花妖怪と青年 作:TKI
パチャリと言った効果音を立てて水が地面に向日葵にかかる。頭上には相変わらずの大きな入道雲と容赦ない太陽。まだまだ夏真っ盛りだ。容赦ない日光に雫が反射し、向日葵がキラリと輝く。この暑さで水をかけられることが向日葵でも嬉しいのか、彼らは笑っていた。花に喋りかけたり、音楽を聴かせるとよく育つと聞くが、なるほどこう彼らと真摯に向き合うと人間よりも人間味があると言うか、彼らにも感情があることが分かった。
「今日も元気そうだな」
彼らにそう語りかけても、返事が返って来るはずもない。ただの人間には花と話すことなど無理な話だ。しかし、人では無理でも人でなしなら出来る。俺が世話になっている花妖怪の風見幽香なら花と喋ることができるらしい。
彼女の家に世話になり始めてしばらく経った。詳しい日数は覚えていない。初めの三日までは数えていたが、それ以降は数える気すらなかった。別にここにいる日数が何日であろうと、今日の日付が何日であろうと人生にとってはさしたる問題ではない。ただ、今日は晴れであり、季節は夏である、それ以上に望む情報なぞあるまい。
まぁ、体感的勘でいいのならここに来て約一週間と言ったところか。その体感があっていれば今は八月も上旬となる。蝉の声も聞こえない日がなく、ただ忙しなくないている。蝉の声は耳に残る、心へ響く。
成虫となった蝉の寿命は約一週間だ。蝉はこの一週間、命を削って鳴く。夏の昼、あるいはたまに夜でさえも彼らは鳴く。自らの短く儚い寿命を夏空へ忘却し、束の間の命を、ひと時の夏を鳴き尽くさんと命の限り鳴くのだ。
だからこそ、蝉の声は人の心へ残る。命を削って鳴き開けるからこそ、人は夏が来る度に彼らの声を思い出し、彼らの声を聞くからこそ、人の夏は始まる。
さてと、桶の水がなくなったのを確認して、小川に水を汲みに行く。花妖怪と暮らし始め、向日葵に水をやるのが俺の仕事となった。もちろん、こんな広い畑に水をやるのは無理だ。花妖怪が全体の三分の二に水をまき、俺が残りをまく。三分の一とはいえ、これだけ広いと結構な時間がかかる。花妖怪は俺よりも二倍の面積を回っているのにも関わらず俺よりも平均して一時間以上早く水をあげ終わる。
そこはさすが妖怪。妖術か魔法かは分からぬが、彼女の桶の水は減ることはなく、汲みにいく必要がない。それに、いざとなれば狐の嫁入りを向日葵畑一帯に降らすことも可能なのだ。彼女は前にも言ったように花の様子を見るためだけに向日葵畑を散歩しているのだ。
それに日傘に何か効力があるのか、それとも持ち前の妖力なのかは分からぬが、こちらが夏の殺人的気温に汗を流し、体力を奪われていると言うのに花妖怪はいつの日傘の下、涼しい顔をしていた。その顔に汗が流れることを俺はまだ一度も見たことがなく、恐らくこれから先もないだろう。
それに比べ、俺はただの人間だ。桶の水がなくなれば、水源まで汲みに行かねばならぬし、重い桶を持ちながら太陽に打たれ水をまくとなると体力も奪われる。花妖怪にとっては楽な散歩も俺にとっては重労働だ。最近でこそ慣れて来たとはいえ、初日は筋肉痛が酷く痛むものだった。
もちろん、ただの人である俺が手伝うよりも花妖怪が一人で回った方が早い。でも、俺がそれを良しとしない。一宿一飯の恩がこれ程度で返せるとは思わぬが、俺の気持ちの問題だ。ただ気ままに絵を描き、詩を読む生活が出来ればそれが出来れば素晴らしいが、人間として、人情はそうはさせない。世話になっている以上は何か役に立ちたいと思うのが人事だ。
だからこそ、俺は自分の気が晴れることだけのために、自己満足のためにできる仕事をやっているのだった。
最後の向日葵に水をあげ終えた頃にはすっかり太陽は真上より少し西側へ傾いていた。額にかいた汗を拭い木製桶を傍らに下ろす。数日間とはいえ、同じことを繰り返していると、もはや次に何があるのか大体分かる様になる。
さて、もうそろそろか。そう思った時、向日葵の向こうに白い日傘が見えた。
「お疲れ様。お昼にしましょう」
いつも通り涼しげな笑みで花妖怪は言う。真紅の瞳に、翠の髪。顔はとても整っており、スタイルもいい。一言で言うなれば容姿端麗と言った言葉がよく似合う。
「分かった。俺もちょうど終わったところだ」
これでいて性格も容姿に比例してよければいいのだが、彼女の性格はどうにも容姿と反比例してい様だった。加虐嗜好と言うべきか、彼女はとりあえず虐めたり弄ったりが好きな様だ。出会った当初からそれは重々にして分かっていたのだが、本人も口癖の様に、誰か虐めたいわね、などと平気で言ってのける辺り、その加虐嗜好は相当なものだと言えるだろう。
天は二物を与えずとはよく言ったものだ。まぁ、元より彼女は妖怪であり、天とは分かつ存在であったか。妖怪ならば少々性格に難があるのも仕方が無いことだろう。
「貴方、失礼なこと考えてない?」
そんなことを考えていた時、真紅の鋭い視線が俺を射抜く。女は勘が鋭いとは言うがそれは人だけに当てはまる法則ではないようだ。
「いや、気のせいだろ?」
内心、冷や汗を流しながら平生と答える。俺は被虐嗜好を持ち合わせてはいないし、彼女の気分を害せば虐められるだけではなく、最悪殺されることもあり得る。俗世に様はないとはいえ、せっかく何かの縁か運にて、この幻想郷に来たと言うのにたった数日で無駄な死を迎えるのは心もとない。
「そう、ならいいけど。それよりも、お昼にしましょう。せっかく焼いた料理が冷めてしまうわ」
デザートにスイカも冷やしてあるわよ、と花妖怪は笑い背中を向け歩き出す。その後ろ姿を置いながらこうか一緒に暮らしていると色々と分かることが多い。まず、この花妖怪は料理がうまい。普通に料理屋で出てくるレベルに料理が出来るのだ。俺もそこそこ自炊はできる方なのだが、花妖怪にしてみれば、まぁまぁと言う評価だった。まぁ、俺は料理人でも料理が好きな訳でも何でもない。うまい飯は食いたいが、自ら作るには億劫だ。最低限度、気分が害されずに食せればそれで満足だった、だからこそ俺の料理はまぁまぁ止まりなのだろう。
よって食事を作るのは専ら花妖怪の仕事なっていた。俺も台所に立つことはあるのだが、作るのはほとんどがツマミだ。
酒が好きだからこそ、酒に合う肴の種類は多く知っている。肴だけは花妖怪よりも豊富に知っているし、花妖怪よりも美味しくできる自身があった。夕餉が終わり、一献傾けるか、となった時は俺が台所に立つことがほとんどだ。
料理も美味いし、掃除もできる。それに花を愛する心を持ちながら、何故あの性格なのか。妖怪にも男が居ろう。なら、この性格さえなければ引く手数多なはずだ。
なるほど、俗に言う残念美人と言う奴か……。俺がそこまで考えた時だった。
シュンと風切り音が聞こえ、左に白い物が現れる。いつの間にか閉じられた日傘が頬をかすめていた。目の前にはこちらを向き笑顔の花妖怪の顔。顔は笑顔だが、目は笑っていない。
「ごめんなさい。蚊が止まってたわ」
そう言うと花妖怪は日傘を差し直し頭上へ戻す。頬を液体がつたっているのが分かった。触らなくともそれが血であることは分かる。
「ありがとう。助かったよ」
「ええ気にしなくていいわ。早く行きましょ」
スタスタと優雅に歩き出す背中は次はない、と語っていた。妖怪と暮らすのは難しい、俺は改めてそう思った。
太陽は相変わらず容赦無く俺と花妖怪を照らし続ける。