花妖怪と青年 作:TKI
タイトル詐欺ですやん。タグだけ変更します。
ある昼下がり、何時ものように向日葵の広場に絵画道具を担ぎ行った俺は、これまた何時ものように座りのいい岩に腰掛け、少しの間目をつぶり風に揺られながら考えを巡らせた。
この世には古今東西、数多の人々がいる。人がいれば金が産まれる。金が生まれれば職ができる。有る程度金が溜まれば、学問も出来る。
今では数え切れないくらいの職があり、学問がある。もちろん、俺もごく僅かではあるが学問を修めているし、生きるために働けばならなかった。
色々な職業がある中で俺が嫌いな職業というものがある。いや、もちろんその職に従順している人全員を嫌っているわけではないし、人間性を否定しているわけでもない。ただ、その職務が嫌いなだけだ。俺自身それが不当な疎いだと言うことは重々のして承知している。
その嫌いな職というのが、理系なら科学者を上げる。彼らはこの世の真理を解き明かすのが使命だ。彼らはこの世の全てを解き明かさんと気が済まんと見える。世の中の謎や、神秘と言った人々が守り抜いて来た秘密も彼らの中では関係ない。ただ全てを解き明かすのだ。彼らが通った後には塵も残らぬ。神秘のベールを剥がすだけ剥がし、伝承を、神話を、言い伝えを、妖怪を、鬼を、そして時には神でさえも彼らは殺すのだ。
かの哲学者ニーチェは言った。『神は死んだ』と。この言葉は単にキリスト教の平等主義に警鐘を鳴らしただけではなく、科学者によって神の神秘のベールは剥がされ、天から地に落とされたと言うことを知らせていたのかも知れぬ。
具体と抽象は合判せぬ言葉だ。具体が進めば抽象は衰退する。科学者の仕事はその抽象を具体化することだと言い換えても良い。
彼らと俺では考えが真逆だ。抽象にこそ、趣があり一興がある、抽象は抽象たり得るから良しと考える俺と抽象を認めない彼らでは合うはずもなかろう。合うとすれば職務を全て忘れ、ただ私人として一献を囲む席以外にあるまい。
例えば、彼らの中では空が晴れ、晴天になるのは高気圧により雲が出来にくいからであり、雨が降るのは低気圧のせいである。それ以外に余地はないし、それ以上に付け入る隙はない。
対して俺の中では晴れは晴れである。主人公が嬉しいからこそ晴れる。また、逆に主人公の胸裏とは裏腹に晴れるなんて、こともあり得るだろう。そこにはただ晴れたと言った現象が結論があれば事たる。雨もそうだ。雨が降るということに理由なんか要らない。低気圧や上昇気流なんか理論ではなく雨が降ったという事実だけでいいのだ。
もし、そこに何かを付け加えるとするのなら、それは人の情景や行動の方が面白い。面白くない理論を聞くよりも、誰かが悲しいと思ったから雨が降った。誰かが嬉しいから雨は上がり晴れたと考えた方が話にもなるし、画にもなろう。そこでは低気圧やら高気圧やらはただ水を指すだけの物でしかないのだ。
理系で嫌いな職があるのなら、文系にもある。文系で嫌いな職と言えば記者だ。それも新聞記者はなお疎う。もちろん、これもただ俺の偏見に満ちた職務の話であり、その職を否定すわけでもない。言うならば趣がない職と言った方が正しいかも知れぬ。
記者とは世の中のありとあらゆる真相を皆に知らせるのが職務である。そこには人情も人事もない。ただ真相、事実を書くだけだ。その中には神秘のベールに包まれているべき情報もある。秘匿にすべき事柄も全てを世に曝け出すのだ。
思えば科学者と記者はお互いに持ちつ持たれつの関係だと気づいた。科学者が神秘のベールを取りはがし、記者がそれを世に広める。
科学者だけなら、神秘の下は科学者しか知らぬまま終わるだろう。記者だけなら神秘のベールを剥ぐのは無理だ。神秘は神秘のまま、世に評すれば面白いのだが、その面白さは俺にとっての面白さであり、普通の人には受け入れらぬやもしれん。それに記者の根本を見つめれば、彼らも真理を求めるものだ。ならば、そうなるの仕方がないと言えよう。
ここまでタラタラと紆余曲折に書きなぐったが、これは俺の職業観から見た科学者と記者への評価である。
人の世では俺も科学文明の恩恵を受け、朝にはコーヒー片手に新聞も読む。だからこそ、職業観を捨て去さりただ一献を囲む関係になれば良き友人にも、親友にもなり得る。俺の狭い友好関係の中にも科学者もいれば記者もいる。不思議なことに公的な会話は合わぬというのに私的な会話は不思議なほど馬が会うのだ。
「あやややや。こんなところで人間と会うとは。人間さん、ここにいてはマズイですよ!」
支離滅裂で乱雑無章の考えを巡らせていた時だった。ふと、上から声が降ってきた。ここに来て毎日聞いている聞き慣れた声ではない高い声に驚きつつ、目を開ける。目の前にはただ翠の茎と黄金の花が見えるだけだった。
「そこじゃないですよ! 上です! 上!」
今度は上に目線をあげれば、そこには一人の人が空中に浮いている。いや、あれは人と言うよりヒトであろう。俺の知ってる人は宙にも浮けなければ、漆黒の羽も生えていない。古今東西、人でなければヒトでしかない、と言うのはこの世の常である。
「ちょっと、聞いてるんですか!?」
人と言うより、少女は少しばかり地面と距離を縮めながら近づいて来た。
その少女を一目見た感想だが、まず目に付くのはその背中に生えた漆黒の羽。カラスのように艶のある羽根が当たり前のように背中から生え、それが羽ばたいている。
他の容姿と言えば、今風の若者とでも言うべきか黒いフリル付きのスカートに白いシャツ。一見、女子高生の制服にも見えなくない。
頭には赤い山伏帽を乗せ、足にも同じ赤の下駄を履いている。髪は特徴的な羽と同じく漆を塗ったような黒でショートヘアとなっていた。顔も整っており、スタイルもいい。羽根さえなければ美少女と言っていい容姿だ。
「あぁ、すまない。少し考え事をしててな」
岩から腰を上げそう答える。
「人間さんってことは私たちを見るのも始めて見たいですね! 私は、鴉天狗の射命丸 文(しゃめいまる あや)です!」
そう元気良く、鴉天狗は挨拶をする。なるほど、声からしても元気のある奴らしい。
花妖怪の瞳を紅いと称するなら彼女の瞳は赤いといった方が正しいか。その赤い瞳が俺を見る。人ではないとは分かっていたが、まさか天狗だと会うとは。改めてここが幻想郷と呼ばれていることを実感する。
「ほう、鴉天狗か……」
そう呟いて見たが、鴉天狗がどんな妖怪かも分からぬ。そもそも天狗と言えば葉の団扇を持ち顔の赤く鼻の長い山伏姿の男しか知らぬ。こんな若くて可愛い天狗がいたとなっては昔の人もビックリだろう。
「そうです! 鴉天狗です! ビックリしたでしょ?」
鴉天狗は何故か偉そうに胸を張る。その姿を見ると年齢はまだ若いらしい。ビックリしたかどうかと聞かれるとそこまで驚いてはいない、と答える。人でなしの国ならば妖怪もいれば天狗もいよう。人の国では驚くこともここでは驚かん。天狗程度で驚いていては身が持たぬ。
「驚いてはいないが、その鴉天狗が一体何の用だ?」
「そこは驚いてくださいよ! ……って、そんな無駄話している暇はなかった。この畑が誰の物か知ってます、人間さん? ここは危ないので早く出た方が身のためですよ! さぁ!」
そう言いながら俺の3mほど上を浮かぶ鴉天狗。
なるほど、鴉天狗は俺が花妖怪に襲われると思い心配してくれていたらしい。人でなしでも、なかなかいい奴もいるようだ。
「あぁ、そのことならーーーー」
ーーーー大丈夫だ。と言いかけた時だった。
一閃の光線が鴉天狗の羽根を貫き、遥か彼方の空へ消える。
「あややや!?」
翼を貫かれ浮力を失った鴉天狗はそんな情けない声を出しながら、フラフラこちらへと落下する。
「ぐっ」
どうにか鴉天狗を受け止めようとしたのだが、運動も長い間録にしていない俺では、筋力が足りぬせいか、そのまま地面に倒れこむこととなった。一瞬にして目の目に青空が見える。
「すみませんね、人間さん。助かりました」
翼を貫かれたにも関わらず、鴉天狗は涼しい顔で言う。天狗という種族は丈夫な種族なのかもしれない。
「うふふふ、懲りずにまた来たのかしら、鴉天狗さん」
そんな俺に聞き慣れた声が聞こえた。倒れたまま、その方角を見ればあの獰猛な笑みを浮かべた花妖怪が日傘の先を俺の上で未だに倒れこんでいる鴉天狗に向けながら歩いてくる姿が目に入った。