原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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「……はィ?」

「だから、戦力外通告」

 

副室長から告げられた言葉に呆然とする私に向けて、クイっと親指で指された机上へと視線を投げる。そこには積み上げられた数十の封筒があった。中には紙を折っただけの簡素な物もある。

 

「どれもお前宛だ」

 

 事外に読んでみろとのお達しだ。私は手近にあった一枚を取って見る。

 そこには、この研究室に帽子を被った男の子がいるか、と尋ねる文章があった。他のを見ても、大体が私のことについてばかりなので、副室長の言っていた私宛(・・)というのは間違いないらしい。例外で、お宅の若い研究員目当ての人が受付に殺到して迷惑です、等々警告文もちらほら。

 つまり、これは……あれか。やっぱりタマムシジムで私は何かやらかしたのか。眠くてあの時のことをほとんど覚えていない私としては、事態が全くと言っていいほど飲み込めていないのだが。

 相棒を見れば首をふるばかりで、この件については反論の余地が無いらしい。なんてこった。

 

「お前ら当分、謹慎な」

 

 額に青筋を浮かべながらニッコリと裁断を下す副室長様。

 「このくそ忙しい時になんで厄介ごと引っ掛けてくっかなー。あれか、血筋か」そう零す上司に何も言えず、私は粛々と処分を受け入れるしかなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 大学を出て自宅――タマムシシティ滞在の際は父方の祖父母が経営している喫茶店兼住居に居候させてもらっている――に戻る途中、ポケットに入っているポケギアが震えた。

 私は周囲を警戒しながらポケギアの画面を見て、珍しい名前に心が躍った。人気のない路地に入り、人影がないことを確認して通話に出る。

 

『もしもし、シンク?』

「ああリリス、久しぶり」

『ご依頼の()を確保したよー。どうしたらいいかな?』

 

 いつもすまんね、と返した電話の相手は数少ない友達の一人だ。それも、私にしては比較的歳の近い昔馴染みでもある。

 リリス=フレイル。名前の通り外国人で、イッシュ地方出身のポケモントレーナーだ。しかし流暢な日本語を話せる程こちらで過ごしてきた年数は長く、今ではイッシュ地方よりもカントー地方育ちといっても過言ではない。彼女は私と同じく大学の派遣調査員で、妹と二人で外部調査班を担当している。それも我が研究室が大変ご贔屓にしている外部班だ。理由は彼女の発言通り、毎度脱走するうちの厄介者を捕獲してもらうため。今回も逃走が発覚した時点で副室長から彼女たちに依頼がいっていたのだろう。いつも仕事が速くて助かっている。

 

『研究室の方にも掛けてみたんだけど、繋がらなくて。こっちに掛けちゃったけど、よかったかな?』

「すまん。実は私も今、出禁状態なんだ」

『なーに? ついにジャンボが大爆発でもしたの?』

「ねずみポケモンに無茶言うな」

 

 副室長なら常に爆弾抱えているようなものだけど。いや、ジャンボなら……いつか有り得る日がくるのか?

 相棒の将来が一瞬不安になるも、頭を振って誤魔化す。うちの子は非行に走ったりなんかしない。しないったらしない!

 そんなことよりも、通話の後ろから聞こえてくるドカーンやらバコーンなどの、BGMにしては騒々しい物音が私としては気になるところだ。

 

「むしろそっちの方が爆発してるみたいだけど?」

『あー、ねぇ? ほら、リアちゃんも一緒だから』

「なーる……」

 

 聞こえもしないのに「離せー!」「いい加減お縄につきなさーい!」などのやり取りが目に浮かぶようだ。きっとリリスの妹とうちの愚父が逃亡をかけて戦っているのだろう。ほんと迷惑かけてすまん。

 

『パッパさんもどうして覚えないんだろうねー。私はともかく、リアちゃんの追跡能力って言ったら巡航ミサイルなんかの比じゃない事くらい、わかってると思うんだけど……』

 

 呆れた物言いで人の父親のことをサラっと渾名で呼ぶあたり、数え切れないほどお世話になっているのがお分かりいただけるだろう。しかし私としては、僻地に逃亡する度に難なく捕獲する君の妹の、人外級の能力にこそ突っ込みを入れたい。まあ、ジャンボと生身で張り合えるくらいの時点でおかしいんだけどさ。長い付き合いの内にもう慣れたけどね。

 

「あの人は母親の胎の中に学習装置を忘れてきた真性だから。そのまま一回爆発した方がいいんじゃないかな」

『それ、娘が言っちゃっていいの?』

 

 『まぁ、賛成だけど』と零したリリスの言葉に、互いに笑いあう。ああ、懐かしいな。

 

『そうそう、シンクもトレーナーになったんだって? おめでとう!』

「ありがとう。これからはリリスの事も、ホワイト先輩って呼ばなきゃいけないな」

『またそういう水臭い事言う~。私はレッドなんて呼ばないよ?』

「いや、呼んでよ。少なくとも公式の場とかさ」

『どうかなー。考えとく』

 

 そこでまた後ろから『おねーちゃーん! 誰と喋ってんの? シンク? シンクなの!?』と大声が近づいてくる。反対にリリスが慌てた様子で『ああリアちゃん、そんなに引っ張ったらパッパさん千切れちゃう……』などと穏やかだが物騒な声を残して遠ざかっていった。

 何? 父さん千切れるの? いいぞ、もっとやれ。

 

『シンク、シンク! ひっさしぶりじゃん! 元気してるー?』

 

 先ほどと打って変わって、元気の塊の様な第一声が鼓膜を殴打した。リリスの双子の妹である、イリアル=フレイル――愛称はリア――だ。

 彼女こそが外部班随一の成績を誇る、私が人外級と表した様々な高能力を持ち、うちの愚父を唯一探し出せる人物である。私の知る中での人類最強だ。

 私は彼女たちと一時期、同じ師に師事していた事があり、有体に言えば彼女たちは私の姉弟子に当たる。といってもリリスと私は一般人レベルで、リアだけが師も認める程の超人なのだ。

 力とは裏腹に頭の出来はいまいちのようで。常に姉のフォローがないと突っ走る性格や、お姉ちゃん大好きっ子なのも合わさって、リアの方は正式な研究員ではないのだがサバイバルに弱い姉のお手伝いを買って出ている。

 リリスと双子という事は私よりも年上なのだが、その言動から常に妹扱いをされる少々可愛そうな子でもある。本人が嫌がっていないので問題はないのだが、いつか大人になった時の事を考えると頭の痛い話だと、リリスと二人で悩んだこともあったな。

 

「ああ、元気だよリア。その調子でブチっといけ」

『おっけー! 納品の時にはベトベターかなんかでくっつけとくから』

「いらねーなぁ、ヘドロで再結合した父親なんて」

 

 軽いジョークで挨拶を交わす。これも私たちのお約束だ。変わらないやり取りに自然と口角が上がる。本当に久しぶりだとはしゃぐ彼女に、落ち着けと言うのすらノスタルジックな気持ちになる。

 

『ジャンボにもずっと会ってないなぁ。ジャンボに代わってよ!』

「悪い、今はちょっと無理」

『何? 爆発したの?』

 

 そのネタいつまで引っ張んのさ。まったく、この姉妹は。

 

「諸事情で側を離れてるんだ。ごめんな」

『ふーん、なんかそっちも大変そうだねぇ』

「ああ、由々しき事態さ」

 

 茶目っ気を込めて誇大表現したのがいけなかったのか、焦った様に心配するリアに私は失敗したと内心舌打ちをした。良くも悪くも真っ直ぐな性格の彼女だ。誤魔化すのは悪化するだけと経験上理解している。最悪、こっちに飛んでこないとも言えない。

 なんてったって、理由が理由だからな。ジャンボが私の側にいないのも、それが関係しているとはいえ、別段深刻な問題ではないのだが。仕方あるまい、正直に話してしまおう。

 

「人生初のストーカー軍団に困ってる。何かいい案ないか?」

 

 一拍置いて、リアが噴出した。器官に入ったのだろう、思い切り咽ている。『は? 軍団!?』と混乱しているようで、しばらく時間を置いた。落ち着いたところで、恐る恐る声を掛けられる。

 

『け、警察は……?』

「知り合いがいるから大事にしたくない」

 

 事件という程でもないし。つか、普通にストーカーされたとか恥ずかしいから。

 どうやら先日のジム戦で恨みを買ったらしく、如何様に私が学内にいることを知ったのかはわからないが、大学を中心に人の視線を感じる生活が増えていった。しかもどうやら同一犯ではないらしく、被害を見るからに犯行は複数の手口が考えられた。それが悪化したのがここ3日ほど。

 締め切りに向けていざ追い込みとなるこのタイミングで、だ。睡眠も禄に取れない上での私の精神的ダメージは、計り知れないものであるとだけ名言しておく。

 好意的なものと悪意的なもの、二種類のものが混在していたのは謎だが、幼稚なものから危ないものまでより取り見取り。一生の内に体験することのない出来事を味わったとだけ言わせてもらおう。それでも何とかなっているのは、昔取った杵柄のおかげだ。修行していてよかったと、これほどまでに思ったことはない。

 そんな訳で、増田ジュンサーという知人がいる私としてはなるべく迅速かつ穏便に解決したいところでして。

 

『まぁー……そんなの張り倒しちゃえばいいじゃん?』

 

 正反対のお言葉をいただきました。うん、君に難しいことを求めようとした私が間違いだったね、ごめんよ。

 しかもリアの場合は《死なない程度に》が付く。生きていれば問題ない、と豪語する彼女は《和解:物理》で済ます強硬派だからだ。

 

「相変わらずゴリ押しだな……そんなんで人生苦労しないか?」

『してるよー毎日毎日。ぼーくらはなんちゃら、って?』

「焼いてやれよ、面倒事サンド。美味しく頂けたら尚良し」

『んだねー。あっ、しまった逃げた! 待てー!』

 

 ドップラー効果でリアの声が消えていったと同時に「ゴン!」という衝撃音が耳に響いた。あいつ、ポケギアが落ちる前に走り去っていったぞ……。

 暫く何も聞こえないまま、通話を切ってもいいものか悩んでいたら『あーあー、逃げたらもっとひどい事になるのに……パッパさんドMなのかな』という声が聞こえてきた。「おーい」と投げかければ、気が付いたリリスが通話口に出てくれた。

 

『騒がしくてごめんね、シンク』

「いいや、むしろこっちこそ世話になってばかりで悪いな」

『ふふ、どういたしまして。じゃあ、後でパッパさんは研究室にクール便で送っておくね』

「氷漬けとかあの人には最高のご褒美じゃないか」

『冗談からまさかの真相発覚!?』

 

 余談だが、うちの家族は総じてどこかしら変態的な部分を持つが、その中でも父親は二番目に酷い。

 私は前世絡みで所詮言うところの男がダメな部類だし、母さんは父さんと結婚した時点でお分かりだろう。カズだけは例外で、唯一の常識人であり真っ当な人間だ。

 

『新しく依頼された事もあるし、またどこかで会えるといいね』

「そうだな。いつかみたいに、またかっこよく助けに来てくれるって信じてる」

『あれはっ、……シンクがいつも無茶ばっかりしてるからでしょ!』

「ははっ、すまんすまん」

『ストーカーのこと、ちゃんと警察とかに相談しなきゃダメだよ? 一応シンクも女の子なんだから』

「心配御無用。ただの女の子じゃないって事は、リリスとリアが一番よく知ってるだろ?」

『それでも、だよ! じゃーね!』

 

 耳元から離したポケギアを見れば、その通話時間に驚く。随分と長いこと話していたのだなとわかり、こんなにプライベートで人と喋ったのはどれだけぶりだろうかと考える。やはり気兼ねない友達とはいいものだ。

 大切な友達からのご忠告通り、その内に警察へと足を運ぶことにしよう。そう決意して路地から大通りに戻った私の前に黄色が振ってきた。

 

「ピッ!」

 

 相棒はとある場所を指して一言残し、すぐに姿を消した。他の人から見たら目を疑う一瞬の出来事だろう。私はわざわざ知らせてくれたジャンボの示されるまま、反対沿いにある黒いワンボックスカーの方へ足を進めた。

 近づくにつれ、車体に凭れ掛かるように立ちながら、苛立ちを浮かべた顔で煙草を吸う成人男性の姿が見えてくる。見知ったその姿に向けて、私は気軽に声をかけた。

 

「こんにちは、増田ジュ……!?」

 

 言い終わらないうちに腕が伸びてきた。咄嗟に反応するも、口を塞がれた上に力ずくで車体の中に引きずり込まれてしまう。混乱する頭を落ち着かせて、私は相手を睨んだ。

 私を押さえつけながら運転席の男に「出せ!」と指示を出す男は間違いなく見知った顔だ。他人の空似などではない。

 走り出した車にようやく吊り上げていた眉を下ろし、安堵の息を吐いた目の前の男がゆっくりと私の拘束を解いた。それでも私は警戒を解かず、相手を睨みつける。

 

「すまない、シンク君。突然このようなことをしてしまったのには理由があるのだが……」

 

 そう告げる顔は今度こそ私のよく知る増田ジュンサーだった。

 

「まずはフロントガラスに張り付いている、君の相棒を何とかしてくれないか……?」

 

 どうやら事情があるらしい。私はため息を一つ吐いて、鬼の形相でこちらを睨んでいる相棒を安心させるために窓を開けた。




ジャンボが姿を消す理由=サントアンヌ号の時と同じです。目立つんだから仕方ないよね!

【ホワイト】
本名:リリス=フレイル
年齢:13歳
身長:142cm

【ブラック】
本名:イリアル=フレイル
年齢:13歳
身長:142cm

アレコレ:イッシュ地方ヒウンシティ生まれの一卵性双生児。完全コピーというほどそっくりさん。
タマムシ大学特別生態調査研究室所属の広域外部調査担当者。
シンクと同じ時期、同じ師匠に師事していた過去があり、姉妹弟子である。

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