原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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  白昼堂々、タマムシシティのど真ん中で起きた少女誘拐事件。怪しげな男の手によりワンボックスカーの後部座席へ詰め込まれた私は、それから数奇な運命を辿り、気付けば誰も知らないような南国のどこかへと向かう船の隠された小部屋で震えているのだった……。

 ――というような事はなく、彼は正義のお巡りさん、増田ジュンサーである。しかしながら、私第一が信条のジャンボさんのつぶらな瞳には上記のような状況に映じたようで、まぁ機嫌が荒れること甚だしい。これには増田ジュンサーも予想外だったようで。見慣れた紺色の警察制服姿ではなく、ゆったりとしたシャツにジーパンというカジャルスタイルな増田ジュンサーが、目の前で必死に頭を下げている。対する私は、未だ威嚇を続ける相棒を戒める意味でも膝上に乗せて抱きかかえている状況だ。

 

「突然こんな事をしてすまなかったね。ジャンボも、その……なんだ、どうか誤解しないで欲しい」

「いえ、大丈夫です。ほらお前も、いつまでもガン飛ばさない」

 

 私もなんだか申し訳なくなって謝り返しつつ、野生の怒りを取り戻して歯をむき出しにする相棒の頭を軽く叩く。恨みがましい視線はこちらにも向いたが、何、気にすることはない。こいつも大概、心配性が過ぎるんだ。走行するワンボックスカーの平らなフロントガラスに張り付くというハリウッドのスタントマンも真っ青のスーパーアクションを体当たりでやってのけ、そのまま運転席ごとぶち破らん勢いだったほど。むしろジャンボの方が無茶苦茶をしてると思うのは私だけ?

 何とかひっぺがした相棒を開けた窓から抱き寄せ、しばらく宥めてみたものの、この有り様である。私を案ずるのはわかるが、いつまでも付き合えん。完全に斜めになってしまった相棒をとりあえずスルーして、増田ジュンサーに向き直る。バツが悪そうに苦笑いしながら、私達の横ですっかり所在なさ気な様子だ。

 

「いやぁ、詳しくは言えないが、お察しの通り“仕事中”でね。あそこで君達に色々喋られると、まぁ都合が悪かったもんだからさ。少し強引な手段を取らせてもらった次第だよ」

「わかってます。私も迂闊でしたかね、あんなとこでこんな真っ昼間から油を売っているはずがないのに」

「いや、いいんだ。相変わらず話が早くて助かるよ」

 

 アバウトだが和解をしたことにより、ギスギスとした空気に包まれていた車内がようやくまともに呼吸しやすくなる。

 

「それで、私達はどうすれば?」

「……どう、とは?」

 

 あ、ナイショの笑顔。

 いい加減、三十も過ぎた中年のおじさまがこんな無邪気な笑顔しちゃっていいのか。それとも一生青春とかいう恥ずかしい四文字熟語の標語を胸に秘める少年ダンディなの? その様子じゃまだまだ当分は独身だね、増田ボーイ。

 

「さて、どこで降ろそうか」

 

 一切合切の事情を地平の彼方に押しやり、何事もなかったかのように白々と提案する姿はいっそ天晴れとでも言えよう。

 本当は自宅に戻って、数日ぶりの睡眠を心ゆくまで貪り尽くしたいというのが本音だけれど、それでは走ってきた方角と同じだ。あの場所から離れざるを得なかった事情があるのだろうから、当然来た道を戻ってはくれないだろう。ならばこの方向から最も近い場所で、尚且つ眠れる場所と言えば……。

 

「……じゃあ、ポケモンセンターまでお願いします」

「了解」

 

 この際、お布団がほしいなんて贅沢は言っていられない。いいさ、ポケモンセンターの仮眠施設だって捨てたもんじゃない。野宿がカプセルベッドに変わったと思えば万々歳じゃないか。ははは、ハハハ……。

 

「ジャンボ、人生ってうまくいかないね」

「ピッカチュ」

 

 そりゃあそうじゃ、って? なんだ、自業自得ってか? こっちはいつもいつでもホンキで生きてんだ、ちくしょう! 快眠にさよならバイバイ!

 そんな私の魂の嘆きも知らん顔。うっかりしていた私が悪いとは言え、冷たい奴だ。まぁおかげで溜飲を下げたらしい相棒はようやく機嫌を立て直し、私の膝元でドライブの揺るぎに身を預けていた。

 それから数分くらいでポケモンセンターの近くに到着し、私達はようやく解放された。

 

「それじゃあ、僕はこのまま仕事に戻るよ。今日は本当にすまなかった。また今度、改めてお詫びをさせてくれ」

「はい。どうもお邪魔さまでした」

「それじゃ、またね」

 

 挨拶もそこそこに慌ただしく走り去る車の後ろ姿を、ぼんやりとした頭で見送る。ああ、もう本当に眠すぎて何も考えられない。マジで路上にぶっ倒れそうな勢いだ。この際、カプセルベッドでもなんでもいい。とにかく私に睡眠をくれ、おーまいがー。もはやバラバラに分裂した思考をうまく纏められないまま、踵を返したその時だ。

 目の前に、顔が現れた。

 なんだ、こいつは。

 

「やたらとでかいピカチュウに、赤い帽子の小僧……こいつだ、間違いない!」

 

 ちけぇ、でけぇ、うぜぇ。見覚えないぞ、こんな奴。誰なんだ、お前は。

 その反射的な疑問を口にすることさえ遅れるほど、脳の稼働率は低下していた。のろのろと流れた疑問がようやく吐き出せそうになったと思ったら、そのでかい顔はいきなり大声で往来に向かってがなり立てた。

 

「こいつがエリカさんに勝ちやがったレッドだ! おーい、レッドがいたぞーっ!」

「レッドさん!? きゃーっ、みんなこっちよーっ!」

 

 野太い声の後に、何故か黄色い声も混ざる。驚いた私が三割ほどの覚醒を引き戻す頃には、既に時遅し。騒ぎ立てる見知らぬ連中のせいで、あっという間に私は黒山の人だかりに囲まれてしまっていた。

 ああ、すっかり忘れてた。そう言えば逃亡中の身だったっけ。睡眠欲に負けた頭は、一体何の為に相棒を斥候に出していたのかさえ忘れ去ってしまっていたようだ。

 

「おいおい、マジですか……。ジャンボ、水泡に帰すってのはこういうことだな」

「ピカピー……」

 

 ジャンボもやれやれ、と言わんばかりに首を振る。ごめんね、お前の努力は今、全部無駄になっちゃったよ。

 そんな中、人混みからやたらと図体のでかい男が一人、ずいと前へ出てきた。こいつは……さっきのデカ顔か。

 

「おうっ! てめー、よくもエリカさんを負かせやがったな! どんな汚ねぇ手を使ったかしらねーが、俺はそうはいかねぇぞ! 今ここで勝負しやがれ!」

 

 うわぁ、アツい、アホっぽい、アゴ長い。トリプルAだな。

 

「勝負……? こんな往来でバトルなんてできませんよ」

「ちげーよ! てめーと、俺の、一騎打ちだ! これならズルできねえだろ! てめーをここでブチのめし、エリカさんに勝利を捧げてやる!」

 

 何言ってんだ、こいつ。お巡りさーん、ここでーす……って、さっき別れたのがそうじゃん!ああ、増田ジュンサーお願い戻ってきて。

 このやたらとアゴと髪の長いゴリラ面、口角から泡を飛ばしながらとんでもない要求をしてくる。犬も歩けばなんとやら。こんな棒、当たったからってどうしろってんだ。っていうか……。

 

「あの、まずあなた誰ですか?」

 

 名前も知らない奴の喧嘩なんて買わない。ビーバップなんちゃらじゃあるまいし、ストリートファイトって柄じゃないし。まぁ知ってたって買わないけど。

 するとアゴ長ゴリラは無駄に太い右腕の袖をまくり上げ、ハートと可愛らしい書体で上腕に刻まれた刺繍を見せつけてきた。

 

「俺ぁ、エリカさんスーパーウルトラ元祖親衛隊隊長、ジンってんだ! てめーがひょっこり現れるずっ……と前から親衛隊やってんだよ! 文句あっか!?」

 

 いや、ないよ。断じてないよ。親衛隊とか、あんた暇なの? そんで「ずっ……と」って、めっちゃタメたな。そんだけ片思いが長いってことか。他にもツッコミどころ満載だけど、とてもツッコミきれないし、相手にするのも面倒だから深く考えるのはやめておこう。

 

「とにかく、そこを退いてください。あなたと戦う気なんてないし、彼女に勝ったのも試合のルールを遵守した正当な結果ですから」

「かっ、彼女だぁ!? てめー、エラソーに呼ぶんじゃねぇ! 様をつけろ、様を!」

 

 私は心底迷惑そうな表情を浮かべつつ、なおも騒ぐアゴ長ゴリラの横を通り抜けようとした。

 しかし、ゴリラと言えど眠気で鈍化した私の動きを見逃すはずもなく、「逃がさねーよ!」と叫ぶトリプルAにあっさりと行く手を立ちはだかられてしまった。

 

「てめーはここで俺にブチのめされんだよ。泣いても謝っても、おせーんだぜ」

 

 なんて言うんだろう、この絶妙というか、希少というか、今時こんな三下感丸出しの雑魚モブキャラって。漫画にだってもう出てこないよ、こんな人。

 そんなこんなとモタモタしているうちに、人だかりはどんどん大きくなってゆく。どうやらこのゴリラ、本当に強いのかどうかはさておき、恐れられているのは確かなようだ。仮にも十歳と大人、良識のある人間なら誰もが止めるシチュエーションだと思うんだが、誰一人仲裁に入ろうとしない。ノンキに写メを撮ったりしている不埒者の姿も見えるが、大方は好奇と冷やかしの野次馬ばかりだ。

 ジャンボも判断に迷っている表情だ。こいつの脅威度が実際、未知数というのもある。それ以上に、例え本当にこいつが手を出してきたところで、ポケモンであるジャンボは反撃することができない。トレーナーのポケモンが人を攻撃することは重罪だ。状況にもよるが、最悪の場合、矯正施設送りとなり、トレーナーとポケモンは離れ離れにされてしまう。

 だが、もしこいつが暴挙に打って出た場合、ジャンボは間違いなく反撃するだろう。どっちかと言えば、私の懸念はその方が大きい。とは言え、ならばとこの男の口車に乗せられるまま殴り合いをすると言うのも、実にバカバカしい。

 あー、なんかこっちもイライラしてきた。なんでこんな奴の為にこんなに時間を取られて、あまつさえ写メられなきゃいけないんだ。いい加減、誰か止めてくれよ。だから都会は嫌なんだ。変な奴ばっかり集まってくる。

 苛立ちと眠気でぼやけた目を巡らせ、なんとか活路はないものかと考える。何か、誰か、どこか――。

 すると、人垣の中に見知った天使が現れた。

 

「レ、レッドさん……? どうしたんですか!?」

 

 人壁を潜り抜けてきたのだろう、上半身だけ姿を見せた少女の声は息を切らせていた。

 ジャンボが私の腕から飛び降りて、天使目掛けて走り出す。彼女は慣れた仕草で相棒を迎え入れた。約1ヶ月前、数日だが共に旅をした時と変わらない様子で――ブルー!? なんでここに……いや、これはないすたいみんっ!

 

「はいはいちょっとどけてねー、彼女が待ってるから!」

 

 ドサクサに紛れて逃れようと、ブルーの方へ駆け寄る。

 だが、ゴリラはまたしても無駄にでかい声で大仰に反応した。

 

「あ゛ぁん、彼女だとぉ!? ますます許せねえっ! 」

 

 周囲からも「リア充は死ね!!」と野次が飛ぶ。なんかデジャヴなセリフだな。

 もしかしなくてもモテないんだろうな。きっと、彼女って言葉そのものがNGワードなんだ。

 いい加減この状況に付き合いきれなくなった私が、目の前の男を無視してブルーの手を掴もうとした時だった。

 

「だから……逃がさねえってんだろっ!」

 

 ゴリラはブルーを押し退けるようにして、私との間に割って入った。

 

「きゃっ! い、いたた……」

 

 図体のでかいゴリラに跳ね飛ばされたブルーはもんどりを打ち、地面に転がった。

 それを見た瞬間に私の眠気は全て吹き飛び、血液の温度が一気に最高度まで上昇した。生煮えだった苛立ちも瞬時に怒髪へと煮詰められ、みるみるうちに拳に力が湧き上がる。

 

「……一対一の勝負です。文句はありませんね?」

「おうっ、ようやくやる気になりやがっ……」

 

 御託を並べ終わるのを待たず、私は大きく身体を旋回させる。そして遠心力の慣性によって加速された右の足先に体重を乗せ、ゴリラの顔面を思い切り蹴り飛ばした。面白いくらい無様にクリティカルヒットを食らったゴリラはよろめきはしたものの、しかし体重差のせいで倒れはしなかった。

 

「クソッ、ふざけやがって!」

 

 それからすぐに反撃に転じたゴリラは、その巨体からは存外なほど素早い右の拳打を繰り出してきた。

 だが私は慌てず拳打が伸びきる前に、右斜め前に向かって大きくステップを踏む。私の真横を派手に空振る腕を見送り、さらに驚きと焦りに染まったアゴ長を嘲笑って、背後を取った。すかさず差し出た左足を踏み込み、返って来た制動力をバネに右足を蹴り上げ、真っ直ぐにゴリラの腰へ後ろ蹴りを叩き込む。

 死角からの攻撃に今度こそバランスを崩し、ゴリラは地面へ盛大に倒れ込んだ。

 

「ク、クッソ……! こんの、クソガキがっ……!」

 

 ゴリラは咳き込みながら、ずるずると起き上がろうとする。

 私はその腕を蹴り払い、再び倒れた顔面目掛けて思い切り蹴り足を振り上げた。

 

「ちょっ、まっ! やっ、やめ……!」

 

 瞬間、振り抜いた足を、恐怖に染まって制止を求める鼻先数センチのところで止める。

 

「その鬱陶しいアゴを整形されたくなきゃ、ブルーに謝れ。そして、二度と私に関わるな」

 

 そのまま、ゴリラの目の前で強く地面を踏みしめる。これくらい脅かしておけばもう絡んでこないだろう。

 立ち上がったゴリラはブルーにペコペコと頭を下げ、そのまま人混みを掻き分けてそそくさと消えていった。

 周囲にいた人集りも、ゴリラが逃げると同時にそそくさと散開していく。今度こそブルーの手を取った私は、彼女を立ち上がらせると胸元に引き寄せた。

 

「さあ、行こうか」

「え、え? 行くってどこに……」

 

 途惑うブルーには悪いが、一部の人たち対策に利用させてもらう。見せつけるように肩を組んで、私たちはその場を離れた。




次の更新は来週、9/15(月)になります。

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