原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 『トキワオートサービス』の看板を掲げた店の裏にまわり、工場で愛車のメンテナンスをしてくれていた壮年の男性に声をかける。

 

「おやっさん、チェック終わってる?」

「おう、シン坊か! いま終わったところだよ。ついでに目に付いたところは直しておいたぜ。荷物が全部届いてるか、カミさんとこ行って確認してきな!」

「了解」

 

 ここで待っているようブルーに言って、裏から店の中に入る。ジャンボはおやっさんの背中にくっついていたので置いてきた。いつものことだ。

 裏口から入っておかみさんに一言声をかけると、鍵を持ったペルシアンが駆け寄ってきた。勝手知ったる常連なので、受け取ったそれを持って倉庫へと向かう。

 中に入ると、財布からレシートを取り出して荷物と照らし合わせる。途中で、おかみさんがペルシアンと一緒にやってきた。

 

「今回は多いねシン坊、どこか遠くに行くのかい?」

「ちょっとお月見山まで発掘にね」

「山越えかい!? そいつぁ大変だ!!」

 

 ちょっと待ってな、とおかみさんは走って店にまで戻っていった。相変わらず元気な夫婦だなあ。

 待っている間に、倉庫に置いてあるカートに確認し終わった荷物をすべて乗せておく。手が空いた時を見計らってペルシアンのルビーが擦り寄ってきた。喉元を撫でてやると、ごろごろと甘えた声をあげる。

 親子二代に渡って利用しているこの店とは家族のような付き合いをしており、店主夫婦から私は我が子のように接してもらっている。ルビーとも長い付き合いで、ジャンボのよき友達である。

 ルビーの毛並みを堪能していると、バタバタと大きな音を立てて大き目の紙袋を片手に持ったおかみさんが倉庫に入ってきた。

 

「お待たせ! これ持っておいき!」

 

 渡された紙袋の中にはたくさんの様々なパンが入っており、奥の方にはしっかりと密封された長期保存パンまで入っている。

 結婚してこのお店に入るまではパン屋で働いていたおかみさんは、週に何度か自分でパンを焼く。結構な頻度でおすそ分けを貰うのだが、こんなに量があるのは初めてだった。

 

「ちょ、これ多くない? こんなに貰っていいの!?」

「当たり前じゃないか。今更なに遠慮なんかしてんのさ。

 いや~昨日作っておいたんだけど、ナイスタイミングだったね!」

 

 そう言って豪快に笑うおかみさんもだが、メンテを頼んだはずが修理までしてくれるおやっさんも大分気前がいい。まったく人が良すぎる夫婦だ。

 次に来る時はお土産をたくさん持ってこようと、心にしっかりと刻む。後で裏に行くから、とおかみさんはルビーと一緒に店に戻っていった。

 荷物を乗せたカートを持って裏手まで行くと、まだジャンボを背中にくっつけたままおやっさんがブルーと話していた。

 

「おう、待ってたぜシン坊! もう少し遅けりゃ嬢ちゃんにシン坊の昔話ができたんだがな」

「しなくていいから。

 ジャンボ、そろそろ離れなさい。おやっさん疲れちゃうでしょ」

 

 おやっさんの背中にくっついていたジャンボはもぞもぞと移動して、降りるかと思いきや今度は正面からくっついた。

 おいこら、なにしとんじゃい。呆れる私とは逆に、おやっさんは大爆笑。笑い声に釣られたおかみさんもやってきて、ひしっと抱きついて離れないジャンボを見て大笑いする。

 

「ジャンボ、いい加減にしなさい」

「ええてええて、気にすんなや!」

「すみません……」

 

 そこに遅れてルビーがやってくる。ニャァ~ンとジャンボに向かって一声あげると、ジャンボは飛び降りてルビーに駆け寄った。

 

「あれま、振られちゃったわねアンタ!」

「ルビーにゃかなわねえわな、ワッハッハ!」

 

 豪快な夫婦にブルーはたじたじで、先程から一言も喋っていない。まあ、圧倒されるよね。それだけの貫禄がこの二人にはあるよ。

 とりあえず、私はカートの荷物を愛車に詰め込む作業を開始する。ひとしきり笑ったおやっさんは折りたたみ椅子を持ってくるとブルーに渡した。おかみさんは店の中に戻っていく。きっと飲み物を取りに行ったのだろう。

 

「さっきも話してたんだがな、シン坊は色々と規格外だってよお。神童ってやつかねえ?」

「別に、このくらい世界中で探せばいくらでもいるよ」

「お、ついに生意気な口きくような年になったか!」

「なんでそこで喜ぶのさ……」

 

 気にせず手元を動かしていたら、視界に影が入り込む。視線を上に上げると、ルビーが背中にジャンボを乗せてこっちにやってきた。近づいた相棒は手を差し出す。

 何が欲しいかなんて会話できなくてもわかるので、無言で手渡すとまた作業に戻った。すると、途端に背後がうるさくなる。

 

「なんだなんだ? もしかして、ジャンボ専用のポケギアか!?」

「ピッカー!」

「マジでか! おーい、ジャンボがポケギア持ってんぞー!!」

「なんだってー!?」

 

 またもや大きな音をたてておかみさんがやってきた。振り返って見ると、持ってきたお盆の上には麦茶のグラスが五つ。よく走って零れないな。

 一人一人にグラスを手渡したおかみさんは最後にジャンボにグラスを渡すと、ポケットから自分のポケギアを出した。

 

「アドレス交換しましょ!」

「ピッピカチュ!」

 

 随分と楽しそうだな。ふんだ、私は一人で黙々と作業しますよーだ。

 お茶を飲み干して愛車に向かおうとしたら、今度はブルーが側に寄ってきた。

 

「何か手伝いましょうか?」

「大丈夫。待たせてごめんね、もう少しで終わるから」

「レッドさんて、オートスクーターの免許持ってたんですね」

「仕事でなにかと遠くにいくから、必然的にね。義務教育は通信で終わらせれたし、時間もあったから」

「通信なんですか!? え、凄い……」

 

 驚くことなかれ。この世界の義務教育はその名のとおり、前世の義務教育とまったく同じ。つまり、10歳までに中学三年までの内容を教えられるのです。二次関数を10歳でやんなきゃいけないとかなにその地獄。この世界には空気中にプロテインではなく、DHAが含まれてるのではなかろうかと、一時期血迷った考えを持ったことがある。

 それを通信課程で終わらせるというのは、相当ハードな道のりなのだ。だって教えてくれる人いないんだよ。基本はテキストとにらめっこ。定期的なテストさえ合格すればOK。その基準もまた学校とは違って厳しいんだな。

 前世知識と柔らかい子供脳、さらに父親の大学仲間という勉強においての専門家を味方につけて、見事難関を乗り越えた私。全課程を終えたのは半年前なんだけどね。5歳から始まる学校に行ってないから、その間バイトをしながら勉強をしていたと考えれば物凄く頑張ったと思うんだ。免許も取ったし。

 運転免許証は少々の講習とテストさえ合格すれば簡単に取れる。この基準は大人にとっての簡単ですけどね、まず子供では無理だ。取得可能年齢は8歳から。生前じゃ考えられないよな。

 そもそもこの世界では10歳で旅立つ子供が多い。それを考慮しての免許取得可能年齢なんだろうけど、10歳以下で取れる人は極僅か。何が難しいって身長が足りないんだよ。私でも一年前にようやく145cmを超えたから取りにいけた。今は154cmあるおかげで大分乗りやすい。

 わかりやすい尊敬の念を向けられながら、内心ではチートでもないのに湧き上がる罪悪感で、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。普通に暮らしていたつもりなんだけどなあ……こんな風になるつもりはなかったのに。大体父さんのせい。

 

「じゃあ、これは借り物じゃなくて……」

「正真正銘、シン坊のスクーターさ! しかも特別仕様のオーダーメイド!」

「ええっ!?」

 

 一般車よりも大型で、荷物容量が総重量最大200kgと多目な仕様。備え付けのタンクに水は30ℓまで保存が可能だ。

 電気スクーターはあまり長持ちしないと世間から嫌われているが、利便性は高い。なにより浮遊可能なのが旅にとってはありがたい。デコボコ道を通る時などは大助かりだ。ただし水面上では浮遊できず、地上限定だが。

 浮遊幅は停止状態なら最高で2m、走行中は1m以上浮いていると動かない仕組みになっている。限界傾斜角度は上下35度まで。

 ジャンボが定期的に充電してくれるので燃料面での問題はない。

 スピードは一定で時速5km。大人の歩く速度程しかでない。これには理由があり、野生ポケモンの飛び出しを警戒して定められている。規定で定められているので全車共通だ。急ぐ人は自転車をどうぞ。

 長期のフィールドワークになると、ベースキャンプを作ることが多いのでタープなど荷物が多くなる。そのため父親に免許の取得を強請ったら、費用と一緒にスクーターまで用意してくれました。落ちるわけにはいかなくなったよ、とんだプレシャーをかけてくれたもんだ。まあ一発で合格しましたけど。

 旅慣れている理由をおやっさんがブルーに話していると、彼女は混乱して訊ねた。

 

「でも、トレーナーカードの発効日は私と一緒でしたよ!?」

「そりゃ、トレーナーになるには年齢制限があるからな」

「よくよく考えたら、トレーナーになったばかりなのに手持ちが6体とかおかしいじゃないですか!」

 

 貰ったりすれば別におかしくはないんだよ。私の場合はちゃんと育てたからおかしいんだけど。

 

「嬢ちゃんは仮免期間って知ってるか?」

「トレーナー試験の実技を得て、一次合格を貰ったあとのことですよね」

「そうだ。実技のあとに筆記をやるもんだから、一斉に行うために補習期間を取ったりするもんで仮免となる」

「特例として、その仮免を国立専門機関で取得しておけばモンスターボールを所持できるんだ」

 

 私の場合は筆記もその場で済ませてしまったので、後は年齢に達すれば正規申請をするだけでちゃんとした免許が取れる。そんな状態であったから、リーフが勝手に申請してトレーナーカードも発行できたんだよね。あれにはやられたなあ。

 ちなみに特例仮免はちゃんとした理由がないと取れません。私は見習いとはいえ研究員になるからモンスターボールの所持が必須だったもんで、親同伴で取りに行きました。実技以上に精神診断が辛かった覚えがある。

 元々早くジャンボを私のポケモンとして登録したかったから、早くトレーナーになることは吝かではなかった。卵から孵したジャンボだが、私が親になりたくて仕方がなかったので一時期はペットとして登録していたことがある。誰かのポケモンとして登録されるのを私が嫌がったためだ。

 ジャンボが普段からモンスターボールに入っていないのは、ずっとペット扱いとして家で放し飼いにされていたのもある。

 そんな豆知識にもならない長話が背後でされている間、私はようやく荷物を詰め終えた。

 よし、あとはポケモンセンターに行ってポケモンたちの健康チェックと、ブルーの荷物整理を終えれば出発だ。

 

「終わったか?」

「うん。はいこれ、ちゃんと取っておいてよ」

 

 予め用意しておいた代金を入れた封筒を渡す。お釣り? そんなの受け取れないくらい普段からよくしてもらってるんだから不必要。

 それを、有難く頂戴しやす、と言って受け取るおやっさんの顔は笑顔だ。何年たってもその眩しさは衰えない。

 

「シン坊は真面目やなあ。一回くらいツケで! とか言ってみろよ」

「そうしたら面白がって調子に乗るんでしょ?」

「わしがな!」

「おやっさん、おかみさんが泣くよ……」

 

 ふざけあいもそこそこに、おかみさんと遊んでいた相棒を呼んでお暇する。

 

「頑張れよ! 嬢ちゃんも元気でな!」

「また近いうちに顔を見せなさいね! ブルーちゃんもよ!」

「ありがとう、いってきます!」

 

 店の前まで出てきて手を振り、見送ってくれた夫婦。思わずブルーも、いい人たちですねと声をこぼした。

 そうだろう、自慢の身内だ。

 スクーターの座席に座り、後ろをずっと眺めている相棒はあの二人のことがうちの親以上に大好きだ。それ程、私たちとあの夫婦との絆は強い。

 隣を歩く彼女は、突然ふふと笑い出した。どうかした? と聞くと、上機嫌で答える。

 

「私、こんなに濃い一日は初めてなんです」

「こんなのに感動してちゃこれからは耐えられないよ。毎日が感動の嵐だ」

「本当ですか? 今日だけで凄く素敵な出会いがたくさんあったんですよ!」

「もちろんさ。これからは手持ちだって増えるだろうしね 

 なにより進化の瞬間というのは一番心が震えるよ。その時を覚悟しておいた方がいい」

「なんだか私、ドキドキしてきちゃいました……!」

 

 興奮してそう告げる彼女の瞳には、もう朝のような陰りは見えなかった。

 数歩前に進み、私の正面に立った彼女は高らかに言う。

 

「レッドさんに会えてよかった。私、今日のこと忘れません。絶対です!」




【ブルー】
本名:谷口 葵(たにぐち あおい)
年齢:10歳
身長:136cm
性別:女
アレコレ:オーキド博士から託されたポケモン図鑑所有者の一人。

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