長めなので注意です。
ここは赤城の矢の中。そう、あの弓で発射する矢の中だ。その中には零戦が整然と並び、その脇で二人の搭乗員がダベっていた。
「おい吉田、お前今日ので何機目の撃墜だ?」
「それって、大東亜戦の時も含めます?」
「いや、ここに来てからだ。」
「そうですねぇ…さっきので26機目です。」
「26機目?クソッ1機分負けちまった。」
「いいじゃないですか、別に撃墜機数が多いからって何かある訳でも無いですし。」
「お前はそう思ってるのかもしれねぇがな、俺みたいにラバウルで生活してたもんはなぁ、プライドがあるんだい。俺みたいな古参がお前みたいな若造に負けてたまるかってんだ!!」
「は、はぁ…。」
「まぁ徴兵組にやぁこれは分からんよなぁ。」
「もうそれやめて下さいよ。自分だって生まれるのがもう3年早かったら航空隊に志願してましたよ。」
「はっはっは、まぁお前もあの世の果てからわざわざここに戻って来る程度には空を愛してるってのは分かってる。それは結構なこった。」
「ええ、二度目のチャンスですから、逃す手はありません。」
「そういや、お前の大東亜戦の時の事はあんまり詳しくは聞いてなかったなぁ。」
「あの頃の話…ですか。」
「いや、話したくなきゃそれでいいが、ただ、戦後のつまんねぇ世をだらだらと過ごした俺にゃあ少しばかり気になってな。お前は何処でその若い命を散らしたのか。」
「…実を言うと、自分は陸軍の戦闘機乗りでした。」
「なに!?本当か!」
「はい。一式戦に乗ってました。ビルマで。45年の1月29日まで飛んでました。」
「ほぉ…あのビルマの航空隊か。」
「ご存じで?」
「ああ勿論。戦中も噂はしょっちゅう聞いてたし、戦後も色々見聞きした。おっとそういや龍一号の時には陸軍の航空隊と共同で作戦をやったんだった。」
「はい、自分も参加しました。」
「ほお、そりゃあそりゃあ。」
「しかし、お前みたいな若造が何でそんな前線に?」
「さぁ、それは詳しい理由は知らされてないんで分かりませんが、航空学校の成績は自分で言うのもなんですが結構自信がありましたから、その辺の関係ですかねぇ。」
「なるほど座学は優秀って訳か…。俺とは逆だなぁ。」
「えっ」
「俺は座学は大っ嫌いでよぉ、まぁ何だ長年の経験の勘で生き残ったって感じだな。」
「本当に自分とは真逆ですね…」
「おうよ、習うより慣れろって言うだろ?龍驤に搭乗して以来、世界中の空を駆けた俺にはそっちの方が性に合ってたんだ。」
「なるほど、自分は戦時に急造で育てられましたから、慣れる時間なんてありませんでしたからね。先輩方の助言と徹底的な観察が頼りでした。」
「だからお前は最初の頃は戦果が少なかった訳か…クソッ油断しちまったじゃあねぇか。」
「隊長殿、それは赤城さんがいつも言ってる“慢心”ってやつじゃないですか?」
「うるせぇ!それにしてもよく陸出身で零戦に乗れるよなぁ。」
「零戦と一式戦は似てますから。操縦のコツはだいたい同じです。多分隊長殿も一式戦なら普通に乗りこなせると思いますよ。」
「そうか…それにしても洋上飛行も出来るなんてなぁ。」
「一応陸軍でも洋上飛行はしてましたよ。それにこれは隊長殿の言う通り勘でなんとか…。」
(いや…いくら特性が似てるからって別機種の戦闘機を駆ってあんな操縦が出来るとは…それに俺のスコアを上回る撃墜数…間違い無い、こいつは…)
「いやはやしかし短い人生でしたが、色んな機とやり合いましたね、今思い出すだけでもP-38、P-40、P-47、P-51、B-24、ハリケーン、スピットファイア、シコルスキー…まぁまぁな人生でした…かね。親不孝者でしたが。」
(空の戦女神に魅入られたか、はたまた死神に魅入られたか、とにかくただ者じゃねぇ…)
「あの世でゆっくりするのもいいですが、また空を飛べると聞いてつい…」
「地獄に降りてきたって訳か…面白い。」
その時、ブザーがいきなり鳴り響いた。
『艦載機の皆さん、出撃です。任務は鎮守府の防空、可能な限りの敵機を落として下さい。』
赤城の声が響いた。
「おっと出撃のようだな。」
「行きましょう!」
「しっかしこれで発出した後は外の連中の言う“妖精さん”フォルムになっちまうんだよなぁ。」
「いいじゃないですか、可愛らしくて。」
「そうかぁ?俺はあのちんちくりんな見た目は好きじゃねぇんだけどな。」
「そのまんまだったらきっと駆逐艦の娘なんか誰も近寄りませんよ。」
「おいそりゃどういう意味だ。」
「おっと、もう出撃のようですよ隊長殿。」
「…ああチキショウ、かっ飛ばしてくぞ!!」
「はい、隊長殿!!」
整備員達が一斉に帽子を振る。色んな声援が聞こえるが返す程の余裕は残念ながら無い。
次の瞬間、気色が一気に変わる。眩しい太陽の光りが一杯に広がり、零戦の白い翼を煌めかせた。
――戦闘機隊の皆さんに連絡します。皆さんは敵戦闘機隊を集中的に狙って下さい。爆撃機、攻撃機は加賀さんの戦闘機達に任せます。
――質問、俺達も爆撃機を落としてもいいのか?
――ええ、構いません。ですが、あくまで皆さんの優先目標は戦闘機です。
――分かった。
赤城の戦闘機は編隊を維持したまま急上昇して行く。極限まで軽量化された零戦の機体はぐんぐんと昇っていく。
(さぁどこだ畜生共。来い来い来い…)
――隊長殿!4時の方向、600m下!!
「んむぅ?」
石井が確認すると、確かにそこには黒々とした深海棲艦の航空隊が編隊を組んで巡航飛行していた。
まだこちらには気付いていない。格好のカモだ。
(それにしてもまたアイツが先に見つけたか…。)
(いかんいかん、集中だ。見てろよあんにゃろう共、また海の底に叩き落としてやる。)
零戦の編隊は殆ど同時に降下を始める。優先目標は戦闘機と言われたがここからではよく分からない。各々が適当な目標目掛けて突っ込むだけだ。
(よぉし、こっからが勝負だ。一撃をかました後にすぐにまた上昇、そしてこっちの得意な格闘戦に持ち込む!!幸い奴らは爆撃機にべったりくっついて護衛してる。爆撃機を見捨ててまで急降下して逃げるマネはしないはず!!)
そう考えている間にも照準の中の
敵機はどんどん大きくなる。
(よぉし、いいぞいいぞ…)
次の瞬間には編隊を組んでる仲間達が一斉に機銃を撃ち始めた。曳光弾が美しいオレンジの尾を真昼の空に描きながら列を成して敵機に向かって行く。
石井の目標の機もようやく自分達が狙われてると気付いて回避しようとする。
「遅い!!」
そう言い終らない内に石井は機銃のレバーを引いた。
機首に仕込まれた二挺の機銃が軽快な銃声を刻んで7.7mm弾を叩き込む。
石井は黒煙を上げる敵機を避けて一端降下する。
「ざまぁ見やがれ!!」
石井は降下が一段落するとすぐに後ろを振り返った。
見ると敵機が一機が、混戦の様相の頭上から自分目掛けて降下して来る。
「来やがったなぁ。」
石井は獰猛な笑みを浮かべた。乗ってくれたなこの野郎。
この低高度ならこっちのもんだ。旋回しまくって敵機を巻いて巻いて後ろに回り込む!!さぁどこまで着いて来れるかな?
石井は舵を目一杯切って零戦を旋回させる。
だがおかしい。敵機はこちらに無闇に食い付いてこない。だがピッタリ後に付けて来てる。
これは…!しまった!!…罠だ!!
石井がそう気付いた時に前方から一機の敵機がこちらに向かって来た。きっと後ろの奴の相棒だ。二機がかりで俺を仕留めようってか?利口な奴らだ。
一転して石井の顔が歪んだ。クソッたれめ…。石井がそう思った途端に前方の機がふらふらとよろめくと黒煙を吐いて落ちていく。
「なっ!?まさか…」
石井が頭を目一杯上げて上を見ると、一機の零戦が目の前を降下して行く。その中に居るのは、吉田だ。
吉田は編隊が一斉に降下を始めた時に一端編隊を離脱していた。吉田は今度の敵の編隊は護衛の戦闘機が多めに居る事に勘付いた。
(このまま突っ込めばきっと呑まれる機が出てくる。)
そう思った吉田は上空から混戦の様子を伺った。こういう時に真っ先に先頭きって突っ込む危なっかしい人と言えば、あの隊長だ。上空から様子を見ているとそれらしい機が見えた。やはり一番奥深くに飛び込んで暴れまわってる。
その時、隊長機の前方から一機の敵機が接近していくのが目に入った。二機一組で隊長を仕留める気か。
「そうはさせません。」
そう呟くと吉田は急降下を始めた。機体を翻しての見事な急降下だ。しかし吉田は急降下の姿勢になってから不味い事に気付いた。
「あっ、しまった!!」
激しい降下の中で機体がギギギギっと悲鳴を上げている。
そう、零戦は無理な軽量化が祟って、急降下をすると場合によっては機体がばらばらに分解してしまう程に脆いのだ。
吉田は誤って以前操縦していた陸軍の一式戦闘機と同じような感覚で操縦してしまったのだ。
「クソッお願いだ、頼む、持ってくれっ。」
強烈なGが体全体にかかって声を出すのもやっとの筈なのに、吉田は祈った。
「うぁぁぁっ」
一瞬翼が物凄い音を上げた。
だが幸いにも翼がもげる事はなかった。
「…貰います。」
照準の中の隊長を狙う不届き者に向かって、吉田はレバーを引いた。一瞬で片を付ける為に機首の二挺の7.7mmと両翼の20mmを同時に乱射しながらまっ逆さまに降下した。
敵機はあっという間に部品を撒き散らしていった。本当に一瞬の出来事だったが、この勝負は吉田が取ったのだ。
だが安心もしていられない。
「うあっ降下が止まらない!」
無理な急降下をした吉田の機は操縦不能に陥っていた。このままでは猛スピードで海面に突っ込む…いやその前に空中分解してバラバラだ。
「上っがれぇ!上がってくれぇ!!」
彼の願いも虚しく海面はどんどん近くなる。高度計が追い付かない程の凄いスピードだ。
「うあっ」
次の瞬間、機首がいきなり上に上がった。機首が上がった事で空気抵抗が大きくなり、一瞬スピードが落ちる。そこですかさず吉田は舵を切った。
「…ふぅ、危ない危ない。」
なんとか持ち直した吉田は一息着くと機首を上げて急上昇させ、再びもみくちゃの乱戦のただ中に飛び込んでいった。
――こちら戦闘機隊、着艦の許可を求める。
――こちら赤城、着艦を許可します。
――了解、これより帰投する。
石井は後ろを振り返った。今日だけで何十回目も後方を振り返ったが、今度の光景は中々堪えた。
「畜生、随分少なくなったな…。」
そう呟きながら石井は赤城の甲板に機を降ろした。
「お疲れ様です。石井隊長。」
「おお、そっちもお疲れ様だ。」
石井はピシッと敬礼をする。その後ろから続々と隊の機が着艦した。
しかしその中に一機、やや危なっかしい着艦をする機があった。
(そういやあいつの着艦を見たことはなかったが、やっぱ少しばかり慣れてないな。)
「ん、そういや赤城さん、鎮守府の方は大丈夫かい?俺達でかなりの数を落としてやったが…。」
「はい、報告によれば鎮守府の損害は防空にあたった駆逐艦2隻が爆弾の至近弾で小破した以外は全く損害はないようですね。」
「そうかい…そりゃ、頑張った甲斐があったな。」
「はい、ですが私たちの損耗も激しいので、一旦鎮守府に帰投します。」
「分かった。」
「それでは皆さん矢に納めますよ。」
赤城がそう言うと景色が一気に変わった。また出撃前の格納庫のような空間に戻ってきた。
「はぁー疲れた。」
石井がイスに腰掛ける。
「皆疲れてますよ隊長殿。」
「お前何機落とした?」
「あ~、5機は確実に落としたな。」
「おいおい嘘つくんじゃねぇよ!」
後ろから続々と彼の隊の隊員達が降りてきた。
「よぅし、話止め。えーっと…俺の隊は一人も欠けてねぇな。」
「当然ッスよ隊長。」
「そうそう、この赤城の搭乗員の中でも精鋭揃いの俺達があの程度で落とされてたまるかってもんですよ!!」
「よぅし、じゃ今日の戦闘で思った事、感じた事、何でも言ってみろ。」
こうしてこの後数時間、自慢話と戦果報告も兼ねたブリーフィングが行われた。
鎮守府工廠
「随分無理な飛行をしたんですねぇ…直すのに少しばかり時間が掛かると思いますが、まぁなんとかなるでしょう。それにしてもよく機体が持ったもんです。」
工廠の妖精さんが半ばあきれた顔で言った。
「お願いします。」
「いやはや、今日はすまんな。今回ばかりは素直にお前の腕を認める。見事だった。」
「いえ…ただ、小隊には隊長殿がいないといけませんから。無我夢中で突っ込んだだけです。」
「だが俺は助かった。あんがとな。」
「いえ…」
「ホントにお前は謙虚だなぁ。何だそれも陸軍仕込みか?」
「いえ自分は元から…」
その時ただでさえ騒音に満ちている工廠内に男女のわめき声が響き渡った。
「なぁなぁ加賀さん頼む、兄貴だけには黙っててくれよぉ。ほら、赤城さんも何か言ってくれよぉ。」
「私からもお願いします加賀さん、どうかさっきのは内密に…」
「出来ません。」
「「そんな!!」」
「もうこれで何回目ですか、銀蠅。これ以上赤城さんと大河内二曹を見逃してたら私にまであらぬ疑いをかけられてしまいます。」
「加賀さん、まさかあなたが保身に走るなんて!!」
「保身でも何でもないですよ二曹。あなたの為に言ってるんです。」
「加賀さん、カレーですか、いえ、アイスですか!?」
「私は買収されませんよ、赤城さん。もう三佐あたりにキツく言って貰わないと聞き分けないでしょう?」
「おいおいおいちょっと頼むよぉ…」
以下ループ
「…賑やかなこった。」
「ええ、賑やかですね。それにしてもこっから見たらホントにただの年頃の娘さん達ですね。」
「一服するか?」
「いえ、煙草は遠慮させてもらいます。」
「そうか。」
「…また1日終わったな。」
「はい、1日生きましたね。」
「あと何回1日をやり過ごせば、この戦争が終わると思う?」
「珍しいですね、隊長殿がそんな感傷に浸るなんて。」
「そうだな、いや、こうして回りを見てみろ。」
『脚が可愛いのよ、脚が!』
『ちくまー!ちくまぁー!!』
「80近くまで生きた俺にとっちゃ、ガキばっかりに見える。」
「でも違う…と。」
「ああ、変な話だ。この世界を救うのがあんなガキの見た目をした軍艦と、こんな成りの俺達…。」
「そして今を生きる自分らの子孫達。」
「そう思うと、こう、何だか馬鹿らしく思えてきてな。」
「…戦争なんてそんなもんじゃないんですか。ずっとやってると馬鹿らしく思えてくるものです。言い出したらキリがありませんよ。」
「はっは、まさかお前にそう言われるとはなぁ…。」
「皆さ~ん、皆さん!」
「おっと、赤城さんですね。」
「どうやらなんとか切り抜けたみたいだな。もう一人の方の姿は見えんが。」
「皆さん、提督との交渉の結果、明日と明後日は1日休みを貰いました。ゆっくり休んで英気を養って下さい。」
「お~!!」
赤城所属の妖精さん一同からドッと歓声が上がった。一方整備係の妖精さん達は80機もの戦闘機の整備に追われてそれどころではないようだ。
「…いい女だなぁ。」
「はい?」
「いや、もしな…もし、この戦争に意味を無理矢理にでも持たせるとしたら、あんないい女を最後まで俺の手で守る事だな、って思っちまった。」
「ふふっ…隊長殿らしいですね。」
「この前の時は勝つ為だけに戦ってたからなぁ。これでちったぁやり甲斐が出来たかな。」
「赤城さんを守る…ですか。」
「ああ…でもな、あぁ、俺はやっぱり龍驤に一目会ってみてぇなぁ。」
「この前の時の所属の艦だったんでしたっけ?」
「そう、守りきれなかったがな…。あいつはきっと加賀みたいな歴戦の古参兵としてどっかで海を駆けてるんだろうなぁ。」
「加賀さんですか。」
「ああ。あいつは日中戦以来、俺と一緒にいろーんな戦場を潜り抜けてきたからな。きっと“クゥル”な大人の女になってんだろうなぁ間違いねぇ。」
「それは是非会ってみたいですね。…自分はまたビルマの航空隊の仲間と会いたいです。」
「昔の仲間か…俺の仲間はほとんど空で死んじまったなぁ。でもそうだな、俺も会いたい。」
「そう思うと、もしかしたらこれは神様のくれた最後の機会なのかもしれないですね。」
「死人へのお情けか?…まぁそれも悪くはない。」
「またこの空を味わいましょうよ。もう二度とこんな機会は無いかもしれないんですから。」
「ああ。待ってろよ龍驤。そして、頼んだぜ赤城さんよぉ。」
「それでは…今夜は一杯、どうです?」
「お、いいねぇ。よぅし、行くぞ野郎共!今夜は戦勝祝いで俺のおごりだ!」
こうしたまた日が暮れて鎮守府の1日の終わりを告げた。
妖精さん一人一人にもこうした隠されたドラマが秘められているのかもしれない。
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ビルマの陸軍航空隊
太平洋戦争序盤から末期に至るまで現在のミャンマーを中心に活躍した一式戦闘機(=隼)を装備した部隊。
各地の陸海軍の航空部隊が次々と壊滅していく中、最後まで連合軍の新鋭戦闘機に果敢に挑み、互角以上の死闘を繰り広げた。
連合軍には「ブラックドラゴン飛行隊」とあだ名され、畏れられていた。