それは、一本の電話から始まった。
「久しぶり、元気してたか? アゲハ」
「カイルか、久しぶりだな」
「今日はいい話があるんだ」
「いい話?」
「俺達、みんなでゲームソフトを作ってみたんだ。よかったらアゲハもやらないか?」
「ゲーム? どんな?」
「流行りのアニメを題材にした対戦型オンラインゲームだよ。今度こっちに来た時に機材を渡すから、ネット環境があればいつでも出来るぜ」
「へぇ、どんなのかはわからないけど、対戦ゲームなのは気に入った。こっちが片付いたら屋敷に顔をだすぜ」
サイレンのテレホンカードにまつわる戦いを終えて、世界を駆けまわるトラブルバスターとなった夜科アゲハはしょせんは遊びと軽い気持ちで了承した。
彼はまだ、これから何が起こるかをまるで知らなかった。
――――
数日後、仕事をひと段落つけたアゲハは、パートナーである雨宮桜子と共に天樹院家の屋敷を訪れた。
「アゲハに雨宮さん、待ってたよ」
屋敷につくと、カイルは二人を大広間に案内する。部屋にはヘッドホンに似た何かが接続されたパソコンがずらりと10台ほど並んでいた。
部屋の中には他に、ヴァンと見知らぬ中年男性がいた。
「この大量のパソコン、ゲームをやるためにそろえたのか?」
「オンラインゲームだからな、どうしても一人一台は必要なんだよ」
「それくらい常識よ。ホント、アゲハは世間知らずなんだから」
「だってオレ、パソコンなんてもってないし」
夜科家にはパソコンは無かった。(正確には、主に父飛鳥が仕事用で使っているノートパソコンならあるが、アゲハ自身は一度も触ったことはない)
今どき中高生にもなれば煩悩を原動力にパソコンに興味を持つことも多々あるだろうが、サイレンの事もありそういう機会には恵まれなかったのだ。
若くして時代に取り残されたことに肩を落とすアゲハだったが、桜子はそんなアゲハをかわいいと思いながら見つめていた。
「雨宮さんもアゲハさんも、お熱いのはそれくらいにしてください」
見かねたヴァンが茶々を入れ、桜子は思わずびくっと背筋を伸ばした。
「それじゃあ、初期設定だ。クサカベさん、お願い」
「やっとワイの出番か」
中年男性は日下部雄介という人物だった。一部界隈ではそれなりに名の通ったプログラマーであり、今回のゲームの開発主任でもある。
アゲハ達は知らないことだが、サイレン世界でレジスタンス側に参加したはぐれ禁人種のクサカベとはサイレン世界での日下部雄介の事である。
今回の企画で彼がかかわったのも、サイレン世界のクサカベをよく知る朝河飛龍の推薦によるものだった。
クサカベはサイレン世界とは異なる歴史を歩んだことで、最新アニメにも目ざとい立派なオタクになっていた。ちなみに中年男性と言ってもまだ三十路である。
「まずはアバターデータとして全身写真を一枚―――」
クサカベはアゲハと桜子の写真を撮り、パソコンに取り込む。
「画像を取り込んでアニメ調に変換されたら、そのヘッドセットをかぶってゲームスタートや」
「あとはこれを被って、スイッチを押せばいいのか?」
「せやで。後の登録はチュートリアル通りにやればええ。とっても簡単やろ」
「お、タイトルが出てきた。いん・・・インフィニット・・・すとるとすぶとるオンライン?」
「バーカ、違うよアゲハ」
突拍子のないおかしな読み方をするアゲハの事を、カイルは笑わずにはいられなかった。
ヴァンは原作アニメのファンということもあり、鼻息を荒くする。
「インフィニット・ストラトスです。知らないんですか? 今すごく流行っているアニメなのに」
「そういわれても、ここ何年もテレビすらまともに見てないってのに」
「そうだぞヴァン。アゲハはオタクじゃなくて一般人って奴なんだから」
「ネットのテレビアンチやのうてホンマにテレビを見ていないんじゃ、さもありなんや」
思い起こせば夜科アゲハの人生では、アニメはあまりなじみのないものだった。
話題についていけないアゲハは、ふとそんなことを思い出していた。
「それじゃあ名前は『アゲハ』で・・・って、あれ?」
「どうかしたの?」
アゲハの疑問の声に、桜子が反応する。桜子の方はすでに登録を終えていた。
「このゲーム、女の子しか選べないのか?」
「原作アニメでは男は主人公以外はISを使えないって設定ですからね。それを再現してプレイヤーは全員女の子のアバターなんですよ」
「最初はちょっと抵抗あるかもしれんけど、しょせんゲームやすぐに慣れるで」
クサカベの『すぐに慣れる』という言葉には半信半疑ながらも、アゲハは初回登録を済ませた。新人プレイヤー『アゲハ』ちゃんの誕生である。(ついでに『アマミヤ』さんも)
――――
仮想空間内のロビーには、ログインを済ませたアゲハたちのアバターが並んでいた。全員ご丁寧にIS学園のミニスカ制服に身を包んでいる。
VRゲームのためまるで自分の体のようにアバターを操作できるのだが、ハイテクに明るくないせいかアゲハと桜子はあまり驚くこともなくさも当然とばかりに落ち着いていた。
特に桜子に至ってはトランスによる精神ダイブに近い感覚のため手慣れていた。
「意外と似合っているじゃない」
「うるへー」
画像処理によって生成されたアゲハのアバターは、姉フブキに似た美人系の顔立ちだった。おまけに貧乳というのも桜子にはうれしいポイントである。
一方でカイルたちは―――
「アバターだから邪魔にはならないとは言っても、流石に大きすぎないか?」
「ええやないか、大は小を兼ねる」
「そうですよ、それに大きいといってもクサカベさんのシャル2Pカラーと同じサイズですし」
三人とも豊満な乳である。
一応クサカベだけは開発者権限でNPC用のシャルロット・デュノアのデータを色変えして使用しているため例外なのだが、カイルとヴァンは自分の写真をベースにしているにも関わらず、大きな乳に育っていた。
『女の魅力はふともも』を自負する桜子も巨乳コンプレックスは持ち得ているため、ゲームの世界しかも男に負けたうえでなお『ないちち』なことには腹を立てずにはいられない。
「早速で悪いけど、遊び方を教えてくれない? 早く戦いたくてうずうずしてきたわ」
「(あれ? ゲームのアバターだからわからないけど・・・)」
嫉妬による怒りのあまり桜子の口調が多少ながら変化する。
アゲハはすぐに気が付いたが、カイルたちは静かに怒ったときの桜子とは馴染みがないため、口調の変化には気づいていない。
「それじゃあこれをやって」
カイルはロビーにある掲示板を指さす。掲示板には『チュートリアル参加者募集』と書かれている。
「教室でシナリオを行うか、掲示板でクエストを受けたり対戦募集を行って戦うのがこのゲームの基本です。初回は操作説明の為にチュートリアル以外はできませんが、一度説明を受けてしまえば好きなようにできますよ」
「ワイらは観戦モードで眺めて待たせてもらうわ」
「そうなんだ。じゃあ二人でやろう、桜子」
アゲハと桜子はチュートリアルモードを開始した。内容は各種モードの説明とISの基本操作である。
操作説明の過程で、二人はあることに気が付いた。
「なあ桜子、このゲームの操作って
「アゲハもそう思う?」
サイレン世界で戦い抜いたアゲハと桜子はもとより、カイルたち天樹院の子供たちはみな
「それは当然さ、元々このゲームはPSIのイメトレ用に作ったんだから」
「じゃあ、なんでネトゲになったんだ?」
「ワイが天才プログラマー過ぎただけや。
そこにヴァン君がどうしてもこれをベースにISのバトルゲームがやりたいと言い出してな、色々あってVRMMOとしてリリースすることになったんや」
「僕のPSIは戦闘向きじゃないから、だったら対戦ゲームにして同じ土俵で戦いたかっただけなんですけれどね」
「そう謙遜しなくてもええ。ワイを動かしたのはそのヴァン君の熱いシャル萌魂なんやから」
「それは言わない約束でしょう」
要約するとカイルがやりたかったイメージトレーニング用のバトルシュミレーターにヴァンのヲタク魂がクサカベという接着剤で悪魔合体した結果、それが
アゲハと桜子はシャル萌云々については聞き流しつつ、チュートリアルメニューを完了させた。
「お待たせ。じゃあさっそくだけど
「とりあえず俺とヴァン、アゲハと雨宮さんのペアでツーマンでいいよな?」
「いいぜ。勝負だ、カイル」
四人はフリーバトルモードをセットアップしたが、さっそくアゲハは操作に混乱してしまう。
「いろいろ選べるけど、どれがいいんだ?」
「最初から使えるのは打鉄、
「俺は打鉄、ヴァンがRRを使うから、アゲハも好きな方を選んでくれ」
ヴァンの提案で、勝負は打鉄またはRRのみ限定戦で行うこととなった。
ヴァンが進言した主な理由は先にゲームを進めて『専用機』をもっているが故のハンデだが、アゲハたちに操作を慣れさせるためという意図もあった。
ゲーム上の仕様としてデフォルト状態の打鉄とRRは、打鉄が格闘寄り、RRが射撃寄りで性能より扱いやすさを重視した機体になっているからだ。
「私は打鉄にするわ」
「じゃあ俺はRRで」
機体の選択を終え、四人の勝負が始まった。
――――
対戦フィールドに移動すると、開始早々にアゲハ組が動きを見せる。
巨乳の恨みを全開にした桜子が正面突破を仕掛け、アゲハがアサルトカノンでの援護姿勢に入ったのだ。
桜子にとっても正面突破はPSI戦闘で慣れたものであり、アゲハにとっても狙撃は
「流石、アゲハさんに雨宮さんだ。でも僕だって負けないよ」
ヴァンも迎撃姿勢を取り、アサルトカノンを構えて牽制を仕掛ける。
桜子の軌道を予測し、移動を制限させることを目的として二発発射したが桜子は動じなかった。
桜子は両肩のシールドで弾丸を掠めるように弾き、移動ルートをそれずにカイルに迫った。
「殴られて殴られて殴られた、その先に見えるものだってあるのよ、坊や」
「アハハ、やるなあ」
桜子とカイル、二機の打鉄が鍔迫り合う。アゲハもカイルの向きに合わせて、桜子に当てないように注意しながら狙撃を行う。
負けじとカイルもこまめに位置取りを変えて回避するが、三発に一発は当たってしまう。
「ヴァン、こっちは任せてアゲハの方を」
「もう行ってるよ」
連携ではアゲハと桜子の夫婦コンビにはかなわないと、ヴァンはカイルに言われるより先にアゲハ狙いに切り替えていた。
ドッグファイト中の友軍機に誤射しないように狙撃するのは非常に難しく、難なく実践するアゲハの度胸のほうが凄まじいからだ。
ヴァンはアゲハの視線は中央の桜子とカイルに集まっているだろうと推察し、大外からアゲハを狙える位置まで移動する。
「いくよ!」
ヴァンは移動しながら、ハイパーセンサーのターゲットマークがLOCKを表示するたびに引き金を引く。
アゲハのような精密射撃ではないのだが、ゲーム的な定石としてはIS本体による照準補正があるため理にかなった戦法である。
「ヴァン君が来ている、避けて」
「ん? いてえ」
ヴァンの狙い通りに初弾はアゲハに直撃し、エネルギーを大きく削った。
二弾目以降はアゲハも回避行動に専念したためか当たらないものの、アゲハの狙撃を妨害する効果としては大成功である。
避けるために動き続ける以上、アゲハに攻撃の手段はなくなってしまうからだ。
「(なんでヴァンは、動きながらでもあれだけ狙えるんだ?)」
ゲームの経験が浅いアゲハにはヴァンの狙撃が正確な理由は解らない。
だがアゲハは元より理屈よりカラダで覚えるタイプである。ハイパーセンサーの活用方法を理解せずとも、持ち前のセンスで狙いを定めて応戦する。
カイルを翻弄した精密射撃のようにはいかないまでも、お互いに一定の距離を保っての応酬は様になっていた。
互いに当たってもシールドで防ぐことができる状況のため、エネルギーに大きな変動は見られない。そうなるとカイルに対して弾丸を消耗していたアゲハが先に弾切れを起こすのは当然だった。
「しまった」
ここでアゲハは
アゲハは武器をブレードに切り替え、前面にシールドを突き立てた。多少の被弾は覚悟で距離を詰めるつもりなのだ。
「それは悪手ですよ、アゲハさん」
ヴァンはPSI戦闘では一番の素人だが、ゲームにおいては一番のハードプレイヤーである。
ゲーム上での経験則ではこの状況ではブレードよりショットガンを選ぶ方が有利なのだ。
ブーストで距離を詰めるアゲハに対して、ヴァンはショットガンで迎撃する。距離が離れている間は容易に防ぐことができたのだが、至近距離ではそうはいかなかった。
「な、なにぃ?!」
近距離からのショットガンは疲弊したアゲハ機のシールドを粉砕したのだ。
これまでの戦闘でアゲハがシールドを消耗しすぎた結果であり、ブレードを突き立てるよりも先に無防備な姿をヴァンの眼前にさらしてしまった。
ヴァンにとっては撃墜のチャンスに他ならない。
「もう一発!」
逃してなるものかとすぐさまヴァンは追撃しする。二発目のショットガンはアゲハ機の姿勢を崩し、地面へと墜落させる。
距離が開くのに合わせたアサルトカノンの連射もあり、アゲハは地面に叩きつけられてしまった。これによりアゲハ機の残りエネルギーは10%を下回る。
「これで終わりです!」
「まだだ!」
ヴァンはアサルトカノンを槍のように構え、接近しながら乱れ撃つ。残りの弾丸をすべてつぎ込んでアゲハを撃墜しようというつもりなのだ。
一方で実戦では百戦錬磨のアゲハも、このままあっさり負けるつもりは毛頭ない。ブーストによる急制動で弾丸を回避しつつヴァンの眼前に迫るが、盾が破壊された状況ではすべてを完全に避けきることはできない。
「やった!」
弾丸はついにアゲハ機に命中した。エネルギー残量から計算するとこれで決着のはずである。
しかし―――
「がは!」
勝ち誇る間も与えずに、アゲハの攻撃はヴァンの腹部を貫いていた。
アゲハ機はまだ撃墜されていなかった。命中の際にブレードを盾の代わりにして、衝撃を軽減していたからだ。
アゲハは失ったブレードの代わりに、アサルトカノンの砲身で全速力の突きを喰らわせたのだ。流石にダメージとしては軽微だが姿勢を崩すには充分である。
アゲハはそのまま武器をショットガンに切り替えると、可能な限り引き金を弾く。散弾のシャワーが無防備なヴァンを襲いその身を空高く打ち上げた。
――――
桜子は執拗にカイルの胸を狙っていた。それもそのはず、桜子の怒りのツボこそこの『でかちち』にあるからだ。アゲハの狙撃により姿勢が崩れる度にその刃は胸を撃ち、カイルのエネルギー残量を削っていた。
「おもしれえ、一般人相手じゃこうはいかないよ」
ISBOは稼働一か月強と歴史の浅いゲームだが、それでもカイルたち開発側以外にも台頭するプレイヤーは見受けられた。
だが一般の名だたるプレイヤー達の中でもカイル達に互角以上の戦いができる人間は限られていた。
元がサイキッカー用のシミュレーターであるためか、超能力者と無能力者とでは上達速度に大きな差があったのだ。
「カイル君も思っていたより、剣術が上手じゃない」
「雨宮さんほどじゃないけどな」
互いに素人剣術ではあるが、実戦経験では桜子の分が大きい。次第に防戦一方となるもののカイルは落ち着いていた。果敢に攻め立てる桜子とは対照的に、攻撃を受けながら反撃の一手を取る機会を待ち続けていた。
そしてついに、すれ違い様の斬撃を盾で受け止めて桜子の肩に刃を突き刺すことに成功した。突き刺すといってもバリアーで守られいるため、打ちつけたと言っていいものではあるが。
「困った・・・もうそんなに」
被弾を機にエネルギー残量に気を配った桜子は驚かざるを得ない。カイルのエネルギー残量42%に対し、先ほどが初被弾であった桜子の残量67%と思いの外に消耗していたからだ。
カイルへの攻撃のためにブーストの連続によりトップスピードを維持し続けることは、桜子の予想以上にエネルギーを使ってしまっていた。
カイルは防御主体に回って立ち回るうちに桜子が胸を重点的に狙っていることに気が付く。装甲を持たないむき出しの箇所故のことと判断し桜子の意図には気づいていないのだが、狙いが解っただけでも大きな収穫である。
「ハァァァァ!」
カイルは刀を大上段に構えてブーストを使って接近する。有名な示現流の戦術だが、桜子にとっては厄介さよりも攻撃を掻い潜ることができれば胸に一太刀浴びせられることの方に意識がむいていた。
ブーストの速度と距離感を計り、桜子は自分もブーストを使って間合いをとって渾身の逆胴でカイルを切りつけた。
刀を振るう刹那、桜子はカイルがニヤリと微笑んだことに違和感を得るも、もうその刀は止められる状況ではない。突撃戦法の隙そのものがカイルの策だったのだ。
桜子が刀を振るうのを確認するとカイルは刀を収納し、腕で胸元をガードする。盾で防ぐようにダメージを打ち消すほどではないのだが、腕部には装甲が存在するため幾分か軽減することは可能なのだ。
しかもたとえ装甲を失おうとも現実のように腕そのものを失うことはない、肉を切らせたカイルの作戦勝ちだった。
刀が受け止められたことで桜子の動きが封じられ、カイルはそのまま刀をつかんで投げ飛ばす。桜子も刀を放すまいとこらえたが、それゆえに姿勢を崩してしまう。
カイルは姿勢を崩して離れていく桜子を見逃さない。アサルトライフルを展開して乱射したのだ。
カイルは射撃はあまり得意ではないものの近距離なら当てることはできる。途中からはシールドで防いだものの、桜子はエネルギーの多くとシールドを失ってしまう。
打鉄のシールドは修復機能に優れている代わりに強度は低く、攻撃を一時的にしのぐことを目的にしている。そのためカイルの攻撃は致命的だった。
エネルギー残量29%、もう一度同じ手順を取られたら桜子の負けは必須である。
「さっきみたいな状況では、我慢しないで収納すればいいんだぜ」
「ご忠告どうも」
カイルは勝ち負けよりもゲームを楽しむことを優先しているため、桜子にアドバイスを送る。一杯食わされて冷静になった桜子も素直にそれを聞き入れる。
エネルギー残量31%とほぼ五分に戻ったところで、カイルは攻撃に転じた。桜子の周囲を一定の距離を保ちつつ、ブーストを使ったヒット&アウェイを繰り返し始める。
最初とは攻守が逆転したが、攻め手が入れ替わった際に一つだけ大きな違いがあった。桜子は応戦中も小まめにステータス情報を確認していたのだが、カイルのエネルギー消費速度が予想より遅いことに気が付く。
「そういうことね」
観察により桜子はこのからくりを突き止めて自分でもさっそく実践する。
ブーストを出し惜しみせずにカイルの攻撃を躱し、後ろに回りこんだのだ。ヒット&アウェイ故に通り過ぎるカイルに刀など届かないが、銃弾なら別である。
桜子はアサルトライフルに持ち帰ると、カイルを後ろから撃った。カイルは後ろを取られた時点で用心していたため難なく避けたものの、フルスロットルでの回避によりエネルギーゲージを消費してしまう。
「もうバレちゃったか」
カイルの使っていたからくりとは、ブーストを急制動時のみに限定することでエネルギー消耗を抑える節約マニューバだった。
最初の桜子のようなブーストによる全開ダッシュは、一定速度を超えるとほぼエネルギーの無駄遣いにしかならない。トップスピードがずば抜けているか、多段加速機能を持つ『専用機』ならまだしも、単発加速しかできずトップスピードも低い訓練機では節約の効果は絶大なのだ。
一挙手一投足とも言えるブースト加速にて即座に詰められる間合いを保ちつつ、二人はにらみ合う。
後の先を取るか、先手を取ってそのまま押し切るのか、二人は相手の出方を窺っていた。
――――
ヴァンは打ち上げられてまともに動けない状況でも、冷静に状況を観察していた。できるだけシールドや装甲で散弾を防ぎ、エネルギーの消耗を防ぐ。
そして一定の距離が離れたところでショットガンによるストッピングパワーから解放される。ショットガンの特性上、有効射程外には蚊ほどのダメージしか与えられないのだ。
ここにもしアサルトカノンによる追撃も加わっていれば落とされかねなかったであろうが、弾切れのアゲハにはその心配はなかった。
武器も盾もない丸腰のアゲハに対し、ヴァンはトドメの一撃を放つ。
「まだまだ!」
アゲハは『ブーストで斜めに回避してショットガンの有効射程まで接近すれば』と考えていたのだがそうはいかない。ブレードによる弾丸切りとそこからのブーストの時点で、アゲハ機のエネルギーは残されていなかったからだ。
エネルギー不足によりブーストは不発に終わり、ヴァンの弾丸はアゲハ機を撃墜した。
アゲハ機が撃墜されたことで、桜子とカイルの機体にもその旨が通知される。桜子はヴァンの挟撃を警戒して焦ってしまう。
そしてヴァンは桜子へアサルトカノンを放つ。実は最後の一発なのだが、機体状況を知らない桜子にとっては脅威に他ならない。
桜子は無言のままアサルトカノンを回避し、武装をアサルトライフルへ変更する。
距離が開いたことで武器を切り替える余裕ができたこともあるが、多対一なら刀より飛び道具の方がいいのではという判断である。
それを見てカイルの心に余裕が生まれていた。
「そろそろ決めるよ」
そういうと、カイルは全開マニューバで桜子に接近する。速度的な意味は薄くても応答性はさすがにフルスロットルを維持する方が高い。弾丸などいくらか当たろうとも先に首を取れれば雑作もないと、カイルは桜子の放った銃弾を掻い潜り眼前に迫った。
咄嗟に桜子はアサルトライフルを盾代わりにして受け止めたが、容易く切断されてしまう。二撃目に対して先ほどのお返しとばかりに腕で受け止めようとしたが、時すでに遅し。
「ゲームオーバーです」
二人の組み合いの間に、ヴァンはショットガンの射程まで接近していたのだ。
ここまでくれば先に落としたものの勝ちである。ヴァンはカイルもろともショットガンで桜子を打ち抜いた。
ゲームオーバー―――終わってみればカイル&ヴァン組の完全勝利である。
――――
対戦が終了すると、四人はロビーに戻された。
「いやあ、初めてとは思えない名勝負や。二人とも凄いんやな」
「でも負けちまったし」
「そう謙遜せんでも。ほれ、見てみい」
クサカベはロビーにあるリプレイ掲示板を指さした。そこには先ほどの戦いを熱心に観察する数人のプレイヤーがいた。
「あれって、今の?」
「そうや。プレイヤー同士の対戦映像はすべてサーバーに保存していてな、誰でも見れるようになっとるんや」
「じゃあカイル達の対戦データも見れるのか?」
「当日分はロビーで観戦できるけど、古いのはダウンロードして自前のモニターで見んとあかんけどな」
「今のランキング一位動画は……俺とフーの奴か」
「参考までに見せてもらうかな」
「それよりアゲハ……」
「どうした? 桜子」
桜子は立ち話に花を咲かせるアゲハの袖を引く。気が付くと、アゲハ達を何人かのプレイヤーが取り囲んでいた。
「なんだアンタら」
「すみません。さっきの戦いをみさせてもらって」
「どうやったらあんな風に狙撃できるんですか?」
「みんな、ヤメヤメ!」
プレイヤー達はアゲハ達の戦いに興奮し、洪水のように質問を投げかけてきた。並のプレイヤーからすれば、アゲハらの戦いぶりはプロスポーツ選手にも等しいレベルなのだ。
興奮するプレイヤー達を、カイルは窘めた。
「この二人はまだゲームに慣れていないんだ。質問攻めは勘弁してやってよ」
「そうは言いましても、カイルさんと互角に戦えるのに初心者だなんて信じられませんよ」
「本当はランカーの誰かがセカンドIDでお忍びしてたんじゃないんですか?」
「いやいや、そこまでしてくれるんだったら作り手としては毎度おおきになんやけど、その二人はホンマに新顔やで」
「その銀髪シャル、まさかあのクサカベさんですか?」
アゲハ達のことをトップランカーの誰かと疑うプレイヤー達を制しようと、クサカベが口をだした。
開発スタッフとして後方目的でも2Pカラーのシャルロットについては宣伝していたため、一般プレイヤーもクサカベの事は存じていた。
「カイルはんの友達やし普通とはちと違っておるけれどな。リアルで隣にいるからエルモアウッド以外のランカーじゃないのは断言できるで」
「確かにそこのアゲハさんは男性のようですけれど、シャオさんとは雰囲気が違いますね」
「申し訳ないけれど、また今度声をかけてください」
「わかりました」
ヴァンにも窘められ、プレイヤー達はその場を後にした。それを後ろに、カイルとヴァンはなにやらコンソール操作を始めた。
「またあんな風に声をかけられたら面倒だし、プライベートエリアに移動しようか」
「ですね」
「なんだそりゃ?」
「要するにワイら以外は立ち入り禁止のスペースの事や」
カイル達が行っていたのは、アゲハと桜子のエリア立ち入り許可設定だった。
設定が完了すると、コンソールのエリア移動を立ち上げ、五人はプライベートエリアへと転送された。
――――
プライベートエリアに移動すると、そこには先にフレデリカがいた。
アバターではあるが、外見は実物とほぼ同じのためアゲハにも容易に判断できた。
「おう、久しぶりだなフー」
「もしかして夜科アゲハ? なんでこんなところに」
「俺が誘ったからさ。フーはおばば様の付き添いで他所にいってるから知らないだろうけど、今日は家に来てるんだ」
「そうなんだ」
突然現れた女体化アゲハに驚くフレデリカであったが、桜子はその様子をじっと見つめていた。
「雨宮もいたんだ。なにジロジロ見ているのよ」
「フレデリカ!」
桜子はおもむろにフレデリカに抱き付いた。同じ貧乳同士でアバターでもお互い貧乳であることに共感し、仲間がいたことがうれしかったのだ。
「ちょっと、くっつかないでよ暑苦しい」
「よかった、よかったよう」
アバター越しでは反映されないのだが、桜子はヘッドセットの下にうっすらと涙を浮かべていた。貧乳仲間がいることがそれだけうれしかったのだ。
「なんだかわからないけど、いい加減にしてよ―――ま、気持ちは解るわ」
フレデリカは桜子を強引に突き放すが、その際の手の感触で桜子の気持ちに気付く。それでもやはり抱き付かれるのは拒否したのだが。
二人のやり取りを脇目に、アゲハはあるものをカイルに要求した。
「早速で悪いが、二人の対戦動画を見せてくれよ」
「ああ、閲覧トップのやつ?」
「そう、それ」
「それって、アタシとカイルの奴よね」
フレデリカはアゲハの手を左手で握り、右手でコンソール画面を操作する。
「フー、なにを?」
「いいから放さないで。いま映像を送るから」
5秒ほど経つとフレデリカは自ら手を放す。するとアゲハの目線の隅に、エクスクラメーションマークが浮かぶ。
「これは何だ?」
「マークが出ているあたりをタッチして。自動でコンソールのメニューが開くから」
「こうか?」
アゲハがマークをタッチすると、フレデリカの言うようにコンソールの動画メニューが開かれる。そこには『カイルwith極装甲 VS フレデリカwithセクシーローズ』と書かれた動画が一件登録されていた。
「それがアンタがいま言ってた対戦の動画よ。アタシ自身のログだから、サーバーからコピーするよりこの方が早いわよ」
「サンキューな」
「せっかくやし、大画面で見たほうがええんとちゃうか?」
「俺もそのつもりだったけど・・・それじゃあわざわざコピーを渡す必要はなかったな、フー」
「な!」
まるで自分がアゲハの手を握りたいからやったことのように思われていると感じ、フレデリカは赤面してしまう。アバターには涙は反映しないが表情は反映されるため、その様子は皆に知れ渡る。
「赤くなっちゃって」
桜子の言葉は一方的な嫉妬であり怒りを極力面に出さないようにしていたのだが、システムが表情を隠しきる限界を超えてしまう。その表情はアバター上では鬼のようになっており、黒いオーラまで立ち込めていた。
その雰囲気にフレデリカを含めてほかの全員は震えてしまう。
「そう桜子も怒るなよ」
「アゲハ・・・」
お熱いムードになる二人なのだが、先ほどの桜子の事もありカイルたちは茶化すことは無かった。
――――
桜子の怒りが静まったところで、対戦動画の上映会が開始された。
カイルの駆る『
極装甲は両手両足に肉厚だが嵩張らない大きさの装甲を備えた機体で、セクシーローズは局所に肉厚な箇所があるものの全体的には薄い膜で体を包んでいると言える完全装甲型の機体だった。
互いに武器を構える様子がない。それもそのはず、動画には両機のエネルギー残量、装甲状況、武装情報がテロップで表示されているのだが、両機とも武装の項目が空欄になっているからだ。
開口一番にお互いに跳び蹴りを放ち、衝撃音が轟く。そのまま距離が開いたところでサラマンドラから炎が迸る。熱線が慣性に任せて後退する極装甲を襲うが、それを遮るように無色の壁が現れて遮り届かない。
その様子は、アゲハと桜子にも既視感のある光景だった。
「今の―――パイロ・クイーンとマテリアル・ハイじゃないか?」
「まあね。このゲームは俺たちのPSIを再現した攻撃ができるようにつくられているからな」
「マテリアル・ハイは原作の
それにハイパーセンサーだってライズをもとにしてるしな」
つまり、カイルとフレデリカの専用機は互いのPSIをゲーム上で反映することに特化した機体なのである。
カイルの大気を圧縮し固体化させることで操作する『マテリアル・ハイ』、フレデリカのいわゆるパイロキネシス『パイロ・クイーン』。
この二つを再現できる装備は一般プレイヤーでも(当然、名称は別のものに置き換えているが)手に入れることができるのだが、使いこなすプレイヤーは台頭していない。
もともと個人の超能力をエミュレートしたものであるせいか、使い手当人以外には扱い辛いようである。
セクシーローズが炎をアフターバーナー宜しく噴射し、極装甲に接近する。その接近速度は先ほどの打鉄やRRの比ではない。極装甲も各所に設置した空気のブロックを活用した三次元的な動きでセクシーローズを翻弄し、必殺の一撃を撃たせない。
特にマテリアル・ハイの障壁は防弾壁としての性能に優れているが故に、
それでも互いの手の内など当に知れたもの同士の戦いである。フレデリカがなんの対策も講じていない訳がない。熱線噴射によるブースト機能はマテリアル・ハイ同様の三次元機動能力を確保するためのものであるし、そして何よりパイロ・クイーンと双璧をなすもう一つの武器を備えているのだ。
セクシーローズが熱線噴射とマテリアル・ハイの防壁を逆利用した三次元機動で極装甲との間合いを詰め、渾身のドロップキックを繰り出す。極装甲の隙を見事に突いた一撃は、マテリアル・ハイの防壁をも突き破り、極装甲に直接防御を取らざるを得ない程であった。
セクシーローズの脚部装甲が爪先から踝にかけてまでのみ強固なものになっているのは、足そのものを武器として使用するために他ならない。
PSIエミュレートによる
攻撃を受け止めたことで静止した隙を突き、極装甲の拳がセクシーローズを打ち付ける。装甲を極力減らしているため、単純な拳打がエネルギーを25%も削り取った。
この時点で互いのエネルギー残量は極装甲38%対セクシーローズ23%と、カイルが優勢である。
だが、そのうち極装甲の被弾ダメージ45%に対し、セクシーローズの被弾ダメージは先ほどの25%のみと単純なダメージ量では立場が逆になっていた。
セクシーローズは耐えず炎を迸り攻撃を加え続けることで、燃え尽きるより先に相手を殲滅することを想定しているため、燃費の面では人一倍劣悪な機体なのだ。
被弾によりエネルギー残量が少なくなったことで、セクシーローズの秘密兵器その2が起動する。
機体を包み込むように炎の魔人が出現し、セクシーローズを覆う。サイレン世界にてアゲハには見慣れていた『パイロ・クイーン サラマンドラ』が出現したのだ。
サラマンドラを展開したことで、カイルの打撃も分厚い炎に遮られて届かない。だが現実と違い、ゲームにて使用するうえではサラマンドラとて万能ではなく、諸刃の剣としてフレデリカが出し渋るほどのデメリットがある。
セクシーローズのエネルギー消費速度がサラマンドラ発動前の10秒につき1%から、2秒につき1%と実に五倍の速さで消耗していく。単純計算で残り稼働時間は約40秒と残された時間は僅かしかない。
ゲームに勝つだけが目的ならカイルは致命の一撃を避けることのみに専念すればよいわけだが、戦いを楽しむためにプレイするカイルには逃げの一手は無い。
そのポリシーが約一か月で多くの一般プレイヤーに親しまれるようになった『エルモアウッドの切り込み隊長』としての器でもある。
マテリアル・ハイを活用した攻撃バリエーションを果敢にぶつける。上空からブロックと落として攻撃する『
その攻撃の隙をついて、フレデリカも渾身の鞭攻撃を仕掛けた。鞭と言っても炎にて作られたそれは、マテリアル・ハイの壁を角を通して折れながら極装甲に直撃する。
鞭の特性を活用した壁抜き攻撃は装甲のない胴体に直撃し、エネルギーを大きく減らす。そしてこの一撃をもってゲームオーバーとなる。
結果は引き分け、マテリアル・ハイにより消耗したところへ鞭の一撃が当たり、極装甲のエネルギーを削りきるのとほぼ同じタイミングにてサラマンドラ展開による消耗でセクシーローズのエネルギーも尽きたからだ。
互いの応酬の末のドロー、これが動画人気にてトップを飾った理由でもあった。
一時期考えていたネトゲになったISで遊ぶ話をカガミガミ開始を機に短編扱いとして投稿してみました。
試合ムービーを干渉し終わったらぶつ切りなのは続きを書こうとしていて挫折したためです。
一応この後にバグキャラの天戯弥勒が入った一夏と07号姉さんが入った千冬姉を登場させようとして・・・な具合です。