幼い頃の記憶はほとんどない。
別に記憶喪失だとかそういうのではなく、ただ単に思い出に残るような出来事がなく記憶に置くまでもないほど平々凡々な毎日を過ごしていたからである。
親は物心ついた頃にはいなかった。
捨て子だったらしい。
俺は施設に入れられ可もなく不可もない生活を送った。
捨て子で可哀想とか、自分は不幸だと強く思った事は特になかったと思う。
運命だからしょうがないという幼いながらも妙に達観した思考をその時は持っていた為、友達も施設の人とも仲が良いとは言えなかった。
まあ、今でもあまり変わらないのだが…
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そこで見た景色は一本の桜だった。
それも淡いピンクの桜ではなく紫の桜だった。
その桜は気持ち悪いという感情を与えると同時に深い感動を覚えさせた。
紫色の花びらが舞い散る様は今までに一度も見たことがない位ぐらいに儚げで淡いピンクの桜よりも何倍にも増していた。
「綺麗だ…」
そんな月並みな感想しか抱くことが出来ないほどその桜に圧倒され、飲み込まれていた。
暫くの間見惚れていると、今自分の置かれた現状を思い出す。
「どこだ?ここ」
現状を思い出し、ここで始めて周りを見渡す。
紫の桜を中心に石がゴロゴロと敷き詰められていて周りは森に囲まれている。
まるで周りの木が紫の桜を嫌っているのかのような空間になっている。
よく見るとガラクタのような物も転がっている。
そのガラクタは今では日常的に使っている物から日本史の教科書に載ってそうなものまで至るところに落ちている。
とりあえず近くに落ちているヒビが入った全身鏡で自分の姿を見る。
倉庫で掃除してた時と同じコバルトブルーのジーンズに黒のワイシャツを着ていた。
目も鼻も口も耳も何の変わりもないように見える。
髪もあいからわずの少し茶色がかかった黒だった。
鏡に写った自分の姿がいつも通りな事に少し安堵する。
はっきり言ってまだ凄く動揺している。
それもそうだ、ただ掃除していてお札が貼ってある絵巻を開いたらいきなりよく分からない場所で気絶していたのだ。普通じゃあ考えられない。
どうすればいいのか分からない。
でもいつまでも動揺していてもしょうがないので心を落ち着かせる為に桜の周りを歩いて見る事にした。
もしかしたらここがどこか分かるかもしれない。
こんな珍しい桜があるのだ看板の一つや二つあるかもしれない。
そんな希望にすがり歩き出す。
石が少し高く積み上げられまるでお墓のようなものが点々としている所があり、その間を縫うようにガラクタが散らばっている。ガラクタの中にはいろんな物があった。
昔のローラーで絞ることが出来る洗濯機、ダイアル式のテレビ、氷で冷やす冷蔵庫などなど持って帰れたら中々な金額になりそうな物がそこらに転がっていた。
しかし、今はそんな余裕はなかった。
そこで、初期の携帯電話が目に入る三キロぐらいの重さで充電に何時間もかかり満タンで三時間位しか使えないらしい…テレビで見たから何と無く知っていた。
こんなデカくて重いものを持ち歩いてまで外で電話したくないなぁ…なんてあの時はバカにしていたのだが…携帯…電話…
「そうだ!ケータイ‼︎こんな時こそ文明の利器だよな!」
最近買ったiPhoneの電源をつけようとする。
しかし、ホームボタンを押しても電源ボタンを押してもいつも見る時間や日にちが表示されない。
また、動揺する。
充電はしたはずだ。
朝タイマーを使って連絡がないかを確認した以来使った覚えがない。
剣道の練習も今日は午前だけで、長い間閉じてたわけでもない。
とすると、残った可能性は…
「壊れたか…」
場所がわからず携帯も使えない。
持っている物はバイトの給料日でそこそこ入った財布と『百鬼夜行絵巻 後巻』の巻物だけだ。
絶望すら覚えそうな状況で膝を着きそうになる。
まだ、日は高いが若干だが傾きつつある。
このままあかりも使えずに夜を迎えるのは本当に危ない。そんな焦燥感もありなんとかこの状況を脱しようともう一度辺りを見渡す。
すると、さっきまでは見つけれなかったが周りの森の中に薄っすらと道があるのを確認出来た。
少しだけ希望が生まれる。
道なりに進めばとりあえずは何処かに着くだろう。
そんな希望を抱きつつ歩みをその道に向ける。
道は険しい訳でもないが道と呼ぶには少し不安はあるが一応誰かが通った形跡が若干ある。
周りはさっきの桜場所から離れるに連れて木がすくなくなり今では背の高い草が生えている草原のようになっている。
先ほどの桜ほどではないがここも綺麗な事には違いない。場所が分かっていて尚且つすぐに帰れそうな場所だったら楽しかっただろうに、と落胆する。
暫く歩いていると、前方に大きめな森が見えてきた。ここまで来て森か…とさらに落胆する。
もうここまできたら俺は死んでいて地獄に落ちてなにかの罰を受けているのではないかなと考えていると、
ガサッ
後ろにある背の高い草が今まで聞いていた風で揺れる音と全く違う生物が通ったような音がする。
すかさず振り向いておとの鳴った方を確認する。
何も見えない。
当たり前だ、背の高い草が邪魔で何がいたのかわからない。
脳裏に色々な可能性がよぎる。
熊のような野生の動物がじっと自分の身を狙っているのか、それてもウサギのような小動物が通っただけなのか…場所が分からない以上もしここがサバンナのような場所ならハイエナやライオンなどもありえてくる。
足にはそこそこ自信があるが野生動物相手では多分勝てないだろう。
最悪自分は食い殺されてしまう。
そんな可能性を考えながら音のした方を凝視するすると強めな風が吹き一瞬だが草が揺れ目のような赤い輝きが草と草の間から見えた気がした。
血の気が引いた。
それと同時に考えるより先に体が動いていた。
全速力で森に向かって駆け出していたのだ。
捕まったら殺される。そんな目をしていたように感じたからだ。
後ろから追いかけて来てるのかどうかも分からないまま一心不乱に何も考えずに思いっきり走っていた。
気付いたら森の中にいた。
後ろにいたあの殺気を放った目の持ち主はいなかった。
再び安堵すると同時に森に迷いこんだ事に気付いてまたまた落胆する。
しかし、生きてる。
そんな今まで感じた事ない安心感に暫く酔っていた。
息も、心も落ち着いた所で辺りを見渡す。この森はジメジメしていて薄気味悪かった。
太陽からさす光は木々によって遮られどこからか出てきている霧が薄っすらと漂っていた。
だが、今更そんな事に動揺していて、身が持たないので深く考える前に歩きだす。
さっき走ったばかりだがまだまだ歩けるみたいだ。
少し歩いた所でキノコを見つける流石、ジメジメした場所なだけあって立派なキノコが生えていた。
そこで昼飯を食べてない事を思い出す。
途端に腹がなり空腹による腹痛がする。
それもそうだ今日に限って朝寝坊してしまい遅刻しそうだったので何も食べていない。
さらに剣道の練習をしていたのでお腹ペコペコである。
はっきりいって飢餓状態だ。
育ち盛りの高校生にとっては一食抜くのは我慢出来るが2食はキツイのだ。
今あるキノコは派手な色もしてなくてどことなくキノコ独特の匂いがして美味しそうにみえる。
キノコや山菜は専門家がいないと食べてはいけないとか何かに書いてあった気がするがそんな事はどうでもよかった。
俺はキノコの前にしゃがみ込み手を伸ばした。
「腹は背に変えられない!腹が減っては戦な出来ぬ!」
そのキノコに手を伸ばした瞬間だった。
横から手が伸びてきてあと少しでキノコに届く所で手首を掴まれた。
「そのキノコは毒入りだぜ!まあ、死にたいってのなら別だかな!」
そんな、ボーイッシュな声が背後から聞こえてきた。