花妖怪と青年   作:TKI

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感想を予想外にもらえて嬉しい作者です。

やはり感想や評価は嬉しいものです。これからも皆様よろしくお願いします。

それと更新遅れてもうしわけありません。
生きてます。


夏のある日の一休み 1

それはある真夏の日だった。ギラギラと太陽は手加減という三文字を知らぬという具合に辺りを照らし、青々とした空には大きな入道雲が静かに音もなく浮かんでいた。

 

障子を開け放った先に見えるその風景は見るだけで夏を感じさせ、俺の額に汗を作る。それに加えて蝉の合唱まで聞こえてくれば室内に居ながらも熱中症になりそうになってくる。

 

この非人情の旅に出て、少しは体力という物はついたはずなのだが、やはり長年室内で不摂生してきたツケは返しきれぬようだ。

 

健康的に見えるのは少し焼けて小麦色に染まった見た目だけであり、中身がその外見に追いつくにはしばらくはかかりそうだった。

 

少し恨めし気に太陽を軽く睨み、額の汗を拭う。どれだけ俺が睨もうとも、どれだけ俺が恨もうとも結局のところ太陽が手加減をしてくれるわけはない。

 

所詮、ただの一人間に過ぎない俺では天変地異を操ることなど出来るはずがないのだ。

 

俺にはそれが心地よかった。

 

人ではない人でなしならば、この暑さも物ともせずに涼しい顔を浮かべられるのを知っているが、人であることを辞めるわけにはいかない。ならば俺は喜んでこの暑さを享受しようと思う。

 

百万本の檜に囲まれても人間の匂いが落ちないならば百万本の向日葵に囲まれたところで落ちるはずはあるまい。

 

この世を絶するような絶景で魂のありかを忘れても魂の本質は変わらまい。一人間が他の物になることなど不可能なのだ。それが人間の矜恃であり、俺自身の誇りでもある。

 

しかし、喜んで享受したところで暑いものは暑い。気まぐれにもなればと一つタバコを取り出し日をつけて狼煙を上げてみる。煙は真っ直ぐに上へと登って行った。

 

なるほどどうして、風も吹いていないようだ。余計にただ暑く感じられるだけである。

 

ふぅ、と白い煙をため息と共に吐き出し、目の前の机に視線を落とす。

 

白い原稿用紙は半分ほど埋まっていた。これほど暑いと人間、創作意欲すら落ちるようだ。ペンも持つのも億劫な暑さである。

 

クルクルと手に持つペンを回してみる。ついつい手持ち無沙汰な時に癖になった行為だ。クルクルと中指と人差し指の間を行ったり来たりするペンと上へとユックリと昇る紫煙を見ながらこれからの展開について考える。

 

無論、展開とは今書いている原稿のことだ。

 

もとより長く書く気もないため、もうほとんどを書き終えている。悩んでいるのは最後の部分、エピローグだ。その終わりをどうするか……。

 

初めと終わりは物語を書く上でのキモだ。物語の命と言ってもいい。物語を全て読んでもらうためなら冒頭を、心に残る物語にするためには終わりを。それぞれがしっかりと書けていれば繰り返し愛される本となる。

 

妥協をすればいくらだって終わりは書ける。でも、ダメなのだ。それでは絶対にダメなのだ。

 

俺はペンで飯を食って来た。それなりのプライドもある。小さなプライドだが異世界に来てもそのプライドを投げ捨てるわけにはいくまい。

 

それが出来ればとっくに人でなしになれている。それを俺自信が許さない。ペンを持っている以上は妥協や諦め、堕落などの言葉は遥か彼方へ忘却しなければならないのだ。

 

この悩みは古今東西、数多くの物書き達が悩んで来たに違いない。それなりに文章を書いてきた俺でも未だに悩むのだ。きっといくらこれから先物語を書いて行っても毎回悩むのだろう。

 

しかし、悩めば悩むほどいい終わりが書ける。明暗は表裏の如く、日にあたる所にはきっと影がさす。喜びの深き時憂いいよいよ深く、楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。

 

悩めば悩むほど、それが完成した時の喜びは一入であり、その完成度も語るまでもないだろう。そこには一片たりとも妥協の二文字が入るスペースはないのである。だからこそ、俺たち物書きは妥協を嫌う。

 

例え完成した作品が世間の荒波にこっぴどく非難されたところで思うところはあるまい。自分自身で恥のない仕事をすればそれで十分だ。

 

『死ぬまで進歩するつもりでやればいいではないか。作に対したら一生懸命に自分のあらんかぎりの力を

つくしてやればいいではないか。

後悔は結構だがこれは自己の芸術的良心に対しての話で、世間の批評家やなにかに対して後悔する必要はあるまい』

 

俺の尊敬する作家はこう言った。人の考えに同意するわけではないが、なかなかどうしてこの言葉は確信をついているように感じられる。

 

俺は神でもなければ、仏でもない。だからこそ、未来も分からなければ人の心も分からない。ならば、どの物語を書けば人に受けるなどとは分かるはずもないのだ。

 

分からなければ、好きな物語を自分が妥協しない、納得するまで書けばいいのだ。それ以下もそれ以上もあり得まい。書いた物語が世間で認められるかどうかは神の領域である。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。

 

俺の取り止めのない考えがここまで漂流した時、廊下をこちら側へ向かってくる小さな足音が聞こえてきた。

 

この家に住んでいるのは居候の俺ともう一人。基本的にこの家を訪れる客は鴉が一匹だ。あの鴉なら飛んで来るため足音はしまい。

 

なら、この足音の犯人は簡単にわかる。

 

 

 

 

「お邪魔だったかしら?」

 

それからしばらく経ったのち空いた障子から花妖怪が顔を出した。いつも通りの涼しげな笑みに手にはお盆。

 

「いや、別に邪魔ではないよ」

 

「そう、それは良かったわ。麦茶を入れてみたからよければどう?」

 

「それはありがたい。喜んでいただくよ」

 

机の上の原稿を纏めて机の下に入れる。順番はバラバラ。そんなことよりお茶が大事だ。

 

「そう、原稿の進み具合はどう?」

 

お盆の上には二つの湯呑み。花妖怪が机に置くと、カランと氷が鳴る音がした。

 

「ボチボチと言ったところかな」

 

「それにしては余り進んでないように思うけれど……」

 

そう言ってクスクスと口に手を当て上品に笑う。

 

あぁ、これだ。人間に真似できないこの完成された動きこそ、俺が好きでたまらないものだ。

 

もし、この花妖怪を俺が書く物語に登場させるのならどう言う風に書くだろうか。

 

昔から小説家は必ず人物の容貌を極力描写することに相場が決まっている。古今東西の言語で、佳人の品評に使用させられたるものを列挙したならば、大蔵経とその量を争うかも知れぬ。この辟易すべき多量の形容詞中から、俺の目の前にニコニコと笑い座る花妖怪を、もっとも適当に叙すべき用語を拾い現したのならどれほどの数になるだろうか。

 

きっと、大蔵経ほどの形容詞を並べたところで表すことはできまい。つまるところ言語と言うのは人間が人間にために作ったものである。ならば、人でなしを表すにはいささか不可能だろう。語り得ぬことについては、人間は沈黙するしかないのである。

 

「あら、どうしたの? 私の顔をみつめて」

 

どうやら考えに耽りすぎたようだ。少しだけ慌てて目線をそらす。

 

「いや、何にないよ。進んでないといってももう殆ど書き終えてるんだ。後は終わりだけ。そこで悩んでる」

 

「あら仕事が早いのね」

 

「まぁね。ただ、終わりが全く決まってないんだけどね。焦らずに、牛のように図々しく進んでいくさ」

 

「そう、それはいいことね。ねぇ、貴方が書いた物語を見せてもらっていい?」

 

元より断る意味もないため、快く原稿を机の下より取り出す。

 

「少し待ってくれ、原稿を並び替える」

 

バラバラになった原稿を整理するには少しばかり時間がかかりそうだった。

 

 

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