なのはにならないと   作:すどうりな

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私が始まった日 前編

 『高町なのは』.......ソレが私の名前だ。

 海鳴市に両親と兄、姉とともに暮らしている。 3人兄妹の末っ子で姉とは8歳、兄とは10歳も離れている。

 通っていた小学校の名前は私立聖祥大学付属小学校、ある事情によりごく普通の女の子だったとは口が割けても言えないが見た目だけなら普通の女の子だったに違いない。

 

 .......さて、ここまで話さずとも漫画やアニメの魔法少女と呼ばれるジャンルが好きな人なら気付いているかも知れない。

 

 そう、私は『魔法少女リリカルなのは』という物語の主人公である『高町なのは』と同じような.......否、全く同じ環境と全く同じ容姿を持って産まれ直してきた人間であった。

 

 産まれ直してきたと言うからには前世うんぬん、そう言う記憶も知識もちゃんと覚えていた。 記憶とは脳に書き込まれているなどと考えていた私には到底想像できる筈もない事だが事実は現実である。

 

 ただただ混乱していた一歳。

 夢だと考えていた二歳。

 夢であって欲しいと考えた三歳。

 現実だと気づいた四歳。

 訪れるであろう未来に恐怖した五歳。

 

 諦め.......覚悟を決めたのは五歳の後半の出来事だった。

 

 主人公であろう。 物語の彼女の様に強く、皆を守れるくらい強くあろう.......今思えばあの頃から私は主人公『高町なのは』を目指していたのかも知れない。

 強くあろうと産まれながらの運動オンチだって人外染みた(家族にこう言うのもアレだが他に表現出来ない)父のもとで必死に努力した。

 マルチタスクと呼ばれる魔導師特有の分割思考だって必死に覚えた。

 イメージトレーニングだって忘れない。来るべき戦いに備えてアニメや小説、漫画の描写から訓練を重ねてきたのだ。

 

 『高町なのは』と同じように、アリサちゃんとすずかちゃんの友達にだって成れた。だから私はきっと全てが私の知識通りに行っていると勘違いしていたんだ。

 

 運命の小学校三年生、私は毎日の様に来る日も来る日も待っていた。異世界から少年が私に魔法の力を渡しに来るのを。

 原作にあった会話だって聞いた、原作にあった出来事だって見た.......でも待てども待てども彼は現れなかった。

 

 翌年、小学校四年生....ある事件が起きた。

 

 『白騎士事件』全世界から日本に向けられて発射されたミサイルを白騎士と呼ばれた何者かが切り伏せた事件だ。

 原作、魔法少女リリカルなのはには無い出来事に私の頭は混乱していたが少し原作と違うだけだとそう思い込もうとした。

 

 無理矢理にでも思い込もうとして....彼女が現れた。

 

 私は原作で見た彼女が転入して来たのを見て漸く諦めがつき始めたのかも知れない。

 

 フェイト・テスタロッサ.......一年前に私が魔法という切っ掛けで友達になっていなければならない少女だ。

 テレビでは発明家と言えば二番目にあがる天才の娘.......勿論クローンという設定も無ければ魔法少女でもない。

 

 

 

 所詮、現実と物語の区別がついていない.......馬鹿の勘違いだったのだ。

 

 

 

 

 

 「なのは.......なのは?」

 

 「あ.......ごめん、寝ちゃってたみたい」

 

 肩を叩かれて目を覚ます、叩かれた方をみればフェイトちゃんの顔があった。

 始めて見た時から余り変わっていない優しそうな赤い目だ。 顔もモデルさんやアイドルなんて目じゃないくらい可愛く、綺麗になっていた。

 学校内で密かに行われていたお嫁にしたいランキング三年間連続一位(因みに私は6位)は伊達では無い、私だって今世も男だったらきっと告白していたに違いないくらいの美少女だ。 

 

 私はボンヤリとしていた頭を振って目を完全に覚まさせた。

 

 車の窓から外を見れば大きな会社が見えていた、今日見学させて貰う会社『A&F』だ。 

 何処ぞの超兵器なんかよりもよっぽど一般人に馴染み深くなった機械を作っている会社で.......フェイトちゃんのお母さんの会社だった。

 

 「なのは、やっぱり昨日も夜遅くまで練習してたの.......?」

 

 「あ、あはは.......うん」

 

 「はぁ、あんまり無理したらもともこもないんだよ.......?」

 

 「はーい.......」

 

 フェイトちゃんは本当かなぁ? と言いたげな疑う様な目で私を見てきた。 まぁ、守る気はさらさら無いが。

 妄想少女の大きなツケが今帰って来たのだ。

 うちの喫茶店を継ぐというのが私の夢だ。

 私自身そういった事に興味があるのは勿論だが.......小さな頃に、特に小学校時代に散々迷惑をかけた両親に恩返しをしたいからという気持ちの方も大きい。

 でもお菓子作りなんてあんまりしたことがない私にできる程お菓子作りの道は甘くなかった。

 お母さんやお父さんに教えて貰いながら夜遅くまで練習しているのだが.......ものになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 小学校時代をやり直せたらなぁ、と今思っても後の祭であった。

 

 「それにしてもなのはがいきなり『デバイス』を見せて欲しいなんて言うとは思わなかったかな.......」

 

 「え? どうして?」

 

 「中学校に上がってからのなのははお菓子作りに没頭してて『デバイス』なんて興味なさそうだったから」

 

 「あー.......確かに、そうだったかも。 でもフェイトちゃんのアレを見せられたらなんと言うか.......こう.......」

 

 「小学校時代の魔法少女熱が戻って来ちゃった?」

 

 「にゃはは.......やめてよ恥ずかしいから」

 

 小学校時代の黒歴史を掘り出されてしまい顔が赤くなる。

 

 『デバイス』、A&Fが某超兵器の発表と同時に売り出した携帯できるマルチサポートシステムだ。

 魔法少女リリカルなのはにも出てきた機械で、本人の魔法行使を補助する物だが.......やはり現実と物語は違う。

 

 魔法見たいな超兵器は確かにあるし、このデバイスにも魔法染みた力はある.......でもやっぱりこれはただの機械だ、魔法じゃない。

 

 昔の私はこのデバイスを毛嫌いしていた。 

 まるで此処はお前の知っている世界じゃないぞ妄想女、と呼ばれている様な気がしたからだ。 実際にはそれこそが妄想に過ぎなかったのだが。

 

 気持ちの切り替え、新しいスタートを切る為の切っ掛けとして私はデバイスが欲しかったのだ。

 

 未練がましいがデバイスにつける名前だってもう決めているくらいには本気だった。

 

 

 車をおり社内へと進んでいくと受付の人がやや緊張したように私達を案内してくれた。

 たかが中学生に其処まで緊張する事は無いのに.......と疑問に思ったが受付の人の視線を見て納得する。

 確かに、社長の娘を案内するんだから緊張して当然だった。

 

 思わず漏れてしまった笑いにフェイトちゃんの顔がキョトンとしてしまうが何でもないと言って誤魔化した。

 

 「ごめんねなのは。 こんなに大事になっちゃて.......本当は私が学校の帰り道とかで渡せれば良かったんだけどお母さんが張り切っちゃって.......」

 

 「ううん、すっごくうれしいよ。 デバイスをプレゼントしてくれるだけでも有難いのに会社の中を見学できるなんて今だって夢みたいだと思ってるんだから」

 

 「良かった.......」

 

 フェイトちゃんは受付の人にもとの位置に戻っても良いよと告げてエレベーターを操作する。 向かう階は最上階の社長室だ。

 

 少し緊張してきた.......。 なにせ会うのは初めてだからだ、仕事が忙しいらしくフェイトちゃんもあんまり会う事は出来ないらしい。

 

 原作のアノ姿を思い出し余計に緊張が増す。 原作魔法少女リリカルなのはでは彼女は娘、アリシア・テスタロッサの死を認めず生き返らせようと狂気に染まってしまった科学者兼ラスボスだったのだから。

 

 .......何をまた私は馬鹿な事を。

 

 自分の中に浮かんだ考えを否定する。 此処は現実で魔法少女リリカルなのはの世界なんかじゃない、いい加減現実を妄想のフィルターがかかった目線で見てしまう癖をどうにかしなければなりない.......このままでは私は何時まで経っても.......。

 

 ―――ポーン

 

 エレベーターが止まる音で私の思考は中断された、外に出れば待っていたのは長い廊下だ。 

 フェイトちゃんに引かれる様に長い廊下を歩き、やがて大きな扉の前で止まった。 恐らく此処にフェイトちゃんのお母さんがいるのだろう、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 

 うん、大丈夫。

 

 フェイトちゃんが扉に手をかけて―――

 

 「フェイトーーー!」

 

 ―――勢い良く扉から出てきた誰かに抱き締められていた。

 

 「.......え?」

 

 ぎゅゅゅうっと言う音が聞こえて来そうな位にその誰かに抱き締められたフェイトちゃんはちょっと苦しそうにしながらも照れていた。

 

 「は、恥ずかしいよ.......母さん」

 

 「私はぜんっぜん! 恥ずかしくないわよフェイトーーー!」

 

 私の事なんて視界には無い物だと言わんばかりに満面の笑みでフェイトちゃんに頬擦りする彼女に私の思考は一時停止してしまう。

 

 .......誰だコレは。

 

 プレシア・テスタロッサ、フェイトちゃんのお母さんでA&Fの社長。 今では全世界に浸透したデバイスを発明した人物でもある。

 

 違う、そんなことは解っている。

 

 こう.......私の知識の中では彼女はフェイトちゃんの事をこれでもかというくらい嫌っていた筈だ。

 勿論、現実と原作は違うと解っているつもりではいた.......でも。

 

 これは予想出来ない位の親馬鹿ではないだろうか。

 

 「母さん.......なのはも見てるよ.......」

 

 「見せつける位で丁度良いのよフェイト! 従業員に見せ付けるなんて何時もの事じゃない! あぁ.......やっぱり本物のフェイトじゃなきゃ駄目よね! アリシアとはあんまり会えなくなっちゃった分の愛娘成分を今補給しないとお母さん倒れちゃいそうで.......ん? なのは?」

 

 「えーっと.......お気遣いなく.......」

 

 物凄く名残惜しそうにフェイトちゃんから視線を外した彼女は暫くジッと私を見つめる。 そしてこれまた名残惜しそうにフェイトちゃんを放すと何事もなかった様に私に微笑んだ。

 

 「高町なのはちゃんね、フェイトから何時もお話を聞いているわ.......何時もうちのフェイトが御世話になってます」

 

 「い、いえ此方こそ何時も御世話になりっぱなしで.......」

 

 まるで絵の中の人の様だと思った。 髪の色こそ違うが顔立ちは何処か似ている、可愛いというよりも綺麗な人だった。フェイトちゃんの母というのも納得だ。

 知識抜きにしても近寄り難いくらい綺麗な人だと感じた.......先程のアレが無ければだが。

 こうして話している今もフェイトちゃんの手を決して放そうとしていないあたり相当な親馬鹿だ.......原作を知っている私としては少々複雑な気持ちだったが。

 

◇◇◇◇

 

 「すっごい.......」

 

 「よく町中でも見る機種でしょう? 此処で驚いていたら後まで持たないわよ?」

 

 プレシアさんは会社の中のある場所を案内してくれていた。 先日発売されたばかりの最新式から私がまだ小学生の頃に発売された最初期のデバイスまでズラリと並んでいる光景には圧倒される。

 プレシアさんの言う通り、視界に映る機種は皆何処かで見たことのあるデバイスだったが私が驚いたのはその数、壁一面にデバイスが並べられているのだ。 

 

 「年代順に並べてあるのよ、入口近くは最初の方で奥に進むほど新しくなっていくの」

 

 プレシアさんは立ち止まらず更に奥の扉を開いてその先へ進んでいく。 奥の部屋にもデバイスがズラリと並んでいたが先程までのデバイスとは違いハンマーに剣、銃や盾など何処か恐い印象を受ける形だった。

 

 「其所にあるのはオーダーメイド、もしくは軍用のデバイスよ。 軍用のデバイスは待機状態が無いの、そういう物を搭載するよりも殺傷能力や防衛能力を上げて少しでも地位をコレで回復させたいんでしょう、一応アレに通用するものもあると言えば.......中学生にする話ではなかったわね、次に行きましょう」

 

 更に更に奥へプレシアさんはどんどん進んでいく。

 途中原作でも見たような戦闘向けのデバイスを見て懐かしい気分になるが、フェイトちゃんが置いていかれそうなくらい距離が空いているの教えてくれて急いで追いかけた。

 

 「そして此処が、まだ世に出回っていないデバイスを開発している.......所謂作業場よ」

 

 扉を開けた先には巨大な部屋が.......否、工場があった。

 沢山の人が慌ただしく動いていて見たこともないようなデバイスや機械を囲み議論を交わしている。

 

 「問題はエネルギーだ、これを維持し続けるためのエネルギーが.......」

 「いっそのこと展開する範囲を狭めてはどうだろうか?」

 「いやしかしそれではデバイスである意味がない、BJは軽くコンパクトに尚且つ安全第一だ、それではBJの本来の性能とは言いがたい.......」

 「やはり現状ではアレに頼らなければ.......」

 「なんとも癪にさわる事ですが.......」

 

 .......もしかして、聞いたら不味い話を聞いているのではないだろうか?

 

 「大丈夫よ、此処で本当に聞かれて不味い話をする事なんてまれよ」

 

 「そうなんですか.......」

 

 まれにはするんだ.......。

 

 時折耳に入ってくる精神衛生上良くない周りの会話を聞こえない振りをしてプレシアさんに着いていく。

 周りを見れば街で見たことは無いが前世の知識で見たことがあるようなデバイスもちらほら見えて.......これは見ない振りもした方が良いのかも知れない。

 

 どれくらい歩いただろうか?

 周りをあれだけ走り回り、そこら中で議論を交わしていた研究員も何時の間にか居なくなっていた。

 

 その代わりに通路の壁全てを埋め尽くす謎の機械、チカチカと様々な光が点滅していて目が痛くなりそうだ。 いったい何の機械なのだろう.......。

 

 「すごいでしょう。 それ、デバイスよ」

 

 「でもデバイスってもっと小さい物じゃ.......」

 

 「デバイスは基本的には演算機、大きな物があっても不思議じゃないでしょう?」

 

 思わず周りの機械を凝視してしまう。 やはり私の前世の知識による先入観は捨てるべきなのだろう。

 これだけ巨大なデバイスが一体何を演算しているのかは気になるが通路の先にあった物を見てそういった思考は全て止まってしまった。

 

 巨大なデバイスから伸びる複数のコードは全てソレの台座に繋がれていた。 

 

 ソレはルビーの様に赤く透き通っていた。

 

 ソレは光沢を放ち、丸く小さかった。

 

 ソレは簡単に表現するならば赤いビー玉のようだ、しかし私は知っている。

 

 アレはデバイスだ。

 

 アレはデバイスだ。

 

 アレはデバイスだ。

 

 単なるビー玉ではない、距離も離れ起動している訳ではない.......しかしアレはデバイスだ。

 

 私はデバイスについて詳しい訳ではないし未来予知染みた直感を持つ訳でもないがアレを私が見間違える事など有り得ない。

 

 ()()()()()がソレを見間違えるなど有り得ない。

 

 アレを知っていた。 アレが欲しかった。

 

 私はあの日あの時からアレを手に入れる日を待ち望んでいたのだ。

 

 アレの名は.......私が待ち望んでいたアレの名前は.......。

 

 

 「レイジング.......ハート.......」

 

 

 私はきっと此処から始まったのだ。

 

 何年経っても私はこの日を忘れないに違いない。

 

 私がレイジングハートを手にいれたこの日を。

 

 私の覚悟は妄想なんかじゃ無かったと確信したこの日を。

 

 

 私が胸を張って『高町なのは』と名乗れる様になったこの日を.......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※白騎士事件の起こった時間を修正しました

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