花妖怪と青年   作:TKI

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別に作者は漫画や映画が嫌いなわけではありません。ご了承を


それはしばらく後の話。――即ちエピローグの前の話

「あら、こんな遅くにどうしたの?」

 

それはある熱帯夜の日だった。暑さでよく眠れなかった俺は勝手知ったる人の家という訳で縁側に腰かけ気晴らしにタバコを一本蒸かしていたいた。紫煙が上へと昇るのを見ながらただただボーっと何事も考えず、かといって無駄ではない至高の時間を消費していた時、音もたてず障子が開いた。気配はゆっくりと俺の横へと近づきそこで腰を落とした。

 

「なに、少しばかり眠れなくてね。タバコでもって思ったのさ。幽香こそ、こんな夜中にどうしたんだ?」

 

別に誰かと確かめる必要はない。この家には俺を覗いて一人しかいないのだ。ならば、確かめる動作をするだけ時間の無駄であろう。

 

「私も少し眠れなくてね……」

 

そもそも妖怪に睡眠がいるのかどうか俺には分からないのだが、花妖怪を見ていると毎日早寝早起きとどこぞの一般人よりも健康的な生活をしていた。そんな彼女がわざわざ起きてきたとなるとそれはそういうことだろう。聡明で英明な彼女のことだ、全てはすでにお見通しなのかも知れない。

 

「そうか……」

 

「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

 

「あぁ、何でも聞いてくれ」

 

空を見上げれば人の世ではお目にかかれない満天の星空に下弦の月が浮かんでいた。

 

――あぁ、全くいつも通りだな。ここは……。

 

花妖怪は少し間をあけた後ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「ねぇ、貴方はなんでも物書き何て始めたの?」

 

その言葉を受け俺は少しの間返答を考えた。月へと昇る紫煙を眺めながら言葉を考える。往々にしてこの場合返すべき言葉は元より考えてはいた。つまりこれは単なる時間稼ぎに過ぎない。俺たち物書きは“間”と言うものを重視する。それは読者の目を引く間であったり、人物の動きを強調するための間だったりとする訳だが、この間もそういうものと思って貰えればいい。

 

「そうだな。何で物書きになったか……か」

 

「えぇ、文章で書くよりも絵や写真の方が数倍も数十倍も伝わりやすいものだと思うのだけど……。百聞は一見に如かずって言うじゃない?」

 

百聞は一見に如かず。確かにその通りである。どれだけ俺たちが上手い文章を書こうと読者にイメージ通りの物を思い浮かべて貰うのなんて無理に等しい。どれだけ頑張ったところで文章とは写真や絵には絶対に勝てないのだ。

 

しかし、だから、それがいい。

 

「俺がペンを持っていた理由。いや、俺だけじゃない。他の物書き達も、勿論文(あや)だってそうだ。みんな間違いなく文の魅力に取りつかれているんだよ」

 

ネット小説や商業誌、チラシの裏に書くだけなどなど、その在り方に程度はあれど、間違いなく俺たち“作者”は文の魅力、文字の力に魅了された奴らに違いない。勿論、それを読む俺たち“読者”もまたその魅力に当てられた奴らだ。きっとどうしようもなく互いに文字の魅力に憑かれたのだろう。

 

「文の魅力……? どういうことかしら?」

 

「こういう風に生真面目に語るのなんて俺らしく無いんだけど、後生だから少しばかり真面目に語らせて貰おうと思う」

 

ここから先は俺自身の考えであり、俺自身が平生と人の世で物を書いて来て至った一つの結論でもある。人の世では恥ずかしくて語れないような事だが、生憎としてここは人の世ではなく、人でなしの国。ならば少しくらい恥を掻いたところで何の問題もあるまい。旅の恥は掻き捨て。即ちそう言うものだと言うことにしておく。

 

「えぇ、期待しているわ」

 

花妖怪はそう言って優しく笑った。

 

「百聞は一見に如かず。確かに幽香の言う通り物自分が考えた物語を人に伝える上で、文字という媒体は聊か不便だ。間違いなく作者が思い描いた情景は読者に“そのまま”伝わることはない。もし、100パーセントそのまま伝えたいんであれば、絵を媒体にするか、動画を媒体にするかすればいいし、それが手っ取り早い。まぁ、言い換えれば絵を媒体にした物が漫画であり、動画を媒体にしたものがドラマや映画だな。それと、アニメなんかも付け加えてもいいかもしれん。人に自分のイメージを遜色なく伝えたいならそれらの媒体を用意るべきだな」

 

漫画や映画、ドラマなんて言うものを花妖怪が知っているか分からないが、特に何も聞きかえすことなく花妖怪はただ耳を傾けている。鴉天狗に聞いたところ案外この幻想郷も俗っぽいところがあるらしいので、漫画辺りは読んだことがあったところで何ら不思議ではない。

 

「でも、そうしないのは何でなの? 人に自分のイメージのまま伝えることが出来たほうが良いでしょ? 技術や技能、それに予算の問題かしら?」

 

「確かに幽香の言う通り漫画を描くのには、文字を用意るよりも技能がいるし、映像を作ろうと思えば予算も技能も一般人には手が出ないだろう。でも、問題は“そこじゃない”んだ」

 

「…………」

 

「断言しよう。例え人の化学が今以上に発展して、自身が思い浮かんだ情景や物語を簡単に絵や映像に起こせるとしても、文章で書かれたストーリーがなくなることは絶対にない」

 

これから先人の世の化学は俺の想像を遥かに超えて進歩して進化を続けることだろう。何時の日か頭の中で創造したものを“そのまま”その形で画に出来たり、映像化することも夢じゃなくなるかもしれない。いや、間違いなくその日は来る。人の頭脳は神でさえ殺すのだ。これくらいのこと出来なくてどうする。

 

その革新が起これば、きっと創作の在り処も変わってくる。漫画の普及によって創作が変わったように、ネットの普及によって創作が変わったように、新たな時代共に創作のあり方も変わってくるに違いない。

 

――しかし、どれだけ創作のあり方が、自己を表現する方法が変わったとしても、文章のそれは変わりない。

 

文字が生まれて何千年経ったのか俺には分からない。しかし、これだけは分かる、これから先何千年も人の歴史と共に文字もまた歩みを続けるだろう。

 

「それは、物書きだからこその“そうなればいい”という希望的観測?」

 

「いや、そんなもんじゃないさ。確実に“そうなる”という事実を客観的に述べているだけさ」

 

「そう、そんなに文章っていいものかしら?」

 

「あぁ、いいものさ」

 

「でも、貴方さっき言ってたじゃない。人に自分の考えたイメージを100パーセント伝えたいなら文字じゃないほうが良いって」

 

「文字は確かに“そのまま”伝えることは出来ない。でも、いや、だからこそ、―――――それがいい。自分の思い描いたものを相手の脳内に思い描いて貰えなくても、それ以上のことが出来る。文字や映像みたいに100パーセントは無理でも120パーセントに出来る可能性があるのは文字だからこそだな」

 

「どういうことかしら?」

 

「何、単純なことさ。俺たち(作者)は那由他にも大蔵経にも引けを取らない形容詞を使い、読み手との齟齬を極めてなくそうと努力する。文章を構成数るにあたってその組合せば無限大に近い。その組み合わせの中から自分“らしさ”やモットー、そして面白さ、そんなものを考えて文章を作るんだ。で、ここで重要なことは細部は別に取り繕う必要はないと言うことにあるんだ」

 

画や動画ならそうはいかない。文字だからこそ出来ること。人が持つ最も重要な機能に働きかけることにより文字による物語は完成を迎える。そこに映像や絵が入り込む余地はない。

 

「…………」

 

「例えば、向日葵とただ書いただけでも受け手、つまり読み手の想像は百人いたとして百人とも違う。ある人は花瓶に差された一茎の向日葵を想像するだろうし、またある人は向日葵畑を想像するかもしれない。そこで俺たちはなるべく齟齬を小さくしようと花瓶に差された一輪の向日葵の書く。でも、ここでも百人いたら百通りの想像があって、花瓶の色は人によって違うだろうし、その花瓶に入っている水の量もまちまちだろう、それにその向日葵を見るアングルだってきっと俺たちの想像とは違うはずだ。どれだけ膨大な形容詞をそこに足したとしてもその差を埋めることなんて出来やしないんだ。――――だから、そこを逆手に取るわけだ。人が持つ最も偉大にして、人の進化の源ともいえるもの、つまり“想像力”。文章はその力を借りて物語の味をを120パーセント引き出す」

 

「…………」

 

花妖怪は先ほどから何も言わない。静かに口を一の字に噤み、目を閉じて耳だけをこちらに傾けている。

 

「きっと文章の良さ、文字の持つ魅力はそこにあるんだと俺は思うんだ。幽香、例えば綺麗な風景と聞いて何を思い浮かべる?」

 

「綺麗な風景ね……。……しいて言うなら朝日を浴びる向日葵の姿なんてものは美しいと思うわ」

 

「うん、俺もそう思う。でも、例えば俺がそれを絵にしたところでそれは違うものになるんだ。……なんて言えば良いのか、人によって定義の違う言葉、例えばカッコよさ、可愛さ、綺麗さ、なんて言葉は各自の想像力に委ねることによって完成すると思うんだ。俺がどれだけ朝日を浴びる向日葵の綺麗さを人に伝えたいと頑張ったところで、ほかの誰かからしてみればそうでもないかもしれない。でも、文章なら違う。――新鮮な朝日を浴びてその身を黄金に染める向日葵畑の姿は俺が見たどの風景よりも絶景であり、思わず声を失った。とでも書けば後の情景は読者が勝手に想像してくれるんだよ」

 

完全な形がつかめない不完全なものだから出来ること。勿論、絶景以外でもそうだ。例えばヒロイン。俺個人の考えとしてはそこまで事細かな描写は要らないと思っている。ただ単純に絶世の美女という五文字でも物足りると思うまでもある。後は各人が自分の思う絶世の美女を思い浮かべればそれがヒロインだ。それ以上もそれ以下もないだろう。統一された美的感覚がない以上、統一された文字という形で想像力を刺激するのが確かである。

 

そして文章に起こすことにより俺がいなくなった後もその物語は後世に残る。人は長くは生きれなれない。いつかは必ず死ぬ。しかし、文章は別だ。例え誰にも読まれなくても、それは後世に確実に残るのだ。俺の体は何時か朽ち果て、土へと返るだろう。その時には俺が生きた証は何一つ残らない。でも、物語は別だ。俺がここにいたという証拠は確実に残り続けるのだ。

 

「なるほどね。何となく貴方の言わんとすることは分かったわ……」

 

さて、と俺はゆっくりと最後の紫煙を吐き出すと花妖怪の方へと体を向けた。柄にもなく真面目に考えを吐露したのだ。

 

もう何も未練はない。いや、元より未練なんてものはあるはずがない。いつだって俺は自分がしたいように生きてきたのだ。未練なんてものがあるはずもないのだ。

 

――だからこそ、

 

「なぁ、幽香。もう、こんな茶番は終わりにしようか」

 

起承転を得て物語は結へと向かう。

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