「おー、明るい……目が眩しいなー」
「チャー……」
洞窟から出た瞬間、降り注ぐ陽光に視覚の明暗が調整できず、思わずその場で蹈鞴を踏んだ。すぐに慣れると、目の前に建つ一軒の茶屋にまで足を運ぶ。
朝からお月見山に登り始めた私たちは、ようやく中間地点と言われる山腹の茶屋にまで到達することができた。現在時刻は午後三時過ぎ。おやつの時間には丁度いい頃合だ。
店の横にスクーターを止めて、「すいませーん!」と一声かけて店内を覘けば「はーい!」といった元気な返事が返ってきた。相棒はすでに店先に置いてあった長椅子の上で転がっている為、私もその横に腰を下ろす。すぐに軽快な音をたてながら、若い娘さんがペンと伝票を手にこちらへやってきた。
「お待たせしました! いらっしゃいませ、何にいたしましょう?」
「甘いものってありますか?」
「今日は三色団子と柏餅がありますよ」
「じゃあ三つずつ下さい。あとお茶を二つ」
「かしこまりました。熱いお茶でよかったですか?」
「ピッカ!」
「はい、では少々お待ちくださいね」
笑顔で娘さんは店の中へと戻っていった。柏餅、と聞いて思い出す。そういえば今日はこどもの日だ。何気なく頼んだが、端午の節句に柏餅が食べられるとは運がいい。そのことを相棒に伝えようと横を見れば、開放感溢れる大の字で仰向けになっていた。おいこら、さっきより酷くなってるぞ。
仕方なく、疲れきって全く動かないジャンボを膝の上に持ってくる。お前なあ、いくら疲れてても外なんだからもう少しきちんとしてくれよ。
「ジャンボ、お行儀悪いよ」
「ピー……」
体重をこちらに預けて首を上に向ける相棒の顔は、瞼が半分ほど閉じきっていた。なぜこれほどにまで彼は疲労困憊なのか。それは、山を登る上でジャンボの役割が非常に重要だからだ。
ハナダシティにも繋がっているこのお月見山は、他の山と比べれば資源が豊富なのも相まって人の出入りが頻繁にある。昨今では洞窟内の整備が進み、とても登りやすい構造となっているが歩きやすいというだけだ。当然野生のポケモンは現れるし、全ての道が安全という訳ではない。いくら人の手が入ろうとも、何が起きるかわからない危険が登山には付きものだ。
オートスクーターは速度も出ないし、段差のある場所だと浮遊の操作を慎重にならざるを得ない。そこでジャンボの出番だ。常に先行して周囲を探り、段差があれば事前に教えてもらうなど、常時気を張って動きっぱなしの重労働になる訳だ。
お疲れ様と労わりながら、だれている相棒の柔らかい肩を揉んでみる。うん、全然こってないんですけど。むしろ筋肉どこにあるの? それでも相棒の顔を覗き込めば至福の表情をしていた。お前まだ若いんだからさ、おっさんみたいになるなよ。一応、柏餅はお前の成長を願って食べるんだからな?
「はーい、お待たせしましたー!」
先程と同じ店員の娘さんが、注文した量より多い団子をお盆に乗せて持ってきた。指摘すれば、今日はお客さんが少ないからオマケしてくれたようで。ありがとうございます!
「お茶とお団子どっちから欲しい?」
「チャ!」
「ほい、お茶」
湯のみを手渡せば、きちんと両手で持って啜るピカチュウに店員の娘さんは驚いた様子を見せた。
「その子、すごく人間慣れしてるんですね」
「よく言われます。でも、卵から育てればきっとこうなりますよ」
「へぇー……私も可愛いポケモンを卵から育ててみたいなあ」
「ただし、生まれたてはどのポケモンでも一番手がかかりますから根気が必要です」
「やっぱり育てるってのは大変なことですよね……」
普通にポケモンらしく育てるならば、その手の関連書もたくさんあるし専門家だっている。一番手っ取り早いのは、ポケモンセンターに行ってジョーイさんに聞いたりとかね。
でも、ポケモンを人間らしく育てるのは全く別問題。それぞれの種別に育児法なんかある訳がない。うちの場合は偶然だ。なぜか私が勘違いしてジャンボを人間らしく育ててしまった上に、ジャンボも人間らしく育つのに一切抵抗も不満もなかったのだから。今では箸だって使えます。地味に凄いでしょ?
「欲しいポケモンでもいましたか?」
「えと……実は、私ここに勤めているのもピッピが出るって噂を聞いたからでして」
なるほど。カントー地方で可愛いポケモンといえば、ピッピとプリンが大多数の女子の人気を占めるツートップだ。プリンの分布は判明しているので持っている子は多いが、ピッピは生息地こそわかっていても滅多に人前に姿を現すことはない。故に希少なポケモンとされている。
「満月の夜に、山頂で踊るピッピの姿を見たという人は何人かいました。でも、それだけです。実際にピッピを捕まえた人は聞いたことがありません。私が知らないだけかもしれないんですけどね。私自身は弱いポケモントレーナーなので、ここで修行がてら住み込みで働かせてもらっているという訳です」
成果は、聞かずもがな。娘さんのレベルでは山頂にまで行き着けないのだとか。
他にもたくさんの話を聞いた。山頂に向かえば向かうほど開拓されておらず化石の宝庫になっているだとか。最近はなにやら怪しい人たちが山の中をうろついているとか。山頂にたどり着けないのは迷路のように横穴が広がっているからとか。
「あ、私ったらすみません。お客さんにこんなベラベラと話し込んじゃって」
「いいえ。すごく有益な情報ばかりで有難かったです」
「そう言ってもらえるとこちらも助かります」
そそくさと店内へ戻っていく娘さんに手を振って、さてお団子でも食べようかとお盆に手を伸ばせば、そこには空になった皿があるのみ。
「ジャンボ、お前……」
「チャプッ」
犯人をにらみつければ、見せ付けるかのようにゲップをして寛ぐ姿を見せつける始末。
許さん。許さんぞぉ……!
この小説では、月曜夜というゲームのイベント発生時刻とは違った進行になっています。