タコツボの中で、宇喜多はM1919機関銃をひたすら撃ちまくっていた。ときおり悪態をつき、相手を罵りながら引き金を引き続けた。
「おい、ちょっと撃ちすぎじゃね?」
すぐ隣で機関銃助手をしていた木原が言った。
そうだな、と宇喜多は引き金から指を話した。しかしどういう訳か、機関銃は弾を吐き出し続ける。
「おいおいおい、撃つの止めろ!ぶっ壊れるぞ!!」
「俺は撃ってない!こいつが勝手に!!」
宇喜多は恐慌状態になりかけた。信じられないことであった。この修羅場の中で、唯一と言ってもいい頼りになる武器がこの有り様だ。宇喜多の脳裏には、このタコツボから出ていこうという考えが一瞬よぎった。
「お前落ち着け!」
木原はそう言うと、弾薬箱から機関銃へとのびるベルトリンクをグイッとひねった。そして捻じれた弾丸が引っ掛かり、機関銃はようやく射撃を止めた。
「あ、ありがとう・・・。」
「いーえ!」
木原は少々乱暴に応えた。どうやら彼も大分焦っているようだった。
「ちきしょう、コックオフだ!だから撃ちすぎだって言ったろ!」
この時、宇喜多の機関銃はコックオフという現象を起こしていた。
あまりにも連続して長時間、機関銃を撃ち続けたため、機関部の温度が異常に上昇し、弾丸が発射されてしまうという暴発の一種だ。
「銃身を交換する、援護しろ!」
木原は固定用の留め具を外してM1919をタコツボの中に入れた。見ると銃身は電熱ストーブのように真っ赤に赤熱していた。
木原が銃身を交換している間、宇喜多は言われた通りにサブマシンガンを手に取ってタコツボの中から撃ち続けた。彼が撃っていたのはM3サブマシンガン、通称“グリースガン”といわれるサブマシンガンであったが、量産性を重視して作られたこのサブマシンガンは、こう言っては何だが安っぽい見た目をしていて、宇喜多はひどく心細い気持ちになった。
グリースガンの30連発マガジンはあっという間に弾が無くなってしまう。宇喜多は手榴弾を投げつけてやろうとしたが、なにぶん狭いタコツボの中とだけあって思うように投げられない。
「早くしろ!うじゃうじゃ来やがる!」
宇喜多がせかすが、木原は銃身の交換に苦戦していた。いつも扱っているミニミとは使い勝手が違うから、余計に時間がかかっていたのだ。
ようやく銃身を交換し、赤熱する銃身を濡れ雑巾の上に置き、機関銃を三脚にセットした。タコツボの中には雑巾が焦げる臭いが充満していた。
――何?援護射撃?
――そうだ、今動けるのはお前の部隊しかいない。
――軽巡と駆逐艦しかいないけど、いいか?
――十分だ。頼む。
――了解。
――水雷コマンド、応答しろ。
――こちら神通。
――こちら北上。
――各分隊に命令。敵を片付けたら西海岸へ急行せよ。交戦中の地上部隊を掩護する。
――・・・どんな風に?
――それは位置についたら追って指示する。いいな。
――了解。
4月26日 3:40
「水雷戦隊集合!!」
神通が声を張り上げる。そしてそれほど間をおかずに全員が彼女の元に集まった。まだまだ彼女達の闘志は衰えそうになかった。
「現在時刻・・・0340。夜明けまでまだ時間があります。よって航空支援が開始されるまで私たちで地上部隊を援護します。いいですね?」
「「了解。」」
「では残弾を確認。単縦陣を作ります。」
こうして神通、那珂、浜風、野分、秋雲、夕立、川内の順で形作られた単縦陣が移動を始めた。
順調に砲撃支援のポジションにたどり着けると思ったその時、目もくらむようなオレンジ色の巨大な閃光が7人を照らした。
「敵艦発砲!!」
誰かが叫んだが、それと同時に凄まじい爆発が起こった。直撃こそしなかったものの、そのあまりに凄まじい爆発の衝撃に、浜風は思わず転倒してしまった。
「・・・!前方に戦艦級!!」
那珂が真っ先に相手の正体を見抜いた。その声に野分や秋雲は思わず身震いしたくなった。
「左右に展開!!合戦用意!!」
動揺する暇も与えずに神通がすぐに指示を出した。しかし、この時神通自身もとにかく動かなければいい標的になってしまうと、内心焦っていた。何せ本来の任務はこの敵戦艦を打ち倒すことではないし、弾薬も心もとない状況であった。
「夕立!秋雲!こっちについてきな!!」
最後尾にいた川内は、直ちに夕立と秋雲を率いて敵戦艦の右側面へと移動した。ありったけの魚雷をぶち込む為のポジションを探りに移動したのだ。
「左前方に移動します!両舷全速!!」
神通は浜風が野分の手を借りて起き上がったのを見ると、川内たちの援護のために前進を開始した。自分たちが囮になろうというのだ。艤装が唸り、白波を立てながら神通達は敵の左側面へと移動した。
「左右に蛇行しながら前進!!敵艦に肉薄します!!」
神通たちは30ノットを超える猛スピードで突撃を開始した。暗闇の中であるにも関わらず、見事に単縦陣を維持しながらの移動であった。艤装のエンジン音が盛大に響き渡り、敵戦艦は完全にこちらに引き付けられていた。
突然「ボウッ!!」と、何とも形容しがたい閃光と轟音が神通達を包み込んだ。あまりに彼我の交戦距離が近かったからか、神通はこの瞬間に敵の主砲からの発射の衝撃である“吐息”を感じた。
それはどんな歴戦の猛者の肝も潰す、死の吐息であった。相手の主砲の発射の衝撃や爆風を正面から受けるなど、とても普通では考えられないような異常なことだ。
しかし、それでもなお神通は突進を続け、この時には神通1人が突出する格好になっていた。
まさに敵とのタイマン勝負であった。
「・・・探照灯、照射。」
相手の表情さえも伺える距離に肉薄した神通は、探照灯を照射した。不意を突かれた相手の顔が一瞬見えた。
その瞬間、神通の身体がフワッと宙に浮かび上がった。神通は、身体全体が焼け付くような熱波を感じた次の瞬間に、猛烈な衝撃と共に重力が消失したのを感じた。
敵戦艦はもはやめくら撃ちのように発砲したが、とうとう発射の衝撃で神通が吹き飛ばされたのだ。それほどまでに神通は敵に肉薄していたのだ。惜しむらくは、この敵に叩き込む魚雷を神通は使い果たしてしまっていた。
海面に叩きつけられた神通を、戦艦タ級はあざ笑うかのように見下ろした。
しかし、目を合わせた神通もまた、勝ち誇ったかのように静かな笑みを浮かべた。
「がら空きだよ!!」
次の瞬間には、件の戦艦タ級は巨大な炎と化していた。川内たちの放った酸素魚雷が命中したのだ。
浜風たちは、火柱をバックに神通を抱えた川内と合流した。「もう二度とあんな馬鹿はやんないで。」と、川内は若干ご立腹のようだった。本来ならば敵の気を引き付けてさえいれば良かったから、あそこまで異常接近する必要は無かったのに、と。
川内に抱えられ、耳元で苦言を呈された神通は、珍しく不満そうな顔をしていた。
「安全装置確認!!」
あきつ丸の凛とした声が響き渡った。彼女と大河内に率いられた予備隊は、渦中の真っ只中である西海岸の後方に展開していた。
「これより敵に奪われた友軍陣地を奪還、浸透中の敵陸戦部隊を排除する!!」
大河内に代わり、あきつ丸が逆襲部隊の指揮を執っていた。最初は大河内が指揮を執り、自らも突撃をする気満々であったが、さすがにそれはやめてくれと制止されてしまったのだ。
しかしあきつ丸が指揮を執り、隊の士気は俄然上がった。実態は何であれ、こんな少女に後れを取る訳にはいかないと誰もが思っていた。
「突撃ぃぃ!!」
まるで突撃ラッパが聞こえてきそうな見事な号令であった。
月に照らされて白く銃剣が光る。相手の不意を突く奇襲であれば、白光りする銃剣はあまりよろしいものではないが、このような強襲のような場面では、これ以上ない位の威嚇になった。
鬨の声が西海岸に響き渡った。さすがの深海棲艦達も、この突撃には泡を喰ったようだった。深海棲艦達の中に銃剣道を習っていた者は、果たしてどれだけいただろうか。
隊員達も必死であった。ありったけの気力を振り絞って銃剣を付けた小銃を振り回した。払い、殴打し、刺突、発砲し、駆け抜けた。
――水雷コマンド、位置につきました。
――了解、そこから何が見える?
――・・・発砲炎と人影が見えますが敵味方の区別はできません。
――暗視ゴーグルは?
――あっ、今からつけます。
――いいか、よーく見ろ。味方の陣地ではストロボが焚かれてるはずだ。それを目印に機銃で掃射をしろ。
――了解、これより掃射を開始します。
4:20
宇喜多と木原はタコツボに籠り、粘り強く射撃を続けていた。もう何回銃身を交換しただろうか。あまりに長時間に渡って機関銃を撃ち続けたためか、2人とも耳が遠くなっていた。
とにかく動くものに対しては全てに弾丸の嵐を叩き込んだ。いつしか2人のタコツボの後方から鬨の声が響き渡っていたが、2人は全く気が付かなかった。
「もう弾がない!」
木原が悲痛な声をあげた。いよいよ弾帯が収められている収納箱が無くなる。このまま残りのわずかな火器を使ってここに籠って戦闘を続けるか、あるいは撤退するか、決断を迫られる時が来た。
しかし、その考えは突然鳴り響いた猛烈な射撃によって打ち消された。どこからか、「ドンドンドンドンッ」と重い射撃音が響き渡った。かと思うと、2人の前に見えていた敵の姿があっという間に砂煙の中に消えた。
「こりゃあ・・・一体・・・。」
思わず呆然とする2人であった。
ちょうどこの頃、沖合の艦娘達が猛烈な機銃掃射による対地攻撃を開始したのだった。
この頃の西海岸は、彼我の歩兵が入り乱れた状態となっており、砲撃を加えると味方まで巻き添えにする危険があった。
そこで、現場に到着した水雷コマンドの艦娘達は、対空射撃や砲撃の際のスポッティングとして同軸機銃のように使う、機関砲を使って対地攻撃をしたのだ。
ドンドンドンドンッと、弾の発射数が数えられそうな程の発射速度で20mmや25mmの機銃弾が飛び交う。
元々は頑丈な航空機を叩き落すための機関砲である。当然人型の深海棲艦達に対してはオーバーキルと言ってもいい代物であった。
これが海上であれば、まともに食らっても蚊に刺されたようなものであっただろうが、地上に居ればそうはいかない。並の人間ほどの耐久性しかない状態の深海棲艦達がこの弾を食らえば、あっという間に文字通り“粉砕”された。
宇喜多と木原は、タコツボの外の光景を黙って見ていた。目前で凄まじい破壊が繰り広げられている。
弾が一発着弾する度に小さな爆発が起こり、巻き上がる砂と共に手足が吹き飛ぶのが見える。海岸付近にわずかばかり残っていたヤシの木は、あっという間にポッキリ折れるか、溶けるように消えていった。
間もなく、夜が明けた。
逆襲を敢行したあきつ丸に率いられた隊は、拳銃を握りしめた宇喜多達をはじめとする防御陣地の中の将兵達と合流し、互いの無事を喜び合った。
上空にはどこから飛んできたのか、零戦が飛来し、それを見た将兵や艦娘達は、ようやく自分たちの勝利を実感した。
西海岸の沖にいた水雷コマンドの面々は、撃ち方やめの指示があるまで機銃を撃ち続けた。全てが終わる頃には、全員の機銃の銃身は真っ赤に光り、ある艦娘の機銃に至っては熱せられて柔らかくなった銃身が自重に耐えきれずに曲がってしまっていた。
そして特に駆逐艦の面々は、自分たちが創り出した西海岸の景色を決して直視しようとしなかった。