新たにムエルタ鎮守府に派遣される隊員達の中に竹崎陸士長がいた。彼の所属は特科、要するに砲兵隊だ。その中でも彼の操る兵器はこの深海棲艦との戦争の為に造られた対深海棲艦用の新兵器、「75式改自走155mmりゅう弾砲」だ。
元になった兵器は1975年に自衛隊に採用された「75式自走155mmりゅう弾砲」だ。彼が乗るのはその主砲を旧式の「M114 155mm榴弾砲」に転換したものだ。何故旧式の砲に換えたのかと言うと、理由はハッキリとは分からないが深海棲艦には第二次世界大戦時に使われた兵器を使えば有効な打撃を与える事が出来るという事が分かっているからだ。
元々75式155mm自走りゅう弾砲も旧式化が進み、このままなら退役し廃棄される予定だった。
つまりこの自走砲は廃車に骨董品を載っけてリサイクルさせて出来ているようなものなのだ。
「緊張…するな…。」
彼は同僚達に言ったが、返事は返って来なかった。返す余裕も無かったのだろうか。
彼の知っている限りここにいる全員がこれで初めて実戦というものを経験することになる。しかも相手は深海棲艦とか言う訳の分からない化け物で、共に戦うのもこれまた訳の分からない艦娘とか言う連中だ。
先日大規模な空襲があって比較的大きな被害が出たという事は知っていたが、それ以外はさしたる情報も無く、不安になるなという方が無理な話だった。
やがて巨大なハッチが開き、自走砲がゆっくりと前進を始めた。潮の臭いを心地よい風と共に感じた。彼の前には慌ただしく動き回る迷彩服を着こんだ自衛官達と、それと対照的に様々な種類の洒落た服を着こんだ娘達がいた。あれが例の艦娘とか言う奴か?以外と可愛いいもんだな。
竹崎はこの任務も悪くは無いものだとこの時は思った。前線で体を張るのは――誠に気の毒だが――彼女達の訳だから、自分達の出番はそうそう無いのでは?そう楽観的な考えが彼の頭を過っていた。だが後にこの考えは大きな間違えだったと彼は気付く事になる。
「これは…凄いな、三佐。」
本多海将は息を飲んだ。海自である彼が間近で戦車(正確には自走砲だが構造自体は戦車と殆ど同じ)を見るのはこれが初めてだった。
島中に響き渡るエンジン音を轟かせ、自走砲が次々と輸送艦から降りてきた。その巨体と主砲は頼もしい限りだ。しかし冷静に考えてみればこんな図体をしていても戦術的な価値は精々駆逐艦娘一人以下であることに海将は気付いた。
この戦の勝敗を握るのはやはり艦娘なのだ。そう思うと海将は自分が酷くちっぽけなものに感じた。自分も深海棲艦という未知の厄災に立ち向かう世界中の何万という将兵達の一人に過ぎないのだ。
「ああ、そうだ三佐。君に伝える事があったな。」
「はい?」
「今日を持って第5特任中隊は第5独立混成大隊に昇格だ。」
「はい…それでは、私は今日から大隊長という訳ですか。」
「そう言う訳だ。おめでとう、三佐。」
「…あまり、気は進みませんね。」
そう言うと三佐は煙草を一本取り出し、火を着けた。
「背負う隊員の数が増えた訳ですからねえ…。」
「では辞退するのか?」
「いいえ、やりますとも。」
そう言うと大河内は溜め息と共に煙をはいた。実際彼の胸中はというとやはり晴れ晴れとはしていなかった。直感的にこの先は多難の道であろう事は確信していた。しかしここまで来たからには誰かにこの任務を譲る気は更々無かった。
考えてみれば自分もとうとう大隊を預かる身となったのか。大河内は煙草をふかしながら感傷に浸っていた。
しかもただの大隊では無い。どこの連隊の指揮下にも入っておらず、完全に独立し、砲兵、工兵、歩兵の兵科が一通り揃って単独で作戦行動ができる混成部隊だ。今目の前でエンジンを轟かせながら移動している155mm砲や203mm砲の恐ろしい破壊力をもつ自走砲たちも今や自分の指揮下にあるのだ。
自分の身には余る任務ではないだろうか。それだけ能力を買われているのは自衛官、ひいては一人の指揮官としては冥利に尽きる所でもあったが、それでも不安は拭いきれなかった。
やがて大河内は煙草を携帯用灰皿に放り込んだ。
「艦隊のアイドルゥ、那珂ちゃんだよー♪みんな~、よろしくぅ!」
その日の夜には予告通り那珂のライブが盛大に開かれた。因みにステージのセッティングは“親衛隊”の隊員達が志願して行ったらしい(リハーサルに来る那珂と触れ合えるかららしい)。
島には娯楽が少ない為か毎度の事ながら会場は凄まじい熱気に包まれ、束の間の戦争を忘れられる一時を皆で味わっていた。合いの手も日頃の訓練の成果か、きっちり統制のとれたものになっていた。新人達は面食らっていたが、恐らく明日以降“親衛隊”の人数は大幅に増えるだろう。
大河内はそんなばか騒ぎを相変わらず煙草を吹かしながら眺めていた。不思議な事に昼にあんなに隊の事について苦悩していたのが何だか馬鹿馬鹿しく感じてきていた。
「おいおい、煙草は体に悪いんだぞ?」
大河内が振り向くと、そこにはこの鎮守府のもう一人の大河内がいた。
「余計なお世話だ、カズ。」
「しけた顔してんなあ。兄貴の付き人も心配してたぜ?『自分は禁煙を進めてきたのでありますが、中隊長殿は一向に実施する気配がありません。』って」
「ハッ。」
「なあ、もうちょっといいリアクションしてもいいんじゃねえの?」
「あのクオリティーの物真似にどう反応すりゃ…。」
「俺としてはベストを尽くしたつもりだ。」
実に下らない内容の会話だった。しかしこんな他愛もない話を家族とするのも浩也にとっては久し振りの事だった。
「それで、わざわざ禁煙を進める為だけの為に俺に会いに来たのか?」
「いやいや、もっと事務的な話をしに来た。」
「というと?」
すると二曹は辺りを見回し、誰も近くにいない事を確認すると、三佐にやや小声で話し掛けた。
「俺の教え子達の特殊任務はいつ実施するのか、なるべく具体的な時期が知りたい。出来れば内容もある程度 。」
三佐はやや思案している表情をみせた後、来るべき強襲作戦の概要を話した。本番の内容によって今後の訓練の内容も変わるのだ。
「なるべく早くに作戦を行いたいと俺個人は思っているが…」
「まだ駒が揃ってない?」
「そういう事だ、カズ。きっとこれはかなり大掛かりな作戦になる。だからリスクもかなり大きくなると思う。なんせ複数の敵の拠点に同時に殴り込んで占拠しなきゃならない。小さなミスが大きな…」
「その殴り込みに、ヘリは使うのか?」
二曹は話が長くなると思ったからか、無理矢理口を挟んだ。
「ヘリで降下するとかそういう面倒な事をしないなら訓練の期間を減らせるが、どうする?」
「ヘリで降下しないって…ヘリ無しで敵の意表を突いた強襲なんかできるのか?」
三佐はヘリを使った強襲作戦にかなりの自信を持っていた。敵の航空戦力が展開出来ない夜間にも迅速にかつ、正確に戦力を前線のみならず、敵の後方にも投入できる上、島などの陸地をショートカットするなどの柔軟で立体的な作戦もできる。
ハッキリ言ってこれを越える強襲の手段は考えられなかった。
「作戦の目標は環礁の中なんだろ?要するに敵の迎撃よりも早く環礁の中に艦娘を送ればいい訳だよな?だったら“あれ”が使えるんじゃないか?」
そう言うと二曹は停泊している輸送艦を指差した。
「“あれ”って…あれか。」
それからは水雷コマンドのメンバー達にはひたすら厳しい訓練の日々が続いた。大河内による基礎的な体力訓練から香取による座学までとにかくあらゆる訓練をこなしていった。
体力訓練では慣れてくると全員艤装を装着した状態のままランニングをしたり、不眠で一晩中ひたすら行軍(陸上、海上問わず)したりと、陸自顔負けの中々ハードな日々を過ごした。訓練の中では誰か一人でもミスをやらかしたら最後、チーム全員にペナルティ(主に筋トレやランニング)が課せられた。
その一方で、時たま二曹は差し入れと称してクーラーボックス一杯のアイスクリームを持ってきたりして、艦娘との親睦を深めていった。訓練以外の時は鬼教官は鳴りを潜め、いつもの半分ふざけたような態度で接した為、艦娘との距離は順調に縮まっていった。
その一方、それと比例するように訓練もその苛酷さを極めていった。基礎訓練が終了すると、今度はより実戦的な訓練を彼女達は重ねていった。
実戦での状況を想定し、砲雷撃の訓練は夜間に行う事が多かった。夜間の限られた光源の中いかに早く、正確に目標を撃破できるか、それをひたすらそれを極めていく訓練だ。
「ほら、ちんたらすんなぁ!前進しろ!!そんなんじゃ深海棲艦に頭かち割られるぞ!!」
「おっそぉぉぉぉい!!お前ら俺に頭かち割られたいのか!!」
深夜にも関わらずメガホンを片手に大河内二曹は両手を振り回し、有らん限りの怒号を飛ばしまくった。時には勢い余ってメガホンを吹っ飛ばし壊してしまう事もあった。
また、ある時には夜間訓練を終えて疲労困憊の中、寝込んでいた彼女らの寮に花火を撃ち込み、「敵襲!!敵襲!!」と騒ぎ、全員を叩き起こした事もあった。奇襲を受けた時の対応力を試したのだと言う。
勿論二曹の満足するタイム以内に艤装を準備出来なかった時には容赦無くペナルティを課せられたのは言うまでもない。
そんな事が抜き打ちで(時には水雷コマンドの訓練とは全く関係ない者達や駐在する自衛隊員達にも)実施される訳だから、彼女達は睡眠さえ満足に取る事を許されなかった。
ある時には大河内二曹は加賀に頼み込んで実弾を込めた実機を使って訓練をした事もあった。制空権が敵の手に落ちた状況の中で味方の戦線まで撤退するという内容だった。
海上に設けられた障害物を避け、尚且つ標的となる的を砲撃すしながら艦娘達は航空機の攻撃をかわさなければならないのだ。
そんなことはどだい無理な話な訳で、次から次へと航空機が降下しては海上の艦娘に機銃を一連射撃ち込んでは、カンッカンッと金属音を立てて弾丸が跳ねていった。実戦ではこの機銃弾と共に爆弾や魚雷が投下される事になるという想定だ。
そんなこんなでボロボロになってようやく二曹の元に戻ってきたと思ったら、即座に修復バケツを掛けられ、「もう1回な。」という慈悲の欠片も無い言葉も掛けられた。
そんな感じで他の艦娘や隊員達は水雷コマンドの艦娘達を気の毒そうに横目で見ながら時は過ぎていった。
この頃は比較的戦況は安定(悪く言えば膠着)していた為、それほど慌ただしくなる事は無かった。戦闘と言えば敵の前線基地であるAJ海域までの物資の輸送の妨害や、小競り合い程度の防空戦位だった。
それでも、これから先に大きな戦闘が起こるであろうと言う事は鎮守府にいる全ての者――最高指揮官の海将から末端の陸士や艦娘まで――が共通して感じていた。
防空の為のスクランブルは日に日に増えていくし、時には鎮守府から目視できる所まで敵機が飛来する事もあり、緊張が緩む事は決して無かった。
そんな矢先、鎮守府にあの大空襲以来の大きな衝撃が訪れる事となった。
ついに敵艦隊の直接攻撃を受ける日が来たのだ。