原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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お待たせしました。バトルってだけで筆が進まない……。


12-3

 審判の合図と共に、花びらを舞い上がらせ踊りだしたキレイバナ。対して職人は真っ向から駆け出し、その巨体からは信じられない速度で距離を詰めた。いくら標準のカビゴンよりも小柄とはいえ、小さなキレイハナにとっては遥かに上回る体躯だ。キレイハナは正面から迫り来る恐怖に、浮かべた花びらで自身を守るように展開させるも、圧倒的体格差により諸共吹き飛ばされる。

 バシン! という衝撃音と同時に、キレイハナがフィールド後方へ跳ね飛んだ。一方、反動ダメージをものともせずその場で踏ん張り、背を反らす職人の口元へ冷気が集う。腹に力を込めて照準をキレイハナへと向けられた冷線が轟音と共に弾け、着弾と同時に室内が急激に冷却される。ドライアイスのようなものが辺りを漂い、視界が埋まった。

 キレイハナがどうなったかはわからない。だが審判の判定もトレーナー(エリカ)の指示も聞こえないということは、そういうことなのだろう。

 

「油断するなよ」

「ゴンッ!」

 

 承知とばかりに答えた職人が、腰を落とし構えを取る。

 程なく霧は上空から降り注ぐ陽光により離散していった。並びに気温も元通りどころか、肌が焼ける程の温度にまで上昇している。これは、もしや……?

 そして姿を現した相手の手元には、光輝くエネルギーが今か今かと膨張していた。その意味することは――

 

「ッ、避けろ!!」

「ソーラービーム!!」

 

 判断が遅れ指示はギリギリとなってしまったが、間一髪で職人の真横を光エネルギーが通過していった。

 しかし、それも読んでいたのだろう。

 

「今です!!」

 

 エリカの指示にキレイハナが拳を地面へ打ち込むと、受身で回避した職人の足元で草が蠢き絡みつく。足を掬われた職人の体は勢いよく地面へと叩きつけられ――はしなかった。

 とっさの判断だろう、彼は横転する直前に足を蔓から抜き、そのまま転がるに技を繋げた。戸惑うキレイハナへと直進していき、暴走車さながらの勢いで何度も撥ねていく。

 二度、三度と攻撃を食らっていたキレイハナだが、エリカから飛んだ「守りなさい!」という指示に冷静さを取り戻し、両手を前に出し守りの結界を広げた。それに弾き返された職人の転がるが解除され、体勢を立て直す間に今度はキレイハナから蔓の鞭が飛んでくる。それをかわし、時にいなしながら距離を詰める職人に対し、近づけまいと合間に葉っぱカッターを挟み牽制しつつダメージを稼いでいくキレイハナ。じりじりとした攻防に口出しする要素はなく、見守る私にエリカが声をかける。

 

「まさか草結びをあんな形で避けるだなんて、驚きですわ!」

「エリカさんこそ、うちの子の冷凍ビームをどうやって避けたんです?」

「ふふ、ジムリーダーは伊達ではありませんのよ」

 

 現状は近づかれるのを嫌うキレイバナに、通常ではあり得ない素早さで有利かつパワー体格諸々優勢的な要素が多いカビゴン。攻撃を与えてはいても、ジリ貧なのはあちらか。

 正直、開幕ぶっぱでKOだと思ったのだが、予想以上にテクニカルな動きを見せるジムリーダー側に私も舌を巻くばかりだ。

 これはもしや、揺さぶりでもかけている? いやいや、深読みのしすぎか。……だめだ、頭が働かない。どうにも何か隠しているように見えて怖いんだよな。

 一癖も二癖もありそうな笑顔を向けられて、どうしたらいいのかわからず私は引きつった笑みを浮かべた。ハハッ、もうどうにでもなれ。職人、あとは頼んだ。

 縋る思いで視線を投げかければ、こちらを見た職人が頷いて応えた。おおう、どう解釈したのかはしらんがお前を信じるよ……!

 神頼みならぬ、ポケモン頼りとばかりにジッと見つめれば、彼は今までの慎重さを捨ててキレイハナへと飛び掛った。

 

 ええええそれは不味いでしょーーー!?

 いやこれってつまり私のせい? GOサイン出しちゃった感じ?

 うわあああすんません、つか職人大丈夫か!?

 

 内心大慌てな私の心配は当たって、一気に距離を詰めた隙を狙った攻撃がカビゴンに襲い掛かった。地面に忍ばせていたのだろう、蔓が職人へと一斉に向かい纏わりついた。

 身動きのとれなくなった相手に当てるのは当然、大技である。

 

「リーフストーム!!」

 

 キレイハナを中心に轟々と木の葉の渦が巻き上がり、竜巻のように上空へと舞い上げられフィールドを埋め尽くす。

 凄まじい木の葉の乱舞に目を開けていることができず、片腕で目元を覆うように防ぐ。

 回避を封じられ、無防備の状態で木の葉の乱舞を受けきることができるのか。

 風と葉の擦れ合う音ばかりが響き、どれだけ耳を澄ましても一番気にかかった音は聞こえなかった。私は僅かだが、口元を緩ませた。

 次第に大人しくなった風模様に、目を開ければ緑の幕が上がる直前で。ぜえぜえと肩で息をするキレイハナが、巨体を押さえつけていた蔓を解いていく。支えを失った身体はそのまま前へと倒れかかる。

 

 ドシン、と音が響いた。

 

 それはカビゴンが――左足で地面を踏み込んだ音だった。

 

「ギガインパクト!」

 

 捻り出す様に眼前へ繰り出した右手から放たれる衝撃に、ドゴォオオン!!とフィールドを巻き込んでキレイハナは文字通り押しつぶされた。頭上から倒れこむように崩れ落ちてきた巨体に逃げ場などなく、さらにその右手から放たれた威力に成す術もなく地へと沈んだのだ。

 審判が急いで駆けつけ、キレイハナの様子を伺う。

 

「勝負あり! マサラタウンのレッドっ!!」

 

 勝敗宣言と同時に、エリカが審判に抱えられた自分のポケモンの下へと駆け寄る。

 私はふう、と一息ついて、こちらへふらつきながらも歩いて戻ってきた職人の頭を優しく撫でた。

 

「お疲れ様。最後はよく耐えたな」

「ゴ、ン……」

 

 あ。やばい。これはギリギリだ。

 そう思った瞬間に、職人の目尻に涙が浮かぶ。

 私の背中から職人の肩へと移動したジャンボが慰めるも、両手を覆い嗚咽を漏らす姿にゴンベの頃を思い出す。

 彼は存外臆病で、訓練やバトルで我慢の限界を迎えると決壊したように泣き出してしまうのだ。成長した今では滅多な事では泣かないのだが、今回はそれほど必死だったということ。

 終盤なんかは危ない場面でいつ泣き出すか冷や冷やしたものだが、最後までやりきった職人に約束の物をあげなければなるまい。最悪、もらえなくても何かしら別のご褒美を考えよう。

 

 程なくしてこちらへと向かってきたエリカさんに、一礼と共にバトルの感謝を告げる。キレイハナの容態を聞けば、心配ないとの言葉にほっと胸を撫で下ろした。本当はすごく気がかりだったんだけど、勝っちゃった上に相手は年上でジムリーダーだから、どう対処していいものかわからなかったのだ。不快にさせたくないし、かといってやはり相手のポケモンを瀕死間際にさせた自覚はあるしで。

 やはり謝罪は必要だろうか、と口を開きかけたところでエリカさんに先手を取られる。バッチを手渡されて、お決まりのジムリーダー公認の言葉を頂いた。見透かされちゃったかな。仕方がないので、「ありがとうございました」の言葉に全てを込めた。

 

「久々に本気で熱くなるバトルをさせていただきました。こちらこそ、ありがとうございます。とても楽しかったですわ」

 

 笑顔で手を差し出す彼女に、私もありがたく手を握らせていただいた。

 

「そういえば、約束でしたわね。お願いとはなんでしょうか?」

「実は……」

 

 私は彼女を指差す。正確にはその背後、ジムリーダー側のトレーナーポジション後方をだ。

 そこには職人が愛して止まないモモンの木が実をつけていた。

 あの子、免疫体質なのは絶対モモンの実の食べすぎなんじゃないかってくらいに好物なんだよね。

 

「すみません、どうしても欲しくて」

 

 困った様に笑えば、なぜか顔を赤くしたエリカが焦ったように取り乱し始めた。

 はて、どうしたのだろうか? やっぱり植物園の物をもらうのは不味かったのだろうか。

 不思議に見ていたら、ジャンボがこちらを見て特大の溜め息をついていた。なんだよ、どうせ眠くて頭がまともに働きやしないんだ。もう失敗しても気にしない。

 「だめですか?」と首を傾げれば、さらに慌てるエリカさん。そんなにだめなら仕方ないと諦めれば、審判が「欲しいものって、これのことですか?」とモモンの実を持ってきてくれた。

 なぜか硬直するエリカさんに、審判が苦笑いしつつも許可をくれたので私たちはジムを後にした。

 あー……疲れた。さっさと帰って寝よう。


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