「隊が乱れてるぞ!所定の位置に戻れ!!」
摩耶が叫んだ。
今や艦娘達の対空用の隊列は爆弾や機銃掃射の回避運動によってかなり乱れていた。これでは有効な対空射撃が出来ない。
「無理や!こっちは回避で手一杯や!避けなかったら沈んでまう!」
「ここを突破されたら鎮守府はおしまいだ!早く自分の配置に戻れ!」
「野分、中破!」
「神通、大破!後方へ下げます。」
辺りは騒然としていた。水柱が次から次へと立ち、弾が跳ね返る「カンッカンッ」という音が響き、弾丸が光の尾を曳きながらあらぬ方向に跳ねていった。
「クソッ、大淀も呼べ!!」
大淀は普段、出撃の時も通信室に籠っている事が多い。今回も隊列を組んだ時は見あたらなかった。
「もう来てます!」
「おう、いつの間に…」
その時、爆撃機が急降下する甲高い音が聞こえた。
「敵機急降下!!」
目標は一番激しい対空砲火をしている金剛だ。だが本人は気付いていない。これは不味い。
「金剛!よそ見すんじゃねぇ!」
回避は間に合いそうに無い。
「クソッ!!」
次の瞬間には沿岸の陣地と摩耶が対空砲火を初めた。2機は落としたが残りの3機は投弾した。
特に最後の1機は厄介な事をしてくれた。小型爆弾をばらまいたのだ。しかもその内の1発は工廠に直撃した。
爆弾は軽々と工廠の屋根を突き破り、中で炸裂した。
摩耶が落胆する中、爆発で木っ端微塵に吹き飛んだ工廠の窓ガラスの破片が降り注いだ。太陽の光を1枚1枚が反射し、煌めいた。その時、ガラス片と一緒になにかが摩耶の目の前に落ちてきた。
「大変だぴょん!空から人が降ってきたぴょん!」
摩耶は驚愕した。
落ちてきたのは津久井士長だった。二階から爆風で吹き飛ばされて落下したが、運良く落ちたのは海でしかも艦娘達が展開していた為、迅速に救助された。海中から悪趣味な弾丸のネックレスをした津久井が引き揚げられた。
「…ここ何処だ?」
空からきた男の最初の一言はあまりにも間抜けだった。
「地獄へようこそ。」
摩耶は簡潔に且つ的確に答えた。
すぐに津久井は摩耶に浜に運ばれた。浜は敵機の機銃掃射を執拗に受けていた。津久井には摩耶が遮蔽物になる形で覆い被さっていたから津久井の頭上(摩耶)からは弾が跳ね返る金属音がひっきりなしに響いていた。
「痛くないのか?」
津久井がふと聞いた。
「砲弾に比べりゃ、大した事はねぇよ。それよりあんたはどうすんだ?」
そう言われて津久井は辺りを見渡した。このままこの艦娘の厄介になっている訳にはいかない。何処か退避出来る所がないかと探していると倒れたヤシの木の陰から声が聞こえた。
「おい!こっちだ!こっちに来い!」
よく見ると機銃が据え付けてある土嚢を積み重ねてある陣地が見える。あそこなら安全そうだ。
「今行く!」
「おいおい、大丈夫か?」
津久井はタコツボまで20m程走る事になる。辺りは依然として弾丸が降り注いでいる。
「大丈夫だ、今日の俺はツいてる!」
「そうか…。風穴開けられないように気を付けろよ。」
「どうも。ところで君の名前は?」
「名前か?私、摩耶ってんだ。」
「摩耶か…。お互い生きてたらまたよろしく。」
一息つくと津久井はタコツボに向かって走り出した。次の瞬間には「チューン」「バスッ」という音を立てながら、一直線に砂煙が次々と立った。砂煙の高さは津久井と同じ位だ。瞬く間に摩耶からもタコツボからも津久井は見えなくなった。
宇喜多は隊員が艦娘に浜に運ばれているのに気が付いた。多分海自の隊員だろうか?弾帯のネックレスをしているから弾係か何かか?とにかく彼は危険な状況下にあるのは確かだ。浜は野晒しで格好の的だ。
「おい!こっちだ!こっちに来い!」
男はようやくこっちに気が付いた。と思ったら何も無い浜をダッシュして来た。
機銃掃射の砂煙で姿が見えなくなった時は彼もヒヤッとしたが、直ぐに砂煙の中から出て、タコツボに飛び込んで来た。こいつは大した度胸だと感心した。
しかし無我夢中で飛び込んで来た隊員は驚いているようだ。当然だろう。タコツボの中は血の海だった。
「指を吹っ飛ばされた!指を吹っ飛ばされた!」
親指を無くした隊員が叫んでいた。
「クソッもうこいつはもたない!」
そう言う隊員の腕の中には木片が首に刺さった隊員がいた。
「脚が、脚が…。」
機銃か爆弾によるものか、脚をズタズタにされた隊員がうわごとのように呟いていた。
皆がどこかしらを負傷していた。恐らく先程敵機を撃ち落とした事で場所が露呈したのか、その直後から集中砲火を受けたのだ。
しかし飛び入りの津久井はその中でも一人だけほぼ無傷の状態だった。津久井は早速ここから出たいと思った。
「おい、あんた血が…。」
宇喜多のズボンからは血が染みている。よく見ると木片が刺さっていた。
「ああ、これくらい大した事はないよ。」
宇喜多はこの時それほど痛いとは感じなかった。それよりも機銃に付けられた防弾板に感謝していた。戦闘が始まった時はこんな薄い鉄板が何の役に立つのか?と不安だったが、結果的にはこの薄い鉄板は見事に飛んでくる木片が急所に当たるのを防いだ。
「悔しいがもう弾が無いな…。」
宇喜多が言った。
もう機銃はあっても撃つ弾が無いのだ。今、津久井が首に巻き付けている弾はサイズが違う為にタコツボのM2重機関銃では使えない。
「…分かった、俺が取ってくる。」
津久井が言った。
「取ってくる?正気かお前!?」
弾薬を取ってくるにはタコツボと工廠の間の滑走路のように遮蔽物が何も無い対空陣地を横断する必要がある。機銃弾のシャワーの中のようなこの状況下では自殺行為だ。
「大丈夫だ…今日の俺はツいてる。」
ついさっき摩耶に言ったのと全く同じ言葉だ。
「おい、弾!津久井!どこいったんだ!!」
工廠の中で相変わらず韮山は機関銃を乱射していた。
韮山の脇に置いてある取り替えた銃身は溶ける寸前の白色になるまで熱せられ、銃身の下の濡れ雑巾は黒く焦げていた。敵機は次々と来襲し、応戦する彼の機関銃の弾帯は瞬く間に短くなっていく。もうすぐ弾が無くなる。
「どうぞ。」
その時、やっと待ち望んだ弾が渡された。
「サンキュ!」
反射的にそう返して弾を貰った。
無我夢中で応戦をしていたから弾係の顔を見なかったが、直ぐに津久井では無い事が分かった。あいつはこんな華奢な腕じゃないし、着物なんか着てたか?
韮山に弾を渡した弾係をよく見るとそれは髪を後ろで1つに束ね、薄紅色の和服を着た艦娘、鳳翔だった。
「あ、…鳳翔さん?」
「はい、微力ながら手伝わせていただいてます。」
プロレスラーのようながたいの韮山でさえ鳳翔には“さん”付けをしてしまう。勿論他の隊員もその例に漏れない。そういう雰囲気がこの鳳翔からは出ているのだ。
鳳翔は普段から隊員達と進んで接してくる。彼女の作る料理も海自のコックといい勝負をする。常に何かをしていないと気が済まない専業主婦のようだ。艤装を損傷して使えない今も健気に彼女は動き回っていた。
そんな大和撫子、鳳翔が今運んでいるのはいつものお茶やおつまみでは無い。弾帯が詰まった弾薬箱だ。そのあまりにも不釣り合いな光景はこの日の混沌具合を象徴するものだった。
「それでは、他の人の所へ…」
「あ、ああ。気を付けて…。」
韮山は多少呆気に取られながら見送った。鳳翔は艤装を着けてなかった。つまり、今は腕力も耐久力も普通の人間と同じだ。銃弾が一発でも当たればそれでおしまいだ。そんな状態の女性が、こんな修羅場を走り回るのを心配するなというのが無理な事だろう。
ただでさえ両手に重い弾薬箱を持ってバランスが悪いのに、足元にも空薬莢が転がっていたりして走りづらい。転ぶなよ…。そう考えてるそばから鳳翔は空薬莢を踏んで転びそうになっていた。
「クソ…不味いな…。」
島の西側の車輌部隊と隊員達を指揮する大河内は爆音の中、思考を巡らせていた。今彼は車輌部隊の少し後方の林の中から様子を見ながら指揮をしている。あまり状況は良くないようだ。
最初の一斉射撃では予想以上の数の敵機を落とせたと思っている。これも「制空権は取られるもの」をモットーに日々訓練している賜物なのだろうか。
しかしその後は敵機、主に爆撃機の集中的な攻撃を受けて一気に戦力が消耗した。
装輪装甲車は機銃弾くらいならある程度は防げるが、さすがに爆撃されてはどうしようも無い。回避運転も出来るが、装輪装甲車がズラリと並ぶ対空陣地の上では大分動きを制限される形になった。
今、彼の目の前にはそこら中に撃破された装輪装甲車がある。炎上して黒焦げになっていたり、間近で爆弾が炸裂して横転していたり、直撃を受けて木っ端微塵になった車輌もあった。
炎上する車輌と撃墜された敵機から流れる黒煙で青空は黒く染まり、炎上している車輌からは時々花火が破裂するような音を出しながら、残った機銃の弾が爆発した。
「弾幕が薄くなってきてるでありますな…。」
側で無線機を持っているあきつ丸が言った。
「ああ、潮時だな。」
大河内は腕時計を見た。航空機の支援まであと20分以上はかかる。
大河内は島の東の工廠などの施設群のある場所の空を見た。あちらはまだ盛んに曳光弾が飛び交っているのが見えた。そして敵もやはり工廠やドックを破壊するつもりらしく、忌々しい羽音を立てながら、東の空に集まっていた。
「あきつ丸、部隊を東に移動させるぞ。直ちに全部隊に伝えろ。」
「了解であります。」
装輪装甲車の射手の三好は銃座の中から恐ろしい地獄を見学している気分だった。夢中で敵機に向かって銃弾を撃ち込んでいたが、気付いたら地上からの曳光弾の光の条の数は大分減っていた。
そこで辺りを見てみると凄惨な光景が広がっていた。隣の車輌の射手は銃弾が直撃したのか頭が綺麗に無くなっていた。銃座は血塗れで、射手を失った四挺の機銃は空を向いたままだ。
機銃掃射を受けた1両の車輌が当たり所が悪かったのか煙を吐きながら炎上した。火だるまになった運転手が飛び出してきたが、射手は銃座から出られないようで、悲痛な悲鳴をあげていたが、じきに聞こえなくなり、パンッパンッと機銃の弾が破裂する音だけが響いていた。
爆弾の直撃を受けたタコツボから木っ端と一緒に足や腕が舞い上がるのもハッキリと見えた。機銃掃射をまともに受けた隊員はズタズタに切り裂かれていて、視界の端に血粉を飛ばして倒れる隊員達が嫌でも目に入った。縮こまりたかったが、辺り一面の銃声と怒号が彼をはやし立てた。
幸い三好の車輌は運転手が優秀なお陰でなんともなかった。限られたスペースの中で巧みに爆弾と機銃掃射をかわしていた。敵機が降下してきたら三好も直ぐに頭を引っ込めた。爆弾の破片が空を切る恐ろしい音や、装甲に銃弾が叩きつけられる音も聞こえたが、まだ彼は五体満足だ。
すると車輌が今までと違う動きをして、三好は驚いた。今度は回避ではなく、どこかに移動しているのか?
「おい、何事だ?」
「工廠へ移動だそうだ。みんな向こうに行ってるしな。」
言われてみれば敵機の影が大分減った。辺りを見回す程度の余裕が生まれているのがその証拠だ。その変わり東の空はゴミにたかるハエのように敵機が密集していた。
あんな所に行くと思うと気が引けたが、すぐに意識を直した。これが俺たちの仕事だ。何よりもみんなこの地獄の中で戦っているんだ。俺だけ逃げる訳にはいかない。
三好を乗せた車輌はひっくり返った車輌や炎上する車輌を蹴散らしながら東に向かって走った。流れる風からは嫌な臭いがした。移動を始めた車輌部隊にふたたび敵機が群がってきた。どれだけが工廠までたどり着けるだろうか…。
その時、三好はまた驚くことになった。脇の林の中から中隊の指揮官の大河内陸佐と無線機を背負った中隊のマスコット(と多くの隊員は思っている)あきつ丸がまるで横断歩道を渡る時のように左右を確認してから、全速力で走りだした。何かを叫んでいるが、酷い騒音で聞き取れなかった。
しかし正気の沙汰とは思えなかった。中隊の核たる大河内陸佐が何をとち狂ったのか、銃弾の嵐の中に飛び込んできたのだ。
相変わらず艦娘の出番が少ないですね(焦)。
まぁ今は防空戦だから多少はね…。