原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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突然のシリアス警報。おかしいな、プロットにこんな部分無かったはずなのに。


09-2

「――はい、はい。わかりました。今回も色々とありがとうございました。それでは」

 

 通話を終えたポケギアを耳から離し、腕を頭上に上げて大きく伸びをした。長電話で固定された姿勢のせいか、随分と体が凝り固まっていたようだ。そのタイミングを計ったかのように背中に忍び寄る腕を、難なく捕らえて捻り上げる。

 

「いでででで!! ちょ、ちょっとしたお茶目やんか!? 堪忍してーなっ!!」

「悪意ある行動をお茶目とは呼ばない」

「わかった、わかったで!! いい加減、離してくれへん!?」

 

 人が無防備な姿を晒せばすぐにこれか。まったく、この人はどれだけ歳を重ねても根本的なところは成長しないのだな。

 私の目の前で腕を摩りながら涙目になっている男性は曽根崎 征紀。若くしてポケモン転送システムを開発した天才科学者だ。著名な各界人から多数のお誘いを受けるほどの異彩を放つ彼だが、彼自身は個人を好みこの小屋で一人研究を続けている。

 そんなマサキは別名、ポケモンマニアとも呼ばれているほどの珍しいポケモン好きだ。私との出会いも、うちのジャンボの物珍しさが彼の耳に届いてしまったのが由縁で長いこと友人関係が続いている。

 

「ジュンサーさんは何て?」

「ハナダシティの方は一段落して落ち着いたから、もう戻ってきても大丈夫だって。しばらく街中やポケモンセンターにも警備の人が配置されるそうだし」

「なら妹ちゃんは夜になる前に戻してあげた方がええな」

 

 昼間の件からすでに数時間経ち、現在時刻は日も沈み始めた夕刻。

 あの後すぐにマサキの小屋に辿り着いた私たちは事情を説明して彼に匿ってもらっていた。万が一追っ手がかかっていた場合を見越しての選択だ。

 マサキの小屋は辺鄙な所に建っている。その周囲は一見何もないように見えて、凶悪な防衛手段によって塗り固められている強固な城塞だ。マサキが若くして公明な研究者であることを妬んでやってくる愚か者用に対策したと聞いている。当初それを聞いたときはやり過ぎと非難したが、今この状況においてこれほど安心する場所もあるまい。

 最悪ここで妹と共に夜を明かす心積もりでいたが、私はともかくマサキとあまり面識のない妹にとっては、此処よりも祖父母の家の方がずっと気楽に過ごせるだろう。帰りの遅いことを心配しているだろうし、なるべく早く返してあげたいと思っていたところだった。

 増田ジュンサーからかかってきた電話のために外に出た私だったが、前回もロケット団に関わったことから随分と長いこと話し込んでしまったようだ。いつまでも戻ってこない私を心配してマサキがやってきた、というところか。

 

「おたくの相棒は妹ちゃんに付きっ切りやけど。随分と心配性なんやね。ほんとに見てておもろいわ」

「まだまだ語りつくせないほど魅力はたっぷり詰まってるぞ」

「くれへん?」

「嫌や」

「口調うつってもーた!?」

 

 室内へと移動しながらの会話は、年齢差を感じない砕けた気安いもの。お互い結構な偏屈者だからか、こんなに気兼ねない友人は滅多にいない。その数少ない内に入る互いを大事にして続いた関係である。

 

「カズはまだ緊張してんの?」

「しゃーないやろ、見知らぬ年上男性の家やで。しかも、お父はんの知り合いともなれば粗相しないよう縮こまるのも無理ないわ」

「お前に真っ当な感性があったとは驚きだな」

「それくらいもわからんほど子供らしさっちゅーもんがお前さんには欠けとるんやさかい。もっと自覚せーや、姉ちゃんなんやろ? 妹守らんでどないすんねん」

「わかってる。すまない、迷惑をかけた」

「素直に謝るとか気持ち悪すぎて雪が降りそうや」

「お望みならうちの子で吹雪を降らせてあげよう。そして凍るがいい」

「遠慮しときますー」

 

 会話の中でこんな悪態を自然につくほど、私たちには遠慮というものがない。そして、それが普通となってしまったことをすっかり失念していた私は、妹の目から見てマサキがどう映るのかを見落としていた。到着してすぐ、マサキに対してため口をきく私にリーフが怒るのも当然だった。理由を説明して納得はしたものの、私たちに付いていけないリーフが一人疎外感を感じてしまうのもまた仕方がないことだった。そして、あんな事件があってもケロリとした顔をしている私と違い、妹は普通の歳相応の女の子だ。混乱していたあの時と違い、落ち着いた今となってようやく自分の身に起きたことを理解したのだろう。ここに来て暫くして、彼女の目から涙が零れるまで気がつかなかった私はマサキの言うとおり姉失格だ。

 己の愚かさを嘆かずにはいられなかったが、それよりも妹が優先だ。万葉の待つリビングにまで行き、ハナダシティに戻れることを私は妹に伝えた。暗くなる前に行きなさいとアルディラを貸せば、リーフが私の手を握り不安な目でこちらを見る。

 

「シンは? シンも一緒に戻らないの?」

「私の目的地は元々ここに来ることだったんだよ」

「せや。姉ちゃんは暫くここでワイの研究の手伝いのために滞在してもらうことになっとんねん」

 

 初耳だぞ!? と驚いてマサキの方を睨むが、笑って誤魔化される。この場を乗り切ったらタダじゃすまさんからな!!

 マサキの言葉に、万葉はシュンと項垂れるも納得してくれた。

 

「そっか、お仕事なら仕方ないよね」

「ああ……ごめんな、あんなことがあったのに側にいられなくて」

「ううん、大丈夫。私だってあれくらい、乗り越えられるようにならなくちゃ。早くシンに追いつきたいもん!」

 

 今出来る精一杯の笑顔を万葉は見せてくれた。私を安心させたいのだろう妹の心遣いに、そんな顔をさせたい訳じゃないのにと葛藤を抱かずにはいられない。せめて何か私にできることがあるのなら。考えてもやはりこれだと思うものが浮かばない。せめてもの行いとして、出発前に万葉を潰さない程度に加減して強く抱きしめた。想いが伝わるように、妹の存在を今一度この胸に刻み込むように。

 空をゆく私とは全く似つかない妹の後ろ姿に思う。本当に私は彼女と時同じくして生まれた半身なのだろうか。そもそも、記憶など持って生まれるべきではなかったのだ。この身を苛む()の存在なんて――

 

「こーら!」

「あでっ」

 

 深層にまで潜っていた意識が痛覚によって引き戻される。下手人を見れば、眉を吊り上げてこちらを見据えていた。なぜだ、私のほうが被害者なのに。

 

「どこまでトリップしてたんのは知らんが、あんま深く考えなさんな」

 

 そう言いながら、マサキは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。帽子は家の中に置きっ放しだから、髪の毛を乱雑にかき回されるなんて滅多にないことに私は困惑してしまう。

 

「お前さんはワイと同じで異質さかい、他人との差を忘れることも意識することもしゃーないんよ」

「……そんなこと、今更だよ」

「せやな。おっし、今日は鍋や! 美味い鶏団子作ったるで期待しとき!」

「ピッカ!」

「ジャンボも鶏団子好きやもんな。ぎょーさんお手伝いしてくれや」

「チャー!」

「おお、自分やる気満々やないか!」

 

 気を使ってくれたのだろう、友人は相棒と共に家の中へと戻っていった。

 マサキは私と似ている。故に、出会ってすぐに自分と同じような境遇の私たちに気がついたのだ。誰とも決定的に違う、そして理解されない部分をもった自分が一生背負っていく孤独感。話して楽になることもあるだろう、それでも持って生まれたものは変えようがない。皆と一緒がよかった。こんな自分は嫌だ。いくらそう思っても生きている限り背負っていかなければならない運命に、どれほど神を呪ったことか。

 そんな私たちに救いの手を差し伸べてくれたのがマサキだった。

 彼は感情に関しても天才であった。最終的に行き着くところは皆、妥協案を考えることなのだよ。そう彼が諭してくれなければ、私はどれほど相棒を泣き悲しませ続けることとなっただろうか。

 マサキは言う。自分の楽しいこと、興味のあることを目一杯しよう。そうすることで、己の不幸をかき消すことにした。「臭いものには蓋をするっつーわけや」そうおどけて言った彼の顔を今でもよく覚えている。

 そうだ、私もあの時誓ったはずだ。この記憶がある意味を探そうと。この記憶で後悔をするなら、それ以上にこの記憶で幸福になることをすればいいと。もって生まれたことを活用しなくては意味がないと、彼も言っていた。

 頭で理解できても、感情の波が治まらない時もある。誰にも迷惑はかけたくない。自分自身の問題は自分にしかわからない。いくら他人から共感の言葉を得ても、それは本当の共感ではない。マサキが一人でいる意味が、なんとなくわかった気がした。

 

 私は暫くの間、一人で外に佇み空を見上げていた。頬を伝う一筋の放物線にも気づくことなく、相棒が呼びにくるまでただただ顔色を変えていく空を眺めていた。




作中にて、終わりがけに「私たち」と表現した部分は合っています。誤字ではありません。
次回からは通常のギャグ風味に戻ります。

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