アール、思い出す
アナウンスがシャトルが軌道上のステーションに着いたことを知らせ、思い出に浸っていた僕の意識は現実に引き戻される。痛みの前兆の不快感に襲われているときはこうやって物思いにふけるのが一番なのだ。シャトルから降りるとそのまま同じ港にある軍艦の発着場へ向かう。通路に設けられた窓から見える青く染め上げられたザンジバル級巡洋艦、サングレ・アスルはこういったメンバーの回収や外回りの任務をこなしている。旗艦であるキマイラはそう簡単にサンダーボルト宙域を離れるわけにはいかないのだ。サングレ・アスルへ続く通路を進みながら再び昔へと思いを馳せる。クラン設立当時、宇宙軍はやっと本格侵攻を始めたばかりだったしミュータントも今ほど知られてはいなかった。三つ首龍の紋章は動き始めた勢力戦争において、宇宙軍には直接属さないものの彼らから任務を請け負いその戦力の一部として戦っていた。結局クランの名前を決めたのはユアンだった。ユウスケがキマイラがいいと提案したが使用済みであり、ユアンがキマイラの紋章から名前をとったのだった。ジョニーやユアン、ゲオルグとエース揃いの精鋭クラン、三つ首龍の紋章の噂はあっという間に宇宙軍へと広まった。メンバーが増えだしたのはこのころからだった。当時の入隊基準は今のものとは違い、メンバーの過半数に認められることが条件であった。パイロットが増えるのにビルダーがナナミ一人という状況であったため、大部分のビルダーもこの時期に入隊した。こちらは特に基準はなく、それぞれのパイロットが直接ヘッドハンティングに出向いており、専属のビルダーを雇う形になっていた。三つ首龍の紋章のネームバリュー効果は凄まじく、名前を出せば大体が二つ返事で着いてきた。
「アールさん、お帰りですか」
サングレ・アスルの艦内へと入ると横から声をかけられる。
「ラン、艦長にちょっと僕体調悪いからしばらく出れないって言っといてくれないかな?」
ヤマネ・ランは入隊して2か月ほどになる、部隊ではまだ新人に当たるパイロットだ。射撃も格闘も高い水準でこなせており、入団試験ではメンバーの一人を相手に5時間に及ぶ戦闘を繰り広げ粘り勝ちしたほどの持久力も持つ優秀なパイロットだ。
「体調って……またですか? ゲーム内でそんな体調が悪くなるなんてことあるんでしょうか」
思ったことをそのまま聞いてくる素直さと大胆さも持ち合わせており資質も十分といえるだろう。
「とにかく言えばわかってもらえるから、よろしくね」
本当はちゃんと説明したほうがいいのだろうが、額には脂汗が浮かび上がり限界が近いことを教えている。こういったところばかり演出が凝っているのは運営からの嫌がらせなのだろうか思いながら自室へ急ぐ。扉を開けると、いかにも軍艦といった簡素な部屋が広がる。というのも必要なものは大体端末からアクセスできるインベントリにしまってあり、こういった個室は主にプライベートな空間の確保のために設けられている。僕の部屋で他に違う点といえばベッドの枠に取り付けられた手枷と足枷だろう。扉の鍵が閉まっていることを確認すると僕はベッドに横たわりそれを四肢に取り付ける。もうすぐあの地獄のような痛みがやってくるのだ。僕はこのゲーム内で、強化人間と呼ばれるプレイヤーである。システムの穴を突き特殊な処置を施したことにより、ガンダムの劇中のようにステータスをブーストさせており、僕の場合は反応やG耐性といった本来のステータスが強化されている。しかし、同じく劇中のように副作用もまた、存在する。僕の処理では割り当てられる演算能力は一般のプレイヤーと変わらないのに多くの負担を強いていることからバグの処理が追い付かず、一定以上バグがたまるとシステムが最優先で処理を開始する。普通のゲームであれば処理落ちのような状態になるだけであるが、神経を接続しているこのゲームではそれが許されない。ゲームからシャットアウトさせられそうになるが、緊急覚醒用の痛覚への信号によりログアウトが中断され処理が再開。これをたまったバグの処理が終わるまでコンマ数秒ペースで続けられる。襲ってくる痛みは想像を絶するものであり、とても正気を保ってはいられなくなる。それでも僕がこの処理を受けたのは理由があった。どうしても、力が必要な理由が、である。