原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 もう一度サンドが腕を回転させると、タケシが急いで「突進!」と叫んだ。それでもサンドが砂嵐を完成させる方が早い。またもやフィールドを覆いつくされてしまったタケシは眉を顰めた。

 グリーンはこのジム戦のために、サンドを徹底的に鍛えたのだろう。ちっとも焦りを見せない彼の自信は相当なものだ。

 

「サイホーン! サンドの気配がする場所へ乱れ突きだ!」

 

 タケシは先ほどのイシツブテとは違い、今度は攻めの姿勢を見せた。指示のとおり、砂嵐の中であちこち動き回るサイホーンの影が黒くちらついて見える。さっきのイシツブテと違って体格が大きいせいか、砂嵐の中でもなんとか姿が確認できる程度だが。

 形勢は依然、グリーンが勝っている状況だ。次の手を出しあぐねているタケシに向かって、グリーンが挑発するかのように口を開く。

 

「数で攻めても無駄ですよ。そんな攻撃、当たりっこありません」

「やってみなくちゃわからないのがポケモンバトルさ」

「確かに。それでも、俺の勝利は揺るがない!」

 

 すでに勝った気でいるのだろうか、グリーンは余裕の表情でフィールドを見つめていた。

 馬鹿だなあ、相手はポケモン協会に実力を認められたジムリーダーなんだぞ。そんな相手に天狗な態度をとっていると、足元を掬われるに決まっている。

 トレーナーはバトル中にポケモンが窮地に陥った際、いかに早く反撃の糸口を見つけ出すことができるかが重要だ。タケシはじっとサイホーンを見つめながら、何か手を考えているに違いない。

 じっと俯いて黙り込むタケシが、ようやく動きだした。

 

「……えっ! あの人座っちゃいましたけど!?」

「いや、あれでいいんだよ」

 

 どういうことだ? とこちらを見上げるブルーに、私は苦笑で返す。

 タケシはその場に胡坐をかいて座っていた。きっと彼も私と同じ疑問を持っていたのだろう。

 数秒ほど考えていたようだが、何か閃いた様子を見せると突然立ち上がり「サイホーン、地震!」と叫んだ。

 また外野の私たちにまで危険が及ぶのか!? 咄嗟にジャンボを抱えて、反対の手で隣のブルーの手を掴み近くの手摺へと引っ張る。

 すぐさまゴゴゴゴッ!! と大きな地鳴りと振動がジムを襲った。轟音の中、わけもわからず手摺を掴まされたブルーは、混乱した様子で悲鳴を上げていた。

 

「キャー、キャー、キャー!!」

 

 非常にけたたましい。四方八方から聞こえる騒音で私の耳が瀕死状態である。主に隣の少女とか、腕の中の相棒とか。

 

「ピギャーッ、ピガァアア!!!」

 

 明らかに悲鳴ではない叫び声に余計頭が痛くなってくる。

 わかったわかった。お前がこれくらい平気なのはちゃんとわかってるから。頼むからおとなしくしててくれ。

 ブルーはともかく、抗議を訴える相棒は黙らせるために腕の力を強める。

 ようやく静かになったとジャンボの方を向けば、ちらっと見えた額にはうっすら血管が浮かんでいた。

 仕方ないじゃん! 私はお前を卵から育てた親なんだぞ? いくら強くなったからといって、つい手が出てジャンボを守っちゃうのはもう癖としか言いようがない。

 いつも後から「僕がシンクを守る立場でしょ!」とお説教をいただくのはわかりきっている。甘んじて受けよう、だから今この状況で暴れないでくれ。こっちはお前を抱えて手摺にしがみ付くので精一杯なんだよ!!

 数十秒続いていた揺れが収まってきたと感じたところで、またもやタケシの指示が飛ぶ。

 

「続けて地割れだ!!」

 

 なん、だと……!?

 先ほどまでの揺れとは違い、大きな破壊音と共に浮遊感を味わう。巨大な縦揺れは一瞬だったが、桁違いの威力に、バランスが取れずふらついた。

 あー……びっくりした。さすがに一撃必殺の技は巻き込まれると命の危険を感じる。遠く離れた場所でこの程度なら、至近距離でこれを食らえば一溜まりもあるまい。

 バトルフィールドの方に顔を向けると、砂嵐は消えていて中央に大きな裂け目が出来ていた。遠目からでは確認できないが、砂嵐が消えているところから察するにサンドは戦闘不能になっているのだろう。

 ちらりと審判の方を見ると、地面に片膝をついて揺れる頭を支えていた。

 おいおい岩ポケモン使いさんよぉ、豪快なのはいいが少しは周囲の安全を確認してからにしてくれや。ただでさえ砂嵐からの自爆で全身ボロボロになってるってのに、これ以上被害を増やすな! 

 私は知ってるぞ。特例を除いてジムの修繕費は毎月一定額しかでないから、残りはジムリーダーのポケットマネーなんだってことを。財布まで自爆してんじゃねえよ馬鹿野郎!!

 

「グォオオオ!!」

 

 内心で罵倒を吐き続けていたら、いつのまにかサイホーンがサンドを背負って裂け目から出てきていた。瀕死のサンド回収に「ご苦労様」とタケシはサイホーンを労う。

 そして審判にタイムを告げ、タケシはグリーンの元へと動かないサンドを運んだ。トレーナーはバトル中、定位置から動いてはいけないという決まりがある。わざわざタイムを取ったのはそのためだ。先ほどの地割れに巻き込まれたグリーンは、体格がまだ幼いせいか定位置で踏ん張るのが精一杯だったようで倒れ伏せていた。

 タケシに促され目を覚ましたグリーンは、ふらつきつつも手を借りてなんとか立ち上がる。

 

「大丈夫か?」

「平気、です……続行をお願いします」

「無理はするなよ」

 

 よく見ると、グリーンの膝はまだ笑っていた。遠目からでも気丈に振舞っているのがわかる。これが他の新米トレーナーだったら、戦意喪失して降参を選んでいるところだろう。グリーンの信念の強さを見たタケシは、満足げに自分の定位置へと戻っていった。

 グリーンはサンドをボールにしまっているし、審判も万全とまでいかない様子。まだ落ち着くまで暫くバトルの再開はなさそうだ。視線を手元に戻し、先ほどから私の腕に噛みついている相棒の頭を撫でる。

 

「ごめんごめん、悪かったって」

「ピガッ!」

「非常事態だ。許せ」

 

 フンッと目線を逸らす相棒は相当ご機嫌斜めの様子。あーこりゃ長引くな。

 ジャンボを降ろすと、彼は意気消沈しているブルーの元へ慰めに行った。床にへたり込んで呆然としている彼女の頭を心配そうに背伸びして撫でている。

 

「ピカー、ピカチュ?」

「な……何が起きたんですか、一体……」

「あのジムリーダーは、サンドが地面に潜りながら攻撃しているのを見破ったんだよ」

「それで、あの地震ですか!?」

「地震は地中にいるポケモンには特に有効な技だからね」

 

 そして、なぜ地割れで一気に決めようとしたのか。それは、サイホーンを見れば一目瞭然だった。巨大な体躯を震わせるほど激しい呼吸をしているサイホーンは見ているだけで辛そうで。

 

「……もしかして、状態異常ですか?」

「正解。サンドは毒針を使っていたんだ」

 

 砂嵐の中、穴を掘って四方八方から毒針を放っていたのだろう。

 それがイシツブテの時に見破られなかったのは、最後に使った自爆のせいだ。本来なら砂嵐が終わると同時に穴ぼこになったフィールドが現れた途端、この作戦は見破られたも同然だった。だが、イシツブテが自爆をしたおかげで、フィールドはイシツブテを中心に吹き飛んだ。地面は大きく抉られ、穴の形跡など最初から無かったかのようなクレーターの出来上がり。

 イシツブテの自爆後、サンドが都合よく地中から顔を出した時の違和感から逆に考えれば簡単にたどり着く結果だ。常に地中にいれば攻撃も当たらない。耐久戦で有利になるには状態以上が効果的だ。それをタケシは地面に腰を下ろして集中することで、地下の振動に気づいたという訳。

 岩タイプはとても硬い。その防御力を突破する攻撃力は未熟な手持ちたちからは出せない。それならどうするか。

 

「砂嵐でサンドの特性を生かしながら、慎重に地中を使って毒針で攻撃していたんだ」

 

 相手との圧倒的なレベル差を覆すには、いかに攻撃を受けず相手の体力を削るかが鍵だ。

 グリーンの作戦は非常に上手くいったと言えよう。途中で見破られはしたが、相手のサイホーンは毒状態で体力は残り僅か。

 自分が勝利する訳でもないのに、ブルーは飛び上がって喜んだ。

 

「これなら勝てますよね!?」

「さあ、どうだろう」

 

 ジムリーダーがそう簡単に勝たせてくれるとは思わない。それに、気丈を貫いてはいるがグリーンの精神はギリギリだ。

 ポケモンもトレーナーも、耐久勝負と言ったところか。サイホーンが戦闘不能になるのが早いか、グリーンが膝をつく方が早いか、はてさて。


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