電子の月の下で   作:兄人P

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GXの良心

『連邦軍がレアリティ8のガンダムXとそのパイロットをオークションで落札した』というセンセーショナルなニュースは、瞬く間に《ガンダムバトルワールドフロンティア》通称GBWF中を駆け巡った。GBWFはガンダムの設定を再現したインターネット上の仮想世界で提供されるオンラインゲームで、当然プレイヤーはほぼ全員が大のガンダムファン。《機動新世紀ガンダムX》作中の有名なセリフ、『ガンダム、売るよ!』を彷彿とさせるその出来事が放って置かれるはずもなかった。

そして、そのニュースにはもう一つ、全プレイヤーを震撼させる要素があった。

GBWFはシステムの不具合によってゲーム内で死ねば現実でも死ぬというデス・ゲームと化している。そんな中で、ガンダムXの代名詞とも言える兵装、一撃でスペースコロニーをも破壊する戦術兵器《サテライトキャノン》がどんな意味を持つのか。

 

 

妙に厳重だった護衛と別れて、件の取引のパイロット、クロガネ・ソウヤは連邦軍支部の一室に通された。

そこは如何にも執務室然した部屋で、絨毯貼りの上にソファと大きな机が据えられている。軍服がソファに四人、そして士官服が一人机に座っていた。現実世界ではしがない高校生、GBWF内でも場末の町でジャンク漁りをして糊口をしのいでいたクロガネには初めての光景で、思わず背筋が伸びてしまう。

「ふむ、キミがGXのパイロット、クロガネ・ソウヤ君だね?」

執務机で、長い銀髪を湛えた士官服の男が優しい声で問いかけた。

「はい」

やや緊張で上ずった声で、クロガネは答えた。

「まあそんなにかしこまらなくていいよ。一応僕らは連邦軍だけど、ゲームの設定に乗っかってるだけだし、所詮ごっこ遊びみたいなものだ」

銀髪の男は気さくにそう言うが、クロガネとしては答えようも無く、縮こまるしかなかった。

その時、様子を見ていた一人がソファから立ち上がり、助け舟を出した。

「隊長、それ逆効果っす。『かしこまらなくていいよ』って、上官に言われたくないセリフランキングで堂々の一位なんすよ?」

軽薄な敬語もどきに怒ることもせず、銀髪は大真面目な表情で首をかしげた。

「む、そうなのか?」

「まずは自己紹介とかしたらどうっすか?あ、俺はクラキ・サイト。この銀髪の人の副官っす。よろしく。はい次隊長どうぞ!」

と大げさな身振りで銀髪を指し、クラキと名乗った青年は薄っぺらい笑みを浮かべた。

「ああ。私はゼクト・ウェールズ。地球連邦軍の特殊部隊《アルテミスの弓》の隊長を務めていて、今からキミの直属の上司になる。至らないところも多々あるとは思うが、よろしくお願いする」

ゼクトは律儀にクラキの振りに答え一礼する。

「よろしくおねがいします。俺はクロガネ・ソウヤです」

もう知られてはいるが何も言わないのも居心地が悪く、クロガネは自分も名乗った。

「さて、ではソウヤ君。いきなりで申し訳ないけど、君には本当に覚えてもらうことが多いんだ。」

ゼクトはため息混じりに行った。

「覚えること、ですか」

「君のGXは、その辺の奴とは違う、いわゆるオリジナル品ってやつなんだ。まあそっちの大筋はこの資料にまとめておいたから、暇な時にでも読んでおいてくれ」

とゼクトは数十枚に及ぶ厚さの紙の束を机の端に差し出し、話を続ける。

「とりあえず最初にどうしてGXだけじゃなく『君』を買ったのかを話そうと思う」

確かにそれはクロガネとしてもずっと気にしていたところだった。最前線で活躍する優秀なパイロットならまだしも、デスゲームの恐怖に負け、場末の町でちまちま暮らしていたクロガネをわざわざ大金を積んで買う理由はどこにも見当たらない。

「我々は見ての通り軍人だ。であるからには我々には軍の命令に従う義務が発生していて、背けばシステムから重いペナルティが課されるようになっている。営巣入りで住めばいいが、所持機体の剥奪もありえる。ここまではいいかい?」

「はい」

「そして君の持ってきたガンダムXは、サテライトキャノンという大量破壊兵器を背負った機体だ。この機体がどこぞの軍人の乗機となれば、当然軍はサテライトキャノンを自由に使えるようになる。使い方次第では数え切れない程の人間の命を一度に奪える超兵器を」

クロガネにもゼクトが何を言いたいのかが朧げながら見えてきた。

「つまり……軍がGXを使って、虐殺を始めるかも知れないということですか?」

「そう。例えばそういうことも可能性としてはある。近頃は宇宙軍が宣戦布告してきたり、それへの対応で上層部が真っ二つに割れたり色々きな臭いからね」

GBWFから脱出するにはゲームをクリアするしかないのだが、そのクリアへの道は二つある。一つはクリアクエストと呼ばれる高難度クエスト群を全てクリアすること。そしてもう一つは地球側なら宇宙側を、宇宙なら地球を、といったように敵対する勢力を殲滅するという方法だ。ゲーム開始当初はわざわざ殺し合いをする選択肢を選ぶはずもなく、地球、宇宙の両勢力がクエストによる開放を目指していたが、先日宇宙正規軍がその方針を突如撤回し、地球勢力の殲滅を宣言したのだった。そして地球側でも当然それに対して、宇宙との全面戦争をしてこちらも殲滅クリアを目指すか、宇宙からの攻撃をやりすごしながらクエストを続けるかで大論争が起きていて、最終的にどちらに転んでもおかしくない状況だった。ゼクトは話を続ける。

「今の不安定な軍にGXを渡すのは好ましくない。だが軍以外の個人や大手クランに渡るのはそれ以上に危険だ。尚更どんなことに使われるか分かったものじゃない。そこで君の出番だ」

「君は私の金で買ったから私の私兵扱いになっている。つまり君だけは軍の意向に縛られないで行動できる。GXは君が持っている限り他の誰にも自由に扱えない。つまり」

ゼクトはここで一回息を止めクロガネの表情を確認し、残りの言葉を一気に紡いだ。

「君にはGXの良心となってもらう。この破壊の力を御しき切り、誰にも惑わされず状況を冷静に見極め、決して間違った目標にその砲口が向かないように抑える役目だ」

クロガネは声を出せない。ゼクトの言葉の意味はだいたい理解したつもりではあるが、デスゲームの中ですら命のやり取りから逃げ続けてきたクロガネには重すぎる。

「勝手なことを頼んで悪いと思っている。だがこのGBWFという狂った世界からひとりでも多く生きて返すには、必要なことなんだ」

「でも、どうして俺が」という言葉をクロガネは呑み込んだ。そんなこと聞くまでもなかったからだ。ゼクトはあえて触れないでいてくれているが、この事態を引き起こしたのはほかでもないクロガネだ。眠っていたGXを堀り起こし、どうなるかも考えず軽率に売り払った彼が蒔いた種だった。

「わかりました」

せめて今腹を括ることぐらいはしてみせなければ、とクロガネは掠れた声を絞り出した。ゼクトはそれを聞き微笑んだ。

「ありがとう」

とゼクトはすぐさま表情を事務的なものに戻し、クロガネに指示を出した。

「では、了解も取れたことだし、明日君にはGXで出撃してもらう」

「……え?」

「今日はゆっくり休んでくれ。明日の朝八時にまた執務室に」

有無を言わさずゼクトは椅子の背もたれをこちらへ向けた。

「部屋へは俺が案内するっす。行きましょっか」

これまでずっと静観を決め込んでいたクラキが硬直しているクロガネを部屋の外へと引っ張って行った。

 

 

 

 

 

 

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