それは唐突に、本当に唐突にやって来た。
プレシアさんが私のデバイスに私を持ち主であると認識するためのデータを入力しようとした瞬間の出来事だ。
背後から大きな音を聞き、振り返って見れば台座に繋がれた巨大なデバイスの一部が突然弾け跳んでいるところだった。
軽自動車程もあるデバイスが反対側の壁に激突し部品を撒き散らす、何事かと目を見開いて通路をよく見てみれば大きな横穴が空き.......銀が見えた。
穴からは人間の腕を無理矢理大きくしたような不出来な手を持つ銀色のナニかが這い出して来ていた。
ナニかの体は半分以上が壁の向こう側だったが明らかに私達の大きさをこえている.......。
鋼の様に銀色に光るナニかはその単眼で私を見つめ、何かを考える様に首を傾げるとその巨大な手を此方に伸ばして来ていた。
「レイジングハートっ!」
私は駆け出し赤いビー玉の様なデバイスを握り締める。
守ろうとしたんだ。 私だけのデバイスを、私だけの可能性を、
プレシアさんの叫びが聞こえる。
レイジングハートは起動しない。
巨大な手の陰が私を覆いつくす。
レイジングハートは起動しない。
銀色の死が目前まで迫っている。
レイジングハートは起動しない。
そして―――
≪Thunder Smasher≫
―――雷が落ちた。 そう比喩するのがもっとも適しているに違いない.......断言できる程に眩い神速の一撃が凄まじい音を発てて発射された。
背後を見れば其所にいたのは黒いマントを棚引かせた私の親友の姿があった。
腕には似合わないくらい巨大な銃を構え、僅かに宙に浮くフェイトちゃんは振り返り私をみて微笑んだ。
「間に合って良かった.......なのはは此処に居て.......大丈夫、こう見えてもA&Fのテストパイロットなんだよ? あんなのなんかに負けない、いくよバルディッシュ」
≪Yes sir≫
手を伸ばした、捕まえられないと解っていながら手を伸ばした。
手は彼女に掠りもせず、彼女は新たに現れた黒い機械的な斧を持ち、まるで蝙蝠の翼の様なマントを棚引かせて飛び出してしまう。
超兵器とデバイスを纏い、音を越えてまるで雷のように突き進む彼女を止める術なんて.......私には無かった。
フェイトちゃんの持っているデバイス『バルディッシュ』にはある特別な超兵器が搭載されている。 いや、超兵器にバルディッシュを搭載していると言った方が正しいかも知れない。
宇宙空間での活動を想定し開発されたマルチフォーム・スーツ。
開発当初は注目されなかったらしいけど、私が小学校四年生の頃に起こった『白騎士事件』によって世界中に知れ渡った超兵器だ。
当時デバイスが世界中に知れ渡った陰に埋もれてしまったISの存在は『白騎士事件』により日の目を浴びる事になった。 現在の兵器を遥か彼方に置き去りにする性能を持つISはそのままデバイスすら、そして開発者の願いすら置き去りにして最強の兵器と呼ばれる様になる。
女性にしか乗れないという欠点故に女尊男卑という物が産まれてしまう程、世界はISに染まっていった。
デバイスがISと張り合える部分は演算能力と男性も装備できるという位のモノ、需要は無くならないが今よりも確実に減るのは確かだと思われていた.......しかしそうはならなかったのだ。
開発者であり製造法を知る唯一無二の人物『篠ノ之 束』の失踪と共にISの絶対数が決まってしまったからだった。
その数468機。
ISが現れる前の各国や企業のパワーバランスを見て公平に分配されたIS.......各国はISを研究するための周辺機器としてデバイスを活用し始めたのだ。
そしてそのデバイスを開発した企業がISを所持出来ない筈がなく、実際にフェイトちゃんのデバイスには組み込まれていた。
最強の兵器であるISと最高の演算機であるデバイスを持ったフェイトちゃんが負ける筈は無い。 プレシアさんだってきっと戦闘用のデバイスを持っているからこそあの場に残ったのだ。
それなのに、それなのに.......どうしてこんなに胸騒ぎがするのだろうか。
「足を止めないでください!」
「はっ、はい!」
鬼気迫る表情をした職員さんに怒鳴られてしまう。
どうやら考えるあまり足が止まってしまった様だ、この非常事態にそんなことをされては怒られてしまうのも当然だろう。
私はもう一度だけフェイトちゃんとプレシアさんがいるであろう方向を見る、本当に大丈夫なのだろうかという疑問が身体の中を駆け巡るが必死に感情を押さえつけ脚を動かした。
落ち着け高町なのは、お前が行った所で何ができる。
レイジングハートは戦闘用のデバイスとは限らないしそもそも起動すら出来ない。
私にできる事なんて何にも無いのだ、私が行った所で迷惑になるだけなのは間違い無い事だった。
大勢の職員さん達と共に長い通路を走って移動する。 目の前に見えてきたのは今まさに閉められようとしている巨大な扉だった。
「まだ後ろに誰かいるか!?」
「私達の一団が最後です!」
短い言葉だが行われる問答、一度閉まればまるで壁の様にしか見えないだろう堅牢な扉。
職員さん達は我先にと扉の向こう側へ移動する、扉を見ればゆっくりと閉まっていく最中だ。
行ったらもう戻れないだろう。
「貴女も速く! 死にたいの!?」
ぐいっと力強く腕が引っ張られた、どうやら扉をくぐっていないのは腕を引っ張った職員さんと私だけの様だ。
扉はもう半分以上が閉まっている、大勢の職員さんの私を呼ぶ声が聞こえる。
私は.......私は.......。
『高町なのは』は無駄だから、無理だからと言って友達を置き去りにするような『主人公』か?
職員さんを扉の向こう側に突き飛ばした。
信じられないという顔をして扉の向こう側から此方を見詰める職員さんに心の中で謝り、来た道を走って引き返す。
『高町なのは』はフェイトちゃんを置き去りに一人だけ安全な場所にいる事を善しとはしない、絶対に。
左手に持っていたレイジングハートを懐に仕舞い込み全力で走る。
後ろで聞こえた私を呼ぶ声や扉の閉まる大きな音を全て無視して走る。
走りながら壁に掛けてあった拳銃の様な軍用のデバイスを拾い中身を確認した。 元々こう言う事態を想定して此処にあった物なのか弾は装填されている。
「セットアップ」
デバイスを起動すれば僅かに身体が軽くなった。
筋力の補助という機能でもあったのかも知れない、何にせよこれを好機と速度を上げる。
角を勢い良く曲がり、大きな何かの部品を飛び越えフェイトちゃんと別れた場所を目指す。 行って何ができるという考えはもう頭に無く、ただ行かなければならないという考えが頭を支配していた。
何かが先で暴れている様な音が響いてきた。 恐らくはもう少しで.......デバイスを両手で構えながら前を警戒して進む。 構えなんて刑事ドラマのモノの見よう見まねだ、何もしないよりましだろう程度のものでしかない。
暫く前に進めば扉があった、扉に付けられた小さな窓からは何かの影がチラチラと見えている。
扉を僅かに開けて中の様子を伺った。
.......何もいない?
扉の向こう側には何も居なかったのだ、そんな筈は無いと扉を開けて中に入り確認する。
此処に来る時にも通った広い部屋だ。 部屋の中身は殺風景で目立つ物は入口以外にも扉が二つある程度だ、確か片方はレイジングハートのあった通路へ行く為の最後の扉だった様な気がするが辺りには音が出せる様な物なんて無い。
「音がした.......筈なんだけど.......」
あの影は見間違いで暴れていた音はもっと先の音だったのかと考えて先に歩を進めようとする.......そんな時、それに気付いた。
私を覆う巨大な影に。
全力で前に走りながら後ろに発砲する、振り替えって見れば見えたのはあの銀の化物だ。
化物は天井に.......正しくは入口の真上に張り付いていたのだ!
銀の化物はそんな物は効かないと言わんばかりに此処に腕を伸ばして私を殴り跳ばそうとしている。
「あぐっ!?」
咄嗟に前方につきだしたデバイスが粉々に粉砕され私は宙に浮いた。
直後背中に走る大きな衝撃、扉を突き破ったのであろう私の身体は扉以上に固い何かに当たって止まる。
前を見れば銀の化物がゆっくりと此方に歩んで来ている最中だった。
赤く光る三つの目が私を見つめ一体目と同じ様に首を傾げる。
先程見たのは目が一つだった筈なので別の個体だろう.......多分フェイトちゃんはまだ何処かで一つ目の化物と戦っているのだ。
少し安心する、これがもし一つ目の方だったらフェイトちゃんが■んでしまったのかも知れないからだ。
「友達の.......心配してる場合じゃない.......かな」
今、この瞬間にも化物はまるで私の死のカウントダウンの様に歩を進めている。
逃げようと脚に力を入るが頭の中がグワングワンと揺れていて上手く立ち上がれない。
こんな所で■ぬのは.......『高町なのは』への侮辱以外の何物でも無いと、後ろにあった何かにしがみつき必死に立ち上がる。
どうにか中腰まで立ち上がり、其処から更に立ち上がろうと脚に力を入れてソレが目に入る。
金色のプレート.......いや、私の目に付いたのは其所ではないプレートに刻まれた数字だ。
『468』
私の勘違いでなければこれはきっと起死回生の切り札になるに違いない、脚すら満足に動かないこの状況.......これが動かなければ私を待っているのは■だけだ。
お守りの様に懐から取り出した赤いビー玉の様なデバイスを左手に握り締め、右手で金色のプレートを手に取る。
起動の仕方なんて一切解らない、それでも私は言葉を紡ぐ。
私の言葉を、きっと私だけの起動呪文を。
「我、使命を受けし者なり」
現実は何処まで行っても現実で、馬鹿な妄想だ、有り得ない空想だ、そんなことは解っている。
「契約のもと、その力を解き放て」
思い上がりだと、私なんかじゃ絶対に成れないというのも解っている。 勝手に妄想して、勝手に受け入れて、勝手に捨てて.......そして今、勝手に頼っている。
「風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に」
中途半端、何もかも中途半端、結局妄想少女が最後に逃げ込むのは妄想の中でこうして呪文を紡いでいるのもただの現実逃避の一つに過ぎないのかも知れない。 不屈の魂なんて.......私には在る筈ない。
「この手に魔法を」
それでも、それでも私は言葉を紡ぐ。
祈る様に、願う様に、縋る様に。
間違いであっても良い、偽りであっても構わない。
「レイジングハート、セットアップ!」
間違いでも偽りでも、妄想でも空想でも幻想でも.......私は.......。
『高町なのは』でなければならない。
◆◆◆◆
心配だった。
私は、フェイト・テスタロッサは心配で心配で堪らなかった。
場所は屋外、相対するはまるで水銀を人形に固めた様な奇妙な化物。
「バルディッシュ!」
銀の化物が此方に伸ばしてきたその巨大な腕を切り裂きそのまま怪物を一刀両断する。
上半身と下半身に別れて尚動こうとする怪物の至近距離に近づきある武装を取り出す。
私の武装の中でも一際大きな武装、先程怪物に放った
≪Thunder Rage≫
轟音。 バルディッシュの残存エネルギーの半分を食らいつくして発射されたそれは雷だ。 電気を自在に操る第3世代兵器により繰り出された雷撃は銀の化物を跡形もなく焼き付くした。
一先ずは安心だろう、銀の化物は消滅し危機は去ったのだ。
.......なのはが戻って来なくて良かった。
心配していたのは私が連れてきていた親友の事だ、高町なのは、私がこの町に引っ越してきて初めて出来た友達。
出会った時の印象は、正直変な女の子だったと思う。
魔法だのなんだのと言ったファンタジーが大好きで自分が勝手に作ったのであろう設定を私に話してきて最初はとても戸惑った。 何でも彼女の中では私は雷を使う漆黒の魔導士だったらしい.......今それに近い力を使える事はただの偶然だろうが。
なにか辛い事があったら私に相談してね!、と真剣な顔で言われた事もあったがまぁ彼女だから仕方無いだろう。 きっと彼女の中では私は心に闇を抱えた魔導士みたいな設定だったに違いない。
流石に中学校では無くなったが男子の前でも平気で着替える癖もなのはを変な子だと思うのに拍車をかけていた様な気がする。 男子の前で着替えようとする度にアリサやすずかに怒られていた。
なのはは私から見て変な子だった、でも、一番私を見てくれていたのもなのはだった。
私はプレシア・テスタロッサの娘だ、今となってはテスタロッサの名を知らない人はいないし私に近づいてくる人は大抵がテスタロッサの名前しか見ていない。
小学校時代でさえテスタロッサの名の影響は大きく先生は何時も私の顔色を見ているし生徒は皆私を避けていた。
でも、なのはは違った。
彼女は私が転校してきて直ぐに話しかけてくれた、話の内容は魔法少女の事ばかり.......しかも意味の解らない物も多かったがキチンと私を見て話してくれていたのだ。
なのはとの繋がり、其処からアリサやすずかとも友達になって、クラスの皆とも友達になれて.......なのはが居なかったらきっと今の私は無かったと思う。
欠点をあげるとすればやはり魔法少女関連だろう.......今でこそ成りを潜めたが昔は不思議な事やそういった有りがちなシチュエーションには決まって首を突っ込んでいたのだ、まるで誰かに急かされる様に。
謎の敵、立ち向かった友達、見ているだけのなのは。
今回は条件が整い過ぎていた。 いくら成りを潜めたとは言えあまりにも整い過ぎた条件に私は何時なのはが引き返してくるのかとひやひやしっぱなしだったのだ。
「取り合えず母さんに報告しないと.......」
回線を開いて母さんに報告しようとした時だった、いきなり母さんの方から通信がかかってきたのだ。
母さんから告げられた事実は私を焦らせるには充分すぎるモノだったのだ。
それは二匹目の化物の目撃情報、そしてなのはが引き返して来ているという職員からの報告だった。
屋内を目指し全力で機体を動かす。 スピード重視の機体であるバルディッシュ、戻るのにそう時間はかからない。
なのはと連絡をとろうともしたがそんな時間すら私には惜しい.......それに、もし連絡をとれる様な状況でなかったとすれば.......。
そんな状況にあるとすればそれは私が予想しうる最悪の事態だ、化物となのはが相対すればどうなるかなんて簡単に解る。
なのはのデバイスは起動すら出来ないのだ、恐らく数秒とかからずに.......そんな考えを頭から振り払う。
そんなことが起こって.......起こしてなるものか!!
「っ.......!?」
漸くなのはと別れた場所が見えてきた時だ、バルディッシュが恐ろしい程のエネルギー反応を捉えた。
振り払った筈の最悪の考えが再び頭を過る。
屋内へと飛び込んだ私は全速力で反応の場所へと移動する。 ほんの僅かな距離、消費は激しくそれでいて得られる結果は一秒にも満たない.......だが、私にはもうエネルギー残量すら気にならなかった。
そして一秒にも満たない刹那の時間、私は見たんだ。
彼女から、真っ白な服に身を包んだなのはから立ち上る光の柱.......真っ白な光の柱を。
「なの.......は.......?」
ガリガリと此方に銀色の丸い何かが転がってくる。 視線を下げそれを確認すればそれは頭だった。 赤く光る三つ目はゆっくりと光を失っていきやがてパラパラと空気に解ける様に消えていった。
..............状況が理解出来ない。
なのはがあの銀色の化物を倒した、あのバカみたいなエネルギーのレーザーはなのはから.......正しくはなのはの持った杖のような物から立ち上っている。 それは解る。
問題はどうやってあのレーザーを射ち出しているのかだ。 動かないデバイスがなにかの拍子に動き出して、なのはの身を守っていたのなら解る。だが、あの出力は有り得ない。
あの出力はまるで.......
やがて白い光はゆっくりと細くなり消えていった。
なのはの纏っていた白い服も消えていき元の私服に戻っている.......別れる前との違いと言えばなのは本人が傷付き気絶してしまっている事と首に提げられたアクセサリーくらいだろう。
それは赤い宝石に金の装飾が付いた豪華な品だ、恐らく赤い宝石は今日渡す筈のデバイスに違いない。
そして.......デバイスを彩る金は.......。
「バルディッシュ.......これって.......」
間違い無い、それはISだ。 正しくそれはデバイスを登載したISの待機状態そのものだったのだ。
バルディッシュを待機状態に戻して見比べてみるが結果は変わらない、より確信が持てただけ。
確かにA&Fは多くのISを所有している.......しかし、今この会社には起動できるISなんてバルディッシュ以外に何処にもないのだ。
そう、
事実に気付いた時、私は立ち尽くしてしまった。
私は壊してしまったのだ、友達の夢を。
私が此処に連れてきてしまったばっかりに。
彼女の両親の店を継ぐという夢を壊してしまったという罪悪感、なのはが死なずにすんだという安心感がごちゃ混ぜになって.......私は瞳から流れる涙を止める事ができなかった。
それはきっと.......なのはの運命を確定させてしまう程に.......。