「も、目標接近!!迎撃用意!!」
海岸近くにある高射科の陣地の中で加藤1士が叫んだ。
この高射砲陣地は昼間に木曾達の助けを借りて造られた即席の陣地だ。
土嚢を周囲に積み重ねた大きめのタコツボの中に、モーター駆動の自動回転式砲架に据えられた90mm高射砲が鎮座していた。
高射砲は半分地面の下に隠れ、上からは一応擬装ネットが被せられていた。半地下のそこそこ耐久力のある陣地という訳だ。
「装填しろ!!」
それを聞き末吉3曹が指示を出す。彼は両目を血走らせて赤外線スコープを覗きこんでいる。
その目線の先を、今まさに深海棲艦の1部隊が横切っているのだ。しかもこちらには気づいていないようだ。
――本部、本部、こちらノヴェンバー2、敵艦隊を視認。発砲許可を乞う。
――こちら本部、ノヴェンバー2の発砲を許可する。
――ノヴェンバー2、了解。
「装填よし!!」
磯野1士は素早く90mm砲弾を装填する。ガシャコンッという音と共に90mm砲弾はそのシャープな体を砲身に納めた。
「よし加藤、何時でも撃てるぞ!」
「ちょっとそう焦んないで下さいよ。向こうはすごいスピードで移動してるんですから。」
「早く撃たないと行っちまうぞ!」
加藤はハイハイ、と適当に流しながら砲弾の発射レバーに手を掛けた。彼がこの高射砲の砲手なのだ。
彼らが命を預けているこの高射砲は「M1 90mm高射砲」。1941年にアメリカ軍に制式採用された優れた高射砲だ。
高射砲とだけあって口径は小口径だ。駆逐艦の主砲でも12.7cmある訳だから、たった9cmしかないこの高射砲は一見頼りなく思えるかもしれない。
しかし侮るなかれ、この高射砲は戦後にアメリカ軍主力戦車の主砲としての任務を務めあげた程の優れた装甲貫徹力を持っているのだ。
「よぉーし、いい子いい子…。」
加藤は独り言を呟きながらフットレバーを踏み、高射砲が据えられている砲架を右に旋回させる。
「…20mm!!目標は最後尾の駆逐艦!!」
加藤が大声でそう叫ぶと、砲を挟んで座っていた高橋1士が20mm機関砲の引き金を引いた。
ダッダッダッダッという機関銃よりも重く、ずっしりとしたリズムと音と共に20mm弾が闇に吸い込まれて行く。曳光弾が光の線を描き、深海棲艦の隊列に飛び込んだ。
この20mm機関砲は90mm高射砲のスポッティングライフル、つまり照準器の替わりという役目を持っている。この曳光弾の弾筋が砲弾の弾道の目安になるのだ。
「狙い良し!」
「てぇ!!」
高橋の声に応え、加藤がレバーを強く握ると、90mm砲弾が発射された。曳光弾のように明るい光の塊が飛んで行くのが見えた。
砲弾は真っ直ぐ飛んだが、惜しくも目標の後方に着弾、水柱を作った。
「左に着弾、ちょい右に!!」
「分かってますよ!」
加藤はフットレバーを踏み込んだ。
「機銃、撃て撃て撃て!!」
「ああ、了解!」
高橋は正直なところ、20mm機関砲はあまり撃ちたくなかった。こんなの敵に自分の居場所を教えるようなものだ。
彼ら陸上自衛隊の隊員に言わせてもらえば、こんな風に目視で照準をあわせて砲弾を撃ち込むなどという行為はいささか“原始的”と言える。
いつもなら日本の誇る高精度な電子機器のバックアップの元で、こんな無謀な事をしなくても戦闘ができるのだが…。
「狙い良し!!」
「てぇ!!」
再び90mm砲が火を吹く。砲身が後退し、薬莢が排出され、金属音を響かせながら転がった。
今度発射された砲弾はあの忌々しい駆逐艦に向かって真っ直ぐ飛んでいった。
「よっしゃ!ケツに当たった!!」
赤外線スコープで見ていた末吉が興奮ぎみに叫んだ。
砲弾はギリギリのところで駆逐艦の後部に命中、爆発と共に破片を撒き散らした。
「目標減速!」
機銃手の高橋が言った。
「多分、スクリューか何かに当たったな。もう一発止めを刺すぞ!!」
「了解!!」
一連の流れにもう慣れたのか、次の瞬間には即座に3発目が発射されていた。
砲弾は目標の真ん中、つまり駆逐艦の土手っ腹に命中、穴を穿ち、あっという間に目標は炎に包まれた。
暫し間を置いた後には爆発し、下顎に当たる部分を残して粉々に吹き飛んだ。
「うおっ、眩し!」
赤外線スコープでその様子を見ていた末吉は、一瞬思わず目が眩んだ。
「砲弾が誘爆でもしたか?それにしてもこいつはさながら対戦車戦闘だな…。」
「それならミサイルが欲しいッスね。」
「贅沢言うな。」
末吉と高橋が問答をしていると、砲手の加藤が叫んだ。
「新たな目標が接近!!11時の方向、巡洋艦!!」
それを聞いて高橋も20mm機銃に手を掛ける。一瞬で顔は強ばり、両目を見開いて目標を見つめた。
燃え上がる駆逐艦の炎のお陰で、仲間の仇を討たんとこちらに向かってくる敵巡洋艦の様子は肉眼でもハッキリと見えた。
「軽巡ホ級接近!!どうします?!」
「待て慌てるな高橋。相手は軽巡だ、うちらでも十分“喰える”はずだ。」
「本気ですか!?」
「じゃあ高橋、俺達はどこに逃げるっていうんだ?」
「えっ?」
「辺り一面深海棲艦だらけだぞ?うちらは、どっち道ここで踏ん張るしかないんだよ。」
「…そうですよね。」
しかし高橋に落ち込んでいる暇はない。
「高橋、20mm!!」
砲手の加藤が叫んだ。敵の砲口はまさに自分達を狙っていた。さながら西部劇の決闘のような状況だ。
再びダッダッダッダッと、重い発射音が響いた。
それに応えるように、ホ級も機銃をこちらに撃ち込んできた。
「クソッ!あの野郎!!」
末吉が思わず毒づいた。空を切ってこちらに向かって無数の機銃弾が放たれる。
頑丈な高射砲陣地の中なら銃弾で死傷する心配はほとんどない。しかし、真っ赤に光る曳光弾や、赤外線スコープを通して見える真っ白に光る機銃弾の条に、思わず末吉達は目が眩んだ。
「早く撃ち返せ!!」
「しかし隊長…。」
加藤が悲鳴のような悲痛な声をあげた。
「目標が小さすぎます!!それに移動速度もかなり速いです!」
「…要するに何と言いたい?」
「とても厳しい射撃です!こんなの職人技ですよ!!」
「それをやるのが自衛隊だ!やれと言ったらやれ!!」
「はいはい了解!!」
そもそも高射砲は航空機を撃墜又は損傷させる為の兵器だ。水平に撃てば戦車も狙えるが、今度の目標の大きさは人とほとんど変わらない。
小さすぎるのだ。元々人を狙い撃つように設計はされていない。言ってみれば、機銃でハエを撃ち落とそうとするようなものだ。
「狙い良し!!」
「ってぇ!!」
轟音を響かせて砲弾が発射された。
砲弾はホ級の右側に着弾した。目標を変え、照準を直したばかりだからか、加藤には悪いがお世辞にも近いとは言えない。
「高橋、機銃!!」
末吉が急かすが、機銃の曳光弾は一向に発射されない。
「弾切れ、装填中!!」
「クソッ、急げ急げ!!」
ホ級はその砲をこちらに向けた。炎と照明弾の光に照らされたそれは、無機質で機械的で、まるで現実的ではない不気味な光景だ。
「こっちを狙ってる!!」
「んなこと知ってるよ!伏せろ!!」
その直後、ホ級が5インチ砲を高射砲陣地に向けて放った。
空を切る独特な音を挟み、砲弾は彼らから見て左側に着弾した。
直撃こそしなかったがかなり近くに着弾したようで、砲架に座っていた加藤や高橋は爆発の瞬間、高射砲と砲架がぐわんと跳ねたような衝撃を感じた。
そしてそれだけではなく、擬装ネットが突然バリッと、まるで見えない誰かが引き裂くように裂けた。
炸裂の瞬間に砲弾の破片が飛んだのだ。すんでのところでカスったが、もう少しずれていたら今ごろ何人の首が飛んでいただろうか。
「速く撃て!!」
末吉がパラパラと降ってきた土を払いながら叫んだ。
「…発射!!」
加藤は言われるがままに砲弾を放った。狙いは適当だ。さっきよりも気持ち左に変えたが、大して期待はしていなかった。
しかしそれがどうだろうか、思いの外良い狙いだったらしく、弾は真っ直ぐにホ級に向かって行くように見えた。
「行け!真っ直ぐ行け!!」
誰かがそう言うのが加藤の耳に入った。
いや、そんな事を言うほどゆっくりは砲弾は飛ばない。極限状態の時によくある幻聴か何かか?
加藤は一瞬の間にそんな事を考えていた。
バチュン!!という不快なほど甲高い音が響いた。
花火が爆裂したかのような火花が暗闇に一瞬咲いた。
「…クソッタレめい。」
末吉がそう呟いた。
「…。」
加藤は言葉が出なかった。
花火を散らした後、あらぬ方向へ跳び去ってゆく真っ白に赤熱した砲弾が見えた。
弾は文字通り紙一重で目標をかすめて行ったのだ。
「みんな伏せろぉ!!」
末吉がそう叫ぶと全員が一斉に両手で頭を覆い、口を開けて地面に額を着けた。
万事休す。
全員が凄まじい衝撃が襲って来るのを覚悟した。
…が、しかし次の瞬間に吹き飛んだのはホ級だった。
突如末吉達を閃光が照らした。遅れて爆発音が聞こえた。
既に辺り一帯は至るところから銃声や爆発音が次から次へと起こっており、一つ一つの音を聞き分けるのは困難な状況下だったが、その中でもその爆発音はひときわ目立って聞こえた気がした。
――こちらサクラ45、ホ級と交戦していたのはそちらですか?
――…あぁ、こちらノヴェンバー2、その通りだ。
――遅くなりました。ここからは私達に任せて下さい。
――ああ、頼んだよ。思う存分やってくれ。
末吉はそう言うと、フゥーと大きなため息をついた。
疲れがどっと押し寄せて来た。見ると他の連中も似たような状態だ。
これからもこんな調子でいかなければならないのかと思うと更に気が滅入りそうになった。
しかしすぐに考えは改まった。
(いかんいかん、こんな時に男がしっかりしなくてどうするんだ!!)
それは末吉だけでなく、この島にいる自衛隊員のほとんどは1度はそう考えた筈だ。
それだけ、艦娘というのは彼らにとっ大きな存在だった。
――艦娘の部隊が突入を開始した。特科は発砲を控えろ。
大河内の無線指示の声が響いた。
「水雷戦隊、突撃します!私に続いて下さい!!」
4月26日 03:00時
頃合いを見て、神通を先頭に水雷コマンド第1分隊、サクラ45は単縦陣の陣形で沖合いから島に向かう形で突撃を開始した。
向かって左手側、島の東からは派手な爆音が響いていた。無線の内容によれば、戦艦を含む敵の部隊と交戦を開始したらしい。
どうやら敵の先鋒はこちらの主力とぶつかっているようだ。
それを察した神通は、敵の先鋒と後続の部隊を分断できるであろうポイントに割り込む形で突入したのだ。
『いいか、お前ら。沖から島に向かっては絶対に砲撃するなよ。敵の側面か、島を背にする形になってから砲撃を開始しろ。同士討ちだけは避けたいからな。』
和也は事前にそう訓示した。
だから彼女達はひたすら回避を続けながら敵の側面か、島を背にする場所…つまり敵の部隊と島の間に回り込まなければならなかった。
困難な進撃が予想されたが、いざ突っ込んでみると思いの外易々と敵の側面に回り込めた。
神通達は直感的に敵がかなり浮き足だっている事に気付いた。
――みんな調子どうだ?いい感じか?
和也の妙に気の抜けた通信が入った。
――サクラ45は予想より順調です。もう敵を分断できそうです。
――バイカ47もまぁまぁ順調だよ~。
――よぅし、いいだろう。そのまま敵を撃滅しろ。ショータイムだ。
「姉さん、照明弾を。」
「了解!!」
川内は主砲に蛍光塗料が塗られた弾を1発装填すると、西の空に向かってそれを撃った。
間もなくボンッ!と暗闇から音が響くと共に眩いばかりに照明が灯された。
「敵艦隊発見、砲戦用意!!」
照明によって島の北西に陣取っている深海棲艦の姿がくっきりと映し出された。
油が海面を漂い、中には燃えながら海面を漂う残骸のようなものまで見えた。
これこそ海戦だ。
「目標、正面で陸自砲兵と交戦中の巡洋艦。野分さん!」
「はい!!」
「駆逐隊の指揮は任せます。周囲の警戒にあたって、いつでも私達を援護できるように駆逐隊を展開させて下さい。」
「了解しました!」
川内型三姉妹は横一列になって深海棲艦の巡洋艦と思われる影に向かって前進した。
少し後方からは野分を先頭に駆逐艦達が周囲に目を光らせながらついて来ていた。
今なら発砲しても島の海岸線と平行に飛んでいくから誤射の心配はまず無い。
「…どうやら敵さんは向こうに気を取られてるみたいだね。」
川内が言った。
どうやらこの先にいる軽巡ホ級と思われる目標は島の砲兵陣地に気を取られてこちらには気付いていないようだ。
本来ならば、こういう場面になった場合には他の艦、お供の駆逐艦や巡洋艦が援護や警戒をしなければいけない訳だが、周囲には見たところ秩序だって配置に就いている者はいなかった。
「もーらいっ!」
川内はそう言うと砲を構えた。確実に当たるように一旦停止し、砲の付いていない左腕を右腕にくっ付け、発砲の際の反動に備えられるようにした。
そして発砲。15.2cm弾を3発ほど喰らった目標はあっという間に炎に包まれて爆散した。
そして先ほどの場面に至るという訳だ。
「電探に反応有り!お客さん達が来たみたいだよ~!!」
那珂が真っ先に敵を見つけた。声に反応した神通と川内は腰を少しばかり下げて右腕を前に出した。ほとんど条件反射的なものだった。
「えーっと、巡洋艦3から4隻と、駆逐艦5隻前後が約25ノットで移動中!!」
「…巡洋艦は私達で対処しましょう。駆逐艦達は野分さん達に。」
「連携がとれてない今のうちに突っ込もう!神通!」
「そうしましょう姉さん。…野分さん!!」
「はい!」
野分は警戒中だった目線を神通に向けた。
神通はハンドサインで指示をした。周囲は既に物凄い騒動に包まれていたし、ハンドサインの方が手早く、確実に指示が伝わると判断したのだ。
(目標、駆逐艦、あなた達に任せます。)
野分は同じく無言で頷いた。
――サクラ45、敵水雷戦隊と交戦を開始します
まるでゴングを鳴らすかのように、再び照明弾が打ち上げられて辺りを照らし出した。