花妖怪と青年   作:TKI

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こちらがPart2です。
Part1と話の内容自体は変わりはほとんどありません。


とある夜の話 Part2

それはある夏の日の夜のことだった。草木も眠る丑三つ時。もはや自分の部屋のように感じられる木造一軒家のとある一室。与えれたその一室で何時ものように寝息を立てていた俺は急に肩を揺さぶられ起こされた。

 

何かと思い寝ぼけ眼で相手を確認すれば、見慣れた翠髪の美人がそこにいた。何時ものように涼しげに笑う花妖怪は俺が起きたことを確認すると満足そうに頷く。

 

「幽香か。こんな夜中に何かあったのか?」

 

「うふふ、なんだと思う?」

 

「さぁ、てんで検討がつかないのだが……」

 

「夜這いに来たって言ったらどうする?」

 

顔を見てみれば冗談めいた笑い顔をしている。

もちろん、花妖怪に限ってはそんな色恋沙汰とは無縁のやつだ。そんな奴が夜這いとはあり得ない。大方からかっているだけだに違いない。

 

「からかうためだけに起こしたのか……。用がないなら寝るだけだ」

 

「ごめんごめん。嘘だから拗ねないの」

 

布団を頭から被る俺に珠のような心地いい声が降る。

 

目だけ布団から出してみれば何が可笑しいのかクスクスと笑みを浮かべる花妖怪。夜で月明かりもない今日は部屋の中も其れ相応の暗さがだった。

 

しかし、そんな暗闇の中でも花妖怪の顔はしっかりと瞳に映る。あり得えるわけもないのだが、淡く光っているような幻想すら感じさせる。

 

いつだって人とは一線を画したその幻想的な姿は俺にある種の恥と納得を与える。ペンや筆を持つ人間ならば誰しもこの花妖怪を見れば敗北感と清々しさが分かるはずだ。

 

「ねぇ、外に行きましょ?」

 

花妖怪は一頻り笑った後、唐突にこう提案して来た。俺が起こされたのはこのためだったりするらしい。

 

「外……? 一体なんのために?」

 

「いいからいいから、起きて」

 

元より花妖怪に逆らうすべなどない俺はただ首を縦に降る以外に術を知らなかった。

 

俺が布団から起き上がると満足した表情の花妖怪は手に持っていた細い布を差し出す。

 

「これはなんだ?」

 

「目隠しよ」

 

何かと聞いて見れば、いつも通りの音色で短い返事が返ってきた。

 

「何かする意味があるのか?」

 

「あれよ、見せたい風景があるんだけど、何も知らないで見たほうが見応えがある風景なのよ」

 

花妖怪の涼しげな笑みは崩れない。

 

なるほど、あらかじめ予測出来るよりか出来ない方がいい。確かにその通りだ。非人情の旅にわざわざ出かけたのだ。なら、驚きの一つや二つ得ないと面白みはなかろう。

 

着替えは……必要ないか。どうせ、誰にも会う用事はないのだ。なら全てをもう見られている花妖怪しかいない。それならばどんな格好でもいいだろう。

 

花妖怪から布を貰いしっかりと目を隠して頭に巻く。そして若干も不安の元に花妖怪の手を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

表は黄昏刻に降った雨のせいで気温もだいぶ下がり、連日続く夏にしては少しヒンヤリと肌寒さすら感じた。

 

「今日は少し冷えるな」

 

「ええ、やっぱり夕方に雨が降ったせいかしら。夜風が涼しくて気持ちいいわね。でも、本当に雨が降ってよかったわ、今日の新月の日に」

 

「雨が降らないと見れないのか?」

 

「いえ、雨が降らないと見れないことはないのだけど降ったほうが良く見えるわね。それに今日は新月だし」

 

湿った地面の感触を靴の裏で感じつつ花妖怪に手を引っ張られながら歩く。ただ目の前には闇が広がっていた。

 

人間は本能的に闇を恐れると聞くが、こんな闇の中でも不思議と恐怖は起こらなかった。手から伝わる暖かい感触は不思議な安心感を俺に与えた。

 

家を出てからどれくらい歩いただろうか。俺の体内時計の感覚はあっているのであれば、十分程度か、そこいらであろう。

 

水の流れる音が聞こえてきた。この辺りで水がある場所と言えば庭にある井戸か太陽の畑を横切る小川くらいなものだ。

 

必然的にその二択なら後者というわけになり、大凡今俺がどこにいるのかという予想がついて来る。

 

それから水のせせらぎを聞きながら進むことしばらく、花妖怪がついに立ち止まった。

 

「ここか?」

 

「ええ、ここよ。ここがいいわ」

 

 

おそらく何時もの涼しげな笑みを浮かべているだろう花妖怪は俺に目隠しをユックリと取るように促す。

 

あの花妖怪がわざわざ深夜に俺を起こしてまでも見せたい風景だ。蛇が出るか鬼が出るか、きっと俺が驚く風景が待っているに違いない。

 

その先の風景に期待を寄せながらゆっくりと目にかかる布を取る。

 

 

ーーーーそして。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー俺はただ、言葉を失った。

 

 

 

 

目の前には二本の光の川が流れていた。

 

何千、何万もの小さな淡い黄色の光が粒子のように動きながら小川の輪郭を作り出す。その様子はさながら光の川とも道とも取れる。

 

きっと薄汚れた俗世ならどこを探してもここまでホタルがいる場所はあるまい。人でなしの国で有るからこそ見れる風景であり、この世の憂いや患いを清浄界へ昇華させてこの幻想郷だから見れる風景に違いなかった。

 

そして、そのホタルの川の上には満点に輝く星の川。ホタルと同じく淡い光を放つ星々が流れるような川を作り出していた。

 

今宵は新月。この鏡写しに光る二つの皮を邪魔する無粋な光は何もない。ここには電気は元より火も何もない。明かりはただ目の前を漂うホタルと頭上に瞬く星しかない。

 

気がつけばいつの間にか右手が懐を漁っていた。何時もならペンとノートが入っているのだが、あいにく寝巻きなため何も入っていなかった。

 

そのことに少しだけ安堵する。かの哲学者 ヴィトゲンシュタインは言った。

 

私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する。

 

この風景は俺の限界を超えている。いや古今東西、どの国の言語を使ってもこの風景を表すことなど誰にもいつでも不可能に違いなかった。

 

この琳琅満目の風景を伝えるのは人では無理だ。表すことが不可能であるならば、“沈黙せざるをえない”。

 

「綺麗でしょ。この風景。忘れられた地だからこそ見れるのよ」

 

いつの間にか隣にいた花妖怪が言う。

 

「あぁ、言葉をなくす位には綺麗だな」

 

 

言葉を失うほどの絶景。非人情の旅に出て、人でなしの国にまで来たのだ。これくらいの褒美あっても罰は当たるまい。

 

「うふふ、喜んでくれたのなら満足よ」

 

そう言うと花妖怪は人差し指を立てる。すると何処からか一匹のホタルが飛んで来て指の先に止まった。まるで絵本の中に出てくるような光景だった。

何もかもが違う。どんな美の巨匠が書いた絵よりも目を惹かれる光景。花妖怪は何も言わず。俺は何も言わず。

 

しばらく羽休めと止まっていたホタルが飛び立つ。

 

優しい夜風に吹かれながら俺はただ鏡写しの二つの川とそこに佇む彼女を見ていた。

 

向日葵達はそんな俺たちを優しく見守っていた。

 

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