花妖怪と青年   作:TKI

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気休めで書き始めたのにそうとう悩んで書いてた。

ダメやん……


一夜明けて

起きてまず感じたのは頭痛だった。酒もまだ抜け切っていないのか、胃の中が熱くムカムカする。割れるような頭に蝉の声が追い打ちをかける。こもった頭に響く声。

 

あぁ、久しぶりに最悪の朝だ。頭を抑え布団から体を起こす。障子に畳、壁に掛け軸そして、布団。コンクリートジャングルが多くなった都会ではなかなかお目にかかることのなくなった純和風の部屋。起きた時間が遅いのか、障子の向こうから明明とした日光が差していた。気温も高いのか、寝汗がひどい。痛む頭を押さえて、グッと一つ伸びをすれば幾分かコリが伸びたような気がした。

 

昨日のことは夢かとも思ったが、ただただこの和室が現(うつつ)だと訴える。この頭痛が嘘ではないと教えてくれる。やはり、昨日のことは夢ではなく。俺は、摩訶不思議な世界に迷い込み、殺されかけたのだ。

 

俺が迷い込んだ、この摩訶不思議な世界は名を幻想郷と言うらしい。昨日の酒の席で花妖怪がこの世界のことを色々と教えてくれた。色々と数多く教えてくれたのだが、覚えている内容なぞ、ほんの二、三点しかない。他は全てうまい酒と共に何処かへ行ってしまった。

 

しかし、重要な点は覚えている。幻想郷とは、外の世界から隔離された世界であり、妖怪など魑魅魍魎が住まう世界なのだと。これだけ、覚えていれば十分である。非人情の旅の先で人でなしの国へと辿り着けたのならこれはこれで一興がある。

 

この非人情の旅に出た俺を、トンネルを通り抜けて、幻想郷にたどり着いた俺を、花妖怪と出会い、脅され一緒に盃を囲んだ俺を、ただ俺じゃない別の人と感じれば詩にもなる、句にも詠まれる、画にも描かれる。

 

だが、しかし残念なことにこの摩訶不思議な現象を体験したのは我ならぬ人ではない。俺本人だ。本人ならば、それを絵に起こそうとすると情が入る、人事が入る。限りなく純客観の立場に立つことは出来ても第三者になることは不可能である。それは残念なことではあるが当事者でなければ、この幻想郷に来ることも、あの黄金の原をも見ることは叶わなかっただろう。

 

なら、この現象の当事者になれたことは喜ばしいことである。

 

ここで、小説の一文がまた思い出された。

 

『 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう』

 

なるほど、人でなしの国はどうにも人の国より住みにくい様だ。だが、しかし、どうしたことか、この人でなしの国はどうやら人の国より住みやすいように感じる。確かに命の心配は常にしなければならない、いつあの世に送られるかも分からない。

 

しかし、あの浮世を壮絶に超越した黄金の原。それが見れる点だけでも、人の世を軽く凌駕するだろう。

 

それにいくら、かの大文豪でも、人でなしの国へ行ったことはあるまい。ならば、今この瞬間に人でなしの国にいる俺が、人の世と人でなしの世を比べて大文豪に変わってどちらがより住みよいか確かめるほかない。

 

さてと、いつまでもこうして布団の中にいるわけにはいかない。起き上がり、汗のかいた服を着替えると、障子を開け外へと出る。

 

障子一枚しか隔てられていないと言うのに開けた瞬間、騒がしい蝉の声がより一層大きくなり、俺に追い打ちをかける。

 

既に昼を回っていたのか直射日光が縁側に出た俺を容赦無く照らす。二日酔いにこの眩しは勘弁願いたい。思わず手で日光を遮り、目を細める。細めた目に写ったのは、これまた純和風の庭。池もあれば花壇もある。そして、その塀の向こうには黄金の原が見える。

 

「あら、だいぶ遅い起床ね」

 

そんな庭の中央、花壇の前に彼女はいた。昨日と同じく白のカッターシャツに紅いチェックのロングスカート、そして同じくチェックのベストを羽織っていた。白い日傘を差した彼女は翠の髪をなびかせ、こちらを振り向く。昨日とほとんど同じ服装だが、言葉には棘が少なく、笑顔にも威圧感はなかった。どうやら、昨日の会話を通じて少しは信用をしてもらえたみたいだ。

 

「あぁ、どうやら昨日は飲みすぎたようだ。頭が痛い」

 

そう頭を抑える俺を見て、彼女は左手で日傘をクルクルと弄びながらクスりと微笑む。日傘を差していない右手には一本の木製の柄杓、足元には同じく木製の桶が置いてあった。どうやら庭の植物に水を上げていたようだ。

 

「あら、それは大変ね」

 

花妖怪はそう他人事のように言う。まぁ、文字通り彼女にとっては他人事ではあるのだが。

 

「大変も大変だ。頭が割れそうなくらい痛い」

 

寝ていた時はそこまででもなかったが、いざ立ち上がるとズキズキとした痛みがさらに酷く襲ってくる。夏であり、気温が高く、汗もよくかき代謝がよくなるのを考えると少し経てば幾分か楽になるだろう。だが、それまでは頭痛と短い近所づきあいをしなければならないようだ。

 

「うふふ、昨日は結構飲んでたから、飲める人だと思ったのだけど次の日に弱いのね」

 

彼女は日傘を回しながらゆっくりとことらへ近づく。その顔は夏の暑さまでも感じさせないような涼しい顔だ。俺の顔と見比べると、とても一緒の場所に立っているとは思えないだろう。

 

「そういう幽香はどうなんだ?」

 

その顔を見ているだけで答えが出ている、いわば聞くまでもない質問。とても、昨日俺と同じ量を飲んだ奴とは思えん。

 

「あら、私はまだまだ余裕よ。私を誰だと思っているの、人間さん。花妖怪よ」

 

なるほど、流石は妖怪。酒の強さも化け物級といったところか。うわばみなのは羨ましいとは思うが。この割れるような頭痛も呑んだ醍醐味だと思えばなかなか嫌いになれない。

 

「流石は幽香というところか」

 

「それは、褒めているのかしら?」

 

「どうだろうか……?」

 

「質問に質問で返すのはどうかしら。でも、本当に辛そうね。大丈夫?」

 

今だに手を額から放さない俺を涼しい顔で下から花妖怪は覗き込む。その顔は心配しているというより、俺の不幸を喜んでいるような顔だ。昨日から重々わかってはいたが、なるほど花妖怪は食えないやつみたいだ。

 

「あぁ、今の季節なら今までの経験から言って少し汗を流せばすぐに楽になるはずだ」

 

「その言い方だと、今までも結構二日酔いになった経験があるようね」

 

「あるもあるさ、おおいにあるさ。とても足の指も入れたところで数え切れないくらいにね」

 

非人情の旅にはタバコと酒は欠かせない。それを抜きにしても、俺自身酒は好きだ。浮世を脱するのに酒以上に手っ取り早い手段は存在しない。呑んで酔っている最中だけはこの世の煩いを引き抜いて、忘れられる。

 

「あらあら、人間というのは懲りない生き物なのかしら?」

 

「毎回、二日酔いになる度に思うさ。だけどさ、酒は呑まねば惜しい。少し呑めば呑み足りぬ。呑みすぎると後が不快だ。このことは身に染みて分かっているんだが、うまい酒なら惜しさは増える。美味ければうまいほど、呑み足りない。そして、翌日頭痛に悩まされる。それを繰り返して、懲り懲りしたのだが、それでもうまい酒は呑まないと惜しいのさ」

 

痛む頭で出たセリフは自ら考えても、酷い言い回しであり、とてもそれで飯を食っていた者の言葉とは思えない。全く二日酔いとは言え酷いものだ、そう苦笑いを浮かべる。

 

「よく分からない言い方だけど、あなたが馬鹿だと言うことと酒が好きだと言うことは分かったわ」

 

折角の痛む頭で考えたセリフだと言うのに花妖怪はやんわりとした表現の核心をズバりと切ってきた。それも満面の笑みでだ。さすが、花妖怪。人をいじめるのが愉快と見える。

 

「ようはそう言うことだ」

 

「まぁ、私も二日酔いの経験は二三度あるし、貴方の気持ちも分からないことはないわ」

 

昨日、俺の秘蔵の酒一升を一人で飲み干してケロリと今ここに立っている彼女が酔いつぶれるとは、一体何を飲んだらそうなるのだろうか。

 

「なんだ妖怪でも二日酔いになるのか? 一体何を飲んだら、なるんだ?」

 

「ええ、私でも二日酔いになるわよ。鬼殺しなんて呑んだ次の日には頭が痛いわ。一本持っているから貴方も飲む?」

 

鬼ごろし……。一瞬、スーパーでよく売っているパックの酒が思い浮かんだが、ここは人でなしの国。ならば鬼殺しとは文字通り鬼も酔い殺せるほど強い酒のことであるのだろう。

 

「いや、遠慮しておくよ。多分、味も分からんと思うから」

 

幽香が酔いつぶれる酒だ。俺が呑んでも速攻で酔いつぶれて味の記憶すらないだろう。

 

「あら、残念ね」

 

花妖怪は日傘をまたクルクルと弄びながら人の食えない笑みを浮かべる。

 

「あぁ、残念だね。まぁ、機会があれば鬼殺しも呑んで見たいと思うよ。少なくとも酔いが抜ければね」

 

本物の鬼殺しなんぞ呑めるのは幻想郷だけだろう。ならば、ここに来ている以上、呑まねば損だ。鬼殺しは味にうるさい鬼もの好む酒だ。ならば、美酒に違いない。美酒ならば呑まなければ、損だ。

 

「うふふ、あなた変わっているのね」

 

俺の返しに満足したのかクスクスと笑う花妖怪。

 

「変わっていなければ、横行闊歩に昼間まで寝ぼけていないだろ。昨日は一歩間違えれば死んでいたと言うのに」

 

今の時代、変わってなければ非人情の旅なんかには出ない。それも、歩いて、となるとその風変わり振りは増す。

 

そんな変わり者でも一日経てば花妖怪に対して恐怖でも湧くかととも思ったが、実際こうして顔を合わせて見ても恐怖なんか起きる気配はなかった。どうやら、俺が思っている以上に今の俺は人の世に飽き飽きしているようだ。

 

「確かにそうね。それと、これからどうするの?」

 

「幽香は何をしているんだ? 水やりか?」

 

「ええ見ての通り、この子達に水を上げているのよ。まぁ、もう終わったけどね」

 

水の入った桶を軽く上げて花妖怪は微笑んだ。それにしても、この庭の水やりはともかく、あの黄金の原の水やりとなるとどうすんだろうか。あれだけの本数の水やりで桶と柄杓のみとなると、とても一日では終わるまい。

 

「あの向日葵畑の水やりも終わったのか?」

 

「ええ。とは言っても横に川も流れてるし、私の能力もあるから水を上げなくてもすくすく育つけれど……」

 

それと、水を上げるのが目的じゃなくてあの子たちの顔を見るのが目的なのよ、と花妖怪は付け加える。なるほど、花の妖怪ともなれば水をやらずとも花を成長させること程度簡単にできて当たり前みたいだ。

 

それでも、人間が育てるよりも手をかけて花を育てるのだろう。それは、昨日共に酒を飲み、共に語り合った結果、分かったことだった。

 

「なるほど、流石は花妖怪と言ったところか。それよりも、何か仕事はないか? 一宿一飯の恩義を返したい」

 

さすがに泊まらせて貰っておいて何もしないじゃ、俺の気が済まない。非人情の旅だが、人間を辞める旅ではない。

 

「そうね、あなたには何ができるの?」

 

「何が出来ると言われれば、難しいことではなければある程度のことは出来るよ」

 

「そう、よく分からない返事ね。まぁ、いいわ料理は出来るかしら?」

 

「人並みには」

 

一人暮らしの経験が長かった以上、有る程度のことは出来ると自負している。

 

「私は人じゃないから人並みがどれくらいか分からないわ」

 

花妖怪は涼しげに笑うと続ける。確かに彼女は文字通り人ではない。

 

「まぁ、そこそこ出来るほうだと思うよ。確か、ここはカマドでご飯を作るんだっけ?」

 

昨日の話によると幻想郷にはガスや電気がない。薪で火を起こさねばならぬようだ。まぁ、たまにはキャンプ気分で自炊ができていいかもしれん。

 

「ええ、そうよ。そうね、なら酒のつまみでも作ってもらおうかしら」

 

花妖怪はそう言うとどこからか一升瓶を取り出す。

 

「上物なのよ。貴方も飲むでしょ?」

 

「こんな昼間っから飲むのか?」

 

「ええ、昨日も呑んだし、昨日の今日だわ。それに昨日は貴方の酒を貰ったから今日は私のオススメをどうかしら? あぁでも貴方、二日酔いだったわね」

 

残念ね、と人が悪い笑みを浮かべる花妖怪。確かに二日酔いだ。だが、上物と言われれば多少の頭の痛み程度我慢をするほかない。向かい酒でもすれば幾分か気が晴れるやもしれん。

 

「残念だが、たった今うまい酒があると聞いた時点で二日酔いは直った。適当につまみを作ってくるから台所へ案内頼めるか?」

 

「分かったわ、着いて来て」

 

俺の返事に満足したのか、涼しげに花妖怪は歩き出す。俺はその後を痛む頭を押さえて追いかけるのだった。

 

庭には立派な花々が咲いていた。

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