妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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かくして、物語は終焉を迎える。
龍の子との別れを乗り越えながら、妖怪の賢者は幻想の世界を生きていく……。


エピローグ ~妖怪の賢者と龍の子と~

 襖が開く音がした。

 その次に聞こえたのは僅かに畳を擦る音、同時に小鳥達の鳴き声も聞こえてきた。

 

「…………」

 

 眠りから醒め、意識が現実へと戻っていく。

 

「紫様、おはようございます」

 

 もう何度聞いたか判らない、自身の式の声。

 ……どうやらもう起きなければいけないらしい、もう少し寝ていたいが起こしに来た生真面目な式がそれを許さないだろう。

 ほう、と息をついてから目蓋を開けて、布団から半身を起き上がらせた。

 

「おや、今日は珍しくすぐに起きたのですね」

「その言葉には否定できないけど、臆面もなくよく言えたものね。藍」

 

 ジト目で軽く式である藍を睨むと、彼女は苦笑を浮かべつつも反論を返す。

 

(ちぇん)の教育に良くありませんからね、紫様は私の主としてしっかりした姿を常に保ってもらわないと」

 

 ただでさえ最近はぐうたらが過ぎますから、容赦のない言葉を放つ藍に少しだけイラッときた。

 とはいえ彼女の言葉は正しいし、ここで反論しようものなら十倍になって返ってくるのでここはおとなしくしておかなければ。

 大きく伸びをしてから、布団から抜け出す。

 それをしっかりと確認してから、藍は部屋から出て行った。

 完全に起き上がるまで信用できないという事か、というか私の布団片付けてくれてもいいではないか。

 

 ぶつくさ文句を言いつつ、いつもの紫のドレスに着替え、布団を片付け、縁側へと出た。

 

「あ、おはようございます紫様」

「おはよう、橙」

 

 挨拶してきた藍の式である化け猫の橙の頭にぽんと手を置いて、そのまま廊下を歩いていく。

 今日も天気は快晴、朝日を浴びると残っていた眠気は完全に吹き飛んでくれた。

 

「橙ー、手伝ってくれー」

「あ、はーい!!」

 

 藍に呼ばれ、返事をしながら橙は廊下を走っていく。

 いつもはマヨヒガと呼ばれる場所で暮らしている藍の式は、久しぶりに主であるあの子と一緒に寝られて朝からご機嫌なようだ。

 まだまだ一人前とはいえない藍の式だから、その式である橙も半人前以下の妖獣だけれど、少しずつではあるが成長してくれているようで安心する。

 藍は今の状態までなるのに千年は掛かったから、橙が一人前になる日はまだまだ先のようだけれど。

 

 ■

 

「じゃあ、少し出掛けてくるわね。橙、しっかり藍の仕事のお手伝いをするのよ?」

「はい、お任せください!!」

「いってらっしゃいませ、紫様」

 

 2人に見送られ、私はスキマを用いて八雲屋敷を後にする。

 目指すは人里……ではなく、里から少し離れた桜並木へと向かい、小川の流れに沿うように日傘を差しながらゆっくりと散歩を始めた。

 冥界に行って幽々子と談話するのもいいけど、たまにはこうやって1人でゆっくりと過ごすのも悪くはない。

 

「…………ふう」

 

 知らず、深呼吸をしていた。

 放たれた呼吸には確かな疲れと達成感が混ざっている、よく食べよく寝ている筈なのだけれど……疲れているのかしら?

 決して歳的な意味ではないと思いたい、だってまだたったの1379歳なのだから。

 まだまだ若い子には負けない筈、毎日スキンケアを欠かさず行なっているから大丈夫……よね?

 

「いい天気……」

 

 おもわず言葉にしたくなるほどに、今日の天気は良いものだった。

 日付でいえば四月十日、春真っ盛りで連日花見で浮かれている連中ばかりだ。

 きっと今日も博麗神社で花見という名の宴会があるだろう、今代の巫女である博麗霊夢はまた文句を垂れるだろうけど。

 といってもなんだかんだ言いつつあの子も甘いのよね、そこが可愛くてついつい甘やかしてしまいそうになる。

 

「…………」

 

 ただ、ふと……楽しく騒がしい毎日が続くと、思い返してしまう。

 博麗大結界が生み出され、新たな幻想郷が生まれてから二百年以上の月日が流れた。

 あの戦いで“あの人”を失ってもう二百年、長いようであっという間だったかもしれない。

 

 幻想郷に暮らす妖怪の殆どは人間を襲わず、そして人間達も妖怪を恐れながらも手を取り合って協力しながら日々を暮らしている。

 恐れは忘れず、けれど手を差し延べてくるのならばその手を取る事はできる関係を維持できていた。

 まだまだ完璧とは言えないこの世界だけど、未来はきっと明るいものだと確信できていた。

 私は妖怪の賢者として幻想郷を愛し、たまーに胡散臭く思われながらもゴールを目指して走っている。

 

「あら、朝から顔を合わせるなんて珍しいわね。紫」

「おーっす、ぐうたら妖怪がこんな朝から散歩なんて……新しい異変か?」

「おはよう霊夢、魔理沙、こんなにもいい天気なのだから私だってたまには散歩したい時もあるわ」

 

 この幻想郷で起こる異変解決のプロフェッショナルとしてその地位を確立している、今代の博麗の巫女である博麗霊夢と友人で魔法使いである霧雨魔理沙に手を挙げながら挨拶する。

 それにしてもぐうたら妖怪扱いとは失礼である、確かに最近結界の管理を藍に一任している所はあるけど……。

 

「そういえば、今日も神社で宴会するつもりなんだけど、お前も来るか?」

「いいわね。それじゃあ美味しい料理とお酒を用意しましょうか」

 

 また藍に小言を言われるけど、宴会の楽しさには変えられない。

 ……あ、霊夢が神社で宴会と聞いて露骨に嫌そうな顔を浮かべてる。

 気持ちはわからないでもない、何せ宴会の片付けは全てあの子1人でやっているのだ。

 神社に来る連中は良くも悪くも我が強いのばかりだから、気を遣うなどという事はできない。

 今日は、私も片付けの手伝いをしてあげようかしら。

 

「あんた達さあ、騒ぐなとは言わないけどもう少し配慮っていうのを覚えてくれない?」

 

 割と本気の目で私と魔理沙を睨む霊夢、おお恐い。

 歴代の博麗の巫女でも特に才能に優れている彼女が怒ると、初代の巫女である零並に宥めるのが面倒である。

 まあ……少しだけ昔を懐かしめるから、それも悪くないなと思ってしまうのだが。

 

「わかったわ。今回の準備と片付けは私と藍でしてあげるから」

「…………紫が?」

「何を企んでるんだ?」

「失礼ね。今日はいい気分だから仏心を出しているだけよ」

「妖怪が仏心って……」

「一番信用できないな、それ」

「あのねえ……」

 

 人の優しさにすぐ疑いの目を掛けるとは、どういう教育をされてきたのかしら。

 失礼な事ばかり言ってくる子供達に罰を与えようと、軽く2人の頭に拳骨を落とす。

 頭を押さえてうずくまる魔理沙と、涙目になりながらこちらを睨んでくる霊夢、あら可愛い。

 少しだけすっきりしたので、私は散歩を再開しようとそのまま桜並木の中を歩き始める。

 

「……なんか、今日は本当に機嫌がいいみたいね」

「そうかしら?」

 

 私の横を歩く霊夢に返しつつ、確かにと心の中で肯定した。

 きっと彼の思い出を少しだけ思い返したからだろう、傷痕になっている思い出だけれどやっぱり思い返すと気分が良くなる。

 それにこの暖かで優しい春の趣きも影響しているのかもしれない、何か新しい出来事を予感させるこの空気が私の心を豊かにさせていた。

 

「そういえば霊夢、ちゃんと修行はしているのかしら?」

「しているわけないじゃない」

 

 しれっと、即答で巫女としてどうなんだと思いたくなる返答を返してきた。

 これには私も呆れてしまい、魔理沙は何が可笑しいのか私の顔を見て笑っている。

 

「まあ予想はできていたけど……博麗としての責務を果たせられないなんて事にはならないでね?」

「わかってるってば、さすがにそれくらいの自覚は持ち合わせているわよ」

 

 どうだか、とは言わないでおいた。

 才能だけなら歴代の巫女でもトップクラスなのに、いかんせんこの子は努力というものを嫌っている。

 一番の友人である魔理沙は努力家だというのに、短い一生をおばあさんのように暮らしているこの子の思考回路は賢者である私にも読めない。

 

 でも今の幻想郷は本当に平和だから、昔のように巫女としての責務に縛られずに生きていられるこの環境は、私にとっても喜ばしいものだ。

 いくら霊夢とて女の子なのだから、普通の子供と同じように生きてほしいという親心のようなものを向けてしまう。

 それにきっと“あの人”もこの場に居たら、私と同じ事を考えるでしょうから。

 

――幻想郷は、今日も平和だ。

 

 明日も明後日もその先も、きっと今のようなのんびりとした時間が流れていく事だろう。

 時代は人のものとなり、妖怪や神々といった存在は既に外の世界では信じられぬ幻想の存在となったけれど、この世界はまだまだ続いていく。

 

 ただ、なんというか、やっぱり……少しだけ、ほんの少しだけだけど。

 寂しいと、私の隣に居る筈である彼が居ない今が、悲しいと思ってしまった。

 喪ったものは戻らないとわかっていても、傷痕が塞がっていくものだと理解しても、やっぱり……。

 

「あの、すみません」

「はい?」

 

 後ろから声を掛けられ、私達は同時に振り向いた。

 そこに居たのは……1人の少年。

 見た目は小柄な十五、六ほどの人間の少年だけど、髪の色は黒いくせに……瞳は、私と同じ金色の輝きを放っていた。

 

「誰だ?」

「あ、すみません。実は俺……最近外の世界から幻想郷に来た半妖なんですけど、道に迷っちゃって……里はどちらの方角ですか?」

「半妖? 珍しいな」

「ええ、父が妖怪で母が人間だったんですけど……風の噂で人間と妖怪が共に暮らす幻想郷がある事を知って、思い切ってこちらに来たんですけど……」

 

 恥ずかしそうに頬を掻きながら、迷子になった事を話す半妖の少年。

 そんな彼をからかうように小さく笑う魔理沙と、彼女を宥める霊夢。

 一方の私は……目の前の少年を見て、完全に思考が停止していた。

 

 喪ったものは戻らない、そんな都合の良い話は存在しない。

 だけど、それをどんなに自覚しても……私の目の前に現れた少年は、“彼”によく似ていて。

 

「私達が里まで案内してあげようか?」

「本当ですか?」

「ああ、もちろん出すものは出して……あいたっ」

「こっちの子の話は聞き流していいわよ、それじゃあ行きましょうか?」

「ありがとうございます!!」

 

 にかっと笑う少年、その笑みも私の思い出の中に残る彼の笑みと瓜二つで。

 今まで、彼の事を思い返すのは本当にごく僅かであった。

 納得していたとはいえ、それでも失ってしまった彼の事を考えるのは心が痛むし、幻想郷を安定させる為に動かざるをえなかったから、思い返してる暇などなかった。

 

「……紫? さっきから黙ってるけど、どうかしたの?」

「…………」

 

 都合の良い奇跡など起こりはしない、だから目の前の彼はあくまで“彼”と似ている別人だ。

 だけど、それでも……私は問わずにはいられなかった。

 

「ねえ、貴方の名前は……なんていうのかしら?」

「えっ、ああ、そういえば名乗っていませんでしたね」

 

 申し訳なさそうにしながら、少年は私に対して佇まいを直してから。

 

「――――龍人です」

 

 澄んだ声で、自らの名を名乗ってくれた。

 

「…………」

「あれ? 龍人って……」

「龍人、ね。はじめまして龍人、私は八雲紫よ」

「八雲紫……あなたが、幻想郷の賢者の八雲紫様ですか?」

「様はいらないわ、紫と呼んでくれて構わないから……貴方の事も、龍人と呼ばせてもらっても構わないかしら?」

「……うん、わかったよ紫」

 

 すんなりとこちらの提案を受け入れて、少年は私の名を呼んでくれた。

 その呼び方は、やっぱりあの人と同じようで自然と心が弾む。

 

「ねえ龍人、実は今夜博麗神社で宴会があるの。もしよかったら貴方も来てくれないかしら?」

「えっ……でも、いいんですか?」

「来てほしいの、貴方に」

「…………」

「私達もその宴会に参加……というか、会場が私の神社なんだけど、来たければ来ても構わないわよ」

「そうそう。宴会は大勢でやるからこそ楽しんだからさ」

 

 彼の心中を察したのか、霊夢も魔理沙が助け舟を出してくれた。

 それで安心したのか、彼も笑みを浮かべて。

 

「じゃあ、参加させてもらいます」

 

 そう、言ってくれた。

 

「…………っ」

 

 感情が、爆発してしまいそうだ。

 彼との繋がりを得た事が、私の中で最大級の悦びとして溢れ出しそうになった。

 嬉しくて嬉しくて、必死になって視線を逸らし瞳に溜まる涙を隠しながらそっと拭う。

 

 さて、そういう事ならすぐに屋敷に戻って宴会の準備をしなければ。

 今日は私が腕によりを掛けて美味しい料理を作って、彼に喜んでもらおう。

 

「霊夢、魔理沙、今夜の宴会は楽しみにしていなさい。そして龍人、必ず来て頂戴ね?」

 

 そう言い残し、私は八雲屋敷へと戻る。

 すぐさま台所に向かいそこにある食材全てを使う勢いで下拵えを開始した。

 

「……紫様、戻られたのですか?」

「にゃー……なんだか紫様、鬼気迫る感じです……」

「良いところに来たわね藍に橙、今日の宴会料理を作るのを手伝って!!」

「えっ、紫様が作るのですか? というかやけに張り切っていますね……」

「そりゃあ張り切るってものよ!!」

 

 さあさあ早く早くと2人を急かす。

 私の様子に怪訝な表情を浮かべながらも、2人はすぐに手伝いを開始してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい出会いが、私の前に姿を現した。

 それはこの胸の内に残っていた物語の続き、ハッピーエンドに向かう第一歩。

 

 前の私に別れを告げ、新たな私が前を進む。

 人と妖怪が共に生きるこの世界で、沢山の友人と思い出に包まれながら生きていく。

 ……今度は絶対に放さない、だってまた会うと約束したもの。

 

 けれど幕はここで降りる、でも私の道はまだまだ終わらない。

 幻想の旅は、まだまだこれからも続いていくのだから……。

 

 

 

 

FIN...




最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
あとがきは活動報告にて書かせていただきます。

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