原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 交差した剣が金貨を貫き月桂樹が取り囲む、巨大なエンブレムが中央ホールの床に描かれていた。それを囲むように柵が巡らされている。よくよく見れば、そこかしこに配置されている黒服や、私の横に立つお姉さんの胸元にも同じエンブレムをあしらったバッチが付けられていた。これ、上のゲーセンのエンブレムと同じじゃないか。ということは、上もこっちの運営と思いっきり繋がっているってことだな。

 ホールの手前辺りで、派手な服を着たノリの軽そうな男がそわそわしながら立っていた。お姉さんはその男に近づき、ぺこりと頭を下げる。

 

「遅れて申し訳ありません! 選手の伊藤くんを連れてきました!」

「来たか! よかった、このまま試合が中止になるかと思ったよ……。伊藤くん、時間を守らないとダメじゃないか」

「えーと……すみません」

 

 私が間違われているのは、どうやら男子らしい。時間を守ってない“伊藤くん”とやらの代わりに注意されてしまったのは癪だが、ひとまずはおとなしく謝る姿勢をとる。するとお姉さんが間に入り、やんわりと弁護してくれた。

 

「伊藤くんも今回が初めてですから、ここに来るまで迷っちゃったみたいなんです。そうだよね、伊藤くん?」

「は、はい、そうなんです。上でちょっと時間潰してたら、地下に行く為のエレベーターがどこにあるのか、わからなくなっちゃって……」

 

 よし。偶然だけど会話の流れで、ここが地下だってことが言えたぞ。通話の内容は録音されているから、これでジャンボが増田ジュンサーに伝えてくれさえすれば、突入の手がかりになるかもしれない。

 そう思うと、他にも色々手がかりになりそうな情報を引き出しておいた方がいいような気がしてきた。幸い、相手は無警戒なお姉さんだ。なんとか接触の時間を増やして、子供の立場から会話を誘導できないだろうか。

 そんなことをぼんやり考えながらしおらしくして見せると、男は苦笑しながら頷いてくれた。

 

「ちょっと隠れた場所にあるからね、仕方ないか。今は代替のノーベットマッチを挟んでいるから、これが終わったら君の出番だ。あと十分くらいで終わるかな。それまでは、おとなしくこの辺で待っててね。念の為、君も伊藤くんに付き添っていてくれ」

「はい、わかりました」

 

 お姉さんはまた軽くお辞儀をして答える。男はいたずらっぽく笑いながらそう言いつけると、インカムで呼ばれたらしく、何事かを喋り返しながらどこかへ去っていった。

 

「じゃあちょっと退屈かもしれないけど……お姉さんと一緒にお喋りでもしながら、ちょっとだけ待とうか」

「わかりました」

 

 今のところ状況は好転していると言える。先程の男は消えて周辺にボーイもいない中、あと十分という猶予でお姉さんと二人きり。まさに渡りに船だ。この隙を逃す手はない。

 とは言え、具体的にどんな情報を引き出すべきなのだろうか。増田ジュンサーが私服でこの近辺の“お仕事”をしていたのだから、ある程度の情報は掴んでいるのか。私は警察じゃないし、内部の事情まではわからない。捜査方針がどんな風なのかだって知るはずもない。

 とすれば、これは山勘の賭けだ。ないよりはマシ程度と言うことで、やるだけやってみよう。会話は全て録音されている。例え重複した情報だったとしても、物的証拠として残せるのは意味があるはずだ。

 まずはここが本当にカジノかどうか、つまり“違法な賭博場”なのか聞いてみよう。それを導く為に使えそうな質問は……。

 あ、もしかしてこういうの、誘導尋問って言うのかな?

 

「ねぇお姉さん、あそこの人達って何してるの? なんか、すごいたくさんお金出してるけど……」

 

 ……まぁ、私はプロのネゴシエイターとかアナライザーとかじゃないし。ベタとか言わない。気にしない。あれれーとか言わないし!

 こんなベタベタな質問だが、お姉さんは怪しむでもなく、にこやかに答えてくれた。

 

「皆ね、いろんなゲームでお金を使って遊んでるんだよ。負けるとなくなっちゃうけど、勝つとたくさん貰えるの」

「へー、そうなんですねー……」

 

 おいおい、こんな幼稚回答をするって……私は一体何歳に見られているんだ? 外見だけで言えばありえないだろう……あれか、伊藤君とやらの年齢で対応されているのか。どう考えたって中身と外見がつり合わないだろう! 内心のツッコミに口元が引くつくのを必死に抑える。

 とにかく、ここまでストレートな質問をしてもイケるなら、あまり深く考える方がむしろまずいのかもしれない。策士策に溺れるってやつ。下手に裏をかくより、正面から仕掛ける王道をいってみよう。

 

「それにしても、ゲームセンターの地下にこんな場所があるなんてすごいですね! こんなに広くていろんなゲームがあって」

「そうだよね、私も初めて来た時は驚いちゃった! 地下なのに三階建てだもんねぇ。ここ、お客さんが200人も入れるらしいよ。今日はエキシビジョンマッチがあるから、多分満員に近いんじゃないかな」

「200人も!? でも、地震とか起きたら怖くないですか? エレベーターって一つしかなかったですよね?」

「だーいじょうぶ! 実はあのエレベーター以外にも入り口は3つあってね、非常口もそれぞれの階に2つずつちゃんとあるの。その時は私達が誘導するし、安心だよ!」

「このゲームセンターの他に3つも?」

「うん、そっちのことは本当はナイショなんだけどね……」

 

 う、さすがにそれは教えないか。いや、質問を深めすぎたか?

 一瞬だけ緊張が走ったが、お姉さんは耳元でこっそりと囁いてくれた。

 

「実はね……お客さんそれぞれに入れる入り口は決まっているの。伊藤くんはここの入り口って決まっているから、私が上に迎えに行ったんだよ」

 

 ってことは、他の入り口に決まってたらこの天然のお姉さんは来なかったということか。なんという当たりを引いたんだ。

 

「じゃあ、他の入り口はどこにあるの?」

「タマムシデパートの<パールル宝石>っていうお店と、西前大通りにある<ブティック・キュウコン>、それと大学前通りの<ハーシェ>の奥に出入口と非常口が繋がってるんだ。あと、街の中でこのエンブレムの刻まれたモニュメントを見たことあるかな? あれは上のゲームセンターが街の景観を良くする為に寄付したものなんだけど、他3つの非常口はあの下に繋がってるんだ。もしもの時は私達がその中から迷わず一番近い出口に案内するよ!」

 

 ポロリってレベルじゃねーぞ!! 守秘義務どこいったよ、人事担当は何やってんだ!? 私は頬まで引きつりそうになるのを必死で抑えて笑顔を維持した。

 

「へ、へぇーそうなんだ……お姉さんもすごいんですね!」

「えへへ、そうでもないよー」

 

 これは……いくら子供相手だからって、大丈夫かお姉さん。地震よりお姉さんの方が心配だよ。

 けど、おかげで全容がなんとなく掴めてきた。ここは間違いなく賭博場で、地下三階建て構造の大規模な場所。200人は収容可能で、入口と出口を合計した導線は十経路。はっきりとした位置もわかったし、これなら適度に分散できるから、満員に近いらしい今でも突入は可能だろう。

 ちょうどそこで、あの男が戻ってきた。聞くべきことは聞いたし、あとは適当に時間を稼いで、頃合いを見計らって逃げよう。

 

「おっ、ちゃんと待っててくれたね。もう試合が始まるけど、準備はいいかい?」

 

 ちょうどいい、このエキシビジョンマッチとやらをできるだけ引き延ばすように戦えばそれなりに時間を稼げるだろう。

 

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」

「じゃあ伊藤くん、頑張ってね!」

 

 お姉さんの涼やかな応援を背中に見送って、男と共に中央ホールの柵の中へ進んでゆく。すると場内の電気がストンと落ちて、真っ暗になった。いかにも“イッツ・ショータイム”って感じだな。

 

『皆様、大変お待たせいたしました! 本日のメインイベント、エキシビジョンマッチをこれより開始いたしますッ!』

 

 横にいた男の高らかな宣言と共に歓声と拍手が沸き起こり、ずしんと足元が揺れた。何事かと周りを見回せば、派手な音楽や照明が場内を踊り始め、エンブレムを象った足場がぐんぐんと迫り上がっているところだった。こんな金の掛かった仕掛けを用意しているとは恐れ入った。道理で周りのゴテゴテした内装に比べて真ん中がガランとし過ぎている訳だ。吹き抜けの中央を貫くようにして上がる足場は、確かにメインイベントのステージにぴったりと言える。

 ステージの上昇が止まり、照明と音楽が落ち着いた。見た目通りノリの軽い男の手振り身振りが私の周りでちょろちょろと動いて、イベントは進行する。

 

『さて、それではバトルの前に、本日の挑戦者をご紹介しましょう! なんと今回の挑戦者は史上最年少、11歳の少年トレーナー! クチバシティより電撃参戦、伊藤海史くんでーす!』

 

 そうか、私は11歳だったのか。それにしちゃあのお姉さん、子供扱いし過ぎだろ……。

 

『そしてッ! なんと本日はもう一人、スペシャルゲストが来場しております!』

 

 なんだスペシャルゲストって……対戦者か?

 すると目の前にスポットライトが集まり、スモークが盛大に吹き出した。狭いステージの上、逃げ場のない私は濛々と煙る中で咽せながら、両手で顔を覆い隠す。ばっきゃろー、こういうことは事前に一言教えとけってんだ!

 不躾なサプライズにイライラしていると、スモークを振り払うようにして突然、目の前に仮面の男が現れた。音も、気配すらも感じなかった。

 私が目の前の出来事を見逃すことなんてない。こいつ……まさかテレポートでもしたっていうのか?

 司会の男は私の驚きに構うことなく、会場の雰囲気を更に盛り立てていく。

 

『こちらが本日のスペシャルゲスト! 当ホールマスター、ミスターレイドォオオオ!!』

 

 仮面の男が軽く手を挙げるだけで、私の時よりも一層大きな喝采が送られる。レイドだなんてあからさまな偽名に、記号としては効果的なあの仮面。目の前におそらく最重要人物がいるというのに、確かなことは何一つわからない。

 言い知れぬ疑念に駆られていると、仮面の男は私の方を少し見下ろし――笑ったように見えた。

 それを確かめられないうちに仮面の男は観客の方へ振り返り、大仰なお辞儀をしながら朗々と喋り始めた。

 

『皆様、本日は当ホールにご来場頂きまして、誠にありがとうございます。本日は恥ずかしながら、ホールマスターである私が今回のゲームマスターを務めさせていただきます。ところで皆様、遊戯とは何でしょう? 遊戯とは、即ち心の余裕であり、生きる歓びでもあり、遊楽の粋であります』

 

 仮面の男の声は低く響き渡り、魔力でも宿しているかのような求心力で観客の耳を引いていく。あれほど騒々しかった場内は、いつの間にか水を打ったように静まり返り、私でさえ目を奪われてしまっていた。

 誰の反論も同意もない中、男は静寂を破るただ一人の主張者として滔々と語り続ける。

 

『歓び、怒り、哀しみ……それらが真実であるからこそ、愉しい。それらが自由であるからこそ、生きている。首輪で縛られた犬が楽しそうでしょうか。鳥籠に囚われた小鳥は自由でしょうか。では、我々の枷とは、檻とは? 当ホールは、そういった無粋なものの一切を排していると自負しております。皆様、遊びましょう。楽しみましょう。限りない高みへ、感情の赴くままに』

 

 レイドはすっと人指を天へ向けた。その指先に視線が集まる。

 

『グランドハイレートデイ。月に一度だけ、掛かるチャンスの全てが解き放たれる日です。全てを得るか、失うか、皆様のたった一賭(ワンベット)に懸かっています。何、それも一興、これも一興。今日この日の一切は、遊戯です。例え失おうとも、それはお遊びのこと。もし何かを得たとしても、まさに蜃気楼。この陽炎の一時、どうかお楽しみ頂けましたら、手前共にとってこれ以上の喜びはございません』

 

 最後に、深く頭を垂れて。

 それから誰からともなく、割れんばかりの大喝采が巻き起こった。

 ここの連中は一人残らず、誰も彼も――このたった一人の男に惑わされている。

 男の言うことは一見、正しいようにも思える。思い切りが良くて、普段なら空気を読んで言えない種類のことだ。誰もが心の中に押し隠し、密やかにしておくようなことだ。それを解放させることが、このホールの目的らしい。

 しかし、賭博は犯罪だ。全てを得る、なんて大層なことを言っていたが、実際客の方が儲かる道理なんてあるはずがない。ああいう大言壮語で人を騙し、すかし、脆い部分につけこんで搾り取る。騙される方だって悪いかもしれない。けれど、まず第一に人を騙すことに何の抵抗もなく、ああやって息をするように嘘を吐く方こそ、罰せられなければならない。

 敵は見えた。あのレイドとか言う仮面の男こそ、諸悪の根源だ。残念ながら、それを伝える術はもうない。だからここからやるべきは可能な限り時間を稼ぎ、あわよくばこの男の足を止めることだ。逃しはしない。絶対に逮捕させてやる。

 拍手が一段落したところで、また司会の男がイベントを進め始めた。

 

『それではいよいよエキシビジョンマッチを開始いたします! 伊藤くん、ステージ中央のテレポーターへどうぞ!』

 

 見れば、いつの間にかステージの中央が僅かに光っていた。派手なエンブレムに気を取られていたけど、どうやらオリジナルデザインのものを床に直接設置しているようだ。さすが裏カジノ、本当に金が掛かっているな。言われるままに、その上へ歩みを進める。

 

『では伊藤くん、グッドラック!』

 

 やかましい司会の掛け声と共に私の体は奇妙な浮遊感に引っ張られ、放り投げられるような感覚と共に視界が消失した。


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