とは言っても海外の艦娘に会うのは初めての事だからどんな奴に会えるのかと楽しみにしていた。
「それはそうだよ…深雪ちゃんは分からないだろうけど…あぁ、私も早く仲良くなれるといいんだけど…。」
「なっさけねぇなぁ~、せっかく仲間が増えるんだからよ、楽しみに待ってようぜ。」
「うん…頑張るね…。」
別に頑張るような事じゃ無いだろ。深雪はそう思いながらわくてか待っていた。
「アメリカとイギリスの連合艦隊が来るってよ、三好。こりゃ大事になってきたな。」
「俺たちには関係ないよ朝倉。誰が来ようと、俺たちは基地の管理と警備をするだけだ。」
「なんだよ、冷めてるなあ。」
三好達の兵舎にも号外が配られていたが、三好自身はあまり戦史にも詳しく無い為、それほど関心は無かった。使える連中ならいいな位にしか思わなかった。それよりも余程気になる事が三好にはあった。
「それよりな、今日俺たちには補充の新人達が来るじゃないか。そいつらの事の方が気になるよ。」
この日、ムエルタ島には空襲の時に消耗した人員や兵器の補充と増援の隊員達が到着する。何でも、新兵器があるとか言う噂もある。
何より、新しく来る新人達に何を教えればいいのかを三好は考えていた。きっと来るのはレンジャーの資格等を持った優秀な奴らだろうが、ここではそんなものは有ろうが無かろうが関係無い。そう三好は思っていた。
その後、隊員達と艦娘達が朝食をとり終わった辺りに号令がかけらて、鎮守府にいるほぼ全員が中央の広場に集合した。それから海将が荷揚げの事を説明した。その時になって初めてその“荷”の内容が説明された。
この日に来るのは
・各隊の補充隊員
・増援の普通科二個小隊及び特科三個小隊
・複数の自走砲等の車輌
やがて水平線の向こうから二隻の輸送艦が向かって来るのが見えてきた。まだ戦争を知らないピカピカの自衛官達がやって来たのだ。