原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 頑丈な扉を開けると、縦横に広がる大きなバトルフィールドがあった。研究所の二階部分を丸々使うとか、贅沢だな博士。

 フィールドの中央に立つトレーナー二人は侵入者に気づく様子もなく、バトルに熱中しているようだった。

 目をぎゅっと瞑り、口からぺっぺと何かを吐き出しているフシギダネを応援しているのが妹のリーフ。対する反対側、イーブイの背後から少年は妹を見下し、余裕の表情で腕組みしながら立っていた。

 原作でいうと、あれがオーキド博士の孫でライバルになるのか。昔から思ってたけど、あの逆立った髪ってどうなってるんだろう。

 寝癖? それとも、毎日ワックスでせっせとスタイリングしてるの?

 そんなどうでもいいことを考えていると、フシギダネが攻撃に出た。僅かばかりに開けられた目では狙う目標を捕らえきれず、相手に簡単に避けられてしまう。

 

「頑張って、フシギダネっ」

「へへっ、そんな状態で闇雲に攻撃したって当たんねえよ」

「うるさい卑怯者!」

「ハッ! 砂かけは立派な技で、これはちゃんとした戦略だ。命中率を下げて、なるべくダメージを食らわない。トレーナーになったんなら、こんな初歩レベルの知識くらい知っておけよな」

「うう~っ……」

 

 まさにその通り。ライバル君が言いたいのはつまり、当たらなければどうということはない、ということ。究極理論だが、これほど強いものはあるまい。

 というか妹よ、昔教えなかったっけか? 勝てば正義、金的だろうが使えるものは何でも使えって。勿論、審判に見つからないようにだが。

 ……あれ、変質者対策に言ったんだっけ? まあいいや。

 ぶっちゃけゲームでも天候技が在る通り、実際のバトルだってフィールド内だったら何でも活用しちゃっていいんだよ。ただし、ゲームと違うところはアイテムの使用が禁止されていること。ドーピングは反則です。

 必死の攻撃も当たらず目に入った砂が痛むのか、フシギダネの目尻に涙が浮かんでいるのが見える。

 

「イーブイ、その泣きべそかいてる奴に体当たりを食らわせてやりな!」

 

 ライバルのその言葉に、今まで回避に徹していたイーブイが駆け出した。フシギダネに向かって走り、すれ違い際に体躯で横に押し出す。

 なるほど、体当たりが自分に被ダメージを食らわないのは自分のぶつけるところを考えている為か。突進や捨て身タックルの説明文を見て疑問に思っていたが、これでさらにスピードを乗せたら自分も危険を増すし、ましてやダメージ重視で急所にぶつかりに行ったら中々当たらない。

 攻撃力と命中率の違いがようやくわかった気がした。え、ポケモンを持ってるくせに何でそんなこと知らないんだよって?

 ここで残念なお知らせ。妹が無知なのと同じく、私もバトルに関してはほとんど素人と言っていい。ただし無駄に手持ちポケモン達のレベルは高い。何故かって?

 母さんがジャンボにバトルを教えて、次々と仲間になったポケモン達に戦闘訓練を施したのはジャンボ、最強軍団の出来上がり。ね、簡単でしょ? 

 バトルは後ろで見てればいいんだもん。指示なんてしたことがない。今まで私がトレーナーじゃなかったのが良く判るね。

 

「それ、もういっちょ!」

「避けてフシギダネ! ……ああ~っ」

 

 あれこれ考察している内に、2撃目の攻撃が頭に入ったのか、フシギダネはひっくり返って目を回していた。妹の初戦は黒星を飾ることとなったようだ。どんまい。

 パートナーに駆け寄って心配する妹と、こちらに気づいてイーブイを連れて歩いてくるライバル君。彼は祖父の横に見慣れない私を見て、警戒心を顕わにした。

 

「お疲れ様、そしておめでとう翠」

「グリーンだ。間違えんなよ、じっちゃん」

「すまんすまん、まだ慣れんでのぉ」

「そいつは?」

 

 訝しむ顔で見られたので、反射的に営業スマイルで応答する。

 

「はじめまして、妹のリーフがお世話になりました。レッドです、よろしくね」

「レッド君はこの歳でタマムシ大学の研究室に就職先が決まっておる。将来は儂の同僚じゃ」

「しがない研究員見習いだけど、今は妹と同じ駆け出しトレーナーだよ」

 

 怪訝そうにこちらをじろじろと見るグリーン。おいおい無礼だな。まあ、この年頃の男の子の扱いは微妙だから、気にするだけ無駄か。それともゲーム通りの自己中心的な性格なだけとか。近い内にバイビーとか言っちゃうの? ヤバイ面白そう、すっげー見たい。リーフにポケギアで録画頼めないかな。

 そして、フシギダネをモンスターボールに戻したリーフもこちらに合流した。姉妹と言えど久々の再会になるのだが、お構いなしに妹は私に泣きついた。おいこら、人前でみっともない。

 

「だって悔しいんだもん~っ、シンの馬鹿ぁ~!」

「はいはい、泣くのか怒るのかどっちかにしなさい。そんでもって、シンじゃなくてレッドな」

「レッドの馬鹿ぁ~!! 仇討ちして~っ!!」

「はぁ?」

 

 おいおい、何を言い出すのだマイシスター。

 呆れる私とは裏腹に、先ほど勝利したばかりのグリーンは調子に乗ってこちらを挑発してきた。

 

「いいぜ、かかってこいよ。どうせ妹と同じでお前も大したことないんだろ?」

「レッドっ! 私、売られた喧嘩は買って打ち負かせって昔あなたに教えてもらったわ!!」

 

 両者から向けられる視線に耐え切れなくて、分別ある大人に放り投げた。オーキド大先生、仇討ほど愚かなものはないとこいつらに教えてやってください!

 なのに博士はケラケラと笑って「青春じゃなあ」とか抜かしやがる。だめだこの人、研究者としては一流かも知れないが、教育者としては三流だ。

 諦めろ、と相棒にも目線で訴えられ仕方なくフィールドへと足を運ぶことに。

 

「ジャンボ、お前がやれって言ったんだからお前が行けよ」

「……チャー」

 

 面倒くさそうに前へと進む相棒の肩は落ちていた。おいおい、見るからにやる気ねえぞアイツ。私もだけどさ。

 お互い位置に着く。開始の合図はオーキド博士が務めてくれることになった。このジジイ、ノリノリである。男性はいつまでも少年の心を持つというが、まさにこの人のことをいうのではなかろうか。

 相手のイーブイは先ほどの勝利で興奮しているらしく、やる気満々だ。その持ち主のグリーンも、こちらを舐めてかかっているのがわかる。

 ちゃっちゃと終わらせよう。それに越したことはない。オーキド博士の開始宣言がバトルフィールドに響くと、即座に私は呟いた。

 

「先手必勝、軽めによろしく」

 

 開始と同時に相棒が逐電していたものが、合図と共に放たれた。目の前を走る電光に、グリーンは驚き指示を出せず、イーブイはもろに電撃を食らった。

 電気タイプのポケモンを見るのは初めてなのかな?

 

 人間が電気タイプと相性が悪いとされているのは、目に雷光が慣れていないからだ。かく言う私も昔、これに慣れぬ頃は毎日目をショボショボさせていた。今では突然の雷光に対応するべく瞼が全開になることはなく、よく狐目だとか言われるが気にしない。

 もうこれ癖なんだよね。周囲の電気タイプ持ちの人も誰もが通った道だと断言する。ちなみにグラサンと目薬は常時欠かせません。

 もう一つの特徴として、電気ポケモンに触るときは静電気が発生するが、気になるのは最初だけ。その内、逆にポケモンの方が電気を吸収してくれるようになるから、心地よいピリピリ感へと変化する。帯電体質の人は改善してしまうオマケ付き。どういう原理なのかは未だにわからない。

 

 一瞬のスパークに目が落ち着くと、そこには床で四肢を伸ばして痙攣しているイーブイがいた。あれ、ちょっと過剰攻撃すぎやしませんかねジャンボさん?

 

「もしかして怒ってる?」

「ピーカー」

「違うか。じゃあ、力の入れ具合間違った?」

「……チュ、チュウ?」

「よーし反省しようか」

「ピカピカチュー……」

 

 バトル終了と私の勝利がオーキド博士から告げられる。相対する必要のなくなったイーブイの傍まで行き、手持ちの麻痺治しを口に含ませる。すぐに呼吸がよくなり、自分の足で立てるようになった。よかったよかった。

 その肝心のトレーナーはというと、先ほどから呆然としていて全く反応がない。おいおい、自分のポケモンだろう。心配するなり手当てくらいしろよ。

 イーブイをピカチュウに任せて、グリーンの前で手を振ってみる。

 反応がない。こいつマジで大丈夫か? もしかして目をやられてまだ視界が戻ってないとか? 電気タイプ初めてっぽいし、ありえるな。

 もう一度、今度は肩も叩いて呼びかけてみる。すると、ビクンと反応して距離を取られた。

 

「…………こ、こんなのはビギナーズラックなんだからな! まぐれで俺に勝ったからって、いい気になるなよ!!」

「何がビギナーズラックよ! レッドはあんたより何年も前から旅に出て、ポケモン達を育ててきたのよ。あんたみたいなヒヨッコが敵うはずないじゃない!」

「そいつはお前と同じで、今日からトレーナーじゃなかったのかよ!?」

 

 リーフの言葉に、話が違うとばかりに今度は詰め寄るグリーン。忙しいやっちゃなあ。

 

「正真正銘、今日トレーナーカードをもらったばかりの新米トレーナーだよ。間違いありませんよね、博士?」

「儂がこの町の発行元になっておるからの。直接手渡したのじゃ、間違いない」

「……くそっ!!」

 

 一言捨てはいて扉から出て行くグリーン。それを慌てて追いかけるイーブイ。

 

「ピカピ~」

「ブイ!」

 

 手を振るジャンボに扉の前で振り返り、挨拶を交わすイーブイ。トレーナーとは裏腹に、ポケモン達はいつの間にか仲良しになっていたようだ。あのイーブイ、グリーンよりよっぽどコミュニケーション能力あるぞ。

 

「ほっほっほ! さすがじゃの、レッド君や」

「彼の言ったとおり、ビギナーズラックですよ」

「あのイーブイは去年、グリーンの誕生日に儂が送ったものでな。本当は今日、リーフ君らと同じくパートナーポケモンを授けようとしたのじゃが『俺のパートナーはこいつだ!』と拒否されてのぉ」

「仲が良いんですね」

「そうじゃな。あやつもトレーナーではなかったが、イーブイを鍛えることはしていたようでな。皆より早いスタートを切ったと過信していたのじゃろう。お主が見事に鼻を圧し折ってくれたおかげで、あやつのプライド高い心も少しは変わればよいのじゃが」

「狙ってたんですか」

「君が負けるはずがなかろう?」

 

 ニヤリと笑って言う博士に答えることなく、お邪魔しましたと告げてその場から退出した。

 またいつでもおいで、と博士は言うが当分は来ないだろう。大人って汚い。

 すたすたと廊下を抜けて、玄関まで来たところで背後から呼び止められる。

 すっかり存在を忘れていたリーフが、置いていくなんてひどい!とふて腐れながら、隣を歩いていたジャンボを抱えて横に並んだ。

 

「ごめんごめん」

「これからレッドもどこかに出かけるの? それともまた仕事?」

「……母さんに、私を越えるまでは家の敷居は跨がせないみたいなことを言われた」

「うわちゃー……母さん、昔からシンにはスパルタだったもんね」

「名前に戻ってるぞ。リング名で呼ぶ癖つけろって」

 

学習能力の低い妹の額に、デコピンを一発お見舞いする。ふっふっふ、両手を塞がれていては防げれまい。案の定、無抵抗で食らったリーフは恨みがましい視線を送ってきたが、無視して新しい話題を切り出した。

 

「そういやさ、母さんのトレーナー成績ってどのくらいか知ってるか?」

「確か前にカードを見せてもらった時……バッジの欄は全部埋まってたような」

「……それってカントーだけだよな?」

「…………ご愁傷様」

 

 空に顔を向けて、どこか遠い目をする私に妹と相棒はそろって肩を叩いた。

 最近やたらと私、哀れまれてないか? 主に相棒とか相棒とか……トレーナーの威厳もへったくれもないな。

 ため息を一つ吐いて、気分を入れ替える。もっと前向きに生きよう、そうだポジティブに行こう。

 

「最近忙しかったし、これを休暇だと思ってゆっくり観光しながらジム巡りでもしようかな」

「いいんじゃない? それより、よくあの父さんがトレーナー修行の旅なんて許したね」

「あ……」

 

 思わず足が止まった。脳内の思考も止まる。やべ、フィールドワークの報告をする時に、今後の予定を何も告げていなかった。

 どどど、どうしよう!? 今たてこんでる研究ってあったっけ、スケジュールなんて週単位で変わるから大学に行かないと分からないし、むしろ勝手に仕事入れられてたりしたら……!!

 傍から見ても挙動のおかしい私に、妹までも顔が青くなる。

 

「まさか……」

「……忘れてた」

 

 急いでポケギアを取り出して見ると、現在時刻は夕方の午後5時過ぎ。大学の受付はもう閉まっている。

 だめだ、研究室に直接電話しても繋がるはずがない。まず、あそこの連中は受話器を取ろうともしない。

 考えた結果、明日大学に電話することにした。それも朝一だ。最早それしか手はない。

 当面の方針は決まった。明日の予定もある。あとは体を休めるだけなのだが。

 

「家に帰れないとなると、野宿か宿屋、もしくはポケモンセンターか。

 急げば暗くなる前にトキワシティのポケモンセンターに着けるかな」

「ならトキワまで一緒に行こうよ! 久々の姉妹二人旅!」

 

 私の手を取り、嬉しそうに妹は言う。小さな頃はしょっちゅう二人と一匹で探検しに行ったっけ、と懐かしさを感じた。

 首を縦に振れば、よーいどん! と急に走り出す。手を握られたままだった私も、引っ張られれば慌てて追いかけることになる。

 「ひゃっほ~い」と楽しそうな声を上げながら、時折こちらを振り返りつつ最短ルートを駆ける彼女に、私も嬉しくなる。

 朝起きたら、いつの間にか狭い布団に一人と一匹が追加されているんだろうなと予想しながら、私たちはトキワに向かった。




【リーフ】
本名:日下部 万葉(くさかべ かずは)
年齢:10歳
身長:139cm
アレコレ:レッドとは双子の姉妹

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