原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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トキワシティ編


03

 翌日の早朝。私は大学の受付が開く6時半きっかりに電話をすべく、10分前からポケギアを片手に、床に正座して待ち構えていた。

 リーフはというと、朝に弱いにも関わらず珍しく起きており、何故か私のベリーショートの髪を指で梳いて遊んでいた。無理に付き合わなくてもいいのに。相棒はその妹の後ろ。わざわざイスを持ってきてそこに登り、妹の髪を編みこんで遊んでいる。

 なんだこの電車ごっこは。しかもジャンボの奴、いつの間にそんな器用なことを覚えやがった。道理でポケギアのネット履歴に『流行 編みこみ 人気』とか出るわけだよ。お前の性別は雄だと記憶していたはずなんだがな。

 

「レッドはいつも髪の毛短いままよね。せっかく綺麗な顔してるんだから、もっとお洒落に気を使えばいいのに」

「面倒くさい。そんなのに回す金があったら、もっと有意義なことに使う」

 

 本音を言うと、前世の性別が男だったせいで今でも女の格好に抵抗があるから。さすがに10年も女の体に付き合っていると嫌でも慣れはしたが、それでも精神は男のままな訳でして。自ら進んで女の格好をしたいとは思わないのだ。

 幸いなのは、この世界では男女が完全に平等だということ。いくら日本が男女平等を掲げていようとも、スーツでパンツスタイルを取る女性は“俺”が生きていた頃はまだ少なかった。今はどうかしらないが。当時の日本には、女性は女性らしくあるべきという慣習が根強く残っていた。

 それが、この世界では存在しない。職種に性別の向き不向きはあれど、男性が保育士をやろうが、女性がレスキュー隊にいようが、誰一人奇異の目で見ることはない。私が普段から男の格好をしようが何も問題ないのだ。それに救われた私は、幼いころから女の子らしい格好を拒み、男の子らしいスタイルを貫き通してきた。

 最近では双子の妹であるリーフがそれを気に入らないようで、もったいないと度々不満を言う。外見にこだわりだすお年頃なのだろう。私がこの格好をするのは今更だろうに。

 そういえば昔は、私達が二卵性であまり似ていない上に格好まで極端に違うことから、年の離れた兄妹みたいだとよく言われたっけ。

 軽くあしらうも、彼女はしつこく詰め寄ってきた。

 

「金銭関係でうるさく言う割には頻繁にカットしてるじゃない。伸ばせばお金はかからないわ」

「無料でカットしてくれる専属美容師がいるから問題ない」

「なにそれずるい!?」

「リーフも頼んだらいいじゃん」

「どこにそんな都合のいい人がいるっていうのよ」

「お前の後ろ」

「ピッカー!」

 

 残念、人じゃなくてポケモンでした。驚き振り返る妹が見たのは、自分だと胸を張ってアピールする我が相棒の姿。

 髪の毛を掴んだまま反転されたせいで、私まで後ろに引っ張られる。痛い、そして巻き込むな。

 仰向けの体勢から一人と一匹を見上げれば、見事な編みこみが施された髪型の妹がジャンボに対し、必死にカットをお願いする図が見えた。この世界に常識は通用しない、私は相棒と歩んできた人生でつくづくそれを感じる。

 ふざけている内に、予め1分前にセットしておいたタイマーが鳴った。いよいよだ。わたしは短縮で番号を呼び出し、時間に備える。

 デジタル時計を凝視し、数字が変わった瞬間にボタンを押す。

 しばらく待つと、機械的なアナウンスが呼び出しております、と告げてコール音が鳴った。

 ここからが正念場だ。うちの大学は様々な企業、研究機関から人気があり問い合わせの電話が殺到する。

 どこぞの通販のフリーダイヤルにも負けていないほどのオペレーターを抱えてはいるが、一件一件の通話内容がものの見事に長いので中々繋がらないのだ。確実を狙うなら、業務開始の朝を狙うしかない。

 コール音が10回を越えた辺りで『はい、タマムシ大学総合受付、楠木でございます』と繋がった。よっしゃあ!

 

「お世話になっております、タマムシ大学ポケモン学部の日下部真紅と申しますが、日下部教授はいらっしゃいますでしょうか」

『日下部教授ですね、かしこまりました。いつも通り、こちらから掛け直させてもらいますので』

「よろしくお願いします」

『では、失礼いたします』

 

 無事に通話を終えて、ふぅと息を吐く。安堵したのもつかの間、すぐにポケギアが着信を知らせた。

 画面を見ると、求めていた父親の名前が表示されていた。すぐに通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

『おはよーシンク、父さんだよ~ん。この前の報告書に不備でもあった?』

「重大且つ急ぎの項目が一点」

『おっと、そいつぁいけない。何かな?』

「暫くトレーナー生活に集中しなければいけなくなったので、バイトができない」

『……ぱーどぅん?』

 

 昨日までの詳細を話すと、『そっか、母さんからの命令なら仕方ないな~……』と納得してくれた。

 絶対反対すると思ったのに、呆気ない引き際に薄ら寒ささえ感じる。明日は槍でも降るのか?

 

『あー、どうしよー……。次は双子島の生態調査に行ってもらう予定だったのに……研究室の皆になんて言おう』

「やっぱり次の仕事入れてたか……。連絡が遅れて本当に申し訳ない。どうにもならなかったら、それだけ引き受けてから出発するよ」

『いや、まだ論文の提出期限には余裕あるし大丈夫。外部の調査班を雇うまでもないし。気分転換に父さんが行ってこようかな~!』

「頼むから副室長の胃を痛めることだけはしないでね」

『わかってますって』

「さすがに急を要する事とか、事前に連絡いれてくれさえすれば手伝うこともできるから」

『あ、じゃあさ! 進路ってもう決めてる?』

「まだだけど」

『お月見山に行ってきてよ』

 

 おい待てコラ、それ何て原作フラグ。声が出ないほど衝撃を受けた私を無視して父親は話を続ける。

 『最近珍しい化石が出たらしいんだけど、泥棒も多いみたいだから気をつけてね!』とか、貴様それが娘に言う台詞か!

 こちらのことなどお構いなしで、他にも注文をたくさん付けていく父親。口を挟む隙を与えない猛口撃が、数日前の妹の姿と重なる。これは遺伝に違いないと、血の繋がりを垣間見た。

 

『それと、もし月の石を見つけたら絶対父さんにも見せてね!』

「はいはい……」

 

 目には見えないが、父親が声だけでも興奮しているのがわかる。この人は相変わらず根っからの研究者体質だなあ。かくいう私も、物事を追求するその性格は父親譲りとよく言われる。

 『達者でな~』と応援の言葉を貰って通話は終了した。

 

「山越えかぁ……」

「いきなりハードなスタート切るね」

「望んでやってる訳ないだろ」

「わかってますよ~」

 

 私はマゾじゃない。なぜか敷かれるレールが過酷で茨道なだけなんだ。ステータスがあったら絶対に幸運値が低いに違いない。

 

「私の行き先は決まったが、お前はどうするんだ?」

「おじいちゃん達の処に行こうかなって考えてる」

 

 なるほど。

 うちの母方の祖父母は、ハナダシティの郊外で育て屋を営む夫婦として有名だ。

 どんなポケモンでも、この夫婦の手にかかればパワーアップが可能。育て屋とは、言い換えれば戦闘のプロである。

 トレーナー初心者であるリーフは、まずバトルのいろはを覚えることから始めるらしい。とても良い判断だ。

 

「てことは、リーフとは此処でお別れか」

「寂しくなったら電話するね」

「たまになら出てもいい」

「もうっ、意地悪なんだから~!」

 

 電話には出不精でメールにも筆不精。人付き合いが悪い姉ですまんな。

 

「ジャンボはいっぱいメール送ってね!」

「ピッカー!」

「おいこら、通信費が嵩むからやめろ」

「なによ、母さんから餞別貰ったくせにケチくさいこと言わないでよね」

「チャー!」

「そうよ、ジャンボ専用のポケギアを買えばいいんだわ!」

 

 名案だとばかりに妹は手を叩く。ジャンボはというと、期待に目を輝かせてこちらをじっと見つめていた。

 まてまて、話が変な方向に脱線してるぞ。

 私は節約しろと言ったんだ。いくら電気ポケモンが手持ちにいるから充電の心配がないとはいえ、旅の中での消費は避けたい。それがどうして、ポケギアをもう一台増やすことになるんだ。

 

「頑固者め! そっちがその気なら、こっちにだって考えがある!!」

 

 リーフはそう言うと、どこかに電話をかけだした。

 

「もしもしお母さん? おはよう! あのね、ジャンボ専用のポケギアを買いたいんだけど」

「おぃいい!?」

「ピッカァアア!!」

 

 私の悲鳴と、相棒の歓声が不協和音を奏でる。

 こいつ、母親を味方に付けやがった。だめだ、勝敗は見えた。私の敗北しかありえない。

 ジャンボに向けてVサインをする妹と飛び跳ねる相棒を見れば一目瞭然だった。

 

「餞別にはジャンボの分も入ってるんだから、欲しがってるなら買ってあげなさいって」

「然様ですか」

「あと、契約者はレッドでいいけど講座は母さんの使っていいらしいから、本体料金だけ餞別から出せばいいってさ」

 

 それなら問題はなくなる。もともと一人で餞別を使おうなどとは思っていなかったし、相棒が欲しいものはなるべく与えてやりたい。

 費用も気にすることがないなら、私に異存はない。

 おいで、と手でジャンボを呼んで正面に立たせる。しっかりと視線を合わせながら、私は彼に問うた。

 

「ポケギア、欲しいか?」

「ピッカー!」

「自分のポケギアだからって遊びすぎないと約束できるか?」

「ピ、ピカチュピ!」

「ご飯の時にポケギアは使用禁止。寝る前もです。守れますか?」

「……チュ!」

「レッド、お母さんみたい」

 

 外野が何か言ってるが気にしない。

 世間一般では可愛いと称されるピカチュウの目が、今は心なしかキリっと見える。どうやら相棒の決意は固いらしい。その意思を尊重するのが親である私の務めだよな。

 

「……わかった。今日、ショップが開く時間になったら買いに行こう」

「ピカチュー!」

「やったー!」

 

 妹と相棒は揃って喜びの声をあげた。リーフ、お前自分がメールしたいから買わせただろ。あとで母さんにチクってやる。

 目の前で機種についてあーでもない、こーでもないと盛り上がる二人に、まずは朝ごはんを食べに行こうと呼びかけた。

 機種はご飯の後にじっくりと相談して決めてくれ。あまり高いものにするなよ、と釘を刺すのも忘れない。




【ジャンボ】
種族:ピカチュウ
年齢:8歳
身長:約80cm
体重:ヒミツ
性別:♂
アレコレ:日本語読み書き可能、掃除洗濯料理裁縫、家事スキル完備。相棒の女性らしさを担う趣味と特技のオンパレード。だがしかし、彼は雄である。

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