4月26日 5:00
深海棲艦の機動部隊は再び針路を北に取り、ムエルタ島を目指していた。
当然彼女達は、作戦が失敗に終わったことは把握している。しかし、だからと言ってムエルタ周辺の海域にいる、味方達を取り残して撤退する訳にはいかなかった。
彼女ら機動部隊とサンタジョージアの友軍基地航空隊の支援の元、可能な限りの戦力を退避させようと決死の試みが行われていた。
特に空母ヲ級に率いられた機動部隊は、昨日干戈を交えてからろくに休む暇もない出撃であった。
「全機発艦始め!」
旗艦のヲ級の指示のもと、次から次へと艦載機が発艦していった。空母ヲ級2隻と空母ヌ級4隻から、空を覆い尽くさん限りの艦載機が繰り出され、北を目指して編隊を形作りながら飛んで行った。
前日の戦闘で消耗した分は完全には補充できていなかったが、それでもこの部隊だけでも340機を超える艦載機を保有しており、未だに強力な航空支援を行う力は残っていた。
この時に支援に向かった艦載機隊は累計で280機に達し、戦闘機は135機、艦爆は85機、艦攻は60機という内訳で編成されていた。
まずムエルタに向かったのは第一次攻撃隊140機で、戦闘機70機、艦爆40機、艦攻30機の一大戦爆連合であった。
その頃、なけなしの航空機を機動部隊と合流させて撤退する部隊の支援を託されていたリコリス島の飛行場姫は、機先を制されて猛爆撃を受けていた。
攻撃を行っていたのは、飛龍率いる第2機動群から祥鳳と瑞鳳を迎えて戦力を増強した第1機動群であった。
赤城、加賀、瑞鳳、伊勢、日向から戦闘機124機、艦爆40機、艦攻64機、瑞雲28機の計256機の攻撃隊(鳳翔と祥鳳は戦闘機を満載して直掩にあたっていた)を2波に分けてリコリス島に向かわせ、払暁と共に空襲を仕掛けたのだ。
攻撃隊はリコリス島上空に到達すると、飛行場姫を目標に空爆を開始した。これに対し、リコリス島の戦闘機は直ちに迎撃へと飛び立ったが、いかんせん相手が悪かった。
連日の空戦と途絶えがちな補給のせいで消耗しきったリコリス航空隊は、精鋭の一航戦を中心とする優勢な攻撃隊を前に蹴散らされた。
リコリス島の上空には無数の白色の翼が翻った。南国の日を浴び、眩くきらめいていると錯覚しそうな美しい翼を持った零戦が、獰猛な猛禽類のように縦横無尽に暴れまわった。
一航戦の2人は未だに零戦二一型を愛用していた。いや、この時点で空母全員に行き渡るほどの数の五二型や三二型は確保されていなかったが、それでも赤城と加賀の2人は、数少ない五二型を他の空母達に譲った。
古参の兵につきものの保守的な指向とは関係ないとは言い切れないかもしれないが、それ以前に、実際鍛え上げられた二一型の搭乗員たちは、最新モデルに匹敵・凌駕する性能を二一型から引き出していた。
零戦が敵戦闘機隊を圧倒すると、九九艦爆と爆装した九七艦攻、そして瑞雲が次々と陸用爆弾を投下した。
先陣を切って爆撃を開始したのは九九艦爆たちであった。まるで矛を突き立てているかのような、見事な縦列で急降下爆撃を行った。
ダイブブレーキを開いた機体が、一度聞いたら忘れられない独特な甲高い音を唸らせながら、次々と250㎏爆弾を投下していく。爆弾が空を切る音が一瞬響き渡ると、次の瞬間には爆音が木霊した。
これに続いて瑞雲の編隊も同じように急降下爆撃を敢行した。下駄ばきの水上機という設計上のハンデにも関わらず、他の機体に追随して飛行し、こうして見事な急降下爆撃を行った。
しかも瑞雲には20mm機銃という、敵からしたら嫌なおまけ付きだ。この急降下爆撃と機銃掃射によって、飛行場姫にダメージを与えたのみならず、邪魔な対空砲を吹き飛ばすことができた。これで艦攻隊は幾分楽に仕事をこなすことができる。
最後は九七艦攻の水平爆撃だ。九七艦攻から投下される800㎏爆弾は驚異的な破壊力を持っている。この爆弾がひとたび爆発すると、大地や海を揺るがす大爆発が起きる。気の小さい者ならこの爆発を目にするだけで瞬く間に戦意を喪失してしまうだろう。
地面に落とされた800㎏爆弾は、一瞬にして地面にめり込むと、次の瞬間には轟音と共に炸裂し、巨大な土と埃の柱を創り上げる。そして何もかもを吹き飛ばしたあとには、何メートルもの大きさのクレーターが出来上がっているのだ。
そしてこの攻撃では、その800㎏爆弾が50発以上投下された。想像もできないような破壊の嵐である。
最終的にリコリス島に叩き込まれた爆弾は、250㎏爆弾52発、800㎏爆弾55発の計57トンにも及び、リコリス島の飛行場姫は甚大なダメージを負い、航空隊も著しく消耗し、積極的な航空作戦を実施することは困難となった。
そして十分に敵を叩いたと判断すると、すかさず第1機動群は第2機動群と合流するために南に針路を取って移動を始めた。返す刀で南方からの脅威も叩く備えであった。
深海棲艦第3機動部隊の攻撃隊は、順調に北へ向けて進んでいた。
しかし、この部隊を率いるヲ級は、いつ敵の迎撃を受けるか気が気でなかった。きっとムエルタには強力な航空機を有する機動部隊が待ち構えているだろう。
だがこちらにはリコリス島の飛行場姫がいる。そちらの方にもいくらか押さえの為に兵力を割かなければならない訳だから、自分たちの前に立ちはだかる航空隊もいくらか分散しているはずだ、と楽観的な考えも頭をよぎっていた。
だが彼女の予想よりも早く、それはやって来た。
「・・・来たか!」
5:30
攻撃隊に向かって太陽を背にレシプロ機が突っ込んできた。轟轟たるエンジン音があたりに響き渡り、突然ダイブしてきた。かなりのスピードが出ている。
しかし、そのシルエットは普段見かけるものとは明らかに違った。
胴体はずんぐりとしていて、まるで樽のようなシルエットだ。エンジン音も聞きなれないものであったし、何より機体は鮮やかなブルーに塗られていた。
そして胴体と翼には、真っ赤な日の丸と対をなすかのような白抜きの星が、太陽に照らされて輝いている。
「これはどう見てもジークじゃないぞ・・・ワイルドキャットだ!」
Flagshipヲ級に向かって古参のヲ級が言った。言われたヲ級も苦々しく顔をしかめていた。
ヲ級たちの放った攻撃隊に食らいついてきたのは、アメリカ海軍太平洋艦隊から分遣された任務部隊・・・第31合同任務部隊(CTF-31)から放たれた戦闘機隊であった。
樽のようなF4Fは、もはや弾丸と言った方が良いほどの猛スピードでダイブをしながら、両翼から6丁のAN/M2重機関銃の火を吹かせた。
それはまさに12.7mm弾のシャワーと言える光景であった。無数の弾丸が景気良く、豪快に吐き出され、これに捉えられた哀れな艦載機は、あっという間に蜂の巣にされてしまった。
「アメリカか・・・。クソッこんな時に!」
「いや、それだけじゃあないみたいだ。」
先陣を切って突っ込んできたF4Fワイルドキャットたちに続き、また別の機が編隊に乱入してきた。
今度はF4Fとは対照的に、すらっとスマートなシルエットをした機体であった。そして太平洋では珍しい液冷エンジンである、マーリンエンジンの軽快な音を響かせながら、艦爆・艦攻隊へと襲い掛かった。
胴体と翼に刻まれた、赤・白・青の三色で構成された蛇の目のラウンデルが、大空に翻った。
「ブリティッシュネイビーまでお目見えとはね。太平洋も随分と賑やかになったものだ。」
この時深海棲艦達の放った第一次攻撃隊に襲い掛かったCTF-31の航空隊は、グラマンF4F—4ワイルドキャット61機とホーカー・シーハリケーン38機の計99機であった。
まずF4Fは敵の戦闘機隊に進んで襲い掛かった。得意とするダイブアンドズーム(一撃離脱)で高所から弾丸の雨を降らせながら一気に急降下し、敵の編隊の間をすり抜けていった。
深海棲艦の戦闘機たちもこれに対抗しようとするが、物凄い速度で降下していくF4Fはなかなか捕捉ができない。
そうこうしていると今度はシーハリケーンが、同じく急降下しながら襲い掛かる。こちらの標的は爆撃機や攻撃機だ。
シーハリケーンMk.ⅡCは、両翼に20mm機関砲が合わせて4丁も仕込まれており、驚異的な瞬間火力を発揮する。まさに爆撃機や攻撃機を粉砕するのにぴったりの武装と言えるだろう。
F4Fにかき回され、護衛が手薄になったところをシーハリケーンの火網に捉えられた哀れな艦載機達が、次々と空中で爆発炎上していった。魚雷や爆弾を抱いたまま炎上した機は、特に派手に破片をまき散らしながら爆散した。
中には爆弾や魚雷を投棄して逃げようとする機もあったが、シーハリケーンはこれらの標的は見逃した。爆弾や魚雷の無い爆撃機や攻撃機は、もはや本来の任務をこなすことはできないし、何よりも攻撃目標が多すぎたからだ。
中には火を吹いて撃墜されるF4Fやシーハリケーンも見られたが、全体として見れば海上に叩き落された機体は、深海棲艦側の方が多いのは明らかであった。
こうして激しい空戦が繰り広げられ、深海棲艦の戦爆連合は大いに消耗した。140機もの航空機で構成されていた第一次攻撃隊は、この空戦によって特に艦爆隊と艦攻隊の数を半減させ、打撃力を大きく失ってしまった。
そして数の上では優勢な航空隊に勝負を挑んだCTF-31の戦闘機隊であったが、その消耗は存外少ないものであった。
「グラマン鉄工所」とあだ名されるほどの重装甲をほこるF4Fは、ちょっとやそっとの被弾では火を吹かない。そして鋭い急降下によって相手に捕捉することを許さなかった。
一方のシーハリケーンの方はF4Fとは対照的に、装甲はほとんど施されていない。むしろ機体は木材や帆布が多用されておちり、一見するとかなり脆弱そうに思えてしまう。
しかし、このことによってシーハリケーンに命中した弾丸はあっさりと貫通してしまい、機体の強度がほとんど低下しないため、かえって頑丈な機体に仕上がっていた。
だがこの襲撃が満足のできるものであったかと言えば、そうとも言い難かった。
まず参加した戦闘機の絶対数が敵よりも少なかった。戦闘全体は優勢に進めることができたが、取り逃がした機もまた多かった。
そして一番の問題はシーハリケーンの航続距離の不足であった。機内タンクのみでは1000kmも飛べないシーハリケーンは、戦闘の途中でF4Fたちよりも先に引き上げざるをえなかった。
元々は陸上戦闘機として設計された機体をにわか仕込みで艦載機に仕立て上げた設計上、いた仕方がないことではあるが、ただでさえ数では劣勢の戦闘機隊は、余計に苦しい戦いを強いられることとなった。
CTF-31の面々には少々不満が残る戦闘だったとは言え、深海棲艦側からすれば十分すぎるほどの打撃をこの戦闘で与えることとなり、深海棲艦達の間には動揺が広がった。
予想外に早いタイミングでの襲撃に、編隊は大きく乱れ、多数の機が撃墜・損傷した。
更に米英連合軍に見つかったということは、当然ムエルタにいる連中も連絡を受けて今か今かと待ち構えていることであろう。
第二次攻撃隊は健在とは言え、このままでは敵の待ち伏せをまともに食らうのは火を見るよりも明らかであった。
きっと米英連合軍の戦闘機隊も、補給を繰り返しながら何度も攻撃を仕掛けてくるだろう。ムエルタの航空隊と同時に攻撃されれば完全にこちらが劣勢である。自分たちに敵の攻撃隊が殺到して来る恐れもある。
どれほどの数が健在かも分からない敗残兵の収容の為に、これほどまでに危険を犯す必要があるのか?
Flagshipヲ級が逡巡しているところに、リコリス島が空襲を受けた知らせが入ってきた。
これを聞き、敵の全航空戦力が自分たちに向けられることを悟ったヲ級は、攻撃中止を命じた。
「このような戦況では、もはや我々が任務を遂行することは困難である。このままでは我々が攻撃を受ける危険もある。・・・よって、これより直ちに撤退を開始する。」
日が昇り切り、暑さもきつくなってきた頃、第31合同任務部隊はムエルタ島に到着した。
司令部などの人員を乗せた強襲揚陸艦ボクサーが港に入り、続々と物資や人員がムエルタ島に上陸を始めた。
襲撃を受け、掃討戦も未だに続いている状況であったから、あちらこちらを零戦やF4Fが警戒の為に飛び交い、ボクサーの甲板からは物資を搭載したヘリコプターが揚陸の為に行き交い、ムエルタ島は騒然としていた。
そしてボクサーから降りる将兵達の中でも、特に目立つ一団が、ムエルタ島に足を乗せた。
その中にいたのは、サングラスを掛け、190cm近くはあろうかと思われる背丈の、がっしりとした身体つきの将校だ。
部隊の旗艦である正規空母サラトガや、幕僚達を従えてタラップを降りた彼を、本多と大河内が出迎えた。
「お久しぶりですな、中将。元気そうで何よりです。」
敬礼を終えると、本多が話しかけた。件の将校も、サングラスを取ってこれに応えた。
「ああ、そっちこそ元気そうで安心したよ。この様子じゃあ話通り、随分と派手なパーティーをやったみたいだな。参加できなくて残念だ。」
冗談なのか何なのかよく分からないことを言われた本多は、「ハハハ・・・」と苦笑いをしていた。
「陸自の大河内です。島のご案内を・・・と言いたいところですが、あいにくパーティーの片付けが済んでいないので、申し訳ないができればご協力をお願いしたい。」
大河内の話を聞いた将校は、悠然とあたりを見渡した。あちらこちらでまだ火がくすぶっているようで、焦げ臭い臭いが漂っている。
あまけに自衛隊の隊員達が世話しなく走り回って後処理に追われている。これではどの道こちらの物資も揚陸できないだろう。
「いいだろう、分かった。すぐにうちの連中に手伝わせよう。」
そう言うと将校は手際よく幕僚たちに指示を飛ばし、再びどこかへ歩き出そうとしたところで、大河内に振り向いた。
「おおっと、自己紹介を忘れてたな。知ってるかもしれないが、俺の名前はライバック。ジェームズ・ライバックだ。よろしく。」
そう言うとライバックは大河内に手を差し出した。
大河内もこれに応えて手を出し、握手を交わしたが、やはりというかライバックの大きな手に握られた大河内の手は軽く悲鳴をあげた。
第31任務部隊(CTF-31) ジェームズ・ライバック中将
正規空母「サラトガ」(旗艦)「フューリアス」
軽空母「ラングレー」「インディペンデンス」「ハーミーズ」
戦艦「テネシー」「カリフォルニア」「エリン」「バーラム」
巡洋戦艦「レパルス」
重巡洋艦「シカゴ」「ヒューストン」「ケント」「ベリック」
軽巡洋艦「ブルックリン」「ナッシュビル」「ダイドー」「ユーリアラス」
駆逐艦「ネピア」「ネリッサ」「ネスター」「ノーマン」「ノースマン」「ニザム」
「テイラー」「ハルフォード」「ヘイウッド・L・エドワース」「リチャード・P・リアリー」「ベネット」「ベンハム」