色々端折っていきなり後半の話に飛んでいます。
夕暮れの里は、いつも通り静かだった。
今日も地獄流しを終え、着替えず、家の縁側に腰を下ろしたあいは黒い着物の裾をそっと整えた。牡丹と蝶の文様が、ぼんやりとした灯りに浮かぶ。
すぐ隣で、黒狼剣――慶次郎――が擬人化状態の獣人の姿で胡座をかいて座り、金色の瞳を細めていた。
反対側では、白蝶妃――まい――が純白の羽を優しく広げ、少女の姿であいの長い黒髪を梳いている。
「あい、お疲れ…辛くなかったか?」
慶次郎の低い声に、あいは小さく頷いた。
唇の端が、ほんのわずかだけ上がる。
「……うん…確かに少しだけ辛かったけど…今日もみんながいてくれたから……だから…大丈夫よ」
まいがくすりと笑った。
「ふふっ、兄さんさっきからあいの頭を撫でたがってるでしょ?我慢しなくても良いのに」
「うるせえよ、まい。 俺はただ……あいが少しでも笑ってくれりゃ、それでいいんだよ…だから別に撫でなくても構わねえ」
「ちょくちょく撫でてる癖に今更何を言ってるんだか…」
「だからうるせえっての」
「はいはい、全く素直じゃないんだから」
双子のやり取りを微笑ましく見るあい。
そのとき、炎の車輪の音が里の奥から近づいてきた。
輪入道だった。骨女と一目連もその後ろに控えている。
「お嬢、それに黒狼剣に白蝶妃も良いか? 一つ、報告がある」
妖怪化を解き、壮年の人の姿へと変わった輪入道の重い声に、その後に放たれた言葉を受け、あいの瞳がわずかに見開かれた。
胡座をかいて座っていた慶次郎が驚きと共に体を起こし、まいもあいの髪から手を離し、珍しく呆然としていた。
「おいおい…まじかよ!?」
輪入道はゆっくりと頷いた。
「ああ…お前さん達の家族、仙太郎の血が現代まで確かに続いていた。子孫が二人、生きている。父と娘だ。柴田一、フリーランスの事件記者。娘の柴田つぐみ、小学生。 母はすでに亡くし、父娘二人で暮らしている」
あいの息が、ほんの少しだけ止まった。
仙太郎。 あの時崖から村人たちに突き落とされ、川に転落し、流され生死不明だった双子の実の兄であり、自身のいとこであり、そして……密かに恋心を抱いていた少年。
双子の弟妹である慶次郎とまいにとって幼い頃から一緒に村から迫害されるあいを守り、父の反対を押し切り更には彼をも味方につけ、崖から落とされる最後まであいを守ろうとして戦った。
「……救われたわ」
あいは静かに、しかしはっきりと言った。
「仙太郎が……生きていて、今まで血を繋いでいたなんて……私…幸せよ」
その言葉を聞いた瞬間、慶次郎の大きな体がびくりと震えた。
金色の瞳が、珍しく揺らぐ。
しかし、確かに直ぐに安堵の息が漏れた。
「……兄貴が……生きてたのか。 崖から落ちて、川に引きずり込まれて……死んだと思ってた。あの時、俺とまい…白蝶妃だけが助かって、兄貴だけが行方知れずになって……お嬢、すまねえ…膝貸してくれるか?」
「…ええ、構わないわ…」
慶次郎の声はいつもより低く、かすかに掠れていた。目を潤ませる彼はそれを見せまいと下を向きながらゆっくりとあいに近寄り、そのまま彼女の膝に頭を押しつけた。
まいも目を大きく見開き、涙を浮かべ、白い羽を軽く震わせた。
少女の姿の頰が、ほんのり赤らむ。
「仙太郎兄さん……本当に生きていたの? 私達双子だけが妖怪として生き残ったのに仙太郎兄さんだけ生死不明になって…ずっと心のどこかで、申し訳ないって思ってたの。あの崖で、兄さんが私たちをかばって戦って…それで落とされて……」
まいの手が、あいの袖をそっと握りしめた。
そんなまいの涙をあいは優しく握られた方と逆の着物の袖で拭う。
「それから仙太郎兄さんが生き残って血を残してくれていたなんて……お嬢様が救われるだけじゃなくて、私達も……少し、肩の荷が下りたわ。仙太郎兄さん、生きていてくれてありがとう……」
それから少し経ち、顔を上げた双子は互いに視線を交わし、静かに頷き合い、あいの方を向く。
慶次郎は照れくさそうに鼻を鳴らし、まいがくすくすと笑う。
二人の安堵は、あいの「僅かな幸福」をさらに優しく包み込んだ。
あいは二人の反応を見て、胸の奥が幸せで温かくなるのを感じた。
その夜、里の雰囲気はいつもより少しだけ温かかった。
翌日から、あい達は現代の街へと目を向けた。
里の鏡のような水面に、柴田親子の姿を映して遠目から観察する。
ただ介入はせず、遠くから見守るだけだった。
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柴田一は、都心から少し離れた古いアパートに娘と二人で暮らしていた。
フリーランスの事件記者として、事件や都市伝説を追いかける日々。
つぐみはまだ小学校低学年の少女で、父のことを「はじめちゃん」と呼び、「はじめちゃんの保護者」を自称するしっかり者だったが、本当は寂しがり屋。
家事の苦手な父の為、それをほとんど一人でこなしながら、父の危ない取材をいつも心配していた。
一は夜、書斎で「地獄通信」の噂を調べ始めていた。最近の事件――いじめの被害者が救われ、加害者が突然消えた話――に興味を持ち、ノートパソコンを叩く。
「つぐみ、ちょっと見てくれ。これ……本物かもしれないぞ」
つぐみがエプロン姿で現れ、生意気そうに言った。
「はじめちゃん、またそんな危ない話? 夕飯できたよ。ちゃんと食べなきゃダメ」
「ちゃんと食べるさ。 でもちょっと待ってくれって」
「全くもう……」
つぐみは当初、父が地獄少女の存在を追いかけるのを強く止めようとしていた。復讐などに関わるのは危ないし、父が傷つくのが嫌だったからだ。
しかし、彼女自身があいと精神的にリンクし始めていた。あいの見ている光景が、時折つぐみの目にフラッシュバックのように映るようになっていたのである。
ある夜、つぐみは夢の中であいの姿をはっきり見た。黒い着物姿の少女が静かに立ち、背後に黒狼と白い蝶、更に複数の目、骸骨、炎の車輪の妖怪達を伴ってこちらに向かって歩いてくる。
夢から覚めたつぐみは汗だくで父の部屋に駆け込みながらも、複雑な表情を浮かべた。
「はじめちゃん……私、見たの。黒い着物を着た女の子と……大きな黒い狼と、白い蝶…それに目玉と骸骨と炎の車輪も……危ないよ。やめようよ……」
「つぐみ……」
一は興奮を隠せなかったが、つぐみの言葉に少し迷う。
しかし本能と二人に流れる血が否が応でも、あい達との距離を運命的に近づけていく……
結果、親子の調査は徐々に加速した。
一は取材を口実に動き、つぐみは家で情報を整理しながら父を止めようとするそぶりを見せつつ、自身の「視」によってあい側の情景を共有してしまう。
次第に二人は地獄少女の痕跡に近づき、古い村の伝承――仙太郎の名と彼が生前に書き記した書物――にたどり着く。
一は書物に書かれていた内容をまとめ、ノートに書き記す。
「……仙太郎は俺たちの先祖だ。 仙太郎。あんたが守ろうとした少女が、今もこの世に……そしてその正体は地獄少女閻魔あい…」
つぐみは父の横で、静かに呟いた。
「仙太郎さん……はじめちゃん…わたし達どうすれば良いの?……」
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あい達は、ますますこちらに近づいてくる親子の気配を感じ続けていた。
夕暮れの里の家の縁側で、まいがあいの手を握る。慶次郎も静かに寄り添う。
「あい……彼らがここまで近づいてきたわ。どうするの?」
まいからの問いにあいはしばらく水面を見つめ、静かに息を吐いた。
当初は遠目から見守るだけにするつもりだった。仙太郎の血筋が生きているだけで十分に救われると思ったからだ。
しかし地獄流しを行う自分達の痕跡をつぐみの「視」を通じて、親子が必死に探し、つぐみが父を止めようとしながらも仙太郎の血筋による運命という名の影響ゆえか、繋がりを断てずにいる姿が、あいの心に届いていた。
あいは静かに、しかしはっきりと言った。
「……ここまで近付かれたらもう、こちらから会ってあげないと可哀想ね……私達を深追いし過ぎて他人から不要な怨みを買って……2人が地獄に流されでもしたら目も当てられないし……釘を刺す意味でも直接会わないといけないわ……」
慶次郎が指の骨を軽く鳴らした。
「ようやくか。あの親子、兄貴の血筋だけあってしつこいな。 運命ってヤツなのかもしれねえがな。 まっ、釘を刺すってのはいい考えだ」
まいが優しく笑った。
「よかったわ、あい。 仙太郎兄さんの子孫に、会えるのね」
輪入道、骨女、一目連が姿を現すと、あいはゆっくりと立ち上がった。
夜風が、優しく吹き抜けた。
あいの唇が、かすかに動いた。
「……仙太郎……あなたの血は、確かにここにいるわ……ようやく会えるわね……少しだけ、待っていて…」
「っ!?」
つぐみの視が、再びあいの姿を捉えた瞬間、彼女は小さく息を飲んだ。
景色が…彼岸花の咲き誇る夕暮れの景色の広がるものへと一変していたからである。
そして、柴田親子の前には擬人化した従者5人を後方に従えた黒いセーラー服の少女、閻魔あいが静かに立っていた。
一は娘の肩を抱き、静かに呟いた。
「これは……俺たちの物語の始まりかもしれないな」
「はじめちゃん…」
そんな父につぐみは不安げに返す。
夕暮れの里は、今日も静かだった。
だが、その静けさの中に、わずかな希望と、優しい決意の光が灯っていた。
「……初めまして……と言った方が良いかしら?……」
運命の邂逅が今始まる。
というわけでいきなり柴田親子登場と夕暮れの里へのお招き会でした。
まあ、あいが原作と違って仙太郎を怨んでないのでその子孫の柴田親子を怨む理由がないわけですから。
色々飛ばした理由はわたしの技量では毎回似たような流れで変わり映えしない→ならさっさと進めようとなったからです。
色々進んでませんが気長によろしくお願いします。