花妖怪と青年 作:TKI
息を一つ大きく吸い込み、一気に吐き出す。空気の味など、芸術的感性が皆無に近い俺には分かることのないものだと思っていたが、何と無く都会よりもここの空気は色濃く、濃厚でヤニやタールで薄汚れた俺の肺を綺麗にしてくれるような気がする。
辺り一面には見渡す限りの太陽の花。ここまで植物に囲まれると都会のビルに囲まれるより空気が濃く、綺麗になるのは当たり前か。そう自分の考えに自分で納得する。
花妖怪が作った美味な昼食を食べ、しばらくして俺はこの太陽の畑をもう一度訪れた。ちなみに今日の昼飯は、焼き魚に野菜のおひたし、味噌汁と、和風な健康にいい食卓となっていた。そして、その後には冷えたスイカ。一人暮らしよりもいい食生活をしているような気がしてならない。これはもし、生きて帰れた時苦労するだろうな、と我ながら他人事の様に思った。性格に似ずにあの花妖怪は料理も洗濯も掃除もできるのだ。顔もスタイルもいいのにもったいないものだ。おっと、また至らぬ考えを抱いていると本当に血の雨を降らすことになる。薄皮一枚切れた頬をさすりながら、絵画道具を担ぎ直し歩く。
しばらく歩くと所狭しと均一均等に規則正しく並んでいた向日葵が開けた広場のような場所にでた。開けたと言っても半径2mほどの場所で周りには背の高い向日葵が囲っている場所だ。
そこにたどり着くと俺は座りのいい二つの岩の内一つに腰をかける。ここでまた一つ文を思い出した。
『土をならすだけならさほど手間もいるまいが、土の中には大きな石がある。土は平らにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。掘崩した土の上に悠然とそばだって、吾等(われら)の為に道を譲る景色はない』
確かに道の上に岩があれば回り道をしなければならぬし、邪魔になる。山登りが好きな俺としてはよくよくそう言う場面に出くわすことが多かった。
しかし、この様に道の上にある邪魔な岩ではなくただ人が座り、休憩するための岩ならば大歓迎である。これは岩と言うより石であると言った方が正しいか、とも思ったが人が座れる大きさならば、やはり岩であろう。
それと同時に俺たち人間には岩を切り砕くのは無理でも、あの花妖怪なら涼しい顔で切り砕くだろう。この畑を作ったのが花妖怪なら、土をならし、石を切り砕き、平らにしたのも彼女で間違いない。何故、ここまで規則的に綺麗に向日葵を管理している彼女がこの様な場所を作ったのか、それは俺には知る由もない。ただの気まぐれか、めんどくさかったのか、はたまた風情とか趣やらを花妖怪を理解していたのかそれは分かぬ。分からぬし、別に分かる必要もない。
ただここに開けたスペースがあり、腰掛けるに丁度いい岩があれば十分だ。それ以上に望むものなどあるまい。
岩に腰をかけたまま絵画道具を横に置き目を瞑る。黄金の原を通り抜ける風が太陽に打たれ額から流れる汗を乾かす。蝉の声が遠くに聞こえる。静かに、ただ生きるための煩いや世間を憚る配慮などを心の遥か遠く、忘却し、心を穏やかにする。目を閉じていても周りの幽寂閑雅な情景が浮かぶ。出来ることならそのまま魂の在り処も忘れたいところだが、今は魂の在り処が忘れられる春ではない。春の陽気なら出来ることでも夏ならば無理だ。浮世離れした春ではない、夏は現実を人に突き付ける。春に忘却し、昇華した魂を現(うつつ)に落とす。だからこそ人は夏に精力的になれる。借金を思い出すのが夏ならば、その金を返せるのも夏である。
スポーツが盛り上がるのも夏だ。祭りが盛り上がるのも夏だ。学生が活発になるのも夏だ。嬉しい恋が積もるのも夏だ。
球児は夏の暑さがあるからこそ、白球をただただ単(ひとえ)に追いかける。よさこい祭りは夏の暑さを受けることにより人々は踊り狂う。夏休みは学生時代を心に刻み込むだけに存在する。情熱的になれば恋をする機会は増える。夏の間はいくら恋が積もっても困らぬ。一夜の過ちが起こるのが多いのも夏だが、夏ならばそれも許されよう。
非人情の旅にでて、人事を疎うた俺自身も夏は好きだ。春には浮世離れをした桜などの幻想的な画が生えるが、夏は翠などの精力的な画が生える。
目を開け、絵具を取り出し、キャンパスをセットする。描くのはただ見たままの黄金の原。
昼飯を食べ終われば暫くは自由になる。なので俺は毎日こうして、自由気ままに筆を取るかペンを取るかをやっている。筆をとって描いてはいるのだが、何度かいても画の絵で前は上がる良しもない。
俺は画家でもなければ画に詳しいわけでもない。遠近法も名前だけしか知らないような人間だし、美術の評価も良くて3が手一杯な人間だ。もちろん、そんなだから画はただ道楽で書いている他ない。ただありのままを摸写しているだけだ。別に画で飯を食おうとも思っておらぬし、食っていけるとも思っていない。全ては自己満足の四文字に集約される。
着想を画に落とさんでも璆鏘の音胸裏に起こる。ただ俺の画は他人に聞こえる音は奏でない。俺自身が画にこの風光明媚な風景をただ書き写すその瞬間にこそ、俺にだけ璆鏘の音は起こるのだ。
筆を持って暫くした時だった。背後から足音が聞こえ、声が降ってきた。
「お邪魔するわよ」
誰とは聞かなくても分かる。この世界に来て俺が口を聞いた人物は一人しかない。話を聞くと他にも人ではない妖怪がいるらしいのだが、俺はあったこともなければ、見たこともない。博麗神社なる場所には人間の巫女もいるしい。居てもあったことがなければいないのと同意義だ。
よって俺の幻想的での友好関係は非常に狭いものとなっていた。
「勝手にすればいい」
「ええ勝手にそうさせてもらうわ」
視界の端にもう一つの岩に花妖怪が腰を下ろすのが見えた。花妖怪も暇なのか、こうして俺が筆を取る様子を見に来ることが多い。視界の端でただただ花妖怪は日傘で作った日陰で微笑みながら俺の画を書く様子を見ているだけだ。何がおかしいのか分からぬがその笑顔はひどく柔らかいものだった。
花妖怪は座ってから何も言わぬし、俺も話しかけることもない。ただ無言の時間流れる。蝉の音と風の音が辺りに響く。お互い無言だが、息苦しさはない。数日しか共に過ごしていないと言うのに気を使った静寂ではなく、気の休まる静けさがあった。お互いがただやりたいことをやっているといった方がいいかも知れぬ。俺はただ筆を走らせ、花妖怪は黙ってそれを見届ける。それは画が書き終わるまで続いた。
「終わった」
その呟きと共に汗を拭う。
「相変わらず下手な絵ね」
花妖怪は嗤う。俺自身も決して上手いとは思えぬ。どちらかといえば、いや確実に下手だ。
「そんなことは分かっている。画はただの道楽だ」
「そう、でも何度も言うように貴方の絵は嫌いじゃないわ」
花妖怪の感想は毎回変わらない。下手と貶すのも変わらねば、嫌いじゃないという評価も変わらなかった。
「そうか。そう言ってもらえれば嬉しい限りだ」
「ええ、私が褒めるのよ。もっと誇ってもいいわ」
彼女はそう微笑むと立ち上がる。俺も絵画道具を直すと立ち上がり、尻についた砂を叩いて落とす。
「これからどうするのかしら?」
「とりあえず、小川で汗でも流そうかと思う」
いくら暑さに強い俺とはいえ、これだけの長時間、日光に打たれると体に堪えるものがある。せっかく横に川があるのだ。使わねば損だ。川の冷たさで身も心も冷やすのが俺の日課だった。
「そう、なら私も涼みに行こうかしら?」
「入るのか?」
「いえ、私泳ぐの嫌いなのよ」
さぁ、いくわよ、花妖怪はそう言うとスタスタと歩き始める。俺もその後ろをゆっくり追う。ここでの俺と花妖怪の生活は往々にしてこのようなものだった。
暑い夏は終わる気配を見せない。