私には前世の記憶というものがある。特に何の問題もなく日本で暮らしてきた、平凡な人生が21年間分。
そんな余計な荷物を背負って生まれてきた今世は、生前子供の頃に遊んだことがあるポケモンというゲームの世界と似て非なるものだった。
どちらかというと、前世の生活に緑豊かな自然と科学技術が増え、そこにポケモンが追加されただけのような。
全く違うもののように聞こえるが、そうではない。言いたい事は、基盤は前世と一緒ということ。
当たり前のように両親に愛され育てられ、一定の年齢になれば勉学の義務が発生する。そしてこの世界での成人年齢に達すれば、税金の義務が課せられる。ね、大体同じでしょ?
そんな世界に生まれてかれこれ10年。さすがに生まれたての頃は地球との違いに戸惑いはしたものの、郷に入っては郷に従え。
理解ある相棒もいて、仲間もできた。将来に向けて就職先だって確保済み。資格もある程度取ったし、アルバイトとして父親の研究の手伝いもしている。
この世界での義務教育は、資格さえ取れていれば通信課程でも修められる。それを利用して、こうやってフィールドワークに勤しんでいる訳なのだが。
「黒歴史がこうも己を苦しめる存在だったとは……二度目なんだから学習しろよ自分!!」
うぉおおおおと叫びながら顔を手で覆い隠し天を仰ぐ。
行き場のない怒りを咆哮に乗せて発散したつもりだが、相棒から白い目で見られた。ジーザス!!
「どうしようジャンボ!? 今年10才でリング名がレッドで手持ちが
これが死亡フラグってやつ? 今すぐカントー地方から逃げるべきだよね?
肩を落として錯乱する私に彼は救いの手を差しのべた。藁にも縋る思いで相棒の小さな手に己の手を重ねる。すると、彼はとびきりの笑顔で雷撃をお見舞いしてくれました。
オーケイ相棒、いい具合に肩の力が抜けたぜ。ついでに肩こりもな。
落ち着いて状況を整理してみよう。
身近にあった手頃な枝を筆がわりに、地面に箇条書きでまとめてみる。
・今年で10才(ポケモントレーナー受験資格解禁年齢)になる。
・妹が勝手に資格申請済み。リング名がレッド。
・手持ちメンバーがピカチュウ・リザードン・フシギバナ・カメックス・カビゴン・ラプラス。
・出身地がマサラタウン。
・オーキド研究所に行ってカードの受領をしなければいけない。最初のイベント発生?
「あ、これ完璧詰んだわ」
「ピ?」
「ジャンボ、お前将来は黄色い悪魔って呼ばれるんだぜ」
「ピギャアア!?」
そんなの嫌ぁああ!! と膝を叩く相棒の頭を撫でて落ち着かせる。
さて、これからどうするか。とりあえず目先のことから考えていこう。
まずは、一度マサラに戻らなければならないということ。
今受けている依頼については、父親が勤めている大学からのものなので、報告書をデータで送れば問題ない。道中のポケモンセンターで済ませてしまおう。そして、さっさとオーキド研究所に行ってカードを受け取る。
それからどうするかって? 誰がご丁寧にジムを周る旅なんかするかよ、面倒くせえ。
「ちゃちゃっとカードだけ受け取って、トンズラすればいいんだよな」
「チャー!」
「よっしゃ、目指せ原作ブレイク! もしくは主人公フラグが私の気のせいであることを願う!」
マサラに帰るのなら、ついでに実家にも寄っておこう。
ジャンボに母親宛に一報入れておいてくれと頼んでポケギアを渡す。相棒は「ピカ」と了承してリュックの上に腰かけ、慣れた操作でメールを打ち始めた。
そして私はベースキャンプの撤収作業に入る。テントを畳みながら、マサラに戻ったら妹に一言物申さなければなるまいと心に誓う。忙しい私に代わってトレーナーカードを作ってあげようという心は良い、だが事前に何も報告がないまま申請してしまうのはどうかと思う。大人になってから大事な
それにしても、手持ちが被るのはどうしようもあるまい。意図してこうなった訳でもなし、運命としか言いようがない。それを言ってしまえば、レッドという名こそ運命なんじゃないのかと言われてお仕舞いだが。
一人で悶々と考えているうちに作業は終わり、相棒のところに戻る。
先程と全く変わらない体勢に、どれだけ長い文章を書いているのかと問えば指を3本立てた答えが返ってきた。
「ああ、もう3通目ってこと?」
「ピカ」
返事をすると、またもや文章を打つのに夢中になるジャンボ。小さな両手で器用にポケギアを操作するその姿を見て、私は昔を思い出した。
まだ相棒がピチューだった頃の話だ。私は前世の記憶のおかげで勉学には困らなかった。だが妹は年相応の知能を持っていて、一生懸命私に追いつこうと必死に絵本を読んでは文字を覚えていた。それに興味を持った当時のジャンボが妹と一緒に文字を覚えていたのを、私は母親に指摘されるまで全く気づいていなかった。バイトを始めるにあたってポケギアを買う際、母親が「ジャンボにもメールを打たせてあげてよ。筆不精のあんたよりまめに返事返してくれそうだし」と言われて疑問符しか浮かばなかった私が後に驚愕したのは良い思い出だ。
よくよく思い出せば、アニメでも標識などポケモン達は普通に読めていたし、そりゃ文字読めるならメールだって打とうと思えば打てるわなと納得できた。
ポケモンをただの獣と一緒にしてはいけない。むしろ人間に近い生き物だと、その時私は改めて学んだ。
たくさんのポケモン研究者がいるのも頷けるほど、彼らは知れば知るほど深い生き物なのだとわかる。
そんな彼らと共存しているこの世界が、いつの間にか私は気に入っていた。傍らに存在する大事な相棒がいない前世など、今となっては考えられないくらいに。
私はこの世界を生きていく。だからこそ、レッドなんて死亡フラグは回避しなくてはならない。
「さーて、マサラに戻るとしますか!」
「ピッカチュー!」
高らかに声を上げ、意気揚々と故郷に向けて足を踏み出す。
その意気込みがぶち壊されるのは、そう遠くない先のこと。
これはやはり、レッドという名が持つ呪いなのでしょうか。
【レッド】
本名:日下部 真紅(くさかべ しんく)
年齢:10歳
身長:155cm
性別:女(前世は男)
【手持ちポケモン】
ジャンボ♂(ピカチュウ)
アルディナ♀(リザードン)
バーナード♂(フシギバナ)
カロッサ♀(カメックス)
メルシュ♀(ラプラス)
職人♂(カビゴン)