花妖怪と青年   作:TKI

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昔、ネット小説にはまった時にネット小説をこれでもかってくらい読んだことがある。あの時、あれだけ熱中することが出来たのは、読んでいた小説の作者が人を夢中にさせてくれる文章を書いてたからだと思う。俺の文章には、その何かが足りないんだよなぁ。

以上、なんでもない愚痴でした。


雨と句と花妖怪と

雨が振っていた。しとしとと言うよりはザーザーと降っている。雨粒は大きく、止む気配はない。その様子を縁側に座りただただ眺める。

 

幻想郷に来て始めての雨だ。昨日の夜から降り始めた雨は、昼になっても止むどころか勢いを少し増してきている。人の世と同じく、ここでも夏の雨と言うのは雨粒が大きく春雨や秋雨と違い、優しさや情景の欠片も感じられぬ。清少納言や千利休などの風流人にとってみれば趣がないやら、興にかけるやら言われそうである。とても、幾条の銀箭が斜めに走るとは表現できぬ。やはりこの比喩はしとしとと降る春の雨を表する時に使うのが一番だろう。なるほど、人が魂のありかを思い出すのが夏なように、雨もその振り方を思い出すのが夏なんだろう。振り方を思い出したのなら、あたり一面を海か湖に変えんとまでに降る振り方にも納得を覚える。

 

しかし、夏の雨とは何とも不幸な雨だ。干ばつの時ならば恵みの雨となるものの、水のある時に降られれば洪水をも引き起こしかない。洪水を起こせば人々からは恨まれる。なんとも二面性を持った不運な雨である。それに加え、風情やら趣やらがないと言われれば、その不幸は一入だ。

 

だが、こと俺自身に至っては夏の雨と言うのは嫌いじゃない。この様に雨に打たれず、縁側に腰掛け軒下からポツポツと垂れる雨水を、屋根に当たる雨音を、庭の向こう遥か遠くまで続く水墨画の中の様な黄金の原を、それらを黙って見て、聞いて、感じれるなら俺の中でそれはとても風流に溢れる、風情のあるものなのだ。もちろん、その情景は画にも描きたいし、詩にも読みたい、何なら句を吟じるのも悪くないかも知れぬ。

 

懐より煙草を取り出し火をつける。さすがの蝉も今日は羽休みなのか声は聞こえぬ。それに今日はあのピーチクパーチク煩い鴉天狗も来ていない。今、この家には花妖怪と俺しかいない。辺りにはただただ、雨音だけが響いていた。

 

その静かな風景を見て、落ち着いて吸う煙草の旨さは言い知れぬ。悩みを憂いを煩いを全てを紫煙と共に遥か彼方へと忘却してくれる。まるで時が人の世と比べゆっくりと過ぎて行っているような感覚を覚える。時計がない生活にも電気がない生活にも慣れた。

 

携帯はカバンの奥底に眠っているし、どうせ圏外で使い様もないだろう。人でなしの世に来てまで人との繋がりや世を憚ることを考えんでも良い。ただ穏やかに紫煙を燻らすまでだ。

 

ふと、句を一句詠みたくなった。脇に置いてある紙とペンを取る。俺は俳人ではない。句の作法もさほど知らなければ、有名な句を少しばかり知っているだけだ。それでも、どうにかして向日葵と言う季語を入れ、雨と言う語を入れ、更には水墨画と言う語句を入れ、それを何とか17字にしようと苦労する。

 

紙に向日葵と雨と水墨画という語句を書いて見たものの、これから先は全くペンが動かぬ。17字以上の文字ならばこの情景を上手く伝えられるとも知れぬと思ったが、この情景はダラダラ書き殴ったところで人の気持ちは動かせまい、長い文章は人の気持ちには残らない。17字という文字数にして更に韻を踏んだ時こそ、見る人の気持ちを動かせるのだ。

 

なるほど、そう考えると俳人というのはやはり頭の切れる風流人が多いようだ。俺にはとうに真似出来そうにない。

 

俺がない頭を捻らせている時だった。左の方から気配が一つ。向けば長い廊下をこちらへと向かって歩く影が一つ見える。この家には今日は2人しかいない。

 

「やっぱり、ここにいたのね」

 

彼女は俺の横にたどり着くとそう言った。いつも通りの服装にいつも通りの涼しげな笑み。いつだって彼女は変わらない。

 

「あぁ、今日は雨だからなー」

 

雨はまだ止む様子はない。

普段から昼食後の自由な時間は向日葵の広場や向日葵畑で気ままに筆を持つか、この縁側でペンを取るかをしている。雨の今日ならこの縁側以外に行く場所は思い浮かばん。

 

「そうね、しばらくは止みそうにないわね……」

 

花妖怪はその紅い双眼を一瞬庭へ向けると呟く。その眼光には獰猛さや猛々しさは微塵もない、ただ優しく涼しげな光を宿している。花妖怪は庭を見た後、こちらへと視線を戻し、それとと続ける。

 

「体の具合はどう?」

 

体の具合とは、文字通り体調を聞いているのと、暗に怪我の様子はどうだ、という二つの意味を含んでいうのだろう。

 

「あぁ、この通り大丈夫だ」

 

そう言って腕をグルグルと回して丈夫さをアピールしておく。やはり、この幻想郷の医療技術は俗世のものと比べると白線を一本も二本も画しているみたいだ。

 

風穴の空いた横腹も今では傷跡も見えぬくらいになっているし、雨が降れば傷跡が痛むかとも思ったがそんな様子は微塵も見せぬ。まるで、あの一件が白昼夢だったと聞かされれば納得出来そうなくらいだ。現にこうしてペン先で傷があった場所をつついてみても痛みは感じぬ。

 

どういう仕組みか全く分からぬ。医療に詳しいわけでもなければ、薬に詳しいわけでもない。まぁ、仕組みが分からぬが治ったのならそれでいい。神秘は神秘のままで、語り得ぬ事柄を無理に語る必要はない、言語の限界が世界の限界であるように、俺の言葉ではこの世界の医療は語ることが出来ない。

 

「そう、それは良かったわ」

 

花妖怪はそう柔らかに微笑むと、隣失礼するわね、と俺の横に腰を落とした。

 

「何をやってるの?」

 

花妖怪は俺の手にあるノートを覗き込む。結局、句は思い浮かばず書いてあるのは、向日葵と雨と水墨画という三語だけのままだ。

 

「句を詠もうと思ったのだが、どうにも思い浮かばなくてな」

 

「句?」

 

「あぁ、人の世の芸術で、5 7 5 の文字数で韻を踏み、心を楽しくする詩的なものだ」

 

「へぇー、初めて知ったわ」

 

「句にも色々と決まりがあってな、季語を入れたりしなければならない」

 

「季語?」

 

「あぁ、季語とは季節の季に言語の語と表す。要は季節を表す語だ。句では17音の言葉の中にその季語を入れなければいけないんだ」

 

「へぇ、向こうの世界もなかなか面白いのね。その句って何か有名なものとかあるの?」

 

句と言われて真っ先に思い浮かぶのは松尾芭蕉の蛙(かわず)の句だが、今の季節にあの句は似合わない。ならば……。

 

「今の季節だと、この句がいいだろう。閑さや岩にしみ入る蝉の声」

 

そう呟き、ノートの余白に文字を書き込む。松尾芭蕉の奥の細道での一句だ。夏と言えばこれ以上に有名な句はあるまい。

 

「セミがないているのに静かなの? おかしな表現ね」

 

花妖怪はクスリと口に手を当てて微笑む。その姿は絵になる。やはり、見た目はそんじゃそこらの人間より遥かに良いのは認めざるを得ない。

 

「あぁ、セミは五月蝿ものだ。ここで静けさは心の静けさを言うんだ」

 

「心の静けさ?」

 

「そう、心の静けさ。精神の静けさとでも言えばいいかな。セミは五月蝿い。でも、心の中は波風が立たずに落ち着いた状態ならば、蝉の声も静かに感じる。この句はその時に生まれたのさ。現実世界にいながら心は理想郷にいる状態とでも言えば良いのかな」

 

芭蕉はこの句を立石寺で詠んだとされる。立石寺でただ一人瞑想し、感じたことを精神世界に昇華させたのだ。だからこそ、この句はここまで有名になり得たし、人の心をつかむのだ。

 

「やっぱり、人間はよく分からないわ」

 

そう、不思議そうに首を傾げる。句というのは、俺も最近ようやく興味が湧いてきた分野だ。花妖怪がよく分からないと言うのも頷ける。

 

「まぁ、そういう芸術があると覚えてくれていればいいよ」

 

そう言って紙に視線を戻す。やっぱり、句は出来ぬ。

 

「ええ、そう言うことにしておくわ。それにしても、貴方画は下手なのに文字は上手いのね」

 

俺が書いた文字を見ながら花妖怪は言った。思えば純粋に褒められるのは初めてではないだろうか。

 

「そうか?」

 

ペンを回しながら言葉を返す。

 

「ええ、画に比べれば見違えるほど上手いわよ」

 

「うむ、一応これで飯を食ってきたから人よりは書く機会が多かっただけだと思うけどな」

 

俺自身は上手いとも思わんが、一応ペンで飯を食ってきた時期がある。それで人より文字が下手なら笑えない冗談だろう。

 

「へぇー、そう言うものなの?」

 

「そういうものだ」

 

それからまた静寂が訪れる。花妖怪は何も言わず、俺も何も言わない。雨音だけがポツポツとザーザーと響く。目を閉じたり、開いたり。庭を見たり、紙を見たりしたのだが、一向にペンは動かぬ。閃きがなければ勝手にペンが動くことなどあり得ぬため、自然の理だ。

 

それから、幾つの時が経っただろうか。辺りは少し暗くなっていた。時計がないここには時間を知る術はない。日が登れば朝だ、真上に来れば昼だ、沈めば夜だ。本当にこの程度しかない。夜になれば筆もペンも取れぬため、俺は日が沈むと同時に布団に入るか酒を飲むかしている日々が続いていた。

 

瞑想をしていると、ふと横で座っていた気配が立ち上がり、何処かへ歩く足音が聞こえた。俺は気にせず、一句捻るための瞑想を続ける。

 

「句は出来たかしら?」

 

しばらくすると、そんな声が降ってきた。

 

「いや、全くだ」

 

あれから何も埋まっていない紙を横へすっとずらす。瞑想を重ねて見たものの頭には句的な表現は浮かばない。

 

「そう、じゃあ気休めにこれはどう?」

 

目を開け、横を見上げれば一升と二つの盃を片手に涼しげな笑みの花妖怪。良い酒があるわよ、とそう微笑む。

 

「気休めも悪くないな」

 

紙とペンを懐に直し笑みを浮かべる。出来もしない句で頭を悩ませるよりかは酒でも飲んでた方が有益だ。

 

「あら、句は諦めたの?」

 

俺の様子を見て盃に透明の酒を注ぎながら笑う花妖怪。

 

「そんなもの等の昔に諦めている」

 

そんな花妖怪に俺はそう返すと盃を手に取る。匂いを嗅いだ瞬間に上物だと一瞬で分かる。

 

「そう、なら心置き無く呑めるわね」

 

「あぁ、そうだな」

 

乾杯と互いに言うことなく、無言で盃を合わせ、中身を口に注ぎ込む。少し絡めの旨味が舌と喉に回る。

 

あぁ、やっぱり非人情の旅にはうまい酒は欠かせない。降りしきる雨の中、俺たちの酒盛りは始まった。

 

 

 

 

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