4月25日 15:00時
「竹崎、砲弾の用意早くしろ!日暮れまで時間は無いぞ!」
特科の中隊長である玄田1尉の激が飛んだ。竹崎をはじめとした隊員達はせっせと155mmの砲弾を運んでいるが、まあこれが重いわけで、さらに万が一砲弾が爆発した際の二次被害を抑える為に間隔を開けて砲弾を置くものだから、かなりの重労働だ。
「本当に深海棲艦を迎撃するつもりなのか…。」
竹崎は砲弾を運びながら同僚に話しかけた。
「まあ大隊長がそう指示したんならそうなんだろう。」
「それこそ艦娘の仕事じゃあないのか?」
「それなら俺たちは、何の為にここに来た?まさか観光じゃあないだろ?とにかくやっと俺たちの出番って訳だ。」
「まあやれと言われればやるけどさ…。深海棲艦にどれだけ効果があるんだか…。」
そんな愚痴を小声でこぼしながら、竹崎達は整然と作業を続けていた。
一方その頃、艦娘達も水上部隊の迎撃の体勢を着々と整えていた。
砲弾を砲塔に装填し、サイドアームの機銃のメンテナンスも念入りにしていた。
特に水雷系の艦娘は魚雷のメンテナンスに、砲戦火力を重視する戦艦の艦娘は主砲のコンディションのチェックに強いこだわりを持っている。
そのため砲戦火力と水雷火力の両方が強力な重巡洋艦の艦娘は特に煩雑なメンテナンスをする羽目になり、下手したら戦闘そのものよりも労力を消耗している艦娘もいるかもしれない。(戦闘配置に着いた全ての艦娘が直接戦闘に参加するとは限らないのだ。)
「よぉーし、第1、第2分隊、装備のチェックをしろ。」
そんな(不謹慎ながら)祭りの直前を彷彿とさせる活気の中、大河内和也が準備をしている水雷コマンドの面々に向かって言う。
「司令、魚雷の感度はどうします?」
「うーん…“そこそこ”にセットしとけ、浜風。」
「はい!?」
異議の声を上げたのは大井だ。
「何だ大井っち?」
「それやめて下さい!!あと、魚雷の感度は最大では設定しないんですか?もし敵艦に当たっても不発だったらもったいないわ!」
「大井っち、お前の言いたい事は分かる。だが今回はかなりの混戦になる。敵も全速力で走り回るだろ?そうすると敵に近づいただけで、航行してる時の波で魚雷が爆発する事があるんだよ。それくらい知っとけ。」
大河内にもっともな事を言われて大井はムムッと顔を歪ませた。
「……本当なんですか?北上さん?」
「まあ聞くところによると本当らしいね~。ソロモン海戦の時とか、サマール沖海戦とかでそんなことがあったって聞いたよ~。」
「むぅ…北上さんが言うならしょうがないですね。魚雷の感度の設定を直さないと。」
大井はきまりが悪そうな様子で言った。そこに大河内は間髪入れずに食って掛かる。
「最初に言ったの俺だけどな!ついでに言うと気づいたのは浜風な。感謝しろ!感謝!!」
「うるっさいわねぇ!こんな時に!」
「おいおいおい、仮にも上官に向かってそりゃねぇだろ、大井っ…。」
「はいそこまで~。」
割って入ったのは北上だ。面倒くさがりやな彼女はこんな喧嘩に首を突っ込むなんて面倒くさい事はしたくなかったが、放っておくともっと面倒くさい事になる事を知っていた。
「こんな時に喧嘩で怪我なんかしたら洒落にならないよ~。3佐に叱られるよ~。ほら大井っちも2曹も止めなよ~。」
ここに至ってさすがに二人とも頭を冷やしたようだが、依然として北上を挟んで睨み合っていた。
「…ふんっ、いいだろう。これは明日に持ち越しだな。」
「ええそうね。…とりあえず今夜のところはあんたの言うことを参考にしてもいいかしらね…。」
そう言うと二人とも同時にぷいっと視線を外した。
「そ、それにしても、10cm砲の調達が間に合って良かったです。」
微妙な雰囲気を少しでも紛らわそうとしたのか、香取がフル武装した面々を見ながら大河内に言った。
「それにしてもなぜ10cm砲にこだわるんです?単純に対艦攻撃で効果的なのは12.7cmだと思いますが…。」
「1発あたりのダメージで見るか、全体のダメージで見るかっつー事だ。そう考えると10cm砲も悪くないぞ。」
大河内の応えになるほどと香取は頷いた。
「なるほど、高角砲ならではの速射力で1発あたりの威力を補う訳ですね。」
「それに10cm砲は砲弾が小さい分反動が少ない上に携行できる弾の数も増える。本来の用途…対空用にも使える汎用性もある。まさに少数精鋭の特殊部隊向けの砲だとは思わないか?」
「強いて言うなら遠距離の砲戦には向きませんが…。」
香取の言う通り、10cm砲弾(と言うか一般的にサイズの小さい銃砲弾)は遠距離での砲戦では分が悪い。
サイズが小さい分、風などの影響を受けやすくなってしまうのだ。
「そんなのは空母なり戦艦なりに任せれば良い話だ。俺達は確実に当てられる距離まで突っ込んで、相手の顔見てニッコリ微笑んで一撃ぶちかましてやればいいんだよ。」
「はぁ…なんと言うか…さすがですね。」
「ああ、よく言われる。これが空挺魂ってやつだな。」
ハハハッと和也は笑っていたが、さすがの香取もこの気合いには引いていた。
「よし、プランの最後のおさらいだ。」
陸自の各中隊長と各海上部隊の旗艦である艦娘達が本多を中心に一同に介していた。
彼らの見る先にのホワイトボードに貼ってあるのは、いつもの広い太平洋を俯瞰した地図ではなく、この鎮守府のみがでかでかと写されたものだ。それがより一層、見る者にこの状況の不味さを訴えかけている様で、無意識のうちに中隊長達と艦娘達を急き立てた。
「基本的な概要を言うぞ。まず敵艦隊をあらかじめ試射によって砲撃の照準がバッチリ付けてあるこの“突撃破砕砲撃域”まで引き付ける。」
本多がそう言って指し示した地図のところには等間隔で碁盤の目のようにブイが設置されていた。
「このブイが砲撃の際の目安となる目印になる。いわゆる“標桿”(※1)というやつだな。そして敵艦隊が完全にこの海域に入ったら、海上の打撃部隊と陸上の特科で、音響探知機と上空の無人機の映像に基づいたゼロイン(※2)をしながら一斉に砲撃…要するに弾着観測射撃を行い、これを叩く。」
「ちょっと待ってくれ。」
声をあげたのは打撃部隊の旗艦の長門だ。
「以前3佐が話してくれたが、深海棲艦は赤外線では捉えられないのではなかったのか?」
「あ~、その点に関しては心配無い、長門君。3佐、説明を。」
本多の隣に黙って座っていた大河内が席を立った。
「以前の調査の時点では深海棲艦は殆ど体温が無く赤外線で捉えるのは困難だという事になっていたが、最新の米軍からの情報の提供によって深海棲艦自身は体温を発しないが、戦闘時には奴らの艤装が熱を発するという事は確認できた。」
なるほど、という顔で長門は頷いた。
「発砲すれば砲身が加熱するのは奴らも同じという事か。」
「その通りだ。よって我々は夜間でも赤外線映像を配信できる機体で相手の位置を把握出来れば、理論上は弾着観測射撃は可能だ。」
「しかし待ってくれ3佐。」
長門は再び異議の声をあげた。
「砲身は砲撃を行わない限り加熱しない。つまり…。」
「そうだ。夜間の弾着観測射撃は敵に先制攻撃を喰らう前提で行わなければならない。」
これの発言にはさすがに一同に動揺が広がった。
「まあそう過剰に警戒することはない。暗闇での砲撃はそう簡単じゃない。最初の斉射でこちらが致命的な損害を受ける可能性は極めて少ない。敵が目視で照準を合わせる前に我々が観測機で照準を合わせれば被害は少なく抑えられるはずだ。」
「“はず”…か。らしくないな3佐。」
ふむ、と大河内は腕を組んだまま長門を見つめて言った。
「無責任に聞こえてしまったら悪いが、君たちと私の大隊の特科の腕を信じている。君たちが全力を発揮できる舞台は私達で全力を尽くして用意する。そこは我々を信じてくれ。」
その言葉を聞いた長門はフッと微笑した。
「そうか。そう言われたなら期待を裏切っては悪い。相分かった。この長門と第1打撃群で敵艦隊を薙ぎ払ってやろうではないか。」
「よろしく頼む。では海将、続きを。」
それから細かい質疑応答を挟みながら本多の説明は続いた。
要約すると一丸となって鎮守府へ進行する深海棲艦の部隊を突撃破砕砲撃域まで誘い込み、艦娘達の水上部隊と陸上自衛隊の特科の一斉砲撃によって出鼻を挫く。
そこから左右に別れて迂回しようとする敵艦隊を各個撃破する、というものだ。その過程で想定される深海棲艦の陸戦部隊は陸上自衛隊の隊員達で対処するということが説明された。
「なお空母部隊は我々が交戦中は東方の海域“31イースティングス”に待機。払暁と共に航空支援を実施してくれ。」
最後に大河内が付け足すように言った。
「分断し、孤立させ、殲滅する。この段階を忘れるな。」
「いよいよだな…。」
ミーティング後、二人きりになった会議室で、本多がやや不安げな面持ちで大河内にそう言った。
「海将、あなたはとにかく落ち着いて、絶対に焦っている表情を見せずに指揮をしてください。私も常にここに居られるとは限りません。とにかく私と、私の大隊も含めたあなたの優秀な部下を信じてください。」
「はは…年下の君にそこまで言われてしまうとはなぁ…。」
本多がため息混じりに自嘲的に言うと、大河内が何かを本多に差し出した。
「な、なんだこれは?」
「見ての通り拳銃ですよ。ちゃんと撃てますよね?」
大河内が渡したのは「コルトM1917」。45口径の大型リボルバーとそれを入れるホルスターだ。
「はい、これが弾です。一応12発分ありますから。まぁ使う事にならないのが一番ですが。」
「は、はぁ…。」
「私の隊がずっとここに居られるとは限りません。万一の際は私が部下を率いて行きます。その時は自分で何とかして下さい。」
「う、うむ。心得た。大河内君、気遣いありがとう。」
そう言うと本多は若干たどたどしく銃を持った。
「ふぅー…。いよいよだな。」
本多は絞り出すように呟いた。自衛官として入隊以来覚悟だけは決めてきたが、今度こそ死ぬかもしれない。
遺書か何かを書いておいた方が良かったのか、死んだ後残された家族は元気にやっていけるだろうか、いやいや財産分与はどうなるのだろうか…と、今更ながら色々な考えが本多の中を巡った。
なまじ戦闘まで時間があるものだから、かえってそれがもどかしかった。一旦戦闘が始まればこんな余計な事は考えなくて済むのに。
「戦闘糧食食うのってそういや久しぶりですね。こんなに不味かったでしたっけ?」
三好士長がタコツボのなかでレトルトの中華丼(通称パックメシ)をほお張りながら言った。
「随分贅沢な事言うようになったじゃねえか。…しかし、すっかり鳳翔さんの飯に舌が慣れちまったのも確かだな。」
上官である浅井3曹もパックメシを手に言った。いつもなら温かい飯が食べれるだけでも儲けもんだと思うのだが…。
軍用の糧食というものは概して決してうまいと言えるようなものではない。味よりも優先すべきは栄養価と保存性。特にアメリカの戦闘糧食「MRE」は
「食べ物に似た何か」
「エチオピア人にも拒否された食べ物」
などボロクソに言われていた。もちろん今現在ではある程度は改良されているはずだが…。
そんな中で自衛隊の戦闘糧食は他国からも高い評価を受けてきた。カンボジア派遣中に開催された戦闘糧食のコンテストでは見事に1位を取った程だ。それだけのものを食べて三好のような事を言ったらアメリカ軍(とエチオピア人)なんかはたまったものではないだろう。
「ほら、食い終わったらさっさと作業を進めろ。日暮れまでには間に合わせないといかん。」
「了解しましたよ。」
三好はそう言うとミリメシのレトルトパックをごみ袋に入れ、厚手の手袋をし、鉄条網の敷設作業に戻った。
照りつける南国の日光に焼かれながら三好達は作業を続けた。しかも額から流れる汗を拭う時間も惜しいほどの切迫した空気の中での作業だった。
「おい、何か俺達に手伝える事はないか?手持ちぶさたでな。」
三好が顔を上げると、そこには重雷装巡洋艦の艦娘である木曾がいた。そばには時雨、初風、卯月、吹雪もいた。
木曾の口調の砕け具合からすると舎弟のように見えなくもないような光景だ。
ちなみに同じ部隊に所属している摩耶はまだ準備が終わらないようで、一人置いてきぼりにされたようだ。
「3曹~!この娘らが手伝いたいって言ってますけど、どうします?」
三好がそう言うと浅井がタコツボの中から顔をひょこっと出した。
「そう言う事なら高射科に行ってやれ。あいつら高射砲を移動させる人手がいないって騒いでたぞ。」
「分かった。高射科だな。」
「北側の沿岸陣地で高射砲をセットしてる。速く行ってやれよ。」
木曾はそれを聞いて頷くと高射科の応援に向かって行った。
しかしどういう訳か吹雪はまだ三好の前に立っていた。どうやら鉄条網が気になるようだ。
「吹雪ちゃん…だっけ。」
姉妹の白雪や深雪や初雪とややごっちゃになりつつあった三好は少しばかり疑問形が入りながら吹雪に話しかけた。
「は、はい!吹雪ですっ!」
急に話しかけられた吹雪も声が上ずっている。いきなり大きな声で返された三好もおっとと少し身を引いてしまった。
「こいつが気になるのかい?こんな針金のモジャモジャが何の気休めになるのかって?」
「えっ!?いえ、そんな事は、まぁ…ええと…。」
なまじ嘘がつけない正直な性格なだけにえらく曖昧な対応になってしまった。それに気付いた吹雪もまたその事を気にしてすっかり狼狽してしまった。
「冗談冗談、気にしないでいい。しかし鉄条網ってのはな、俺達にとっては最後の壁と言っていい位重要なものなんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ、何しろ…」
「視線と銃弾は通すが敵は通さない。砲撃、爆撃にも柔軟に対応できる。」
三好の説明に割って入ったのは浅井だ。それを聞いた吹雪はへぇ~といった表情を浮かべている。
「3曹、せっかく俺がいいところ見せてるんですから空気読んで下さいよ…。」
「どうせ俺の受け売りだと思ってな。違うか?」
「3曹も意地悪ですね。」
「そんな事より吹雪、行かなくていいのか?」
「ああっ、すいません!失礼します!!」
そう言うと吹雪は木曾達を追って走り去って行った。とても数時間後に戦闘が迫っているとは思えない牧歌的で平和的な光景だ。
「…3曹。」
「なんだ?」
「俺達、戦争やってるんですよね?」
「…戦争は変わった。」
「今そのセリフ使います?」
※1標桿(ひょうかん)…砲撃の際に着弾修正の目印となる旗などのこと。
※2ゼロイン…照準した場所へ着弾地点を導くこと。零点規正とも。