これもう訳分かんねえな。
――司令部より各小隊へ、敵航空隊が鎮守府を目指して西方より飛来する。直ちに対空迎撃体勢を整えろ。
大河内三佐の放送にムエルタ島鎮守府の第5特任中隊に激震が走った。皆いつかは自分達の出番が来るとは思っていたが、遂にその“いつか”が来たのだ。隊員達の思いはそれぞれ違ったが、やはり不安を抱く者が多かった。
全員これが深海棲艦との初めての真っ向勝負だ。そう思うのも当然の事だろう。しかし今、躊躇している暇は誰にも無かった。隊員の多くは心の中の不安を押し殺し、まるで訓練のように対応を手際よくこなしていった。
第5特任中隊、正式名称第5特殊任務中隊は大河内3佐の指揮下にある中隊だ。
そもそもこの鎮守府に陸上自衛隊を招いたのは他でも無い艦娘の艦隊を率いる本多海将だ。
本多海将は艦娘での戦闘の指揮をするに当たって、艦娘達の容貌などから、艦娘を運用するには歩兵戦の知識がある士官(つまり陸自隊員)の参謀が必要なのではと上に提案をした。
「私の受けて来た訓練や教習は、目標に向かってミサイルを撃ったり、逆にミサイルを迎撃するものだった。艦隊決戦やら艦隊航空戦なんて、それこそファンタジーの世界の出来事のようなものだったよ。今までは…な。」
本多は以前、大河内にこう漏らした事もある。
それで総合幕僚監部が寄越したのが、大河内陸佐と彼の指揮する400人を越える陸自の隊員達だった。
この頃深海棲艦に対しては艦娘だけで無く、第2次大戦時に使われた兵器も有効だということも判明した。その為、世界中からかき集めた膨大な数の旧式も良いところな骨董品の火器や弾薬、車両も持参してきた。
この部隊は特殊な任務に従事する為、通常の中隊よりも戦力は大分強化されているが、外交的、国内的、又は様々な諸事情により未だに中隊と称している。
主な任務はこの広大な南太平洋上にポツリと浮かぶ島の軍事基地としての整備と護衛だ。
護衛任務の為に沿岸付近には対艦、島の四方には対空用の陣地を整備した。陸自が来てからの数ヶ月でこの島はもはや要塞の様に生まれ変わっていた。今、その真価が問われる時が来たのだ。
島の各所にある掩体壕(バンカー) に手際よく輸送ヘリが納められ、入れ替わるように陸自の96式装輪装甲車が姿を現した。
それも只の装甲車では無い。この任務の為に特別に対空迎撃用に改造された車両だ。
本来輸送する兵員が搭乗するスペースには、見るからに凶暴そうな4連装のAN/M2 12.7mm対空機関銃を装備した回転式の銃座が据え付けられている。ブローニングM2重機関銃を元に対空用に発射速度を2倍にしたモデルだ。
余談だが、このブローニングM2重機関銃はこの鎮守府にいる誰も(艦娘も含む)が知っている傑作兵器だ。隊員達は“50口径”、艦娘達は“三式銃”の愛称で呼んでいる。
戦前のアメリカで生まれて以来、ある時には戦車や装甲車の車載機関銃に、零戦、隼、グラマン、マスタング等の航空機に、大戦中の軍艦にも海自の護衛艦にも、はたまた紛争地域の民兵までとにかく国籍も時代も問わず現在まで使われ続けているのだ。まだ使ってるのかと驚いた艦娘も少なく無い。
また、ある車両には2連装のエリコンFF20mm機関砲が据え付けられている。高名名高い零戦の20mm機銃のモデルとなったこれまた傑作兵器だ。これらを装備した装輪装甲車が次々に対空陣地に展開して行った。
対空陣地は一見すると幅が広い道路か滑走路に見える(実際滑走路やヘリポートの役目も兼ねている)。要所要所に土嚢を積み重ねて作った銃座や高射砲陣地があるが、それ以外には何も無い。有事の際には装輪装甲車部隊が縦隊を組んで展開する為だ。
上空から見ると島を4等分するかの様に(実際それで区分けされている)X字形の滑走路が敷かれているように見える。この形ならばどの方角から来ても交差射撃によって効果的に弾幕を形成できるのだ。
そして今、整然と車両の列がその陣地に展開していった。特科の隊員も各自の持ち場の高射砲や機関砲の陣地に就き、鎮守府にいた非番の艦娘達も海上に防御陣形を展開した。
「来い、三好!出発するぞ!」
装輪装甲車の運転手の浅井三曹が叫んだ。
「待ってください!!」
バンカーの中から三好士長が装甲車に飛び乗った。彼はこの班の装甲車の機銃手だ。
「三好!」
今度は助手席の三好の同期の朝倉士長が呼んだ。
「なんだ?」
「お前初めて深海棲艦の連中に向かって撃つんだよな?」
「もちろん。」
「ビビって味方を蜂の巣にするんじゃないぞ!」
「…もしかしたらお前の尻に二、三発ヒットするかもな!その時は謝るよ。」
「言ってくれるねえ。」
三好は自分の中の緊張をそうやって冗談で押さえ付けると、最後の機銃の点検を済ませて銃座に着いた。今から彼が頼れるのはこの4連装の50口径重機関銃だけだ。
やがて車両は対空陣地の所定の位置で停止した。右を見ても左を見ても装輪装甲車が並び、機銃を空に向けている。
近くのボフォース40mm機関砲の陣地にも特科の隊員が慌ただしく入って行くのが見えた。三好士長も覚悟を決めて空を見据えた。
「二曹、海自の自分らもこんな事しなきゃならんのですか?」
一方その頃、大事な大事な工廠で準備を進めていた津久井士長は上官に不満を漏らした。
「何を言ってるんだ?深海棲艦の迎撃は陸自だけの仕事だと誰が言ったんだ?士長。」
韮山二曹はキッパリ返した。
この鎮守府にも人数は多くはないが、海自の隊員が駐在している。津久井士長もその一人だ。しかし彼は一週間前に輸送艦の補給と一緒に来たばかりの新米だ。
どういう訳か誰からも特に説明を受けずにこの島に降ろされた彼は、自分はただの雑用か何かが専門だと思っていた。
しかし、体に弾帯を巻いて、ごつい機関銃を持った、非常にアブない格好をした、この韮山二曹に捕まってしまったのだ。
「士長、ここはこの鎮守府の“核”と言ってもいい位重要な施設だ。まぁ、しっかり働こうぜ。」
「は、はあ…。」
二曹と士長の二人組は、吹き抜けとなっている工廠の一番広い倉庫の二階にあたる高さの足場の西側に面した大きな窓の側にいる。今は窓を外して、窓枠に機関銃の二脚を置いて待機している。
「それにやっとコイツを撃てるからな。」
そう言うと二曹は機関銃の引き金の上のレバーを引いて薬室に弾を送り込んだ。
彼が今構えている機関銃はかつて“ヒトラーの電動ノコギリ”のアダ名で恐れられた「MG42」だ。
毎分1200発もの凄まじい発射速度(この位の速度になると1発1発の発射音の途切れが分からず電動ノコギリの音のように聞こえる)で弾を吐き出す傑作軽機関銃だ。
とにかく使えそうな火器をかき集めた結果、多様な国籍の火器がこの島には集まっているのだ。
「お前は弾係な。とにかく弾を持ってこいよ!」
士長は一方的に二曹に仕事を割り振られた。不満をもっと言おうとしたが、回りの様子を見ると気が変わった。窓には自分達と同じように機関銃を持った海自の隊員達が何人も張り付いている。
下を見れば小さな妖精さん達も機関砲や高角砲を空に向け、まだあどけない容姿の駆逐艦の艦娘が擬装を背負って慌ただしく海に向かって走っていった。
それらを見てさすがに士長も観念したようで弾薬箱を取りに彼も走っていった。
大河内三佐は久しぶりにテッパチ(戦闘用ヘルメット)を着け、戦闘服に着替えていた。
今のところ滞りなく準備は進んでいるようだという事を無線の報告で確認していた。そして三佐はまた頬の古傷を擦った。
実はこの三等陸佐は現在の自衛隊の中では数少ない実戦、つまり殺し合いを経験している者なのだ。
数年前、PKO活動で紛争の続く中南米の小国に、彼と彼の率いる中隊が派遣された。任務は現地の復興援助と難民の保護だったが、その難民キャンプがゲリラの襲撃を受けたのだ。
激しい攻防戦の結果多くの彼の部下が死傷し、国内外に大きな衝撃を与える事件となった。頬の古傷はその時のものだ。
今回編成された特任中隊の隊員の中にもその時に共に戦った者が少なからずいる。陸佐はだからこそ自分(とかつての部下)がこの任務を任されたと考えている。艦娘と同じように“戦”を知る者として…。
「中隊長殿!ここにおられましたか!」
部屋の奥から声が響いた。
「…あきつ丸か。ご苦労さん。」
「はっ!」
姿を現したのは元祖強襲揚陸艦ことあきつ丸だ。
この鎮守府では唯一の旧陸軍所属の艦娘(本人は“艦”では無いと主張しているが)だ。元陸軍所属とあって、どうやら他の艦娘に若干の苦手の意識を持っているようで(本人曰く会話が続かない)、殆どの時間を陸自の兵舎付近で過ごしている。
更に彼女は大河内三佐を慕っているようなのか分からないが、彼の側にいつもいる為、現在は実質的に彼の補佐官のようなポジションについている。
以前は彼の事を“少佐殿”と言っていたが、さすがにそれはまずいと言うことで“三佐”に改めるように言った。
しかしそれはそれで言いづらいと言うことで、現在は“中隊長殿”と彼女は呼んでいる。彼としては“殿”付けも余り好ましくは無いようだが、どうやらこの癖は治らないようだ。
「中隊長殿、その格好は…」
「ああ、俺は最前線で中隊の指揮を執るからな。」
どうやらこの陸佐には安全なバンカーに退避するという発想は無いようだ。
あきつ丸はこれを恐れていた。艦娘と違って生身の人間は砲弾どころか、爆発で飛び散る破片が当たっただけで即死だ。
優秀な指揮官(と彼女は思っている)をここで失いたく無いあきつ丸は何とか彼を止めようとした。
「中隊長殿。この戦闘、かなり激しい戦闘になる事は必至です!」
「もちろん分かってる。」
「それならば、ここは安全な司令部で指揮を執られた方が…」
「嫌 だ。」
「中隊長殿!!」
しかし、こうなるともう止められない。彼はそのスマートな見かけによらずとても頑固な一面があるのだ。
あきつ丸が狼狽していると、大河内陸佐はおもむろに煙草を出し、火をつけた。どこか遠くを見てような目で煙草を吸った。
視線の先には相変わらず南国の青空が広がっていたが、久しぶりに死が羽音をたてながら迫って来るのを感じていた。
「無線機を持て、あきつ丸。海将、行ってきます。」
大河内はそう言うと、足早に地下室の司令部を後にした。
「あっ!ちゅ、中隊長殿!!ああ、海将閣下!!行って参ります!!」
あきつ丸はビシッという効果音が聞こえてきそうな敬礼をすると、大河内を追って司令部を後にした。
その頃ツツジ64は未だに轟音と爆音の中を全速力で鎮守府に向けて撤退していた。至近弾や銃弾の嵐の中を掻い潜って走り続けてきただけあって、もう皆ボロボロだった。
「鎮守府まであと少しだ!ここまで来たんだ、全員で帰るぞ!!」
木曾が皆を叱咤した。
「でも、木曾さん…」
吹雪が申し訳なさそうに口を開いた。
「なんだ?」
「このまま私達が帰ったら鎮守府は…」
一瞬全員の表情が曇った。
「分かってる。」
木曾が遮った。
「このまま行けばどうなるかは、皆分かってる。鎮守府の皆もな。」
「でも…。」
吹雪の言いたい事は皆分かっていた。むしろ、皆の心中を代弁していたといってもいい。自分達4人のせいで鎮守府の皆が命の危険に晒される事になってしまった。だが、もはや自分達にはどうする事も出来ない。
このまま撤退を止めて全滅すれば鎮守府空襲を回避出来るかもしれない。そう思い、実際何度かそのことを司令部に打診した事もあった。だが、やはりと言うべきか、それは海将も三佐も断固として許さなかった。
「皆を信じろ、吹雪。俺達が帰らない訳にはいかないんだ…。」
木曾は何とか言葉を絞り出した。
やがて水平線の向こうに見慣れた島影が見えてきた。つい数時間前に出発した場所の筈なのに数年ぶりの帰還のような感覚がした。だが、誰も喜んでいる者は居なかった。とうとう来てしまったのだ。
やがて頭上の敵機が高度を降ろしているのを感じた。もはや自分達には1発の銃弾も飛んでこなかった。島の影はどんどん大きくなる。ツツジ64の全員が島の友の無事を祈った。
その時、頭上で三式弾の砲弾が炸裂した。花火のように炎の塊を空中に散らした。そしていくつかの敵機は、その炎に絡め取られ、火を吹きながら海上に落下していく。
前を見ると、島中から曳光弾が、まるで怒り狂った火山のように噴き出し、高射砲や高角砲の黒い花火が打ち上げられるのが見えた。
地上は濃い硝煙に覆われ、その中から規則的に高射砲の発砲炎が光った。
物凄い弾幕だ。誰もが息を呑んだ。そして敵機が次々とその弾幕の中に突っ込んで行く。
こうして、後にムエルタ大空襲と呼ばれる迎撃戦が幕を上げた。
作者は陸軍の回し者なので今後も陸自には頑張ってもらう事になると思います。提督の皆様もそこは何卒ご勘弁をお願いします。