そして私たちはフレンドリィショップへと来ていた。
トキワの森は徒歩で一日半、自転車だと朝から出発して夜には抜けれるくらいの距離がある。ブルーの移動手段は徒歩なので、それに合わせた買い物をしなければならない。
ポケモン図鑑の収集もしなければいけないので、モンスターボールは多めに購入しよう。傷薬は勿論、森には毒タイプの虫ポケモンがいるので、その対策に毒消しは必須だ。
「たくさん買い込む必要があるんですね……」
「旅の途中に都合よくポケモンセンターがある訳じゃないからね」
ポケモンは生き物だ。トレーナーとはそれを管理して育てる者のこと。命を扱う職業上、責任を持って行動しなければいけない。
新米トレーナーにはそこらへんの意識がやっぱり足りていないんだよね。一度失敗して痛い目をみれば身にしみるのだろうけど、それだと被害を受けるポケモンが可哀想だ。
そう説明をすると、ブルーは心に留めるようにしますと理解してくれた。幸い、目の前の少女には倫理観がきちんと備わっているようで安心した。
随時説明を加えながら、てきぱきと籠の中に商品を入れていく。お次はポケモンフードのコーナーへ。
「普段どれ使ってる?」
「えと……この子がいつも食べていたものを博士がくれたので、今はそれを与えています」
「ということは、まだ好みがよくわかっていないか」
私はブルーに一度外に出て、ポケモンを連れて此処に戻ってくるように言うと、先に自分用のポケモンフードを購入して彼女を待った。
彼女のパートナーはゼニガメだ。うちの妹がフシギダネだったので、残った二択のどちらかだとは思っていたが、ニビジムに挑戦するならばゼニガメで大正解だ。決してヒトカゲがいけない訳ではないのであしからず。
会計が終わるタイミングで、ゼニガメを腕に抱えたブルーが店内に入ってくる。ゼニガメは見慣れない場所だからか、きょろきょろと視線をさ迷わせていた。私の視線が合うと、ピキンと固まってしまう。この反応は、緊張してるな。
警戒心を解すように、営業スマイル全開で自己紹介をする。
「はじめまして。これから暫く旅を共にするレッドです。こっちは相棒のピカチュウで、愛称はジャンボ」
「ピッカー!」
「この子はゼニガメのモニカです。私にもまだちょっと人見知りなんですが、慣れるまでよろしくお願いしますね」
「女の子?」
「はい!」
「なら、うちのカロッサと仲良くできそうだな」
手持ちにカメックスがいることを話すと、ブルーとモニカは揃って舞い上がった。
これでも初代御三家最終進化体が手持ちにいますからね。育て方はわかっているつもりだ。色々と教えてあげられると言った言葉は、口から出任せではない。
フードコーナーに行き、まずゼニガメに好きなものをいくつか選ばせて、今度はそれに合わせて補助的なものを買っていく。
「栄養面を考えるなら、こちらの方がいいのでは?」
そう言って彼女は、一番目立つところに置かれていた新商品の『これひとつで完璧!ポケモン専用マルチ健康食品』を指差す。
「じゃあ逆に考えてみよう。たとえ栄養がきちんと摂取されるからといって、君なら毎日ブロック状の健康食品ばかり食べたいと思うかい?」
「あ、なるほど……!」
栄養面を考えて言ったのだろうけど、私がパートナーをわざわざ連れてまで選ばせた意味に気づいていなかったようだ。
「誰にだって好みはあるよね。勿論ポケモンにだって。
この子はこれから進化だってする、いわば成長期なんだ。たくさん食べて強くなってほしいなら、この子の好きな物を選んであげないといけないよ」
食べない物を買っても意味はない。それがいくら高級なものだろうと栄養面で優れていようと、食べるポケモン自身が拒否しては意味がないのだ。お金も勿体無いしね。だったら最初から好きなものに合わせておくに限る。
これは初歩的なことだが、すごく大事なことでもある。とくにポケモンが大きく成長してしまう前なら一緒に店で選べれるし、関係も最初から良好なものを築くことができる。誰だって胃袋を掴まれれば弱いものだ。それと同じ。でも甘やかしすぎには注意。
「そういえば、ジャンボ君は普通に私たちと同じものを食べていましたけど」
「ポケモンによるけど、人間と同じものを食べても問題はないよ。与えすぎはいけないけどね」
ちなみにうちのジャンボはポケモンフードを食べません。三食すべて私と同じ人間食です。良い子は真似しちゃだめだよ。
ポケモンによっては食べちゃいけないものがありますので、きちんと把握していない限り人間食を与えることは滅多にない。本当はジャンボもダメなのです。
うちのジャンボの場合何がいけないのかというと、塩分過多。でも人間と同じ要領で私が育ててしまったため、私が食べないものは彼も食べようとしない。これは私が育て方を間違えたと言わざるを得ない。
それに気づいた時は慌てて病院に連れて行ったっけ。あの頃は毎月健康診断に行っていた。今では年に数回行くくらいだけど。結果的に今まで一度も異常値は出ておらず、むしろ栄養たっぷりですくすくと育ち、標準値を大きく上回る大きさへと育ちました。肥満にあらず。
納得したブルーは、この機にモニカとフードコーナーでじっくり好みについて考えるそうだ。その間、私ももう一度店内を見て回ることにした。先ほど買い物を済ませてしまったので、今度は相棒の気が向くまま足を運ぶ。
店内の隅の方にあった特価コーナーをジャンボが見つけると、一緒にワゴンの中身を物色する。掘り出し物はないかな、とバーゲンのおばちゃん気分を味わっていたら相棒に肩を叩かれた。ワゴンの上に乗った彼の手には一つのキャスケット帽が。シンプルながら、形はしっかりしていてワンポイントが利いている。特価コーナーに置いてあるにしては良いものだ。
「さすが。お目が高い」
「ピッピカチュ!」
お前本当にセンスいいな。彼に一度全身コーディネートを頼んでみたいと言っていた妹の言葉も嘘でないとわかる気がした。
それを持って、まだフードコーナーにいるブルーの元へと向かい声をかける。
「決まった?」
「はい、お待たせしました」
そう言う彼女の籠は先ほどより大分重くなっているように見えた。これはまた、たくさん選んだな。
満足気な顔をしているブルーに、相棒の選んだ帽子をかぶせてみる。
「うん、似合ってる」
「……予備の帽子ですか?」
確かに私は帽子を被っている。野球帽のような男の子が主に使う鍔つきキャップだ。
彼女の頭から帽子を取り、ついでにブルーから籠を奪って会計にまで向かう。
慌てて後ろから追いついてきた彼女が財布を取り出そうとしていたが、それよりも先にカードで払ってしまう。
驚く彼女を無視して、買った物を袋に適当につめて店を出る。荷物はポケモンセンターで整理すればいい。
「あのっ、お金!」
「買わせたのはこっちなんだから、出すのは当然だよ」
「そんなことないです!!」
「いいから、気にしないで」
「でも……」
納得のいかない彼女に、じゃあニビについたら何か奢ってよ、と渋々だが諦めてもらう。
これでもカードが作れちゃうくらいにはちゃんと働いてるのです。この世界って凄いよね、年齢の概念は一体どうなっているのだろう。私にとっては都合がいいのだけど。
袋からキャスケット帽を取り出すと、タグを取って彼女の頭に被せた。
「はい。あげる」
「えっ……!?」
「気に入らなかった?」
「そ、そんなことありません!!」
「なら、もらってよ」
旅に帽子は必須だと私は勝手に思っている。いや、これが実際凄く便利なんですよ。森とか洞窟とか、頭部を守るだけじゃなく落下物からの汚れを防ぐのがとても有難い。虫とか鳥の糞とか砂埃に水滴、挙げたらきりがないな。
ブルーは見たところ持っていなさそうだったので、少しばかり老婆心が疼いてしまいました。同じ新米トレーナーだけど、旅の先輩としてささやかなプレゼントです。
黒いキャスケット帽は色素の薄い髪のブルーにとても似合っていて、少し大人っぽく見えた。この出来に、選んだ相棒もご機嫌な様子。
赤くなった顔を隠すように、彼女は帽子を少し下げて呟いた。
「ありがとうございます……」
その可愛げな反応に、ついブルーの頭を撫でてしまう。後から気づいたけど、これってどう考えても相棒にする癖だよな。私は悪くない、ジャンボがあざとすぎるのがいけないのだ。うちの子が愛しすぎて辛い。
モニカをモンスターボールに戻して、ポケセンへと向かおうとしたブルーに待ったをかける。
「最後に一箇所寄って行きたいところがあるんだ。いいかな?」