地獄少女~彼女に僅かでも幸福を~   作:死徒

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10年以上ぶりの更新となりました。

だいぶ設定とか忘れてますが、何だか唐突に地獄少女を書きたくなり、書いてしまいました……

続くか不明ですが、どうぞよろしくお願いします。


地獄通信

 

朝の教室は、いつも通り冷たい空気に満ちていた。

 

高校2年の女子高生、佐藤遥は鞄を置くとすぐに自分の机に座った。

 

周囲の視線が背中に無数の針のように突き刺さる。

 

誰かが小さく舌打ちをする音が聞こえた気がした。

 

スマホの通知音が鳴るたび、心臓が縮む。

 

クラスメイトのSNSグループでは、今日も彼女への罵倒が延々と流れ続けていた。

 

「裏切り者」「最低」「死ねばいいのに」「消えろよ」「空気読めよ」――

こうなったきっかけは本当に些細なものだった。

 

二ヶ月前、遥が担任の先生に「最近クラスの雰囲気が悪い」とだけ相談しただけ。

それをクラスメイトの陽キャ女子、田中美咲が「遥が告げ口した」と曲解し、クラス全体に広めた。

 

それ以来、遥の存在はクラスの中で「いないもの」として扱われるようになった。

 

消しゴムを落としても誰も拾わず、昼休みは屋上で一人きりで弁当を食べる。体育のペア決めではいつも「遥は欠番」で済まされる。

 

ロッカーには匿名で「死ね」と書かれたメモが貼られ、帰り道では後ろから小石を投げられることもあった。

 

昨日は体育の後、着替え中に美咲が遥の制服を床に落として踏みつけた。

 

「遥の服、埃まみれじゃん。 ウケる! 自分で洗いなよ」

 

周囲の女子たちがクスクスと笑う声が、まだ耳に残っている。

 

初めは毎日のように泣いていた遥だったが、今はもう泣く気力さえ失っていた……

 

ただ、胸の奥底で静かに燃え続けるものだけが残っていた。

 

「みんな……地獄に落ちればいいのに」

 

そう…怨みというただ一つの感情が…

 

放課後、遥は一人で帰宅した。

 

家では母親が夕飯の支度をしていたが、遥が「ただいま」と声を掛けても母親は遥の顔を見て「おかえり」の軽い返事だけで済ませるだけで、彼女が今どんな辛さを抱えているのか母親は全く無関心であった。

 

父親は残業でまだ帰らず、弟はゲームに夢中で遥の存在など眼中になかった。

 

家族の中でも遥はいつも【空気】だった…

 

部屋に入ると、ベッドに倒れ込み、スマホを握りしめた。

 

都市伝説として囁かれる【地獄通信】

 

午前零時を過ぎた瞬間だけアクセスできるという怪しげなサイト。

 

遥は何度もブラウザを閉じては開き、迷い続けた。

 

「本当に……そんなものが存在するの?」

 

でも、もう耐えられない。

 

美咲の嘲笑、クラスの冷たい視線、毎日積み重なる孤独。

 

すべてが、胸を締め付ける。

 

深夜零時を過ぎた瞬間、遥は震える指で遂に決心し、スマホを操作した。

 

画面に表示されたのは、シンプルな名前を入れるだけの入力フォーム。

 

【恨みを晴らしたいですか?】

 

遥は深呼吸をして、入力する。

 

本来ならばクラスメイト全員だが、一人のみしか名前を書けないようなので特に中心人物の美咲の名を怨みを募らせながら入力した。

 

美咲の嘲笑、踏みつけられた弁当、毎日浴びせられる悪口、制服を踏まれた屈辱――すべてを、晴らしてほしい。

 

送信ボタンを押した瞬間、画面が真っ赤に染まり、血のような文字が浮かび上がった。

 

【受け取りました】

 

「呼んだ?」

 

薄暗い部屋に、背後から静かな少女の声が響いた。

 

「!?」

 

遥は恐怖からビクッと身体を震わせると恐る恐る顔を上げ振り返る。

 

するとそこには一人の可憐な美少女がいた。

 

黒いセーラー服に赤いリボン、長い黒髪を静かに揺らす表情の読めない少女――地獄少女…閻魔あい。

 

その背後には、大型の黒い狼の妖怪…黒狼剣が一匹だけ、静かに控えていた。

 

黒狼剣は低く息を潜め、言葉を発さない。

 

ただ、鋭い金の瞳であいをじっと見つめ、護るように佇んでいる。

 

あいはゆっくりと一歩前に出ると、黒狼剣に目配せをする。

 

すると黒狼剣は姿を消し、代わりにあいの右手には黒い毛並みと刃のような尾を模した藁人形が握られていた。

 

それを見るあいの表情は冷たくもどこか優しさを秘めていた。

 

「受け取りなさい…この藁人形の首にかけられた赤い糸を解けば、あなたの怨みは晴らされるわ。

ただし、代償として……あなたも死後は地獄へ行くことになる……人を呪わば穴二つ……それでも良い?」

 

遥は息を飲んだ。

 

美咲を地獄に流したら自身も地獄に行くことになる…

 

葛藤する遥だったが、数分後…

 

「受け取るわ。 こんな苦しい毎日はもう嫌!」

 

彼女は震える手でそれを受け取った。

 

「…分かったわ…」

 

あいは一瞬、僅かに悲しむような雰囲気を見せると即座にそれを消し去り、遥に藁人形となった黒狼剣を手渡す。

 

人形は微かに熱を持ち、触れた指先に唐突に直接声が響いた。

 

低く荒々しい響き…どうやら念話のようだ。

 

『依頼をしたからにはちゃんとやれよ?

 踏みとどまるも引くもお前さんの自由だがな。

 だが、何もしない中途半端なのが一番駄目だ……

 もしも踏みとどまると決心したのなら……その時は俺を呼びな』

 

遥は思わず人形を握りしめた。

 

声はただの幻聴ではなく、生き物の意志のように胸の奥に突き刺さった。

 

黒狼剣の荒々しい守護の気持ちが、ほんの少しだけ伝わってくる気がした。

 

「…後は貴女が決めることよ…」

 

静かにそう言い残すとあいは姿を消した。

 

その夜、遥は藁人形を枕元に置き、眠れずに天井を見つめていた。

 

頭の中では、美咲の嘲笑が繰り返し蘇る。

 

苦しむ遥だったが、漸く眠りにつくと夢の中で、純白の蝶の羽を持つ少女……双子妖怪の片割れである白蝶妃が現れた。

 

優しい微笑みを浮かべ、遥の肩にそっと触れる。

 

「あ、貴女は?」

 

「私の名は白蝶妃。 地獄少女閻魔あいの従者で貴女の持っている藁人形…黒狼剣の妹妖怪よ」

 

白蝶妃の手は優しく温かく、遥の凍えた心を優しく溶かそうとするようだった。

 

遥は夢の中で涙を流した。

 

「藁人形の糸を引いたら…本当に……私も地獄に行くの?」

 

白蝶妃は遥からのその問いに静かに頷いた。

 

「そう。 でも安心して、お嬢様の言った通り地獄に行くのは死んだ後の話。 生前に行く訳じゃないわ。 それに地獄も全部が全部苦しい場所って訳じゃないから……今はとりあえずゆっくり休みなさい」

 

白蝶妃からの安心するような優しい雰囲気の前に、遥は久方感じたことのない温もりに身を委ね、眠りにつく。

 

翌朝、憂鬱ながらも登校した遥だったが、学校はいつも通り地獄だった。

 

朝のホームルーム前、美咲が遥の机に近づいてきた。

 

「ねえ遥、昨日の宿題ちゃんとやったんでしょうね?」

 

「う、うん…やってきたよ…」

 

「そっ。 それじゃあんたのノート、貸してよ」

 

遥が差し出すと、美咲はそれを床に落とし、わざと踏みつけた。

 

周囲のクラスメイトがクスクスと笑う。

 

「床の埃がついたわよ、ちゃんと掃除しなさいよね、汚いし、やっぱりあんたのなんていらないわ」

 

美咲からのいじめに遥は唇を噛みしめ、涙を堪えた。

 

昼休み、屋上で一人弁当を広げると、風に飛ばされたゴミが弁当に落ちた。

 

明らかに誰かが投げたものだった。

 

遥は箸を握りしめ、震える手でゴミを払った。

 

何とか耐え切った放課後、逃げるように入ったトイレの個室でスマホを握りしめる。

 

その後、藁人形の赤い糸を指でなぞる。

 

その時、あいから藁人形を受け取った時の黒狼剣の声が、再び頭の中で脳内再生され、響いた。

 

「中途半端が一番駄目だ……」

 

夜、家に帰った遥は、ベッドに座って人形を両手で持った。

 

美咲の顔、クラスの冷たい視線、自分の苦しみを理解せず関与しない家族、毎日積み重なる孤独。

 

家族の無関心、過去の思い出――すべてが、胸を締め付ける。

 

「もう……耐えられない」

遥は流れた涙を拭うと深く息を吸い、赤い糸に指をかけた。

 

もう迷いはなく、躊躇いなく一気に引き抜く。

 

瞬間、遥の部屋の空気が激しく歪んだ。

 

黒い藁人形が爆発的に膨張し、黒狼剣の巨体が現れる。

 

狼の目が金色に輝き、鋭い牙を剥いた。

 

「……怨み聞き届けたり……結局引いちまったかぁ……まあ、ありゃ引いちまうのも無理はねぇよな? 引いたからにはお前さんとは正式契約だ。 お前さんが死後地獄へ行く代償を払ってんだ、俺達も半端な仕事はしねぇ、お前さんの怨み存分に晴らしてやるから安心しな」

 

黒狼剣の声は低く、荒々しい中にもどこか遥を安心させる響きがあった。

 

狼の咆哮が、夜の街に轟き渡った。

 

 

 

 

糸が引かれた直後、あいはいつものように夕暮れの里の家にいた。

 

古い藁葺き屋根の家屋の前を、静かな川が流れている。

 

彼岸花が赤く揺れ、夕陽が水面を橙色に染めていた。

 

あいはセーラー服を脱ぎ、部屋で白い掛下(かけした)に着替えた。

  

掛下だけの姿で川辺に立ち、ゆっくりと水の中へ入る。

 

冷たい水が足から膝、腰、そして肩までを包み込む。

 

あいは肩までしっかりと浸かり、静かに身を清めた。

 

水が髪の先まで流れ、すべての穢れを洗い流していく。

 

あいは目を閉じ、静かに息を整えた。

 

水音だけが、静かな里に響いていた。

 

清めを終えたあいは、家の中に入る。

 

古い畳の匂い、祖母の気配が残る部屋。

 

あいは用意された裾や袖に鮮やかな赤やピンク、白で描かれた牡丹や蝶の模様が特徴的な黒い着物に慣れた手つきで着替えていく。

 

長い黒髪を整え、最後に赤い帯を締める。

 

鏡に映る自分の姿は、セーラー服の姿とは別人のように冷たく、静かだった。

 

着替えを終えた瞬間、家の外で低く響く音がした。

 

輪入道が妖怪の姿を現し、炎の車輪となって激しく燃え上がる。

 

その車輪の上に、屋形が載せられていた。

 

あいは屋形に乗り、静かに座った。

 

五人の従者がすべて揃い、静かにあいの乗る屋形を囲む。

 

黒狼剣は低く唸り、白蝶妃は優しく微笑み、骨女は傘を軽く回し、一目連は目玉を光らせ、輪入道は炎の車輪を回転させていた。

 

輪入道の炎の車輪が激しく回転し、夜の闇を切り裂くように走り出した。

 

屋形は風を切り、炎の軌跡を残しながらターゲットである美咲の元へと急いだ。

 

これが地獄少女閻魔あいの出陣風景である。

 

 

 

 

 

美咲は自宅の部屋で突然、激しい幻覚に襲われた。

 

周囲が暗い森に変わり、黒い狼が低く唸りながら迫ってくる。

 

さらに、美咲の幻覚の中では、クラスメイト全員が遥と同じように孤立し、嘲笑され、踏みつけられ、無視される光景が次々と繰り返された。

 

美咲自身が「裏切り者」と呼ばれ、弁当を踏まれ、制服を汚され、誰も助けようとしない。

 

「なんで私がこんな目に合うのよ!」

 

「なんでだ? てめぇの胸に手を置いて考えてみるこったな!」

 

迫る狼が嘲笑いながら返答する。

 

 

…まさかこれが……遥が毎日味わっていたもの……?

 

私は彼女をこうして苦しめた結果、それが自分に跳ね返ってきたということ?

 

美咲は恐怖と後悔に顔を歪め、震える声で叫んだ。

 

「違う……私は悪くない……ただ、遥が勝手に……みんなが笑うから……私はただ、楽しかっただけなのに……!」

 

見苦しく言い訳を繰り返す美咲。

 

そこに、炎の車輪を引く屋形が現れる。

 

あいは静かに立ち上がり、屋形から降り、美咲の前に立つと静かに口を開いた。

 

「闇に惑いし哀れな影よ 人を苦しめ貶めて 罪に溺れし業の魂……いっぺん、死んでみる?」

 

美咲は絶望に顔を歪め、舟に乗せられた瞬間、さらに激しく叫んだ。

 

「いや……やめて……私、地獄なんて行きたくない……!

 遥なんかより私が……私が正しいはずなのに……!

 助けて……誰か助けて……!」

 

断末魔の叫びをあげる美咲。

 

しかし、舟は容赦なく動き出す。

 

美咲は舟の縁にしがみつき、顔を真っ青にしながら絶望の叫びを上げ続けた。

 

「嘘……これが本当の地獄……?

 私、死ぬの……?

 もう戻れない……本当に地獄に行くの……?

 いやああああ……!」

 

「…この怨み…地獄へ流します…」

 

舟はゆっくりと川を下り、闇の底へと消えていった。

 

 

 

 

 

美咲の地獄流しが終わった後、遥の胸に黒い刻印が浮かんだ。

  

死後は地獄行き――それでも、遥は初めて心の底から安堵の息を吐いた。

 

「これで……少しは、楽になれる……ありがとう地獄少女…」

 

夕暮れの里の家に戻ったあいは、再びセーラー服に着替えていた。

 

三藁が先に退散した後、残されたのはあいと双子だけだった。

 

あいは古い縁側に腰を下ろし、わずかに目元を緩めた。

 

「……慶次郎、まい。お疲れ様…」

 

プライベートな場の為、生前の名で呼ぶあいに獣形態から人型の獣人形態となった黒狼剣の狼の耳がピクッと動き、声のトーンが柔らかくなる。

 

「あい、無理してねぇか? 今日も少し……辛かっただろ」

 

そんなあいに双子も仕事モードを解除し、普段の口調で返す双子。

 

黒狼剣は徐にあいの頭を優しく撫で、白蝶妃は優しい笑顔で、あいの隣に座り、髪にそっと指を這わせるような仕草をした。

 

「あい、今日は少し笑ってくれたよね? 嬉しいな。私たち、ずっとここにいるから…無理はしないでね」

 

あいは生前ほど表情豊かではないが、原作のように鉄仮面でもない。

 

ほんのわずかに、口角が上がる。

 

「……大丈夫……確かに少しだけ辛かったけど…みんながいてくれるから……だから…大丈夫よ」

黒狼剣は照れくさそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。 あいつら(三藁)がいたらこんな甘ったれたこと言えねぇけどよ……お前が少しでも楽なら、それでいいんだ。あい」

 

ぶっきらぼうな兄に白蝶妃がくすりと笑う。

 

「ふふっ、全く兄さんは素直じゃないんだから。 私たちはずっとここにいるからね。あい。だって私達は家族なんだから」

 

「…うん…ありがとう二人共…」

 

あいは二人に囲まれ、静かに目を閉じた。

 

七つ送りの夜、生き埋めの闇、村人たちの狂気、すべてを思い出すたび、400年経った今でも胸が痛む。

 

それでも今、隣にいるのは、死んでも離れなかった家族同然の双子だった。

 

ほんの少しだけ――本当に僅かだけ――あいの心に、温かな光が差す瞬間だった。

 

あいはこの時間が一番落ち着く好きな時間だ。

 

夕暮れの里に、静かな風が吹く。

 

彼岸花が揺れ、遠くで川の音が響く。

 

地獄少女の日々はこれからもまだ続く。

 

だが本来の世界と異なり、この世界では、彼女は昔から一人ではない。

 

最初からいつもこの二人が居た。

 

いつ解放されるか分からないこの地獄少女という名の呪縛…

 

だが、彼女は2人のお陰で未だに生前…柴田あいとしての人格を保持し続けられている。

 

彼女は辛いながらも僅かに幸福を感じているのだった。

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