施設内は一階にある正面玄関で繋がっており、スポーツジムからポケモンジムへ移動となると一度ロビーに戻る必要がある。
相棒と一緒に来た道を辿り、入口に併設されている受付でジム戦の申し込みをしたら、なんとスタッフの方から「すでに承っていますので、中へどうぞ」の言葉が返ってきた。
おいおい、あのオッサン私が来なかった場合はどうするつもりだったんだ。まあ結局は挑戦しに来たからいいんだろうけど。
◇
「待ってたぜ嬢ちゃん」
ジムへ一歩踏み入れば、まるで来るのを予想していたかのように声を掛けられた。
マチスが顎でクイっと指し示した方を見れば、そこには先ほど別れた増田ジュンサーが後輩たちにポケモンバトルの指導をしていた。三対一という不利な状況をものともせずに戦うジュンサーの顔は生き生きとしている。あらま本性丸出しですね。
「あっちが終わるまで待つか?」
「いえ、ジムの挑戦をしたらすぐに帰ります」
増田ジュンサーには悪いが、私は一瞥するだけでマチスに向かい合った。
バトル中でなければ一言くらい挨拶するのだけど、今回は時間がない。相棒という名の時限爆弾を何とかするほうが先だ。ジュンサーにはあとでお詫びのメールを入れておこう。
ついて来いと言われた通りに、マチスの後ろを挙動不審な私が追いかける。頑丈な扉の前にまで連れてこられると、彼はポケットから一つのカードを取り出してロックを開けた。中には入ろうとせず、「先にリングへ上がっててくれ」と言い残してマチスはどこかへ行ってしまう。
言葉通り、部屋の中へ入ればそこにはボクシングリングのような舞台が存在した。少し違うのは、正方形の上に斜めにした正方形を乗せた八角形だということか。飛び出た三角部分はバトルフィールドよりも数段高くなっている。それぞれトレーナーの定位置が対面にある他は審判用と観客席になっているようだ。
備え付けられた階段を登って定位置につけば、リングどころか部屋内が一望できた。待っているのも暇でなんとなく視線を泳がせていたら、そこで私はとんでもないものを見つけてしまう。
「ピカピ?」
「…………」
「ピカー?」
「…………」
絶句しながらソレに釘付けな私を見て、不審に思ったジャンボが声をかける。それでも全く反応を見せない私に、相棒は次第に足をつんつんと突きだす。別に足が痺れてる訳じゃないからね。
暫くしてやってきたマチスが、硬直したまま動かない私を見て怪訝な声をあげた。
「待たせたな……って、どうした嬢ちゃん? ゴミ箱になんかあったか?」
「いえ、ちょっと……」
昔のトラウマが。
こみ上げる怒りをなんとか押し込み、記憶の彼方へと葬り去る。
頭を数回振って必死に意識を切り替えた。いかんいかん、目の前に集中!
リングまで上がってきたマチスとは対面する形の反対側になる。
ちらりと右側を見れば審判が定位置に着いていた。どうやら先ほど席を外したのは、審判を呼びに行くためだったらしい。
いや、それだけではない。マチスは審判だけでなく、余計なものまで連れてきてしまったようだが。
私は向かって反対側に顔を向けた。観客席では見知った顔がこちらに手を振っている。他にも私が投げ飛ばした覚えのある人がちらほらと見えた。
試合前なのに戦意喪失しそうだよ。いやまあ、私はいつも通り何もしないんですけどね。むしろ今回は手を出したら絶対怒られそうだし。
「うちのジムはシングルで3対3の入れ替え自由がルールだ。OK?」
「わかりました」
「Good! 最初の一匹を選出してくれ」
悩むまでもない。すでにやる気満々だった相棒は、私が告げるよりも早く、自らバトルフィールドに下りていく。
「ほお、俺の専門が電気タイプと知っていてピカチュウで挑むか。見上げた根性だぜ」
おたくのライチュウに焚きつけられたせいなんですけどね!!
内心で罵倒する私と違って、ジャンボは見たこともないようなヤンキー面で思いっきり中指を立てていた。そんな顔初めて見たわ……。
間を置かずに、ボンっと音を立ててマチスの腰についたモンスターボールからライチュウが出てくる。ありゃ、見事に挑発で釣れちゃったな。
こっちとしてはジャンボの思惑通りなのだが。相手側からすればジム戦用のポケモンがあるのだから、勝手に出てきてもらってはたまったもんじゃないだろう。思ったとおり、マチスが頭を抱えている。
なんか申し訳ない気分になってきた。
「Ah……嬢ちゃん、特別ルールって知ってるか?」
「ニビジムで一度経験していますので問題ありません」
「ほぉ、そいつぁ好都合。で、勝敗は?」
「彼の勝利です」
私はジャンボを指差して言う。すると、マチスの表情は面白いくらいに変化した。
「久々に楽しいバトルになりそうだ。審判、ルール変更で頼む!」
急なルール変更だったが、審判はすんなりと対応してくれた。
以前のニビジム戦はジムリーダーのポケモンが全て使用できない状態だったけど、今回のようなパターンはいいのだろうか。
不思議に思って観客席を向けば、増田ジュンサーが口パクで教えてくれた。
『い・つ・も・の・こ・と』
ああ、そうなんですか。
そういえば師匠が言ってたなあ。実力も指導力もあるのに、自分勝手な問題行動が多くて中々昇進できない人がいるって。ここのジムリーダーのことだったんだ。
後が詰まってるのに上にいかないものだから困っているとか何とか。協会側の事情はともかくとして、一生現役を掲げている人というのは結構多い。ここのジムリーダーもおそらくそうだ。うちの師匠も大概人のこと言えないけど。
「それではこれより、クチバシティジムリーダーマチスと、マサラタウンのレッドによる公式バッジ戦を行います。両者、礼!」
「お願いします」
「よろしく頼むぜ、嬢ちゃん」
形式的な礼を済ました私たちは、すぐさま懐に手を入れた。どちらも取り出したものは全く同じ、どこにでもある普通のサングラスだ。
お互いに装着したタイミングで審判の号令が下る。
「はじめ!」
瞬間、部屋全体が真っ白い空間へと化した。それは強烈な閃光によって視界が埋め尽くされた証。
何も見えず、ひたすら小さな獣たちが発する放電音と怒声が響く中、私はただ呆れていた。
開幕と同時に彼らが発した技は十万ボルト。電気タイプにその効果はほとんどと言っていいほど意味はない。ならば何故彼らはそれを選んだか?
真面目に言えばピカチュウの生態系から始まり、縄張り争いのルールにまでこと細かく説明せねばならないのだが。
まあぶっちゃけ一言で例えるなら――どっちのナニがでかいか、みたいな意味合いだろう。
非常にくだらない。でもね、男の子にもプライドってものがあるんだ。
その点は良い。むしろもっとやれ。
ならば何に呆れているのか? アンサー、対面席で豪快に笑い声をあげるジムリーダーにです。随分と楽しそうだなぁオイ!
お互い顔が見えない状況でよかったよ、滅多に動かない私の表情筋がピクピクしてやがるぜ。
「わりぃな嬢ちゃん、こいつはまともなジム戦になりゃしねえわ!!」
「想定の範囲内ですのでお構いなく」
「なんなら後からやり直してやるから安心してくれや」
「いえ、この一回で十分ですので」
「ほぉ。その発言は挑発と取るぜ?」
別に絶対勝てるとかそういうつもりで言ったんじゃないんですけどぉおおお!!!!
発言に不穏な気配が混ざってます! なにこのジム戦、トレーナー同士でもリアルファイトに突入!? いや実際組み手はしましたけど!!
とにもかくにも、早く帰りたいです。ジャンボさん割と本気で頑張って下さいお願いします。
バトルフィールドの形はオレンジバッジを思い浮かべていただけたら一発かと。