ノーマルタイプの放つ十万ボルトという技は実際、タイプが一致する電気タイプの放つそれとは威力が段違いの上、過剰に体力を消耗する。相性の壁こそ如何ともし難い現実ではあるものの、逆に考えればこちらが不利なのはその一点だけだ。膠着が均衡へと移り変わり、相手の体力が消耗した時、突破の一条は見える。
だが相手のトレーナーボックスに、人影はない。にも関わらず、あのガルーラはたった一撃の肉弾戦でカロッサの技量を推し量り、尚且つその脅威から外れる安全な距離を取った上で、弱点の相性まで突いてくるのだ。何らかの手段で誰かが指示を与えているという事も考慮外ではないが、もしあの戦術を独断で選択しているのなら、これは素直に驚愕すべきレベルに達していると見るべきである。
だとすれば、己が疲れ果てるまで技を撃ちまくる、という短絡的な決着を期待するのはあまりに楽観的過ぎる。そうなる前に何か別の策を取るはずだ。
「でもそれじゃ、どっちにしたって出たとこ勝負だ……。手の内が読めないままじゃ、どうにも……」
フィールドの支配を奪われ、攻守のリードを奪われ、なのにこちらは何一つ、確たるものがない。
焦りと不安で頭をいっぱいにしていると、カロッサが怒ったような瞳でこちらを一瞬だけ見遣った。
わかる、わかるよ、お前の根性論の方がわかりやすいしカッコイイよ。でもさだってさ、お前だって今んとこ困ってるじゃん? これってやっぱトレーナーの私がしっかりしなきゃだめじゃん? だから色々考えるじゃん? わかってくれよ、小手先でなんとかしようって魂胆じゃないんだ。
親の心子知らず。その大きな背中からはどこか、子供っぽい癇癪が感じられる。ほんとに、そんだけデカくなっても中身はゼニガメだった頃と何も変わっちゃいないんだよな……。
「ガァメッ!」
うおっ、どうしたカロッサ! なんでイキナリ後ろ向いてんだ!?
三発立て続けに飛んできた電撃を重たい身体ながら上手に避けたと思ったら、突然踵を返したのだ。すわ、ここで交代かと咄嗟にボールを握り締めたが、そうではなかった。背中のキャノンを地面に向け、水色の光が溢れだして――。
体重92.3キロの巨体が、爆音と共に宙を飛んだ。
これには相手のガルーラも、そしてトレーナーの私でさえ、ぶったまげて唖然としてしまった。
あの技、もしかしてアクアジェットか!? 随分前からちっとも使わなくなったから、すっかり忘れてた!
その昔、まだゼニガメだった頃からカメックスに進化する少し前までは、アクアジェットで宙を飛び、フィールドを所狭しと駆け回っていた。素早さという言葉とは無縁なカメという宿命を物ともせず、相手の意表を突いてはキツイ一撃を見舞うテクニカルハードパンチャーだったよね。
そうだよ、あいつカメックスに進化してから大艦巨砲主義にでも目覚めやがったのか、うちのメンバーが得意としている(っていうかジャンボの教えの偏った影響で覚えたであろう)高機動戦闘を捨てたんだ。多分、あのキャノンの使い心地がよっぽど気に入ったんだろう。甲羅も分厚くなって動きづらくなったことだし、自分なりに戦闘スタイルを変えたのだと思って気にしていなかった。
けれど、あいつは忘れたわけじゃなかったのだ。宙の飛び方も、ジャンボの教えも。
さながら潜水艦がタンクから海水を一気に吐き出して浮上するエマージェンシーブローよろしく、盛大な水飛沫を残した急仰角で一気に雷撃の弾幕を飛び越えてゆく。更に下を向いたキャノンから、ガルーラの頭上に向かって水鉄砲が――いや、もうもうと湯気が立っている。水鉄砲じゃない、あれは熱湯か!
顔面からしたたかに熱湯を被ったガルーラはもんどりを打ち、そこらを転げ回る。もしかしたら、火傷を負ったかもしれない。いくら負けられない戦いとはいえ、あいつ結構えげつないことするな……。
しかもなんか、いかにも「してやったり」っていうドヤ顔までしてやがる。ほんとヤな奴だな、お前……。
だが熱湯による熱い一撃は火傷だけではなく、どうやらガルーラの冷静な思考回路をも一気にヒートアップさせる効果があったようだ。怒り狂ったガルーラは電撃を止め、足音荒くカロッサに向かって距離を詰めていく。
白兵戦になれば俄然、体術に心得のあるカロッサにチャンスが生まれるはずだ。少なくとも、電撃で削り負ける事態は回避できた。
だが、怒らせたポケモンと言うのは怖いものだ。彼らはいくら人のそばで暮らしても、野生的と言おうか、本能的と言おうか、とかくそう言った生物の根源たる部分を失うことはない。つまり彼らが本気で怒る時とは即ち、この人間社会において必要な自制心を全てかなぐり捨てる瞬間に他ならない。
今しも、ガルーラは獰猛な唸り声を上げながら、その大きな拳をカロッサに叩き込むところだった。工夫のない一撃、私はてっきりそれを受け流し、先程の流れるような反撃をまた見せてくれるのだと思った。
だが予想に反し、カロッサは咄嗟にその場で踏ん張り、真正面から防御の姿勢を取った。拳は迷いなくガードに回ったカロッサの腕を叩き、続く二撃目もほとんど同じ場所に叩き込まれる。
そこからガルーラの乱撃が始まった。次第に勢いを増してゆく拳の速度と重みが、防御するカロッサを殴る生々しい重低音を響かせる。速度が、重みが、どんどん増してゆく。ただの拳打ではない。
「あれは……グロウパンチか? だとしたら、このまま防御し続けるのはまずいな……」
グロウパンチは、打ち込めば打ち込むほど威力の上がる変わった技だ。込めた力は拳をより硬く、より速くする。一撃でも当たれば最後、そのまま相手が倒れるまでタコ殴りにするのだ。いくらカロッサの防御力が優れていようとも、威力が高まり続けるあの技をいつまでも受け続けることはできない。
それでも、カロッサの瞳の奥にはまだ――あのドヤ顔の余韻が残っていた。今更ながら、本当に図太く育ったものだと感心する。
臆することなく不利な状況に、あるいは過酷な状況に飛び込み、持ち前の頑丈さを武器にして、僅かな隙を付け狙う。豪胆なようでいて緻密。粗雑なようでいて狡猾。傍目にはもはやサンドバッグと化したカロッサは、しかし虎視眈々と何かを待っている。
「ガルルルルルッ!」
不敵な表情を浮かべたまま、防御一辺のカロッサについに業を煮やしたのか、ガルーラが大きく右の拳を振り抜いた時だった。
カロッサはそれを左肘で、外側へいなすようにして弾き飛ばした。不意に身体の軸をズラされたガルーラは続く左の拳に力を乗せきれず、カロッサに完全に受け止められてしまった。今、カロッサの左手は完全にフリーだ。
大きく開いた左の掌底に青い光が集まる。そして水飛沫が迸り、無防備になったガルーラの胸元へと真っ直ぐに叩き込んだ。刹那、耳の奥を刺すような甲高い音を響かせながら、ガルーラの巨体が吹き飛ばされた。その後には、幾重もの輪状に輝く青い光を残して。
水の波導――本来なら超高速で振動した水を相手にぶつける技だが、カロッサは掌底に纏わせて直に叩き込むことで威力を倍加させている。ただでさえ強力なインファイターであるカロッサの一撃に、波導のエネルギーが乗算された時の威力たるや、分厚い鉄板さえ叩き折るほどだ。
さすがのガルーラも、すぐには立ち上がれない。ふらついているところを見ると、振動の衝撃で脳を揺らされでもしたか。ともあれ、動きが止まったところをダメ押しを言わんばかりに、キャノンの狙いを定める。
「ガァメエエェェェッ!」
腹から響く気合と共に放たれたのは、ハイドロポンプ。大質量の水弾が発射され、ふらつくガルーラに直撃する。再び吹き飛ばされたガルーラは苦悶の声を上げるものの、もう立ち上がりそうになかった。
するとスピーカーから、またあの騒々しい司会がぎゃんぎゃんと騒ぐ声が響いた。
『試合ッ! 終了――――――ッ! 第一セットは伊藤くんのカメックスが勝利だぁ! 白熱した試合展開に、会場の盛り上がりも最高潮ですっ! それでは続いて、第二セットのポケモンが登場だ――っ!』
ガルーラが戻されて、次のボールが打ち出されてくる。出てきたのはペルシアンだ。もしかして、あっちの三匹はノーマルタイプで統一されてるのか? 弱点がなくてやりづらいな。
『さて伊藤くん、ポケモンの交代は大丈夫かなっ? 準備ができたら右手を挙げてくれっ!』
どうでもいいけど、あいつはなんでこんなに馴れ馴れしいんだろ。RPGで突然出てくる進行用のキャラみたいだな、お前。
「カロッサ、職人と交代するか?」
「ガーメッ」
私の提案に、カロッサはふるふると首を横に振る。ああそう、もうやれるとこまでやりたいってことね。完全に闘争心に火が入ってるな、こりゃ。
まぁ一匹倒せたことで戦力差は伯仲した。このままカロッサで二匹目も体力を削るか、あわよく倒せれば逆転だ。ここはこいつの意志を尊重し、素直に乗っかるのもいいだろう。
「わかったよ。次もよろしく頼む」
「ガメッ!」
任せなさい、と大きく頷いてドンと胸を叩く。ここだけ見れば頼れる良い奴なんだけどな。そのドヤ顔がな、無性にムカつくんだよな。
私に褒める素振りがないことを悟ると、どこか残念そうにすごすごとセンターサークルへ戻ってゆく。そうだカロッサよ、そうやって一つ一つ学んで大きくなって、いつかドヤ顔をやめられれば褒めてあげよう。性格的に無理そうだけど。
うっかり笑い出しそうになる我が子の哀愁を噛み殺しつつ、私は右手を挙げた。すると司会が嬉々とした声で、第二戦の始まりを告げる。
『さあっ、伊藤くんの準備も万端のようです! それでは第二セット、スタートォ!』
開始の合図と共に、カロッサは勢いよく一歩を踏みだそうとした。だが、私達はそこで信じられない光景を目の当たりにした。
相手のペルシアンが忽然と――消えたのだ。
【カロッサ】
種族:カメックス
性別:♀
性格:高飛車お転婆おっちょこちょい……一言で言うとお嬢様
アレコレ:360°水のかめはめ波出し放題。ドヤ顔で調子に乗る。実は頭脳派インファイター。性格に一部難有りで、タッグを組む時はいつもアルディナが面倒を見ている。