三好の装輪装甲車は工廠のすぐ横に来ていた。回りの建物の窓ガラスは叩き割られ、屋根は機銃掃射で穴だらけになり、あちこちから黒煙があがっていた。
「三好見てみろよ、酷え様だな。」
助手席の朝倉が言った。
「ああ…直すのが大変だな。」
災害復興支援ぐらいしかこれといった経験のない三好はそう言うのが精一杯だった。
すると不意に前方の砂浜の近くのタコツボから一人の隊員が飛び出した。首には弾帯のネックレスをし、負傷した隊員を背負っていた。装甲車を盾に建物まで行く気のようだ。
辺りには弾丸が降り注ぎ、装甲車に当たった弾丸は火花を散らして不規則に跳ね返っていた。三好が彼の行動に感心していると、今度は建物の中から持てるだけありったけの弾を持って再びあの男がタコツボまで走り去った。
三好の4連装の機関銃の内半分の2挺は機銃掃射の弾が直撃して使用不能になっていた。それほどの修羅場の中を生身で走り回る目の前の男は、これでもう一生分の運を使い果たしたのではないかと三好は思った。
建物から駆け出した津久井は装甲車の間を走り抜けた。そこら中から装甲に当たった弾丸によって火花が散っていた。この時彼は凄まじい銃撃戦の中を駆け回っていて、巻き上がる砂埃で息をするのも苦しい程だった。
そして野球のスライディングの要領で宇喜多の待つタコツボに滑り込んだ。
「見事なもんだな。」
宇喜多が言った。
「ああ、中高と色々やったからな。」
「へえ、部活は?」
「部活?…ああ、中学は卓球で高校は帰宅部だったな。」
「帰宅部?まさか、冗談だろ?」
「いまいちやりたい事がなくてね。それで体力有り余らせてたからここに来たんだ。」
自衛隊って運動こなしに来る所なのか?宇喜多は目の前の男の規格外っぷりに一瞬唖然とした。だが今はそんな悠長な事をしている暇も無い。
「よし、装填できたぞ。」
津久井が持ってきた手のひらサイズの巨大な弾を込めた。
「よっしゃ、いくぞ!」
再び宇喜多の2挺の重機関銃がドガガガッと火を吹き始めた。日の入りの近づく空に二筋の曳光弾の光の列が輝いた。
「…クソッ不味いな。」
摩耶が頭上を見ながら呟いた。
衣服は所々がちぎれ、この数十分間の戦いの激しさを物語っていた。味方の航空機が迎撃に来るのを今か今かと待っているがまだ影も見えない。ずっと空を睨んでいたから首も痛くなってきた。
海上から敵の編隊を見る限り、どうやら第二波の攻撃隊が到着したようだった。爆弾を抱えた機は次々と胴体の下の爆弾を投弾し、手ぶらの機は旋回して警戒にあたり、時折機銃弾の雨を降らせてきた。
艤装も至近弾などで少なからずダメージを受けているようで、動きが鈍くなっていた。
「クソッ…クソッ…ハエみたいにたかりやがってよぉ!」
思うように移動も出来ないこの状況に摩耶の苛立ちも募っていた。
「9時の方向、敵機!!」
誰かが叫んだ。
この時、防空隊の人数も大分減って弾幕にも空きができていた。そんな中5、6機の爆撃機が防空隊目掛けて急降下してきたのだ。
もう飽きる程聞いた独特の甲高い音を響かせ、摩耶の目線の真っ直ぐ先の空から、黒い点がその大きさを増しながら迫ってきた。
摩耶は悪態もつくことなく、迎撃に適した位置に動こうとした。しかしここで思わぬトラブルが発生した。
摩耶の艤装は大きな破裂音と煙を出すと一切の動きを停止してしまったのだ。
「クソッマジかよ!?」
摩耶は当惑しながらも対空射撃を始めたが、幾ら摩耶でも全機を叩き落とす事は出来ない。
敵機は隊列から離れて動かない摩耶を標的としたようで、摩耶に向かって一直線に降下してきたかと思うと、次々と爆弾を投下した。
視界に収めたのはほんの一瞬だったが、かなりでかい爆弾だった。少なくともこのままでは自分は間違い無く轟沈するのは摩耶には直感的に分かった。
「うお…」
摩耶にはその瞬間がスローモーションで見えた。カチッと言う音と共に爆弾が胴体から切り離されて自由落下を始めた。
「でぇぇぇぇぇい!!」
見切った!!
そう思った摩耶は声を出しながら精一杯に全身を使ってジャンプした。次の瞬間、猛烈な爆風を背面に感じ、体が重い艤装ごと宙に浮くのを感じた。
摩耶は奇跡的に爆弾の直撃を免れた。しかし超至近距離で炸裂した2発の大型爆弾は、摩耶に深刻なダメージを与えた。普通の状況なら轟沈もののダメージだった。
しかしここは普通の状況ではなかった。摩耶達が戦ってたのは水深の極端に浅い、サンゴ礁で形作られた島の縁に当たる場所だ。
普通の軍艦で言い換えるなら「轟沈」はせず、「大破着底」する位の浅さだった。
「なあおい…。」
宇喜多が津久井に不意に話しかけた。
「お?どした?」
弾薬を整理していた津久井が応えた。
「俺は…船が溺れてるのは初めて見たぜ。」
「は?」
津久井がタコツボから海に向かって顔を出すと、誰かが浜の近くの浅瀬でもがいているのが見えた。しかも見たところ、艦娘にしか見えない。
「お~いあんた、そこなら立てるだろ?」
しかし付近一帯の騒音で聞こえないのか声をかけてもまだもがいていた。
「聞こえないみたいだな。」
「う~ん…。やっぱり近くまで行かないとダメかな。」
「好きにしてくれ、俺の手には負えねぇや。」
宇喜多は引き止める気はさらさら無いようだ。
「援護頼んだ。」
一言そう言うと津久井はヤシの倒木を越え、砂浜に飛び出した。帰宅部ってこんなにスペックが高いのか。宇喜多はこの期に及んでエネルギッシュにダッシュする津久井を見ながら思った。
「おいあんた、そこなら立てるぞ!!」
浜の端まで行って叫ぶと流石に聞き取れたようでその艦娘はもがくのを止めると立った。そう、立ったのだ。もがいていたのが嘘のようにごく普通に立った。水面の高さは胸の辺り位だろうか。
やがてその艦娘は決まりが悪そうに振り向いた。その時津久井は初めてその艦娘が先程自分を救った、摩耶だと言う事に気付いた。
「「あ…。」」
一瞬二人共間の抜けた声を出したが、今はそんな余裕は無い事にすぐ気付いた。
「早く上がれ!そこは危険だ!!」
「お…おう!それ位分かってるよ!!」
摩耶は歩き難そうにしてやっとこさ浜の近くに来ると津久井が手をとって引き上げた。
「大丈夫か?」
「この様で大丈夫に見えるかぁ?!」
摩耶は無駄に威勢よく応えた。
「よし、大丈夫そうだな。あそこまで走るぞ!!」
「マジかよ…。こっちゃ轟沈しかけたんだぜ?もうちっと…」
「逃げるぞ!」
見ると1機の敵機が緩やかに降下してきた。浜を機銃掃射する気だと言うのは、二人共何度もその光景を見てきた為か直感的に分かった。
「クソが…」
「ほら、いくぞ!」
摩耶は艤装をガチャガチャいわせながら津久井と浜を走った。一歩踏み出す度に砂に足をとられ、タコツボまでの距離が酷く長く感じた。
敵機はドンドン近づき、今にも機銃の火を吹くと二人が思った所で、前方から二筋の曳光弾の列が打ち上げられた。宇喜多が援護射撃を始めたのだ。彼の射撃術はこの数十分間ですこぶる上がったらしく、今度はちゃんと敵機の少し先を狙って撃っていた。
機銃弾に絡めとられた敵機が黒煙を上げてよろよろと高度を下げていくのを尻目に、津久井と摩耶はタコツボに転がり込んだ。
「クソォ、直してもらったばっかりだったてのによ!」
摩耶が足の艤装を取りながら言った。
砂浜を走ってきたことだけあって砂まみれだった。
摩耶は辺りを見回した。すると海上で戦闘をしていた時には全く分からなかった、地上の隊員達の決死の防空戦闘が目の前で繰り広げられていた。
自分達のすぐ前に停まっている装甲車なんかは機銃座が火を吹きながらぐるぐると回っていて、まるでネズミ花火のように見えた。タコツボの中も空薬莢とベルトリンクの破片の山で溢れていた。
摩耶は自分がこの戦闘に参加出来ない事に酷くもどかしく感じた。
三好は必死に防戦した。残り2挺となった機銃をとにかくぶっ放しながらぐるぐると回っていた。敵機は四方八方から襲って来るのだ。もはや逃げ場は無く、回避もクソも無いと諦めていた。
2挺になっても12.7mm機銃の威力は凄まじく、射線上にあるものは何もかも破壊した。彼が撃ち終わった後には、射線上にあった木々は、まるで鎌で切り取られた雑草のように綺麗に薙ぎ倒されていた。
そんな中、1機の敵機が緩やかに自分目掛けて降下してくるのを三好は発見した。三好はそいつを正面に見据えると、十分引き付けてから射撃を開始した。まるで西部劇かなんかのような真っ向勝負だった。
敵機も遅れて発砲を始めたが、三好の弾が先に当たったようで、途中から敵機は黒煙を上げ始めた。恐らく墜落する。勝った、と三好は確信した。
それでも敵機は飛行を続け、執念の一撃を三好に浴びせてきた。迫り来る真っ赤に光った曳光弾を目に捉えた三好は、目をつぶり、急いで身を小さくした。
「カカカカンッ」と金属音が響き渡り、何か細かい破片が額と頬に当たったのを感じた。
目を開けて見ると、三好自身は五体満足で無事だった。しかし機銃に目をやると、1挺は銃身に弾丸が直撃してポッキリと折れ、もう1挺は弾丸を機関部に取り込む給弾口に弾丸を受け、どちらももう撃てそうに無い状態だった。
三好は完全に無力化された。
ふと、三好が目をやると綺麗な夕暮れが見えた。島の東端にあるこの場所からは普通は夕暮れは木々が遮ってよく見えないが、この日は敵機の度重なる銃爆撃や、迎撃する隊員達の放った弾丸などで木々は薙ぎ倒され、綺麗な夕暮れを拝む事が出来た。
その夕暮れをバックにこちらに向かって来るいくつかの影が見えた。あの忌々しい深海棲艦の放った攻撃機隊だ。
「敵機降下、待避しろ!」
「あれじゃどうしようもねえよ…。」
助手席の朝倉が言った。
確かに、敵機は横一列になって降下してきた。こっちは建物とタコツボに挟まれた位置にいる為、到底回避できそうに無い。
「これまでか…。」
人生最後に見る景色にしては悪くは無い。
三好がそう思った次の瞬間、敵機のさらに上から、けたたましい銃声が響き渡った。
その時、銃座の三好、タコツボの3人組、工廠の韮山、交差点で指揮をとる大河内とあきつ丸達は同じものを見た。
それは夕陽を背にレシプロのエンジン音を響かせ、敵機に機首と両翼から放った銃弾を浴びせる、翼とどうたいに真っ赤な日の丸を頂いた、太陽の光を真っ白な機体に受けて輝く戦闘機、零戦だった。
摩耶様改二おめでとうございます。
丁度出してた所だったのでいいタイミングでしたね。