妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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第115話 ~死闘、龍の子の僅かな違和感~

 暗雲が、空を覆っている。

 幻想郷から離れた空を飛ぶ星輦船の中で、聖を除く星輦船メンバーは神妙な面持ちのまま前方を、正確には真っ直ぐこちらに向かってくる妖怪の軍勢を睨みつけていた。

 

「うわー……地面にも沢山居るねー」

 

 げんなりした声で、水蜜は地面を埋め尽くしながら進行しているソレを見て言葉を零す。

 だが無理もない、空には多数の吸血鬼、そして地面には……ワーウルフにゴブリン、果てはリビングデッドといった西洋の怪物達が犇めいているのだから。

 少なく見積もってもおよそ三百、対するこちらは星輦船メンバーである一輪達五人と加勢しに来てくれた妹紅の計六人だ。

 

「……抑え切れるのかな、これ」

「抑え切れるのか、ではなく、抑えなければならないのです村紗」

 

 星の言葉に水蜜は頷きを返すものの、表情から不安の色は消えなかった。

 しかし誰もが彼女と同じ表情を見せており、迫る軍勢に対し勝利のイメージが浮かんでこない。

 守れるのか、そもそもあの軍勢と戦って生き残れるのか、そんな不安ばかりが全員の脳裏に浮かんでは消えていく。

 

「みんな、待たせた!!」

 

 そんな中、星輦船に龍人が降り立つ。

 彼の登場に全員の表情が僅かに綻んだ。

 

「あれか……まずは数を減らさないとな」

「待った。龍人はなるべく力を温存じておいた方がいいわ」

 

 そう言って船の一番前に出た妹紅は、すぐさま全身に灼熱の炎を這わせ始める。

 両手を前方に突き出しながら、まずは地面を走る相手に対し灼熱の魔弾を撃ち放った。

 空気を焼きながら五つの魔弾は一直線に軍勢へと向かい、着弾すると同時に爆音が響き火柱が立ち昇る。

 戦場に、怪物達の断末魔の悲鳴が飛び交い、肉の焦げる嫌な臭いが風に乗って龍人達の鼻腔を刺激した。

 

「あっつ!? 火の粉がこっちまで飛んできてる!!」

「ふふん、どうよ?」

「いや、どうよって……少しは加減したらどうだい?」

 

 呆れた口調のナズーリンに、妹紅は少し頬を膨らませ反論を返した。

 

「なによー、加減できる相手じゃないしする必要なんかないじゃない」

「それはそうだが……」

「――ナズー、皆さん。どうやら向こうもこちらを脅威だと認識したようです」

 

 厳しい口調でそう言い放つ星の視線の先には、こちらを睨み標的として捉える吸血鬼の大群が。

 しかしこちらとしてもちょうどいい状況だ、幻想郷に近づかせないのが目的なのだから。

 

「第二波、いくわよ!!」

「イッチー、もこたんが撃ったら私達も出よう!!」

「ええ、星とナズーリンは船の上から迎撃をお願い!!」

「もこたん言うな!!」

 

 ツッコミを入れつつ、再び灼熱の魔弾を生成していく妹紅。

 水蜜は巨大な錨を背負い、一輪は雲山と共に拳を握り締め、星とナズーリンはそれぞれ宝塔とロッドを取り出して身構える。

 高圧縮した妖力を込めた灼熱の魔弾は先程の倍以上の大きさになり、まるで一つ一つが小さな隕石に見える程。

 

「くらえっ!!」

 

 今度は骨ごと焼き尽くそうと、妹紅は都合十七まで増えた魔弾を再び怪物達へと撃ち放った。

 全て着弾すれば少なくとも地上からの進攻は抑え込めるだろう、それにもうすぐ人狼族が応援に駆けつけてきてくれる。

 ならば自分達は空に居る吸血鬼達の相手をすればいい、そう思いながらその場に居た全員が意識を空へと向け。

 

――妹紅が放った魔弾が、全て真っ二つに斬り裂かれ爆発した。

 

「えっ――」

「な、なに!?」

 

 その光景を見て、全員の意識が一瞬だけ固まってしまう。

 すぐさま意識を切り替える龍人達であったが。

 

「――いけやせんなあ、戦いで呆けるなんざ」

 

 背後から、呆れを含んだ男の声が聞こえた瞬間、銀光が奔った。

 それが斬撃だと理解した全員が、全神経を回避に集中させたのだが。

 

「が、っ……!!」

 

 間に合わず、斬撃が妹紅の身体を上下2つに切り裂いてしまった。

 吐血しながら吹き飛んでいく2つに分かれた妹紅の身体を見て、誰よりも速く龍人が動いた。

 その一瞬後に一輪と雲山が妹紅の身体を受け止めようと動いてくれたので、龍人はすぐさま妹紅を斬り捨てた男へと龍気で生成した光の剣を振り下ろした。

 

 跳躍され避けられる、すかさず後を追って再び斬撃を繰り出し、今度は長刀で真っ向から受け止められてしまった。

 光の剣を受け止めたのは、長くしなやかな日本刀であった。

 強靭さではどうしても他の刀剣類に劣るというのに、真っ向からしかも片手で受け止められた事に龍人は愕然とする。

 

「……さすがに、手は抜けやせんか」

「っ、お前は……!」

「ぬんっ!!」

 

 力任せに弾かれ、龍人は相手との距離を離した。

 改めて相手に視線を向ける龍人、右手で長刀を持つ着物姿の大男。

 

「朧……」

「久しぶりですなあ、龍人さん」

 

 かつて、月へと侵攻を企てた妖怪側に加勢をしていた大妖怪であり大剣豪である朧が。

 今度は幻想郷に攻め入る者達の味方となり、龍人達の前に立ち塞がっていた。

 

「なんのつもりだ、お前も幻想郷を手に入れたいと思っているのか?」

「いえいえ、そういうわけではございやせん。ですが頼まれてしまいましてね……それにあっし自身、是非ともお前さんと戦いと思っていやしたものですから!!」

 

 一息で踏み込まれる。

 繰り出される斬撃はただ速く、けれど目で追えた龍人は即座に軌道を合わせその一撃を受け止めた。

 

「っ……なら、今は退いてろ。この問題が片付いたらいくらでも相手をしてやる」

「そんな口約束が信用できると? それに、この状況下なら否が応でも戦わざるをえないじゃあありやせんか」

「くっ……!」

 

 判っていた事だが、やはり言葉だけでは退いてはくれなかった。

 ならば仕方がないと龍人は一度朧の身体を弾き飛ばし、両手に持っていた光の剣を投げ捨てる。

 

 ……既に、星輦船には吸血鬼の集団が組み付き始めていた。

 それを必死に食い止めている一輪達を視界に入れれば、悠長に説得などしている場合ではない。

 星輦船が落とされれば一気に幻想郷の守りが手薄になる、里には慧音が居るが肝心の紫や藍、今代の巫女は結界完成の為に神社から一歩も動く事ができないのだ。

 余力など残せない、この位置で食い止めなければ間違いなく幻想郷に被害が及ぶ。

 

「悪いが、すぐに決着を着けさせてもらうぞ!!」

 

 左手で右手首を掴み、龍人はそこへ“龍気”を込め始めた。

 一撃で決める、そんな気概を込めた瞳で朧を睨みながら、龍爪斬(ドラゴンクロー)を展開しようとして。

 

「っ、ぁ……?」

 

 激しい頭痛と吐き気に襲われ、龍人の視界が赤黒く染まり出した。

 

「な、に……?」

 

 何が、起きたのか。

 身体に傷は刻まれていない、ダメージなどまだ負っていないというのに意識が歪む程の激痛に襲われる。

 それにより集めていた龍気も霧散し、龍爪斬(ドラゴンクロー)が不発に終わってしまった。

 

 術を中断したというのに、頭痛と吐き気は一向に収まらず、寧ろ酷くなる一方であった。

 いきなりの身体の不調に混乱し、自分に起こった変化が理解できず敵を前にしながら龍人は隙を晒してしまう。

 そして、それを見逃す朧ではなかった。

 

「――余所見、ですかい?」

「うっ……!?」

 

 迫る銀光、この身を四度切り刻む事が可能なほどの斬撃が眼前に迫っても、反応が遅れた龍人は避ける事も防ぐ事もできない。

 明確な死が龍人の脳裏を支配し、朧の刀が彼の命を奪おうと振り下ろされた瞬間。

 

「ぬおおおっ!?」

「えっ?」

 

 朧の刀が、薄桃色の()()によって防がれた。

 それと同時に朧の身体が蹴り飛ばされ、彼と龍人の間に……緑髪の女性が口元に好戦的な笑みを浮かべながら、君臨する。

 突如として現れた女性の姿を見て、龍人だけではなく朧すら驚きの表情を隠せない。

 

「……お前さんは、風見幽香」

「久しぶりね朧、会いたかったわよ」

 

 女性――風見幽香は朧の様子にますます浮かべた笑みを深めていく。

 意識を彼に向けたまま、幽香は後ろ居る龍人へと厳しい言葉を言い放った。

 

「こんな所でそんな阿呆面を晒している場合なのかしら? あの空飛ぶ船、あのままじゃ落ちるわよ?」

「ぁ……」

「それにさっきの醜態は何? 倒すべき相手が居るのに、あんな雑魚に圧される程度で自分の目的を果たせるのかしら?」

「…………」

 

 胸を突く言葉を受けて、龍人は何も言えなくなった。

 確かに今の自分の醜態は笑えない程に情けなかった、これでは幻想郷を守る事などできるわけがないではないか。

 

「……この地に咲く草花は、幻想郷を愛している」

「えっ?」

「私がここに来たのもそれが理由、花達がこの地に暮らす者達を守ってくれとフラワーマスターである私に言ったのよ。

 自分達ではなくこの地に生きる他者を守れと言ったの、その純粋で尊い願いを無視できるわけがないじゃない」

「幽香……」

「行きなさい。()()も動き始めたわよ」

 

 彼女がそう言った瞬間――周りの温度が急激に下がり始めた。

 秒単位で下がる気温は肌を刺し、空気を凍らせ、やがて生物の肉体すら凍てつかせていくだろう。

 ただの自然現象ではない、この現象はある妖怪の出現を意味していた。

 

「――冬以外は、あまり動きたくないのだけど、今はそんな事を言ってる場合じゃないみたいね」

 

 のんびりとした口調ながら、その身から極寒の嵐を放出し続ける女性。

 だがその凍てついた吹雪は龍人達には一切の影響を及ぼさず、彼等と敵対する存在だけに降り注ぐ。

 吹き荒れる嵐は地上を進攻する妖怪達を忽ち氷像へと変えていき、生きる為に必要な温もりを無慈悲に容赦なく奪っていった。

 

「レティ!!」

「はぁい龍人、それじゃああとはよろしく」

 

 そう言って龍人達の助けになった雪女、レティ・ホワイトロックは星輦船に降り立ち、その場で寝転がり休息し始めてしまう。

 冬以外の季節では彼女の力は大きく弱体化してしまう、だというのに彼女はわざわざこの死地に赴き力を貸してくれた。

 それだけで充分、空に居る吸血鬼の群れだけを相手にすればいいこの状況を作ってくれた彼女に、龍人達は感謝した。

 

「みんな、朧は幽香が相手をしてくれるから、俺達は吸血鬼達を倒すぞ!!」

「よーっし、やるぞー!!」

 

 皆の士気が上がっていく。

 ……だがその中でも、龍人の表情は晴れなかった。

 謎の痛みはまだ彼の身体を蝕んでいる、少しずつ全身から力が抜けていくような感覚にまで陥っている。

 

 ……それが何なのか、冷静になればすぐに理解できた。

 けれど彼はわからないフリをする、そんな事あるはずないと自らに言い聞かせる。

 そうしなければ戦えない、幽香の言ったように倒すべき相手が居るのだから。

 

「ちぃ……地上部隊が全滅だと……!?」

「致し方あるまい。“あれ”を使うぞ!!」

 

 苛立ちを隠せない様子を見せながら、吸血鬼達はある術式を空に展開させた。

 それは召喚術、だがその規模はひたすらに巨大なものであった。

 

――そこから現れる、岩の巨人。

 

 ゴーレムと呼ばれる使い魔の一種が喚び出されたが、その巨大さに圧倒される。

 山と呼ぶに相応しい巨体は凄まじいまでの威圧感を放ち、その腕は星輦船すら容易に握り潰せるだろう。

 どう戦えばいいのか、そもそもこの相手に攻撃が通用するのか。しかしやらねばならないと全員が自らを奮い立たせる中。

 

「オオオオオオオオオッ!!!!」

 

 空気を奮わせる程の雄叫びを上げ、ゴーレムが動き始めた。

 星輦船を文字通り叩き潰そうと、右腕を大きく振り上げるゴーレム。

 

「やばっ、退避退避ーっ!!」

「間に合わない!!」

「くっ!!」

 

 右手に持つ宝塔を天高く掲げる星。

 そこから放たれるのは無数の黄金に輝くレーザー、数十もの光の帯が一斉にゴーレムの身体へと命中した。

 しかし、多少岩の身体を削っただけでゴーレムの攻撃を阻止する事ができない。

 

 そして星輦船にゴーレムの豪腕が振り下ろされ……。

 

 

「っ、紫様!!」

「わかっているわ藍。……始まったようね」

 

 博麗神社の丁度真ん中に位置する地面の上で、紫は藍と今代の博麗の巫女である博麗霊奈(れいな)と共に博麗大結界完成の為の儀式を行いながら、龍人達の戦いを感じ取っていた。

 藍が声を荒げるが、紫はあくまでも冷静さを失わず集中力を乱さぬまま霊奈と共に大結界の展開を続ける事を決める。

 彼等ならば問題ない筈だ、たとえ誰が相手であろうと必ず勝利を掴み幻想郷を守ってくれると紫は強く信じていた。

 故に今の自分にすべき事を優先する、それは博麗大結界を一刻も早く完成させる事だ。

 

「紫さん……」

「霊奈、今は大結界の事だけを考えなさい。それが博麗の巫女であるあなたが今一番しなくてはならない事よ」

「は、はい!!」

「霊力を放出し続けなさい、この地の霊脈に博麗の巫女であるあなたの霊力を注ぎ込み、私の妖力と能力、そして協力者達の技術を組み合わせた術式を編み込めば大結界は完成する」

 

 ただ、既に丸一日以上続けているというのに、いまだ結界の完成には至っていない。

 それだけこの結界が大掛かりなものだという事を証明しており、しかも完成するまで少なくとも紫と霊奈はここから動く事ができないのだ。

 けれどそれももうすぐ終わる、紫と霊奈は大結界の完成だけを考えようと瞳を閉じ、意識を集中させようとして。

 

 

「――なんだ、龍人はまだこちらに来ないのか」

 

 

 神社へと続く階段を、ゆっくりと昇ってきた1人の女性。

 その姿を見た瞬間、紫達の脳裏に戦慄が走った。

 

「案ずるな、今はまだ何もせんさ。妾の目的は……あくまで龍人のみだからな」

 

 そう言い放つのは、美しく輝く銀の髪と獣の耳、そして一本の尾を持つ妖艶な美女。

 決して出会ってはならぬ、けれどいずれ倒さねばならない生きとし生ける者に対する絶対的な敵。

 

――神弧が、紫達の前に姿を現した。

 

 

 

 

To.Be.Continued...

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