これはギャグです。
ン年前に書いたもの発掘。
貯蔵庫を空けて確認する。にんじん、ピーマン、レタス・・・
「さて、今日の朝ごはんは何にしましょうか」
誰も聞く者がいないと分かっていてもつい声に出てしまう。サフィルスはそれが何だか可笑しくて、つい顔に出てしまう。
テント暮らしを始めて早いもので二ヶ月が経とうとしている、金の髪の王子はもう、何処に出しても恥かしく無いだけの知識を持ち、そのあどけない顔でサフィルスを慕ってくれている。王宮と比べればやっぱり不自由な事も否めないが、それでもつつがなく、平穏に暮らしている。
「そろそろ王子を起こしてきた方がいいでしょうか」
時計を見るともういい時間、サフィルスは急いで朝ごはんの支度をしなければと、その時。
「こ、これは・・・」
たまらずその場にがっくりと膝を着く。こんな事、今まで一度だって無かったのに。
・・・そろりと、アレク王子の眠っている方を盗み見る。いつもの温厚な顔はなく、酷く排他的な鋭い目がぎらついている。カーテンで遮られていて見えないが、起きてくる気配は無い。
「王子に、知られる訳にはいきませんし・・・気は進みませんが、あの人に知らせないと」
もう一度動かないカーテンを確認すると、サフィルスはテントをそっと抜け出した。
手元の紙に目を落とし、ふむと顎をさする。続けてにいっと人の悪い笑みを浮かべて、と言ってもジェイドの場合、たいがいの場合がそう見えるのだが、さっとカーテンをまくる。
「プラチナ様、起きてらっしゃいますか」
声を掛けるとわずかに、動いた感じはするが起きる気配は無い。ふうっとため息をついて腕をまくり、思いっきり布団をへっぴがす。
「な、何をする!」
「昨日の戦闘は結構手こずりましたからね、休ませてあげたいのは山々なんですけど。今日の朝食当番はあなたなんです、起きてくれないと」
ジェイドはさっき見ていた紙をプラチナに突きつける。そこには微に入りに細をうがち、一か月分の食事当番が書かれていた。ジェイドは常々『何だって出来る王様』になれるようにと言うが、ただ単に面倒くさいのではと、時々思う。大体どうして、プラチナの当番の方が多くなっているのだ。こういう事は本来部下であるジェイドの仕事ではないのか。
「・・・替われ」
「嫌ですよ。この間の借りだって、まだ返してもらってないのに。さぁ、観念して起きてください」
有無を言わず寝台から放り出される。そのまま寝巻きに手を掛けるので「自分で出来る」と言うと、つまらなさそうに、
「いいですけど。けどね、髪は自分でやっちゃ駄目ですよ、私の楽しみなんですから。それにあなたは不器用なんですから、後で綺麗に結って差し上げますね」
好き放題言うだけ言って、カーテンの向こうに見えなくなる。プラチナは大きくため息をついて、少しだけアレクを羨んだ。
プラチナにはああいったものの、水ぐらいは汲んで来てあげようかとテントを出た所で、ふわりと肩に重みを感じる。それはジェイドとサフィルスの間で交わされる緊急用の伝書鳩で、ジェイドから送る事はままあってもサフィルスから送られてくる事は初めての事だった。
ただならぬ気配を感じてさっと辺りを見渡す。誰も居ないと確認してもまさかこんな所で開く訳にも行くまい。ジェイドはそのまま歩を緩めずに沢のある森まで行ってようやく、鳩の足に付いているそれを開く。
『大変なことは起きました、事は一刻を争います。詳しい事はここでは話せません。今からそちらに向かいますので人払いをしておいて下さい』
「あいつの事だ、冗談の類ではないとは思っていたが・・・」
ジェイドはその場で今読んだ手紙をびりびりと破って証拠を消してしまう。誰の目に見られるか解らないくらいならこうしてしまった方がいいのだ。
「あ!プラチナ様ぁ、何してるんですか」
呆れたと言う声を出して覗きに行くと、まな板の上には野菜くずとも塊ともいえない残骸が方々に散らかっていた。それを見る限り、料理と言うより格闘だろうか、プラチナは不機嫌もあらわに睨み返す。
「お前が言ったんだろう、料理をしている」
「ちっとも上達しませんね、何を作ろうとしたんです」
「見て解らんか、サラダだ」
「見て解らないから聞いてるんですよって、そうじゃなくて。あ~ぐちゃぐちゃ。私の話し聞いてました?髪は自分でやっちゃ駄目だっていったのに」
「邪魔だから縛っているだけだ」
変に絡まったまま無理やり束ねられた髪を口惜しそうに梳くうと、プラチナはぷいとそっぽを向いてしまう。
「それにしたってもうちょっとあるでしょうに」
「お前が早く戻ってこないからだ。何処へ行っていた」
「水を汲んできて差し上げたんですよ、ありがたいでしょう」
「だったら早くよこせ」
はいはいと、渡してやるとその水で今切った、というかばらした野菜を洗っている。
「もしかして、洗わないで食べさせるつもりだったんですか」
「面倒くさい」
「面倒くさいってあなた・・・いいですよ、もう。今日は特別です、お金あげますから外で食べてきてください」
「金に汚いお前がそんな贅沢をさせるなんて・・・何を企んでいる」
「何にも企んでなんかいませんよ、私にだって都合があるんです。聞きたいですか」
「当たり前だ」
「サフィルスが来るんです、これから」
「兄上の参謀が?」
「ええそうです。参謀同士の内緒の話です、だからしばらく帰ってこないで下さい」
「まさかと思うが、こちらの情報を流すような真似をするんじゃないだろうな」
「おや、信用されてませんね。お忘れですか、私たちは一蓮托生、あなたが負けるような事があれば私だって生きてはいられないんですよ。自分が不利になるような事をすると思いますか」
プラチナは真っ直ぐにジェイドを見ている。にこにこと笑顔を作っているが人の悪さがにじみ出ている。油断のならない奴ではあるが、確かに一理ある、ここは信用してもよさそうだ。
「・・・いいだろう、貸しにしておこう」
「その前に、髪を梳いてから行って下さい」
すっかり綺麗に結い終わった頃にサフィルスはやって来た。何故か背中に大荷物を背負って、何故かアレクが付いてきている。
「ジェイド、おはようございます。すっかり遅くなってしまって、待ちました?」
「重い、疲れた、お腹すいた~」
「おいジェイド、なぜ兄上がいる?参謀同士の話し合いじゃなかったのか」
「知りませんよ、こっちが聞きたいくらい。おいサフィルス、どういうことだ?何でアレク王子を連れてきた」
精一杯険を利かせたのに何処吹く風。サフィルスはあっけらかんと、
「当たり前じゃないですか。王子を差し置いていいような問題じゃないでしょう」
「・・・何の問題だ」
「・・・何の話をしているんです。あ、もしかして分け前を心配しているんですか?大丈夫ですよ、お台所を借りるんですもの、あなたとプラチナ様の分くらいは作りますから」
「おい!大変な事が起きたといったな、詳しい事というのは」
「お恥ずかしい、実はお醤油が切れちゃって。私もともと王宮を出ない方だったから知り合いも居ないし、お店はまだ開いていないし。そうこうしている内に王子が起きてきちゃってお腹空いた~って。本当は分けてもらったらすぐ帰るつもりだったんですけどね、王子が付いて行くって聞かないものだから」
照れ笑いを浮かべる顔を今ほどぶん殴ってやりたいと思った事は無い。アレクはまたしても空腹を訴えて今にも暴れだしそうだし、プラチナの視線は戸惑いながらも冷たい。サフィルスはさっさとテントに入って行ってしまうし。
「プラチナ様さっき渡した金、返してください。朝食はサフィルスが作ってくれるそうです、私の勘違いでした」
「ジェイド、お前・・・」
何ですかと聞くと、それきり黙ってしまう。顔は笑っていても何とやら、本気で怒ったジェイドは何をしでかすか。プラチナは通り過ぎるのをじっと待つ事にした。
「何ですかこれは!野菜くずがこんなに・・・お台所が全然片付いていないじゃないですか」
「やっぱりそう見えるか?ウチの王子の作ったサラダなんだがね」
言うなり、ごそっとゴミ箱にぶち込もうとした手が止まる。にやにやといやらしい笑みを横目で感じながらすすすっと戻して、
「ど~うして先にそれを言ってくれないんですか(小声)」
「俺としてはそれを食べさせられないでせいせいするんだけど」
「どれどれ・・・うわっ何これ」
アレクがひょいと覗きに来て素直な一言。だがそれは時にはあだになる、サフィルスがたしなめるのも間に合わず、プラチナはどーんと影を背負って・・・と思ったがそうでもない?
「食べられればいいだろう」
「いつもこの調子なんだよ。大きさはばらばら、味は気にしない。食べさせられるこっちの身にもなってくれ」
「な、なんのご立派です。自分の事を自分でなさろうとするんですもの、アレク王子も見習わないといけません」
「その割りに出来てるとは言いがたいよね」
「プラチナ様、もののついでに料理の基礎ってもんをサフィルスに習っちゃいなさいな」
「それ以前にあなたが作りなさい、王子に何をやらせてるんです」
「ウチの教育方針に口を出さないでもらおうか。おまえの所みたいに何にも出来ないよりはましだろう」
「何にも出来なくは無いぞ!・・・包丁は触った事ないけど」
「話にならんな。お前も甘やかすのは大概にしておけ」
ぐうっと、返す言葉もない。振り切るようにまな板の方へ向かうと、すすっとアレクが近寄ってきて「ごめんね」と言ってくれる。サフィルスはすっとかがんで目線を同じにして、
「王子は悪くないですよ。でもそうですね、今度ホットケーキ辺りから一緒に作ってみましょうか」
「う~ん、試食係がいいな、俺」
がっくりとうな垂れたのは言うまでもない。
アレクは足をぷらぷらさせながら目の前に盛られた不細工なサラダを眺めている。
「なぁプラチナ、このサラダ何がまずかったんだ」
「サフィルスが言うには、大きさがばらばらだと日の通りが均等に行かないから、と言っていたが」
「サラダだよ」
「サラダだな」
「関係ないんじゃないか、この場合」
「俺は食べられればいいと思うが」
「やっぱり、年寄りになると細かいところが気になるのかな」
「そこ!聞こえてますっ!」
びしいっと包丁で指されてアレクはぎくりと跳ね上がるが、プラチナは眉一つ動かさない。全くもう、と文句を言いながらリズム良く包丁を扱っているサフィルスは何故かかっぽう着に三角巾。一歩間違えば掃除のおばさんが実に堂に入っている。
「それより兄上、あの格好は何なんだ?サフィルスは家ではいつもあんな格好をしているのか」
「うん、俺も良く知らないけど料理をするときの正装なんだって。ジェイドは違うの」
「見た事もないな。いい加減な奴だし」
「誰がいい加減ですか、否定はしないけど」
ぬっと、ジェイドが出てきたものだからアレクは勢いあまって椅子から落ちてしまうが、やっぱりプラチナは何食わぬ顔。
「いいですかアレク様。この際だから言っておきますけど、あれはね中年女性が着る物なんです。若いうちに着るのはこっち」
そう言って取り出したのは新妻調白いフリルのエプロン。
「ジェイド、お前そんなもの何処から」
「あなたの所からじゃない事は確かですね。しかもこれは勝負エプロンと言って、ここぞと言う時にのみに着用される・・・」
「いい加減な事を吹き込まないでください!」
ごすっと鈍い音がしてジェイドの頭にフライパンが降ろされる。容赦がない。アレクはあまりの事に目をしぱたかせているが、それでもプラチナは顔色一つ変えない。
「ジェイド、そんなにそのエプロンが使いたいなら少しは手伝ってください。それと水汲みから帰ったならさっさと持って来る、ぬるくなっちゃうでしょう」
「お前・・・いま思いっきりやっただろう?」
「あなたが妙な事を王子に吹き込もうとするからです」
「え、嘘なの?」
「それは・・・」
「当たらずとも遠からず、といった所か」
「流石はプラチナ様。時と場合と、それから着用する人物によりけりですよ」
「例えばどんな?」
「・・・王子にはまだ早いです」
「って、何を想像しているんだ、お前は」
呆れ顔のジェイドに三度言葉に詰まる。不思議そうに首を傾げる王子たち、サフィルスは何だか恥ずかしくなってさっと行ってしまう、ジェイドの襟首を掴んで。
「ぐ・・・引っ張るな、おい、サフィルス、解ったから!・・・げほげほ・・・」
「さて、お待たせしてしまいまして」
「ホントだよ、もう腹へって死にそう~」
「そう思うんなら少しは手伝ってください、アレク様」
「それにしても・・・すごい量だな」
そう。四人の目の前にはまさしく満漢全席。どう贔屓目に見ても十人分はあるだろう。
「いつもより遅くなってお腹空いてるでしょう」
「大変だな、兄上も」
やっぱりあんまり嬉しくないかもと、プラチナは考え直した。それにしても。
「ジェイド、その頭のひらひらは何か意味はあるのか」
「これですか、似合います?」
件の新妻エプロンの端をちょんと持ってよく見えるようにする。見ようによってはコスパブが妙に慣れた様子だが、いつの間にかオプションとしてパーラーメイドのようなひらひらしたヘッドドレスが付け加えられている。
「常々思うのだが、髪を隠すためでもあるまい、それは何か他に用途があるのか」
「プラチナ様、世の中にこういう格言があります。可愛ければすべてよし!」
「可愛くはないぞ」
「え~!顔には自信があったのにな」
「そういう問題じゃないでしょう」
どんっと特大のなべを勢いつけて置いて、さっと手鏡を除き込むジェイドを睨むサフィルス。
「まったく、いい年してそんな格好。それとも何ですか、あなたは変態ですか」
「あなたに言われたくありませんね、ショタコンのくせに」
「ねえ、ショタコンって?」
「王子は黙ってらっしゃい」
しゅんとするアレクにやれやれと言う顔を向けるジェイドだが、エプロンの所為でいつもの凄みはない。
「いいじゃないですか、隠す事でもないでしょうに。あなたが小さい方を選んだのも、そういう白タイにちょうちんパンツな格好をさせている事も事実なんだし、それともお母さんになりたかったのかな」
「あ、あなただって!そんなにずるずる髪を伸ばさせて、その全身タイツもみたいな格好も、一体何を目指しているんです」
ぎゃあぎゃあと言い争っていて食事から立ち上る湯気は見る見る心細くなる。格好だけ見ると嫁と姑に見えなくもないが、実際似たようなものかもしれない。
「そういえばプラチナ、俺たち双子じゃなかったらあの二人とも参謀についていたんだって」
「考えるだけで頭が痛くなるな」
それはそれは、毎日血で血を洗うような事ばかりで、そんな状態じゃあ王の力を継承する前に王子が心労で死んでしまうのではと。想像してみるとそれは考えられなくもないあたりが、いい得て妙で。互いに争う運命とは言え、幸せをかみ締める王子たちであった。