花妖怪と青年   作:TKI

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間違って削除してしまいました。すみません。内容に変更はありません。


鴉天狗と青年と新聞と

久方ぶりの晴れだった。太陽がカラッと照りつけ、地面からは土の濃厚な匂いが立ち込める。

 

土砂降りの雨は三日間降り続いた。いくら幻想郷と言っても夏に雨が降らぬわけでも、冬に晴れ間が続かぬわけでもなかろう。降り続いた雨による洪水を心配したのだが、そんな俺の心配とは裏腹に黄金の原の横を流れる川はその水位を変えず、ただ悠然と流れていた。

 

晴れが続いても、雨が続いても水位が変わらぬ川なんていうものは人の世なら摩訶不思議で頭を悩ます川に違いないが、ことここに流れている以上は悩む心配はない。そんなものだ、という認識で十分だ。それ以上も以下もあるまい。

 

俗世の科学や物理法則などここでは当てはまるはずもない。花妖怪もいれば、空を飛ぶ鴉天狗だっている。日傘から光線が出ることもあれば、葉団扇からカマイタチが出ることもある場所だ。もはや、科学や物理の法則はここでは通用しないのだ。

 

もしも……。もしも、この幻想郷に科学や物理法則をもってくればここは最早、楽園ではなくなるだろう。一瞬にして抽象されているこの世界は具体に引きずり落とされる。人の科学は神秘や奇跡を無闇矢鱈に暴くだけではない。人は天使を地に叩き落とし、身ぐるみを剥ぐだけでは飽き足らず、その刃は時として神すらも殺すのだ。神を殺すことが人間の進化の証なら神を殺せるまでに進化した人間ならばこの世界を壊すこと程度は簡単に出来るだろう。

 

俺は科学者でもなけば物理学者でもない。それならば何も考えず、ただ見て、感じて、詠んで、描いて、書いて、楽しめればそれで良いのだ。神殺しの責務は科学者や学者に下る召命であり、一回のただの俗人である俺には関係のないことだ。

 

さて、久し振りの晴れ間だ。何をするかな……。昨日までの雨のおかげで今日の午前中の水やりはなしだ。花妖怪は花の顔を見に行ったみたいだが、俺はどうするか。

 

ひまわり畑に行ってもいいが、午前中に行ったところで手持ちぶさになるのは目に見えている。今から行っても昼飯までの時間では筆をとっても時間は中途半端になることは間違いなかった。

 

ならば、どうするか……。縁側に立って庭を眺めれば所々で水たまりが青空を写していた。三日も降り続いたと言うのに所々しか水たまりが出来ていないところを見ると水捌けは良いみたいだ。これなら午後には水たまりははけそうだ。

 

庭の外には黄色花が一面に見える。花妖怪はあの黄色の何処かにいるのだろう。

 

いつも通り悠然とした様子で、優雅に日傘をクルクルと回し、向日葵の間をゆっくりと、時には花に話しかけながら歩いていることに違いない。その様子を想像すれば、どうにも妖怪と言うよりも妖精と言った方がしっくり来る。

 

まるで宝石のような翠の髪に紅い双眼。スタイルも顔の作りも文句が出ぬ。浮世離れしたその容姿は人の世にではあり得ない雰囲気を醸し出す。

 

彼女のことをペンで表すとしたらどう表すべきだろうか。容姿端麗、純情可憐、絶世独立……。そのどれもが当てはまる。当てはまるのだが、そのどれもが俺の言葉ではない。俺の言葉で、あの花妖怪を表すのなら琳琅璆鏘(りんろうきゅうそう)の美人と表すべきだろう。俺の中ではこれ以上にない位の褒め言葉だ。

 

これだけ美辞麗句を並べていると花妖怪に好意を寄せているとあらぬ勘違いをされそうだが、そんなことはない。

 

一つ屋根の下で暮らそうが、俺は花妖怪に二度殺されかけたのだ。それもそのうち一度は横腹に風穴を開けられている。花妖怪の本性を知っている分、恋慕の情なんぞそうそう起こるものではなかった。

 

それでも共に酒も呑めば、共に飯も食べる。共に同じ屋根の下に暮らし始めそれなりの時間が経った。長い時間共に過ごせばそれなりに情も湧くというものだ。

 

共に時間を過ごしても決して不愉快ではないこの気持ちを、だが決して恋慕の情ではないこの気持ちを、お互いに会話がなくとも心地よく過ぎせるこの気持ちを、何かと考える。

 

考えてみれば思い浮かぶ言葉は一つしかなかった。考えるまでもない。古今東西、この情を表す言葉というものは決まっている。

 

しかし、非人情の旅に出て、情が芽生えるとはこれまたどうして面白い。非人情の旅に出ようとも、人間をどれだけ疎い嘆いたとしても、人間である根本的なものは変わらないものらしい。

 

「ややっ! おはようございますっ! 人間さんっ!」

 

そんなとりとめない考えをしていた時、頭の上から声がした。少しかん高い声にこの喋り方。

 

「ふむ、また来たのか?」

 

俺の幻想郷での非常に狭い友好関係の中では俺に話しかける奴は花妖怪を除くとあと一人しかいない。

 

声のする方を見上げてみれば空中に浮いている見知った顔。服装はいつもと変わらず女子高生のような黒いスカートに白いワイシャツ。服装だけ見れば普通の若者にも見えるのだがその背中には大きな黒い鴉の羽があった。

 

「えぇ! 清く正しい射命丸 文です!」

 

鴉天狗と呼ばれる種族の彼女は空中でそう元気に言い張ると、パサパサとゆっくりと俺の前に降り立った。赤い下駄が少し湿った音を立てる。

 

「おはよう、文。朝から元気だな」

 

赤ん坊は泣くのが仕事、鳥は鳴くのが仕事。姦しいという言葉が似合う烏天狗に俺も一つ手を上げて軽く挨拶をする。

 

「おはようございますっ! 人間さんっ! 久し振りに天気がいいですねっ!」

 

俺の挨拶に対しこれまた丁寧元気に挨拶を返す烏天狗。その食えない性格を覗くと基本的に好意的な印象を持たれやすいのがこの烏天狗だ。

 

「そうだな。三日ぶりの晴れ間だ。この三日間見なかったが何かやってたのか?」

 

それまで毎日のように来ていた鴉天狗だったのだがここ数日雨が降っている間だけはその姿を見せなかった。

 

まぁあれだけの雨だったのだ。ずぶ濡れになってまでもここにくる意味がないのは俺にだってわかる。暇つぶしに来るのなら雨の日よりも晴れの日のほうが何百倍もいい。

 

「いやー、雨も強かったですし、私も色々とやることがあったんですよ。なんて言っても新聞作ってますので……。もしかして、寂しかったですか!?」

 

「言ってろ、バカラス」

 

バカなことを言っている鴉天狗を軽く流し、少し思い出す。花妖怪の話ではこの鴉天狗は新聞を書いているらしい。いや、この鴉天狗だけではなく、天狗という種族は往々にして新聞を発行しているようだ。勿論、その数が多いとなると個人新聞という形になる。鴉天狗が書く新聞もその例に漏れず個人で取材から起稿までを行う個人新聞となっていた。

 

名は確か「文々。新聞」

 

風の噂によると購買数や人気はさほど高くないらしく、新聞大会なるものではランキングにかすったこともないのだとか……。まぁ、そもそも天狗の新聞自体が身内で購読される場合が多い完全に身内ノリな新聞なものらしいため、俺にとってはとてもじゃないが新聞というものとは呼べないとは思うのだが……。

 

「なっ、バカラスとは何ですか! これでも清く正しい射影丸 文です! 人並み以上に賢いのです!」

 

そのセリフ自体が頭の悪そうなものなのだが、始めてあった時からこの鴉天狗の食えなさだけは存分に知っている。下手をするとあの花妖怪よりも厄介なのがこの鴉天狗だ。

 

このような馬鹿話をしつつも裏ではきっと色々と策を練っていること間違えなしだ。情に棹させば流される、とは彼女と話していると非常に身に染みてくる。

 

「分かった分かった。それで今日は何ようだ文。生憎だが、幽香は太陽の畑に行って今はいないぞ」

 

「あぁ、それは知っています。先ほどお会いしましたので……。今日は人間さんにお願いしたいことがありまして。悪い話じゃありませんよ」

 

ニヤリと口端をあげて笑う鴉天狗。その笑みにはいやな予感しかしない。

 

「悪人みたいだぞ、文」

 

「なっ、悪人とは失礼な! まぁまぁ、聞いてくださいよ。どうせやることなくて暇なんですよね……」

 

そう言う鴉天狗の顔は俺が断るとは露にも思っていない表情が張り付いていた。大方俺が手持ちぶさなのを知ってての発言だろう。

 

「分かった。とりあえず話だけは聞いてやるからいってみな」

 

どうせそこまで分かっているなら断っても逃げ道を防がれるだけだ。なら、初めから受けたほうが時間も体力も無駄じゃない。それに俺も案外退屈していたところだ。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか鴉天狗はどこからか新聞を一部取り出した。

 

辺りは真夏の太陽が照らし、蝉の合唱が久し振りに耳を打つ。

 

あぁ、まだ夏真っ盛りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか? 私の文々。新聞は!?」

 

そうグイッと覗き込む鴉天狗に仰け反りながら新聞を机の上に置く。場所は俺が寝泊まりしている一室。今は布団を表に干し、机が一つ出してあった。

 

「ふむ、色々と言いたいことがあるのだがいってもいいか?」

 

「はい! 是非お願いします」

 

少し広い部屋の中俺と鴉天狗は机を挟んで向かい合う。机の上には一部の新聞。鴉天狗が書いている文々。新聞だ。

 

鴉天狗が俺に頼んだことは至極簡単。今度だす新聞の推敲をお願いしたいと言うものだった。それ自体は全く構わない。俺自身もともと文章で飯を食べて来た。それならば一般人よりかは文章に親しみをもっていると言える。

 

文々。新聞を読んで見ての感想は色々とあれど内容には文句を言いづらい。これが天狗界では当たり前なのかどうかは分からないが、俺が知っている言葉で言うとゴシップ記事と言った言葉しっくりくる。これでは新聞というより週刊誌である。

 

まぁ内容はひとまず置いといてだ。問題は……。

 

「内容はまずは置いとくな。とりあえず読んでみたが、言葉の意味の間違いが多すぎる。これではとても新聞とは言えん」

 

問題は内容ではなくその書き方だ。言葉のミスが所々で有った。

 

「ええ!? 本当ですか!?」

 

鴉天狗はびっくりしたように新聞を見る。

 

よくもそこまで演技が出来るものだ。間違いなくこの鴉天狗はわざと間違いた。天狗という生き物は総じて頭が賢い種族だという。そんな天狗がこのようなミスをするはずがない。

 

それに見てみればその言葉の間違いというものも常用的に間違えている人が多いものばかり、それ以上に難しい言葉を記事中で使っている癖にこんなミスはするはずがないのだ。

 

やはりこの鴉天狗は食えない。いっそ、狸天狗に名前を変えればいいのだ。

 

「あぁ、まずここだな」

 

そんな鴉天狗の裏を内心考えながらとりあえずは指摘することにする。一度すると決めたことだ。中途半端だと此方も沽券に関わるのだ。

 

 

 

 

 

「とっても勉強になりました! ありがとうございます!」

 

指摘が全て終わると彼女はとても満足したように人がいい笑みを浮かべる。そして彼女は足早に「あのですね……」と再び言葉を紡ぐ。

 

それはそうであろう。こんな茶番を用意したのだ。その先に本命がないとやる意味はなかろう。

 

「あの一つお願いがありまして……」

 

「ん、どうかしたか?」

 

「……あのですね、私の新聞の中で一つ短編小説を書いてもらえないですかね? 勿論、お礼はいたしますので」

 

少し溜めたあと彼女はこう言い放った。

 

「なんだって……?」

 

思いもよらない話に思わず聞き返す。

 

「いや、だからですね。文々。新聞の中で連載小説を書いて欲しいなと思いまして」

 

「連載小説?」

 

「はい! 私が発行する文々。新聞の一つの欄に小説を少しずつ書いて欲しいなと思いまして! 無論、お礼はします。売上の二割でどうでしょうか?」

 

まるでビジネスマンがビジネストークをするかのように話をする鴉天狗。

 

「どうして俺が……」

 

「いや、これは人間さんにも悪い話じゃないんですよ。人間さんも幽香さんにお世話になりっぱなしじゃ悪いでしょう? お金があれば少しくらいは恩返し出来るはずです。それにお金があればタバコだって買えますよ!」

 

人がいい笑みを浮かべ、痛いところをピンポイントでついてくる。これが鴉天狗が鴉天狗たるゆえんだろう。

 

それに鴉天狗の意見も最もである。家賃も払わず部屋に泊めてもらい、あまつさえ飯まで食わしてもらっているのだ。いくら非人情の旅でも恥知らずでも恩知らずでもない。何かを返せるのならそこに乗るしかない。それにタバコもそろそろ残りが寂しくなって来た頃合いだ。どちらに転んでも俺はこの誘いに乗るしかなさそうだ。

 

しかしだ。その前に確かめたいことがある。

 

「いや、乗りたいのは山々なんだが、生憎小説なんか書いた試しがなくてな……」

 

「いや嘘はいいですよ。人間さん。あなたは物書きですから……」

 

そう鴉天狗はカラカラと笑う。まるで全てを見透かしたように。

 

「なぜ……?」

 

「何故って簡単です。貴方がいつも書いている手帳。少しだけ覗いて見たんですけど、まず文字が綺麗だった。次に貴方の右手にはペン豆がある。これは筆じゃなくてペンで何か物を大量に書いた時に出来る豆です。私も新聞記者ですので同じところに豆があります。それと普段の物いい。言い回しや言葉が普段からいい意味でも悪い意味でも芝居かかっていますよね。これは普段からそんな言葉を考えているから他はない! そして極めつけは先ほどの推敲です。気づいてましたか、先ほど間違えを訂正した箇所というのは小説によく出てくる間違えが多そうな言葉です。とても新聞には使わないような言葉。なのにあなたは新聞に相応しくないとは指摘せずに言葉の意味だけ指摘した。以上をもって記者でもなく小説家と見積もったのでした!」

 

そう可愛らしくウインクをする。鴉天狗。なるほど、どうやらこの鴉天狗に訝しげに思われた時点で俺のありようはばれて居たのか。

 

「お見事」

 

ここまでくれば言葉いらぬ。否定は趣がなかろう。勝負ははなから俺の勝ちはなかったようだ。

 

「どうです? やってくれますか」

 

「あぁ、ここまで見事だとやる他ない。ただ、面白くないやもしれんぞ」

 

「あぁ、その点は大丈夫です。私は信じてますから。貴方ならきっと面白い話を書いてくれるってね!」

 

そこまで言い終えて右手を差し出す鴉天狗。

 

その右手にそっと自分の右手を合わせる。

 

「実際にどうなるかは置いといて、期待されているのなら精一杯頑張るつもりだ」

 

そう言い終えるとお互いに手を握る。こうして真夏のある日の午前、まだ日も高い時、俺と一匹の鴉天狗は契約を結ぶのだった。これから先、この小説が元となって色々と悶着があるのはまだ先の話だった。

 

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