ご期待下さい(ドオオオオン)
――こちらツツジ64、まもなく目標海域に到着する。
――こちら司令部、了解しました。敵艦隊はすぐ近くにいると予想されます。気をつけて下さい。
――分かっている。
とうとう来てしまった。敵はどこから来るのだろう?
吹雪は先程からずっと目の前の島に釘付けだ。今にも島影の死角から敵が飛び出して来るのではと内心ヒヤヒヤしている。出撃してから時雨を初めとしたメンバーと話をしたお蔭で緊張は幾分ほぐれたが、結局不安は打ち払えないでいた。それもその筈、吹雪は艦娘の身体になってから初めての出撃なのだ。
吹雪は艦娘の身体になって人間の身体というものの便利な所と不便な所を身をもって痛感した。
日常の生活を送る分には、人間というのはとても便利で素敵なものだと吹雪は思っている。特に会話というのものは、こんなに有意義で楽しいものなんだとふと思う事もある。
しかしそんな吹雪でも戦闘となると、この前までの身体のほうがまだましだったと思ってしまうのだ。
揺れる海面の上では足の二点しか接していないため航行するには相当なバランス力が問われるのだ。高速で航行するだけでも一苦労なのに、ましてや砲撃戦を行うなんて最初は考えられなかった。
―――でも、私はこうしてまた戦場に戻って来たんだ。私は皆の為にも戦わなきゃいけないんだ!
大きくなる島影を前に、ようやく吹雪は覚悟を決めたようだ。
――本部、本部、ツツジ64敵影確認。見たところ哨戒機の報告と大差無さそうだ。これより砲雷撃戦を開始する。
――了解。
木曾の中では今の所状況はおよそ予定通りに進んでいる。やはり敵は島の向こう側から現れ、しかも最大でも巡洋艦レベルまでしか確認できない。対してこちらには戦艦がいる。
数は少しばかり足りないが、自分たちなら決して負ける事は無いと考えている。相手は早々に退散するか、それでなくても撃滅出来るだろう。
「砲雷撃戦用意!敵艦隊正面より接近!霧島!!」
「距離約300、間もなく砲撃を開始します。」
一番に火を吹くのはリーチが最も長い兵装を持つ霧島だ。発砲直前、霧島は左右を確認した。
主砲の発射時に至近距離に味方がいると、発射の爆風でダメージを与える可能性があるからだ。それほど戦艦の主砲は強力な火力を有しているのだ。
「初弾発射!」
凄まじい爆音と共に霧島の4基の各主砲の一番砲が火を吹いた。直後、「ゴオォッ」と重い音で空を切って砲弾が飛翔し、敵巡洋艦の右側に青い水柱が立った。
それを見た霧島は各砲塔の向きを身をやや左に向けた。
「修正射、発射!」
今度は巡洋艦を覆うように前方に水柱が立った。丁度敵の未来位置辺りだろうか。
次の斉射で当たるな。
木曾は心の中で静かに確信した。次の瞬間収まりつつある水柱の奥から閃光が見えた。
やはり撃ってきたか。
本来ならば戦艦の長射程を活かしてアウトレンジで攻撃をしたいところだったが、今回はそうはいかないようだ。
砲撃というものは直撃した時のダメージは勿論深刻だが、それに匹敵する―あるいはそれを凌駕する程―厄介なのは心理的なダメージだ。
目にも止まらない速さで空を切り飛んできて、凄まじい轟音と共に死を撒き散らす砲弾は、それが自分を狙っているという事実だけでも相手に相当なプレッシャーを掛ける。
新人が動揺しなければいいが…。
吹雪の中では安堵感が広がっていた。それは霧島の艦砲射撃によるものが大きい。
やはり艦娘になっても戦艦の巨大な火力は健在だ。
耳をつんざく轟音と共に発射された砲弾は敵艦隊の中核たる巡洋艦の近くに着弾 。今や巨大な水柱が覆いつくしている。もう敵巡洋艦は轟沈したのでは、とも一瞬思った。
その時水柱の奥から閃光が見えた。それに続き甲高い砲弾の飛翔する音が聴こえた。すると自分の目の前に水柱が立った。それは自分の背丈の何倍もある水の柱だ。自分は敵の射程に入っている。
砲弾は吹雪の前方にいた時雨の左手の目の前に着弾した。初弾でここまで近くに着弾させるとはどうやら敵はかなりの手練れのようだ。となるとやはり先日のオキシドル沖の機動部隊の一部なのか?
時雨が思考を巡らせていると、次の瞬間予想外の事態に思わずギョッとした。なんと後方から魚雷が海中に白い尾を引きながら自分のすぐ横を追い抜いて行ったのだ。
危うく直撃しそうな距離だった。しかしこの距離では敵艦隊へのダメージは到底期待できない。まさかと思い後ろにいる吹雪を見ると一目で分かる程焦っていた。
――こちら旗艦木曾、そっちから魚雷のようなものが敵に向かったのを見たが…。
――すいません!私の誤射です!すいません!!
時雨が応答する前に吹雪が応えた。どうやらテンパって魚雷を発射してしまったようだ。
――分かった。吹雪、次からは気をつけろよ。税金が勿体ねえ からな。
――はい!
そういう問題なのか?時雨は心ので木曾に突っ込んだ。
今回はよかったが、これがもっと規模の大きな艦隊だったら友軍に被害が及んだかもしれない。1発だけならなんとやらと聞いた事があるが、今のはどう見ても少なくても3、4発は発射されたように見える。ひょっとしたら6発全部打ち切ったんじゃ…。
「全門斉射!」
今までとは比べ物にならない程の轟音と共に発射された8発の砲弾が敵を捉えた。霧島はいよいよ斉射で畳み掛けた。水柱が晴れると黒煙を上げる敵艦がハッキリ見えた。
――間もなく俺たちの射程に入る。しっかり狙って撃てよ!!
――了解だよ。
――了解しました!
――吹雪。
――は、はい?!
――撃つ時は皆と同じ方向に撃てよ?
――わ、分かってますよ!
軽く新人の緊張をほぐした所で木曾も砲撃の体勢に入った。
――吹雪、時雨は自分の正面の敵駆逐艦を一隻ずつ担当しろ。あとは俺と霧島で片付け…
不意に木曾の言葉が止まった。
――どうしました?
――…上を見ろ。
吹雪と時雨はほぼ同時に空を見上げた。そこにあったのはいつも通りの青々とした空。そしてこちらに迫る無数とも思える数の黒い点だった。
――…ツツジ64、直ちに戦闘を中止して全速力で離脱するぞ!!くそったれ!!アレは一体何だ!!
司令部は通信内容に騒然とした。
――司令部、こちらツツジ64、大量の敵航空機を発見!現在全速力で戦域を離脱中だ!
――もう一度繰り返して下さい。
――空襲だ!大量の敵航空機の空襲を受けてる!!現在全速力で離脱中、更なる指示を求める!!
「何ぃ!?空襲?!」
海将が低い声で唸った。
「空母が居ないのに?」
三佐も表には出さないが、大分肝を潰した。
――こちら司令部、本多だ。木曾、それはエイプリルフールのネタか何かか?
海将は最後の希望とばかりに通信に割り込んだ。
――それじゃあ俺たちが撃たれてる機銃弾はBB弾か何かって言うのか?
よく聞くと通信機越しに航空機の爆音や爆弾か高角砲か分からないが爆発音が聴こえた。
――こちら大河内、敵航空機のおおよその数は把握出来るか?
―…空を覆いつくしてる。100機前後…いや百数十機は少なくてもいるな…。
――分かった。そのまま全速力で撤退を続けろ。
――了解だ。
木曾が通信を終える頃にはツツジ64頭上は完全に航空機に覆いつくされた。
その大群の中から、時折幾つかの航空機が降下しては爆弾を落とすか、機銃を掃射して来るのだ。
ツツジ64は満天の青空の元、決死の逃避行劇を繰り広げていた。
「クソッ、こういう時に限ってスコールってのは降らないもんなんだな!演習の日にはすぐ降りだすってのに!!」
木曾は悪態をつきながら14cm砲を撃っていた。きっと狙いは適当だ(そもそも14cm砲は対空射撃には殆ど向いていない)。
しかし飛んでくる爆弾や機銃掃射を少しでも減らしたいし、この有り様じゃ何処に何を撃っても当たる気がしたのだ。要するに半分程ヤケクソだ。
「霧島!三式まだか!!」
「今徹甲弾と替えています!もう少し…。」
「急いでくれよ!!」
空母は確認されて居なかった為、不意の空襲の中、霧島は急いで対空用の砲弾である三式弾に急いで兵装転換をしている。
三式弾は端的に言ってしまえば殺傷力を持った花火だ。有効射程は10km程しかなく、以前(WWⅡ時)は対空用としての評価は良くはなかったが、今は違う。皆が霧島が特大の花火を打ち上げるのを心望みにしていた。
時雨は自分達に放たれてる弾は2種類ある事を敵機の銃声から知った。
1つは軽快な発射速度で雨霰のように降り注いでくる銃弾だ。多分12~13mm位の口径の銃弾だ。このクラスの弾はコンクリートの壁位なら障子紙のように突き抜ける。並の人間なら1発で身体に大穴が開くか、千切れるだろう。
もう1つはそれとは違い、重く遅めの発射速度で撃たれる弾だ。こちらは多分20~30mm位の口径の弾だ。先ほどの弾とは比べ物にならない程の威力がある弾だ。建物の壁を何層も突き抜け、人間が喰らったら身体が「弾け飛ぶ」だろう。
それらがそこら中を飛び交っている。
もう何発も被弾したが、実物の駆逐艦並に頑丈な艦娘なら直ちには問題は無い。しかしこの状況にいつまでも耐える事はできない。これだけ撃たれてはいつラッキーヒットが来るか分からない。運悪く艤装の急所にヒットしてエンジンが故障したら急降下爆撃の格好の標的になるからだ。更に魚雷に直撃して誘爆でもしたら駆逐艦など1発で轟沈だ。
吹雪は半ば恐慌状態になりながら12.7cm砲を撃っていた。対空射撃は苦手だし、この主砲も対空射撃にはあまりむかないが、そこら中から聴こえる五月蝿い敵機の音がそんな考えをかき消していた。
「3式弾装填完了!これより主砲を発射します!」
霧島の警告の声の後、その自慢の主砲がその口火を開いた。吹雪にはそれがひどく久しぶりに見た気がした。直後、吹雪が頭上に赤い閃光が見えたと思った瞬間に巨大な炎の傘が開かれた。それは手を伸ばせば届きそうな程の距離に感じた。
「吹雪、敵機急降下!!」木曾が叫んだ。
振り向くと数機の敵機が急降下時に出す独特なラッパの様な音を出しながら迫っていた。
「避けろぉ!!」
爆弾が機体の胴体の下から切り離されるのが見えた。吹雪は死が迫っているのを久しぶりに感じた。
何とか身を少し屈めた所で爆弾が炸裂した。かなり近くで爆発したのだろう、轟音と共に波しぶきが視界を覆いつくした。更に遅れて衝撃を感じ、思わず海面に倒れた。木曾が何かを再び叫んだが、爆音で一時的に耳をやられたのか聞き取れなかった。
すると今度は波しぶきのカーテンを突き破って敵機が突っ込んできた。爆弾は落とさなかったが、今度の奴は機銃掃射をしてきた。曳光弾の光の矢が何発も当たった。カンッカンッと何発かは弾かれたが、同時にバスッバスッと嫌な音も聴こえた。
それはあっという間の事だった。吹雪は目の前の敵機に夢中で後方への警戒を疎かにしていた。それに気付き、注意しようとした矢先の爆撃だった。奴らおまけに機銃掃射までしやがった!音からして20mmだ。
「援護しろ!!」
木曾の声に再び空に炎のカーテンが拡げられた。吹雪に近寄り、安否を確認しようとした木曾は絶句した。魚雷発射菅には幾つもの孔が穿たれていた。
吹雪が思わず反射的に閉じた目を開けるとそこには血相を変えた木曾がいた。
「えっ?」自分の身体を手で触ったがどうやらまだ五体満足なようだ。
「フッ…。どうやらまだ俺達のツキは残ってるようだぜ、吹雪。」
木曾の目線の先には孔が穿た自分の魚雷発射菅があった。一瞬誘爆の恐れにゾッとしたが、即座に木曾の言葉に冷静になれた。そうだ、誘爆する魚雷なんてもう無いのだ。
「さあ立て。」木曾が手を差し伸べた。
「ツいてる内にとっとと家(鎮守府)に帰ろうぜ。」
いかがでしたか?
お見苦しい所もあったかもしれませんかもしれませんが、よろしければ感想などを書いていただけたら嬉しい限りです。