おかしい。私の目はいつから狂ってしまったのだろうか。
最初は一匹だった。調理中、やけに賑やかだなと相棒達を見れば、うちの子たちに群がるピッピが所々に見えて「ん?」と首を傾げたが、その時は特に気にしなかった。晩御飯を作り終えた時点で数えてみれば、両手じゃ数え切れないくらいに。そして現在。数えるのも馬鹿馬鹿しいほどピンク一色です。
どう見ても増えてるよ。なんだってこんなに増殖したし。結局晩御飯は追加で多めに用意して、予備の紙皿をほとんど使い切ることとなった。
今は食後のお茶を啜ってはいるものの、頭上に座するピィのおかげで常に頭があっちにフラフラこっちにフラフラ。まともに飲めやしねえ。降ろそうにも私を囲むようにピッピとピィがじゃれ付いてきているので、どこにも置き場がない。なんてこったい。
仕方がない、強行突破だ。私は注目を集めるように大きく手を打った。
「はーい、撤収ー。片付けるから皆ちょっと離れてねー。ジャンボ、手伝いはいいから誘導よろしく」
「チャー……」
頭の上からピィを降ろしてジャンボに手渡す。頑張れ人気者!
うちのメンバーからも哀れみの視線をもらったジャンボは、トボトボと大勢のピンク色を引き連れて奥へと向かっていった。手にはピッピが持ってきた木の枝を持って、それを旗代わりに振ればとある海鮮一家の行進のような図ができあがり。頼れる兄貴分は辛いね。
私は今のうちに片付けをしなければ。いつもは相棒が率先してやってくれることを、今回はリザードンが手伝ってくれた。さすが二番目に付き合いが長いだけあるね。
ヒトカゲの頃から人懐っこい彼女は、私とジャンボの生活をよく見ていた。まだ小さかった頃は何でもジャンボの真似をしたがった記憶がある。大きく育った今では中々機会がないが、たまに私が手伝いを頼めば喜んで引き受けてくれるとても良い子だ。
それほど時間をかけず終わったことに「ありがとう」とお礼を告げて、皆をモンスターボールの中に戻した。さて、ジャンボたちはどこまで行ったのかな?
スクーターに跨って相棒とピッピたちが向かった方へ進めば、甲高い悲鳴が複数聞こえてきた。人間のものじゃない、きっとピッピたちだ。
私はバーナードを出してスクーターを任せると、声のした方へ駆け出す。思ったより距離は離れていなかったようで、すぐに現場に着くことができた。黒ずくめの男が二人、嫌がるピッピを抱えてモンスターボールに入れようとしているところに出くわした私は「何してるんだ!」と叫ぶ。
男たちの手が止まり、視線がこちらを向いた。ギリギリセーフってところかな。ジャンボや他のピッピたちの姿が見えないってことは、皆を逃がしているに違いない。
「邪魔すんなよな。このピッピは俺たちが先に見つけたんだ」
「あ、そういえばお前。確かさっき何か掘ってた奴だろ」
「へー、掘り出し物でもあったのかよ。だったら荷物を寄こしな。そうしたら何も危害は加えないぜ」
うわー……こいつら典型的な悪役だ。見てて痛い。って、冷静に分析している暇じゃなかった。
「断る。お前たちこそ、そのピッピを放してさっさと立ち去れ」
「なんだと!?」
「俺たちが誰だかわかって言ってんのか餓鬼!!」
「忠告はしたぞ。それでも従わないのなら、こちらにも手がある」
男たちの背後を見て、私は一度頷く。
「舐めやがってこの野郎……!」
「どうやら痛い目を見ないとわからないようだな!!」
男の一人がこちらに向かってきた。手にはキラリと光る刃物を持っている。おいおい、子供に向かって凶器出すとか頭おかしいんじゃないの?
これが普通の子供ならビビっておしまいだろう。残念、生憎と私は普通の子供生活を送りたくてもできなかった口だ。
相手が近づきナイフを振りかぶる瞬間に懐に入り込み、凶器を振り下ろす腕を掴んで反転、力を利用して投げつける。男は見事な一回転をしてその場に叩きつけられた。頭から落としはしなかったが、それでも反動で大分跳ねたということは相当なダメージだろう。ここの地面はゴツゴツしてるし、山だから相当硬いしね。案の定、男の顔を見れば目が虚ろで口元がピクピクと痙攣していた。自業自得です。
先ほどピッピを抱えていたもう一人の男を見れば、そいつはビクっと脅えて一歩後ずさった。なんだ、こけおどしじゃないか。偉そうな口叩いておいてその程度かよ。
「痛い目が、なんだって?」
「ひぃっ……!」
「こっちとしてはピッピも取り返せたし、この伸びてる男を持っていってくれれば後は構わないんだけど」
「は……え、嘘いつの間に!?」
男が手元を見れば、さも今気づいたとばかりに指が空を切っていた。慌てて周囲を見渡すもピッピの姿はどこにも見えず、もう一度私に視線を合わせてきた男はそこで唖然とした。うん、私の足元に黄色とピンク色が増えてればそうなるよね。
私が最初の男を伸している間に戻ってきたジャンボがピッピを奪還。そして今、ジャンボはのん気にポケギアで文章を打って私に見せていた。
「何々……ほぉ、こいつら最近山をうろちょろしてて、他の人たちに迷惑かけたりピッピを狙ってたりしてる悪い奴らで……自分たちのことをロケット団とか抜かしてる?」
「そ、そうだ! 俺たちはロケット団なんだぞ! 歯向かっていいと思って――」
最後まで言わせねぇよ。いきなり飛び出してきた私に、咄嗟に殴りかかろうとした男の腕を片腕で捌き、流れる動作でもう一方の腕を使い相手の首にかけて回転させる。下半身から地面に落ちて呆然とする男の腕を捻り、さらに動けなくした。
すかさずジャンボが寄ってきて、何も言わずとも鞄からロープを取り出し男を拘束し始める。向こうで転がっている男にも同じようにして、バーナードの眠り粉を薄めた薬品を振り掛ければ一丁上がり。
「お疲れさん。ナイス連携プレイ」
「ピッカ!」
「他のピッピたちは?」
聞けば、ある程度距離を稼いだらすぐに戻ったので詳しくはわからないとか。ピッピたちを逃がした後、最悪捕まえられたピッピのボールを取り返せばいいと急いで戻ってきてみれば、私が間に合ったというわけだ。
なんとか一件落着。あとはこのピッピだけだ。一人で帰すのも心配だから送り届けてあげよう。他のピッピたちが無事かも気になるしね。
「送って行きたいんだけど、帰り道わかる?」
「ピィ……」
怯えながらも、ピッピは頷いてくれた。ジャンボがよしよしと撫でてあげている。そっちは任せて、私はポケギアを取り出すも電波はゼロ。まごうことなき県外です。ため息をつく私に、ジャンボが何事かと首を傾げた。
「いや、ジュンサーさんに通報しないといけないんだけど……ここじゃ電波入らないからさ」
「チャー……」
この転がってる男たち、どうしようね。二人して頭を抱えるも良い案は浮かばない。とりあえず、ピッピを送っていくことにした。男たちの見張りにはバーナードを置いていく。さっきから面倒事ばかりおしつけてごめんね。